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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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第3章 白き心の影 5

「シャムスさん……!?」
「気をつけろ。奴らはどこからくるかわからない」
 放った光術の後ろから、シャムス――そして仲間たちが朝斗の横に飛びだしていた。だが、その身体は傷つき、荒い呼吸の中にはすでに疲労の色も伺えた。背後にある数々の倒れたモンスターを見れば、彼らがどれだけ必死に戦ったかは目に映るようだ。
 次いで、杏と博季が悲鳴を上げてシャムスたちのもとに弾き飛ばされてきた。
「杏さん、博季さんっ……」
「んぬぅ……油断したぁ」
「つ、強い……ですね」
 恐らくは杏をなぎ払った後なのだろう。モードレットと椋が、彩羽のもとにやってくる。
 再び、彼らの戦いは交錯した。彩羽の銃口が狙うはもちろん――シャムスである。
「所詮はシャンバラの力を借りねば何もできない男……ここで散るのが、最良の選択よ」
「くそ……!」
 彩羽の銃弾をかわしながらシャムスは必死で食い下がるが、彼の剣は彼女を捉えられなかった。それは、アルラナの起こすアボミネーションの恐怖が、彼を蝕んでいるからでもある。だが今のシャムスには、それを正常に判断できる気力すらなくなっていた。
 正直に言えば……戦況はつらいと言えた。そもそもが、奪還部隊は精鋭を集めながらも少数部隊だ。数だけで言うならば、最初から不利と言える。
 しかも――敵の実力は決して引けをとるものではない。
 このまま……このまま負けるのか? 嫌悪感さえ抱く最悪な未来が、シャムスの脳裏に映りだした。そして、彩羽の銃弾が彼の兜の奥を貫く。
「…………」
 ――銃弾は、彼を貫くことはなかった。
 代わりに、弾はからんと床に落ちて冷たい音を鳴らす。くずおれたシャムスが見上げたそこには、真口 悠希(まぐち・ゆき)がいた。
「悠希……」
「あなたは……妹さまの事は勿論、民の方々の事まで背負っているのですね……」
 悠希の唇は、自分に向けた怒りにも似た声を吐き出した。
「それに比べボクは……たった一人の大切だった人との絆さえ保てませんでした。そんなボクですけど、でも……あなたの背負っている重さを……絆を……ボクにも少し分けて下さい。ボクは……少しでもそれに応えられるような人になりたい……!」
 瞬間――彩羽の眼前に、悠希の構える二つの刀身が放たれようとしていた。両手に構えられたその剣を避けて、彩羽はそれに対峙する。
 オレの、背負ってるものを……。悠希の声に込められた響きは、彼女自身の過去を物語っているように思えた。そんな彼女が、自分に応えられるような人となりたいと願う。
 それは……
「悠希ちゃんは、諦めてないんですよ」
 七瀬 歩の声が、はっとシャムスの面をあげさせた。彼女だけでない。そこにいて彼を見下ろしていたのは、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。
「そうね……皆、あなたのために、そしてあなたの妹のために戦っているわ。見てごらんなさい。みんなの目には、まだ諦めの色はないですわ」
 朝斗も、博季も、杏も――仲間たちは決死に戦っていた。
「ここで膝を落としてしまっては、真実を確かめることすら叶いませんわ。そして、絆を取り戻すことすらも」
 真実。そして絆を……。そう、全てを明らかにして、そしてエンヘドゥを助けるためにここまできた。それで、諦めては、何のための戦いだ……!
「フフ……ハハハ……ヒャアアアアアハハハハハ!」
 すると、まるでシャムスの声に反応を示したかのようなタイミングで、月詠 司が悲痛にも似た叫び声をあげた。イッてしまった狂信者のように、瞳をむき出しにするかのよう豪快に笑いあげている。
「あ〜らら……はじまっちゃったわねぇ」
 司がどこか調子が悪そうにしていたため、予想はしていたが、こうもタイミングが良いとは。シオンは彼の横で首をかしげているケイオース・エイプシロミエル(けいおーす・えいぷしろみえる)に目をやった。
 何かを問うような瞳を向けていたケイオースにこくりと頷いてみせると、彼女はにぱっと楽しげに笑顔を浮かべる。
「ふふっ……やぁった〜。お人形遊びしてもいいんだぁ。みんな、愛し合いましょう♪」
 言葉そのものはまるで天真爛漫に遊ぶ子供のそれである。だが、次の瞬間に、襲い掛かってきたゴーレムを一瞬で粉砕したそれは、台詞からは想像できぬ所業であった。まるで恍惚に酔いしれる殺人者のように、ケイオースはモンスター相手に暴れまわる。
 加えて、宿屍蟲:スタンピッドの影響力に犯される司は、どっちがモンスターかと疑いたくなるような暴走で敵を圧倒した。
「い、いったい何が……」
「どうやら、こっちも厄介者を抱えてたみたいですわね」
 戸惑うシャムスに、亜璃珠が冷静な声を返した。味方に攻撃してくる可能性もあるが、今のところは彩羽たちを敵と認識しているようだ。
 幸か不幸か、敵を圧倒して押しこんでゆく司たち。
「だらしがないですねぇ」
 そこにかかった声は、全く別の空間から聞こえてくるような遠い声色だった。全員の目が、一転に集中した。この声は……この不気味な感覚は……。
「モート……ッ!」
 あれだけ陽気に接していたクドが、珍しく怒りを露にした声を発した。モートは、見知った顔がいるのを見て、ニタニタと笑いかけてくる。
「ひゃは……おやおや、皆さまお揃いでお越しだったのですねぇ」
「フハハハハハハハっ!」
「……ちょっとうるさいですよ?」
 金切り声をあげてモートに襲い掛かろうとしていた司は、ケイオースとともに影に縛り上げられた。そして、針の先のようなった影が彼らの脳を軽く刺すという、大した感慨も抱かれぬようなしごくあっさりした方法で、ぱたりと気絶させる。
 それまでの暴走が嘘だったかのように、あたりは静かになった。
「ひひひゃは……さて、これでゆっくりお話ができますねぇ」
「ゆっくりお話だと……?」
「その必要はないな」
 訝しがるシャムスの声に続けて、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)がビシッとモートを指差した。彼女の研ぎ澄まされた黒曜石の瞳が、モートをまっすぐ見据えて離さない。
「南カナンの魔女モート……貴様にはヴァイシャリーでの誘拐容疑がかかっている。おとなしく捕まればよし、さもなくば……強制執行に移る」
「おや、誘拐容疑ですか? 身に覚えがありませんねぇ」
 しらを切ったように返すモートに、千歳のパートナー、イルマ・レスト(いるま・れすと)が怒りを込めながら宣言した。
「証人もいる上に、逮捕状も出ているのです。言い逃れはできませんよ」
 謹厳な千歳とイルマの言葉がモートを攻め立てる。しかし、終始一貫、彼はねばっこい笑みを浮かべたままであり、まるで動揺の様子すら見せることはなかった。
「ひひはは……私はただ自分の所有物を取り戻しただけなのですがねぇ」
「所有物だと……!?」
 その人を人とも思わぬ言葉に、千歳の瞳が鋭く剥かれた。
「それに、エンヘドゥさんはスパイをされていたのですよ? むしろ捕まるべきはあちらなのでは?」
「たとえ泉美那さんの名を語ってスパイとして活動していたとしても……貴方のような人からは必ず救い出してみせますわ」
 亜璃珠が吐き捨てるように言い放った。すると、モートはなにやらきょとんとしたようになった。しかし、すぐに状況を理解したのか、再び不気味な笑みを浮かべる。
「ははぁ、なるほどなるほど……どうやら、エンヘドゥさんは何もおっしゃっていなかったようですね?」
「なんですって……?」
「彼女は別に美那さんという方の名前を語っていたわけではありませんよ? もともと、美那さんなんて人物は存在しないのですから」
 どういうことだ? そんな視線を向けられたモートは、気分が良くなってきたのか笑みの形を余計に大きくして続けた。
「ひひっ、美緒さん……でしたかね? 彼女に妹なんてものは存在しませんよ? ただ、エンヘドゥさんと美緒さんには何らかの魂のつながりはあるのかもしれませんがね? 容姿が似ていたことから、おそらく協力をお願いしていたのではないですか?」
「協力って……スパイのだって言うのですか……?」
 イルマの呟くような声に、モートは残念そうに首を振った。
「そのほうが面白かったのかもしれませんがねぇ……もともと、エンヘドゥさんは東カナンの使者としてシャンバラに赴いていたのでしてね……それを公にできなかったことから、美緒さんの妹として紹介するという方法を選んだのでしょう」
 そういうことだったのか。
 状況は納得できた。そして、その後に自分がスパイであることを明かそうとしたエンヘドゥをモートが連れ戻しに来たというわけか。
 だとすると、今エンヘドゥは――
 ニタァ……と、闇を割るような笑みがモートに張り付いた。烈風の音を立てて、頭上から白き何かが舞い降りてきたのはそのときだった。