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カカオな大闘技大会!

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カカオな大闘技大会!

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序章 始まりの鐘が鳴る

 晴天である。
 まったくもって、それ以外に言い表せない――まさしく闘技大会日和というわけだ。
 いつもはお客と露店商人での賑わいで盛り上がっている貿易都市ラムールも、今日ばかりは休店日とする店ばかりであり、そのほとんどが闘技大会の会場へと足を運んでいた。
 会場となるのは、ラムールが都市として成立してその半生をともに過ごしてきた巨大な闘技場である。古王国時代からその場所にあったとされ、多少は修復の手が加えられているものの、遺跡としての価値も高いらしい。
 そんな闘技場には、ラムールの民以外にも数多くの観客がやって来る。ツァンダ、ヴァイシャリー、ヒラニプラ、ザンスカール――全てはラムールの闘技大会を観るために、だ。
 そして、会場入りする大勢の人ごみの中でぽつねんとして震える少女が一人。
「どこまでが大丈夫か、どこまでが限界か。限界を自分で引くのは悪い事だと聞くけれど、自分の限界を知るのは大事だと思うよ。無理をするにも無茶をするにもね」
 夕立に白い絵の具を混ぜたような、そんな落ち着いたセミロングの髪を後頭部で一束にまとめる少女は語った。
「おお、いい心がけだね」
 少女の目の前にいる男は、うんうんと賞賛するようにうなずいている。
「だから闘技大会には参加しようと思う…………けどね」
「うん?」
「だからってすでに参加登録があるってどういう事だろうね、セオ君」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は捻られた金属のようにきしんだ声を発し、自らのパートナーセオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)をじろりと睨みつけた。震えるその手が握っているのは、参加登録の控え書である。名前のところには大きくででんと赤い判子が押されていた。
「はっはっは! うんうん、その反応を待っていたんだよ僕は!」
「もう、勝手なことばっかり……」
「何かする度に打って返してくれると楽しいよね♪」
「楽しくない! その理屈は色々おかしい!」
 明らかに終夏をからかっているであろう笑顔だったセオドアだったが、その顔が急に真面目な表情に変貌した。緊張が漂う。もしや、彼の所業はなにか理由があってのことだったのか……?
「……知ってるかい、終夏」
「な、なに……」
 ごくりと息を呑む終夏。セオドアの唇が、ゆっくりと開いた。
「世の中は…………おかしいことばかりさ!」
「…………」
 ぐっと指を立ててウィンクするセオドアに、終夏の心底呆れるような視線が突き刺さる。いくら反論しても動じないセオドアにあきらめて、終夏はため息をついた。
「まったく……でも、手間が省けたって思ったら、良いのかな」
「そうそう、そう思ってくれるとありがたいね。それにしても……キミが自分から闘技大会に出るなんて言うのは珍しいね。何か心境の変化でもあったのかい?」
「うーん」
 セオドアに尋ねられて、終夏は首を捻った。
 なんと言えばいいだろうか。正直言うと、彼女自身よく分かっていないというのが本当のところかもしれない。先ほど彼に言ったように、確かに自分の限界を知るためというのはあるのだが……それだけかと問われれば、難しい。
「……かもなぁ」
「うん? なんだって?」
「ううん、なんでもない。参加するのは、さっき言った理由だよ、うん」
 セオドアはどこか納得がいかないような、釈然としない顔をしていた。
 もしかしたら、終夏の心がどこか別の何かを見ているに気づいていたのかもしれない。それを言わないのは、とてもありがたいことだが。
 会場内から、重厚な音楽が流れてきた。大会進行のスケジュールによると、これからオープニングセレモニーらしい。
 終夏は観客席で応援しておくというセオドアと分かれて、その場を後にした。
 闘技大会が、始まる。



 暗闇に包まれた世界……バン! と大きな音を立てて、スポットライトが照らされた。
 ライトの中央に立つは、マイクを片手にサングラスをかけたスーツ姿といういでたち。どこぞのリングアナウンサーを彷彿とさせる格好だが、似合わぬな付け髭と豊満な胸が相まって、胡散臭さは倍増だった。
「闘い……それは強者たちの魂の叫び」
 一呼吸置いて、羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)は呟いた。その声はマイクを通じて広く響き渡り、静寂の中に消える。
「闘い……それは、己の誇りをかけた、技と技とのぶつかり合い」
 徐々に……彼女の声は気迫を増してゆく。
 そして次なる言葉を発するとき、その顔が不敵な笑みを浮かべてがばっと持ち上げられた。
「そう、これは……そんな闘いが巡りゆく舞台に他ならない! 戦士よ、剣士よ、格闘家よ、魔法使いよっ……! いや、この世にあふれる全ての闘いし者よ! いまその舞台は整えられた!」
 瞬間――再び大きな音を立てて、今度は暗闇の世界が光によって消え去った。そう、そこは……大勢の観客が見下ろす巨大な闘技場であった。
 まゆりを囲むのは、ブドウ畑のように傾斜型となって円を描く観客席。ひしめく観客たちが見守る中で、まゆりの手がマイクを宙へと投げ上げる。華麗に、そしてカッコよく……くるっと一回転した彼女は、背面でマイクを手にしてそれを掲げた。
「レディースアーンドジェントルメーンッ! ラムール大闘技大会、開催イイイィィ!」
「「わああああああぁぁぁ」」
 熱気にあふれた観客たちの掛け声に、まゆりの顔は非常にご満悦だった



「始まったみたいね」
 会場のほうから聞こえてくる賑わいの声を聞いて、リーズ・クオルヴェルは呟いた。彼女がいるのは、闘技場の入り口にある受付である。そこには、友人でもあるノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が受付係として働いていた。
「ナイトパーティのときもそうだったけど、あの人、司会が職業なの?」
「あ、あはは……そういうわけじゃないんですけどね。本業はライターさんですし」
「……そうは見えないのが恐ろしいわね」
 感心したような呆れているような、そんな表情でリーズはまゆりがいるであろう闘技場に目をやる。ノアもまゆりの自由奔放さには苦笑が隠せないところだ。
 そんな二人のもとに、大会の参加者や観客の間から二人の人影が近づいてきた。
「あれ、レンさん?」
 ノアの声に反応して、リーズもそちらに目をやる。
 彼女たちのもとにやってきたのは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)……そして、彼とともに闘技場の見回りを担当しているマクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)だった。
「見回り、終わったんですか?」
「一通りはな。これからまた、今度は別々に闘技場内を見て回ろうと思う」
 いくらルールありの闘技大会とはいえ、血の気の多い参加者同士であればふとしたことで喧嘩が勃発することもありうる。レンの役目は、そんな争いやいさかいを顔役として収めることにあった。冒険屋ギルドのレン・オズワルドともなれば、十分な効果を期待できるだろう。
「久しぶりだな、リーズ」
「久しぶりね。まさか、こんなところであなたたちに会えるとは思ってなかったわ」
 レンを見るリーズの瞳は、楽しげに色を変えていた。すると、その瞳はレンの後ろにいるマクフェイルへと注がれる。
「あなたは……?」
「あ、はじめまして。話はレンさんから聞いていますよ。私はマクフェイル・ネイビーと申します。以後お見知りおきを……」
「あ、ど、どうも……ご丁寧に」
 リーズが萎縮するほど柔らかい物腰で、マクフェイルは彼女と握手を交わした。
 リーズの瞳が、わずかに見開く。とても柔和で優しげな笑顔であるが、その手からあふれ出る烈気は熟練の剣士のそれだ。彼もリーズの力量に気づいたのだろうか、彼女の視線に気づいたマクフェイルは笑顔を再び浮かべた。
「これは、あなたの試合が楽しみですね」
「そう言ってもらえるとうれしいわ……私も、楽しみにしてる」
 リーズは不敵に笑ってレンとマクフェイル……二人を同時に見やった。しかし、その楽しげな彼女の瞳に、ノアの声がきょとんとしてかかった。
「あれ? リーズさん、レンさんとマクフェイルさんは大会には参加しませんよ?」
「え……?」
 てっきり闘えると思ってたのに……。
「レンさんとマクフェイルさんは今回『お仕事』で来ているので……」
 苦笑するノアに続けるように、レンが少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。
「俺も出来れば、こういう舞台でお前と闘いたかったんだが……なかなかそうも、都合よくはいかなそうでな」
「……そうですね」
 レンと同調するマクフェイルの目は、参加者たちの中を巡っていた。まるで、獣かなにかでも探すかのように。
「じゃあ、レンさん。私は向こうのほうから回ってみます」
「ああ……それじゃ、俺たちはまた行ってくる。じゃあな、リーズ、ノア」
 二人に別れを告げて、レンとマクフェイルはそれぞれに別方向から闘技場内へと向かっていった。
 二人が参加しないとあって、どこか釈然としないような残念そうな顔をしているリーズに、ノアが口を開く。
「レンさん、なんでも嫌な予感がしているらしいです」
「嫌な予感?」
「はい、それが何かは、分からないみたいですけど……リーズさんも、気をつけてくださいね」
 嫌な予感……。一体、何があるというのだろうか? 二人が警戒するほどの何が……。
「おーいリーズー! 予選始まるよー!」
「あ……っと、呼んでるみたいだから、そろそろ行くね」
「はい、それじゃあ、また後でー」
 思考をストップさせた友人の声のもとへと、リーズは駆け出していった。
 その背中を笑顔で見送ったノア――ふと、視界に何か言いようのないほどの殺意が映った気がした。
「……ッ!」
 だが、振り向いたとき、そこには何事もない参加者たちの雑談の光景があるばかりだ。なんということもない、闘技大会の賑わいが。
 ただ、だからこそ、だろうか……ノアはそこに、不吉な予兆を感じた気がした。