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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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第3章 白き心の影 6

「な……っ!?」
 そこにいたのは――エンヘドゥだった。
 しかし、その身に纏うはシャムスたちの知る彼女の姿ではなかった。神々しいほどの白きフルプレートアーマーに包まれたそれは、まるで、そう……シャムスの鎧を思わせる。いや、違う。事実……彼女の纏うそれは、シャムスの漆黒の鎧が純白になった、そのものだ!
 ただ唯一違うとすれば、彼女の鎧に兜はなく、美しき長髪がたおやかに靡いていることだった。
 しかし、すると――
「おやまあ……」
 シャムスたちが石像に目をやったとき、モートの手が石像を無残に破壊していた。思わず叫び声をあげそうになったシャムスたちだったが……石像かと思っていたエンヘドゥは目の前にいる。
 ならば、あの石像は……。
「魔法か」
 レン・オズワルドの表情が歪んだ。
「お見事ですねぇ、その通りです」
 砕けた石像の顔は、見たこともない一般人の顔だった。
 なんということを……! 罪もない人を殺したというのか……!? シャムスの怒りが頂点に達した。敵の間を駆け抜けて、モートに感情に任せた剣を振るう。だが――それを阻んだのは。
「エンヘドゥ!?」
「…………」
 エンヘドゥは巨大な槍を操ってシャムスの剣を受け止めると、彼を思い切り弾き飛ばした。その表情は、まるで親の敵を見るような酷薄のものであり、優しい色を湛えていた瞳が、今は殺意を持ってシャムスを見据えていた。
「ふむ、黒騎士のシャムスさんに立ちはだかる白い騎士……さながら“白騎士”といったところでしょうかね」
「エ、エンヘドゥ、なにを考えてるんだ……!」
 シャムスはエンヘドゥに必死に呼びかけるが、彼女の目は全く動じることはなかった。むしろ、シャムスという存在を感じば感じるほどに、エンヘドゥは彼に更なる殺意を抱き――そして、襲い掛かる。
「ぐっ……!」
「シャムスさんっ!」
 咄嗟にシャムスを庇った蓮見 朱里(はすみ・しゅり)ごと、彼女たちは床に転がった。
「な、なぜ……?」
 呆然として白騎士を見上げるシャムスに、苦鳴するかのよう顔をゆがめる朱里のパートナー、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)の声がかかる。
「おそらく……操られているのだろう」
「操るだと……」
「あの男なら、それぐらいのことをしてもおかしくはないわ」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、エンヘドゥを前にして悠然とそれを眺める魔女を睨みすえた。すると、モートはまるでいわれのない非難でもされたというよう、被害者の顔になる。
「心外ですねぇ。私はただ、エンヘドゥさんの後押しをしてあげただけですよ?」
「後押しですって……」
「ひひゃひゃ……私に人の心を操るような力はありませんよ? その代わり……人の心に触れることは出来るのですよ。知ってましたか、シャムスさん?」
 顔を上げたシャムスにモートの唇が裂けた。
「――エンヘドゥさんはね、貴方を殺したいほど憎んでいたのですよ」
「…………ッ!」
「お兄様……」
 愕然とした表情になるシャムスに、初めてエンヘドゥが口を開いた。その声は、彼の知るエンヘドゥのそれではない。まるで、沼の底から這い出てくるような、別の声色だ。
「私がどれほど貴方を羨ましいとおもっていたか……分かりますか? 私がどれほど、あなたの傍にある愛を欲していたか……分かりますか?」
「愛、だと……」
「かくも運命は残酷なものですねぇ。両親の愛は貴方一人に注がれていたのでしょう、シャムスさん? エンヘドゥさんの苦しみ、私はわかりますよぉ」
「な、なにを馬鹿なことを……!」
 まるでナレーションのように囁かれるモートの声を振り払うように、シャムスは頭を必死に振るった。エンヘドゥの苦しみだと……自分を、羨ましいと思っていただと……。
「なんて……ひどいことを……」
「人の感情を弄びやがって……なんて腐った野郎なんだ、てめぇはッ!」
 朱里の悲しみに暮れた声に、普段の朝斗からは想像できない憎悪と憤慨が重なり、モートに吐き捨てられた。
「ひはは……ひははははっ……何を怒っているのですか? しょせんはその程度の心だということですよ」
「浅ましいな。他者を妬み貶めることでしか、僅かなプライドを保つことすらできないとは。そうして戯言を吐けば吐くほど『貴様には何もない』ことを自ら露呈しているようなものだ」
 アインの方を見やるモートは、首をかしげた。それはだが、すぐに面白いオモチャでも見つけたよう歪む。
「ひゃはははぁ! 面白い、面白いですよあなた。――機械が心を語るとは」
「…………ッ!」
 機晶姫――アイン・ブラウがある存在に向かって、モートはえぐるような声を続けた。
「最初から心がない者が心を語るとは……面白い現象もあるものですねぇ。……もしかして、欠陥品ですか?」
「ひどい……アインは……!」
 朱里がその瞳に涙を浮かべてモートに駆け出そうとした。何か策があったわけでもない。しかし、動かざるはいられなかったのだ。だが、そんな彼女をアインがの手が制した。
「アイン……」
「心を乱すな、朱里。挑発に乗ってしまったら、あいつの思う壺だ」
「で、でも……」
「だいじょうぶだ。僕なら心配ない」
 アインは朱里を後ろにさがらせると、モートを見やった。その、作られた真摯なる瞳で。
「モート……君は僕を心ない機械だと言ったな」
「ひひゃひゃ! その通りですよ?」
「……心がなかったからこそ、僕はいまここに在るんだ。みんなに支えられて、ここにいるんだ。確かに僕のそれは作られたものなのかもしれない……僕のそれは、本物じゃないのかもしれない。だけど……いや、だからこそ分かることがある」
 そこにあるものが、どれだけ輝きを放つものなのか。アインには、分かる。
「――人の心は、君が思うほど浅くはないぞ」
「そうよ……兄を、妹を、大切な人を愛おしく思わない家族なんていないわ!」
 フレデリカまるで自分に言い聞かせるように叫んだ。フレデリカを見守るルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は、彼女の目に映るのは、シャムスだけではないような気がした。
 そこにいるのは、かつて自分と愛を交わしあった……あの人の姿。思えば、彼もフリッカのことをずっと心配していた。遠く離れていても、見えない糸が繋がっていたように。
「フリッカ……」
「いつだって、その人を助けたいと思うもの! その人を守りたいと思うもの! だから、だから……あなたのやってることなんて、全部壊してやるんだから!」
 自分の思いのたけを全てぶつけるようにフレデリカは叫ぶ。たとえそこに見えるのが重なり合う自分の兄だとしても……いや、だからこそ、誰よりも彼女はシャムスの気持ちが分かるのかもしれない。
「それが浅くない人の心だと言うのですか? ひゃはは、これだからもろいモノは――」
「……黙れよ。てめぇの戯言なんざ聞いてねぇんだよ」
 朝斗の銃口がモートを狙いすました。これ以上の言葉を許さぬ、射抜く瞳をもって。
「僕らはただ、美那……いや、エヘンドゥさんを助けに来たんだ。彼女の……あの時に見せてくれた「笑顔」を取り戻しに来たんだ……友達としてな」
 朝斗、そしてルシェンの目が白騎士となって佇ずんでいるエンヘドゥを見やった。
 ルシェンは、知っている。あの時……自分がつけている「月雫石のイヤリング」を見ている時、彼女が本当に羨ましそうに見てたのを、今でも覚えている。
 人に愛される気持ちを、人を愛す気持ちを、きっと彼女も持っている。今はそれが隠れてしまっていても、必ず自分のどこかにあるんだと、知ってほしい!
 だから……
「……助け出します。エンヘドゥさんの未来を、カナンとともに!」
「…………ひゃは」
 つまらない。つまらない、人形たちだ。こちらの駒通りに動かないものが、どれだけ自分をいらだたせるか。モートは笑みを張りつけながらも、歪んだ目でアインたちを見下ろしていた。
「では、貴方がたの言う『心』とやらでどれだけ戦えるのか……見せてもらいましょうか」
 既に、彼の目に愉快な色は浮かんでいなかった。ただ、それでも彼は思っているだろう。ネズミが、小さな獣になっただけだと。