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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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●14.引き継ぎ/捜査開始4日目の朝


 “手入れ”の作業が一段落した後、八街修史警部から「全員ちょっと集まってくれ」と指示が出た。

 大きめの会議室に、今回の“依頼”で環七中央署に駆けつけた「契約者」が並んで座っていた。
 正面の演壇に、八街警部が立った。
「まず、礼を言う。君達の協力に、心から感謝する」
 八街警部は会釈した。つられて「契約者」達も頭を下げる。
「君達のおかげで、“環七”界隈を騒がしていた“バースト”“ザラメ”“アズキ”というドラッグの一件もひとまず収束しつつある。
 今後も詳細解明のため、調査は必要になるだろう。が、それらは我々警察の本格的な仕事になる。
 本日を以て、依頼は終了だ。報酬は後日届ける。
 改めて言う。本当にありがとう。君達のおかげで、“環七”は守られた」
「失礼。質問がある」
 手を挙げる者がいた。夜薙綾香だ。
「聞いた話では、本件は地球の暴力団が関わっているそうではないか?
 “環七”の暴走族や不良少年同様、そちらにも『契約者』がいるとなれば、我々のマンパワーもまだ必要だと思うのだが?
 私もそう暇ではないが、できる限りの協力は惜しまん」
「同感です」
 武神牙竜も手を挙げた。
「正直、やっと巨悪の尻尾が捕まえられたと思います。
 これからが、本当の始まりなのじゃないかと」
「……相手にとって不足はねぇな。何せ“ヤクザ”だ。全員“引っ張”ってやろうじゃねぇか。何ならイコンでこっちから“カチコミ”かけてもいいんだぜ!?」
 狩生乱世が、ぱん! と拳を掌に打ちつけた。
「それなんだがな……」
 八街警部は咳払いをした。
「黒幕の巌郷会は、空京にいるわけではない。東京だ」
「つまり、今後の調査は地球に移るわけだな?」
 朝倉千歳が腕組みをした。
「了解した。各種の『根回し』はイルマがやる」
「……あの、勝手に決められても……」
「心配するな、私も手伝う。初歩的な質問だが、警視庁と警察庁は全く別な組織なのだよな……?」
「や、だから、だ」
 八街警部は、ぱん、と一度手を打ち鳴らした。
「今後の捜査は、地球・日本の警視庁に引き継ぐ。君達の仕事は終わった」

「納得できねぇッ!」
 怒鳴ったのは乱世だ。
「やっと黒幕のシッポ捕まえたってのによぉ! ケーサツの仕事ってのは、悪いヤツらを捕まえる事じゃねぇのか!?」
「君の言う通りだ、狩生さん。だが、それはケーサツである我々の仕事だ」
「今のあたいらだってケーサツだろうが!?」
「一時的に雇われた、な」
「……ああ、はいはい。仕事は外から集めたヤツらに任せて、大きな手柄はそっちがゲットってわけね!? オトナってのはどこにいっても汚いもんだなぁ!?」
「見損なうなッ!」
 八街警部は怒鳴り返した。
「巌郷会のある東京は、環七中央署の管轄でも空京警察の管轄でもない。必然、そこを守備範囲とする部署に仕事を引き継ぐのは組織として当然の事だ。
 ――正直言えば、私だって口惜しいし、君達のような正しい心構えを持った『契約者』が今後の捜査に協力してくれるというなら心強い限りだ。
 が、一方で、警察官採用試験も受けていない人員を警察業務に当たらせるというのも、相当危ない橋だ。やり過ぎると、今後にも関わってくる問題となる」
“やり過ぎ”たらどうなる?」
 綾香の問いに、八街警部は少し考え、
「マンパワー不足を補う為、警察が状況に応じて『契約者』を呼んで仕事を回す事が禁じられるだろうな」
「根本的な問題であるマンパワー不足はどうなる?
「解消される保証はない」
「……警察の“組織”というのはそういうものなのか?」
「いや、どちらかというと警察という“お役所”の問題なのかも知れん」
 沈黙。
「すみません」
 赤羽美央が手を挙げた。
“ザラメ”“アズキ”密売ルートの上流はこれでほぼ押さえる事ができました。
 しかし、個々の密売人や常用者はまだ多くが“環七”に残っていると思います。“バースト”の鎮静化、市場に出回ったままのクスリの押収。空京“環七”でやる事、やれる事は残ってますよね?」
「――八街警部。依頼が今日で終了というのは、正式な決定でございますかな」
「正式なものだ」
「――では」
 牙竜がまた手を挙げた。
「依頼主から『任務完了』を言われれば、こちらとしても引き下がらざるを得ません。
 ですが、いきなり招集かけられて『終わりだ、帰れ』と言われてすぐ解散、というのも如何なものでしょうか。
 後片付けや後始末くらいはさせて欲しいですし、そうでなくとも、警察関係の仕事となれば、引き上げる際にも色々とデリケートな事があると思います。
 撤退までの猶予の時間を頂けませんか? “色々と手間取る”と思いますので」
 八街警部は少し考え、
「……そうだな。言われてみれば乱暴な話だった。
 ある程度なら猶予も確保できると思う」
「では、その“ある程度”の時間でできる事をしたいと思います」

 その後、“環七”内の“ザラメ”“アズキ”密売人及び常用者、ほぼ全てが警察に検挙された。
 “路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”やその傘下の密売人を徹底的に尋問し、『誰に売っていた』『誰に回していた』『誰からカネを受け取っていた』をかなりの精度で洗い出せた事による。
 “ザラメ”“アズキ”関連の一斉“手入れ”の4日後、本件“依頼”は解除された。以後捜査は「巌郷会」を洗う方向に絞られ、調査活動で得られた資料、証拠等は警視庁から来た者達に引き継がれた。

 その一ヶ月後、地球・日本で警察当局による巌郷会への家宅捜査が行われた。
 さらにその半月後、事件全容――巌郷会がパラミタ大陸の「契約者」にドラッグを密売した事、パラミタ大陸での実際の密売は現地の不良少年グループにやらせた事、ドラッグ調達の為に所属組員が色々と下準備や段取りに動いた事、幌向将佐が実際の指揮を取っていた事、現場を仕切っていた古座余助はいざとなれば自殺するよう吹き込まれていた事等――がほぼ解明された。