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カカオな大闘技大会!

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第2章 決勝への階段 3

控え室にてベンチに座る小さな影に、どこか妖艶な雰囲気をかもす娘が手をかざしていた。
 まるで繊細な糸が無数につむがれるように、生命力の力が小さな影に集まってゆく。それは、次第に彼女の傷を癒し、そして新たな生命力を与えてくれた。
「……ありがと、オリヴィア」
「ふふ……どうってことはないわぁ〜。それより、次もがんばってね〜」
「もちろん」
 小さな影――桐生 円(きりゅう・まどか)がくすっと笑ったのに応えて、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)も微笑んだ。
 闘いは、まだ終わっていない。

 「今年は誰が優勝するんかねぇ」と、そんな他愛のないことを話していた観客たちのもとに、ガチャ――と不気味で重みある音が聞こえた。
 振り返るとそこにいたのは、人の二倍はあろうかというほどの巨大な体躯だった。馬鹿でかい装甲をまとう機晶姫、ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)がぐっと観客たちを見下ろした。
「う、うわあぁぁっ!?」
 そのあまりにも威圧的な空気に、観客たちは逃げ出す。……ボリボリと、彼は頭をかいた。そんな彼に向けて続いて声をかけたのは、和服姿の豪胆そうな男と軽快に悪戯な声をあげる娘だった。
「ドゥムカ、それはあんまりにもひどいでしょう」
「ほんっとー、脅しだなんて感心しませんわー」
 見た目に反して落ち着いた口調の東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)とくすくすと笑うミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)がドゥムカを諭す。
 ドゥムカはしかし、濡れ衣だといわんばかりに首を振った。
「俺はべつに脅すつもりなんかなかったんだがよぉ……勝手に席空けてくれたのさ。困ったのはこっちだっての、ったく。これじゃ、俺が性格わりぃみてぇじゃねぇか」
「あーら、あながち間違ってないと思いますけどね、その認識は」
「んぁ? なんだ、やる気か、ミスティー」
「いいわよ、そっちがその気なら、やってあげても。カリスマ吸血鬼を舐めないことね」
 お互いに睨みを利かせる二人。雄軒は呆れたようにそれをなだめた。
「はいはい、喧嘩はやめましょうね、お二人とも。今回はバルトの応援で来たのですから」
「おっと、そうだったなぁ……バルトがどこまでいくか楽しみだぜ」
 既に席に座っていた雄軒の隣に、ごしっと巨大な体重を落としたドゥムカ。そこから逆側で雄軒の隣にミスティーが座った。
 すると、そんな彼らのもとに人懐っこそうな声が聞こえてきた。
「あ、雄軒さん、ミスティーさんたちも!」
「?」
 振り返った雄軒の目に映ったのは……
「おお、これは歩様」
「やっぱり来てたんですねー」
 和やかな微笑みを浮かべて雄軒たちのもとにやってきたのは、雄軒たちの友人でもある七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。その横には、オリヴィア・レベンクロンの姿もある。
「対戦表を見てバルトさんの名前があったからもしかして……って思ったんですけど、皆さんと会えて良かったです」
「いやいや、それはこちらこそ」
「対戦表見て……ってことは、もしかして巡ちゃんも出るんですかっ」
 紳士的に対応する雄軒の横から、ぐいっと顔を出してミスティーが聞いた。
「はいっ。巡ちゃんの相手はバルトさんですよ」
「ハハッ、それはまた面白そうな対戦カードじゃねぇか」
 豪快に笑ったドゥムカの下品さにミスティーは眉をしかめた。しかし、確かに面白い対戦にはなりそうだ。
「巡ちゃんも、対戦表を見て楽しみにしてましたよ。そういえば、巡ちゃんが修業の成果見せたいって言ってたけど、バルトさんはどれくらい強くなってるんです?」
「バルトも鍛え上げてますからねー。きっと一筋縄ではいかないですよ」
「でも、きっとそのぐらいのほうが巡ちゃんには楽しいんですよ」
 そう、きっと巡もそれを望んでいるはずだ。
「それにしても、お二人とも出るとなると、お互いに応援しないといけませんね」
「任せてください雄軒様ッ。私、応援は得意ですから!」
 応援が得意だという吸血鬼もどうかと思うが、それは突っ込まないでおこう。
 ふんふんと気合の入った応援の仕草を見せて、ミスティーは歩に得意げな笑みを浮かべた。
「ふふ、歩ちゃんにも、このカリスマ吸血鬼たる私が応援の全てを教えてあげるわ!」
「あ、ありがとうございます」
 その表情がどこか苦笑めいて見えるのは、きっとミスティーが――
「こうしてね、腕を伸ばして、フレーフレー……ってあだっ」
「なに転んでんだよ、カリスマ吸血鬼……いや、どじっこ吸血鬼か?」
「私はどじっこにあらずよ! カリスマよっ! そんでもって転んでないわよ! これは、えーと、その……そう! 新しい応援方法なのよ!」
「へいへい」
 ――とまあ、このような失態を繰り返すからだろう。そこがどこか可愛くて、歩は彼女が好きなのだが。
 歩むがくすくすと笑って見守り、ミスティーとドゥムカが言い合っている最中……雄軒はところで、とある事を歩に尋ねた。
「そちらの方は……」
「あ、えっと、この人は」
「はじめましてぇ、オリヴィア・レベンクロンと申しますのよぉ〜」
 オリヴィアは間延びした特長的な声色で雄軒と握手した。
 どうやら、彼女も吸血鬼らしい。同じ吸血鬼でも随分と違うものだな、と雄軒は自らのパートナーをちらりと見やって思った。色白さにしろ、妖艶な雰囲気にしろ、こちらのほうが幾分か吸血鬼度が高そうだ。
 歩が、オリヴィアと雄軒の間で橋渡し役となる。
「実は、オリヴィアさんのパートナーさんも出場してるんですよ」
「ほう……そうなのですか。それは、闘いを見るのが楽しみですね」
「そうねぇ〜……きっと……楽しませてくれると思うわぁ」
 不敵なオリヴィアの笑みが浮かび上がったとき、次なる闘いの始まりの声が聞こえてきた。互いの出場口から出てきたのは、雄軒と歩、お互いのパートナーだった。

 ブン――巨大な鉄骨を思わせる豪腕が振りおろされて、七瀬 巡(ななせ・めぐる)はそれをあえて避けることはしなかった。巨腕の拳と己の盾をぶつけ合って、力をわずかにそらす。
「ぬ……」
 勢いに任せた拳は、軌道をずらされて横の大地をすり鉢のようにへこませた。巨腕と巡との体躯の差は歴然としているが、巡の呼吸は独特の息使いをしている。
 なるほど……パワーブレスを己に利用しているのか。
「や、やるねー、バルトにーちゃん」
「…………汝も」
 バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)は地を穿った腕を再び持ち上げると――振り回した。
「……っ!」
 その巨大な体躯に似合わぬほどの驚異的な速さ。加えて、その豪腕はオリジナルのセッティングをされた独自の強化型アームだ。赤く輝くそのときには、一発で人体など潰せるであろう出力も可能となる。
 無論――それがただの人であるならばの話だが。
「スピードも、パンチの重みも……にーちゃんのほうが上。だけど……!」
「ッ!」
 バルトの腕がわずかにきしみ、動きを止めた。
 巡の手から放たれるアルティマ・トゥーレの輝きは、氷結の風となってバルトの間接を氷漬けにしてしまっている。間接がギギ……と鈍い音を立てた。
「こっちも、色んな闘い方を学んできたんだよ!」
 巡の言うとおり、向こうも成長してきたようだ。
 面白い。バルトは心の中で静かに笑っていた。表情は伺い知ることはできないが、彼の心は確かに躍っている。そう、巡の表情が、楽しげに唇を緩めているのと同じように。
 左腕はダメだ。すでに機能が停止しかかっている。
「はああぁぁっ!」
 バルトの腕がきしんだときには、既に巡が飛び掛ってきていた。
 水晶で出来た片手剣が、隙を見せたバルトの首もとを狙って突きを放つ。しかし――左腕がダメならば、右腕がまだある。
「くぅ……!」
「……まだ、終わらん」
 身体のバランスが崩れていることで出力は減っているが……それでもずしりと重い拳がぶつかった刀身ごしに伝わってきた。弾き飛ばされた巡。それを、加速を最大にまで高めたバルトが追った。
「……なら」
 まだ、まだ終わらない!
「これなら……どうだああぁぁ!」
 空中でありながらも身体を引き戻した巡が、剣に自分の最大の力を込めて突きを繰り出した。本来ならば、己のスピードを極限にまで乗せて突き出す剣尖。だが、バルトがこちらへと突っ込んでくるならば――それを利用するまで。
 しかし、それは考えが甘かったのかもしれない。
「…………!!」
 バルトの拳は決して巡を殴るためのものではなかった。それは巡へと迫る直前に握っていた指を開き、そして巡の足を掴んだ。そのまま――
「ぐうぅっ……!」
 ずん……と激しくも鈍い音を立てて、巡は地に叩きつけられた。
 それでも、諦めずになんとか立ち上がろうとするが……手に、力は入らない。巡の身体は、すでに消耗しきっていた。
 そして、改めて仰向けに倒れてしまった巡を見て、バルトの勝利宣告が成された。
「あー……負けちゃったぁ」
 それでも、観客たちの喝采は最後まで諦めずに闘った巡へと降り注いでいた。もちろん――そこには、彼女のパートナーたちの姿も。
 少しだけ残念そうに、でも、とても良い勝負だったと喜ぶような顔で、歩が拍手している。
「うーん……バルトにーちゃん」
「…………」
「今度こそ、勝つからね。また絶対…………勝負!」
「…………了解した」
 ぐっと拳を天に突き出した巡。そんな彼女を誇らしげに見るような声で、バルトはそう答えた。