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リアクション
第1章 切り開く翼 3
グロリアの援護射撃を背後から聞きながら、ヒロユキは槍を眼前に構えて敵陣を正面突破した。唸りをあげる聖なる幻槍モノケロスは、ヒロユキの意思に応えるように次々と敵を貫き倒していった。
やがてカルキノスたちが上空で戦う領域まで到達する。地表では、騎士団と契約者たちが猛威を蹴散らしていた。
「遅かったな」
「ちーと、寝てたもんでね」
背後に飛びのいてきた菜織に、ヒロユキはのんびりと答えた。口は軽口を飛ばしているが、槍だけは的確に敵を貫いている。数名の敵兵を弾き飛ばしたヒロユキに、菜織は見透かすような笑みを見せた。
「そうかい? どうせ君のことだ。タイミングでも見計らってたんじゃないかと思ったんだがね」
「ははは、まさか」
苦く笑いながら答えたヒロユキだが、彼の瞳に宿るのは顕然たる意思のような気がした。その意思は、彼なりの戦いへの信念さえも帯びているように思える。
それはヒロユキが敵陣を突破したおかげで、包囲へと動き出そうとした敵兵たちの陣形が乱れたことにも由来していたのかもしれない。
ヒロユキは槍を肩に持ち上げて頭をかいた。全く、けったいなものだと、彼は思った。持ち上げた槍を振り回して、次々と襲ってくる敵をなぎ倒し、そうして得られるものが自分のためになるかどうかも分からない。
(世の中損得じゃないとはいえ……俺らしいのか、らしくないのか)
普段は自分の周りで騒動が起きても気にはならないが……なぜか、カナンの人たちを見ていたら、自分を動かねばならないと思ってしまっていた。真摯な思いで戦うアリアの姿が眩しく、菜織たちの信念を持った姿勢が美しく思う。もしかしたら俺は――そんなものに憧れているのかもしれない。
(……考えるのはやめだな)
槍を振るう。今はそれだけに集中しようと、ヒロユキは思った。
それに、敵兵たちの動きは徐々に機敏になってきていた。奇襲による狼狽から抜け出して対応に慣れ始めたということも関係しているのだろう。互いの連携が取り合えるようになった兵たちは、お互いを攻撃することに恐れてはいるものの、次第にこちらにそれなりの抵抗を起こせるようになっていたのである。
無論――それに気づいているのはその場にいた全員であった。もともと数では劣勢が明らかな戦いである。このまま、敵兵に態勢を整えられるのはまずい。
そう思ったときには既に、ダリルの目が砂丘の向こうを見つめていた。すると、巨大な波を掻き分けるような音が聞こえてきた。敵兵たちがはっとなってそちらを見やる。
「あれは……!?」
「きたな」
ざわめきたつ敵兵たちの目の前に現れたのは砂の上を走る砂上帆船であった。それを操るのは無論――砦侵攻戦でも船長を務めたフラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)だ。一見すればただの明るい少女である彼女は、どこか背伸びしたお嬢さんのように可愛げな声を張り上げた。
「砂上帆船“ル・ミラージュ号”ここにあり! 我らが底力をとくと見せつけるのだ!」
「あいあいさー!」
船の中では、なにやら無駄に熱い男たちが熱気を帯びた掛け声をあげた。フランさんの言うことならなんでもやりますぜ! と言ったような、いわゆる若様扱いにも似た空気がそこには満ちている。
「あれ、アンリたちは?」
「兵を率いてもう出ております! 司さんたちも、一緒に出たようで……」
「さっすが行動が早いね! よーし、こっちも負けてられない。ファルコネット砲よーい!」
ガチャリと船の舷側に顔を出したのは、数名の部下たちが管理する大砲機だった。艤装の穴からは銃機関銃の銃口が飛び出し、ル・ミラージュ号は戦闘準備を整えた。
「奴らに南カナン軍の恐ろしさを思い出させてやるんだ! 怒らすと怖いんだって! もう言いなりになんかならないんだって! 南カナンをボクらの手に取り戻すために、ネルガルには屈しない強い気持ちで、勇気と誇りの為に今こそ再び立ち向かおう。立ち上がろう、カナン! 掴み取ろう、平和を!」
狙うは敵軍のど真ん中――フランの最後の一声が響いた。
「いざ、出撃!!」
フランが船内で部下たちに活力溢れる声を発していたとき、すでに大地へと降り立ったアンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)と月詠 司(つくよみ・つかさ)の部隊はルカたちと合流していた。司はアンリの駆る愛獣、リュウールに乗せてもらっているが、その上空では彼のパートナーたるシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)とケイオース・エイプシロミエル(けいおーす・えいぷしろみえる)の姿が見えた。
「へっ……うぜぇんだよっ!」
合流して早々、襲い掛かってきた敵兵をギロチンで無残に切り刻んだ司が、ふてぶてしく、そして楽しげに舌を鳴らした。彼の周りでは、なぜか彼そっくりにいじってある三匹の傀儡が、狂気に満ちた殺人者のように腕を振るっている。普段は知的な雰囲気を纏った学者然とした司であるが、なぜか今はその双眸も殺意ある鋭さを宿し、口調もいささか雑然としたものになっていた。
自らも槍をもって敵兵をなぎ払いながら、帆船に乗り込んだときとは雰囲気がまるで違う彼に、アンリが怪訝そうな声をかける。
「司……これは敵軍のかく乱が目的なのだ。必要以上の被害は敵味方ともに避けるということを忘れるでないぞ」
「はいはい……了解してるっての」
そうは言いながらも、司がそれを守ろうと思っているかどうかは定かではなかった。実際、彼は殺人そのものを楽しむように敵兵を無残に屠っていたからだ。
アルティマ・トゥーレによる氷の力を宿したギロチンが、勢い任せに相手の首をねじ切り、奈落の鎖をもって身動きがとれなくなった敵兵をケタケタと笑いながらいたぶる。
彼の中を蝕む三匹の宿屍蟲は、それぞれに作用を持つものの結果として司の瘴気を増幅させる状態を生み出していた。
もはやそこには月詠 司たる人格は存在しておらず、あるのはアギトと呼ばれる瘴気の生み出したもう一人の彼だ。そしてその事実を知っているのは、上空で司を見おろしてくすりと笑みを浮かべるシオンだけに他ならなかった。
「シオンおねぇさま、なにか面白いことでもあったの?」
「ふふ……いいえ、別に」
まるでオモチャを前にした子供のような笑みのシオンは、更なる司の暴走に胸を躍らせていた。まったく、どんどん愉しいことに彼は発展していくものだ。トラブルを好むこの吸血鬼は、そんな司の運命を見て、心底面白そうにほほ笑んでいた。
「それじゃあ、おねぇさま、私も遊んできますわ」
「あら……それじゃあ、どれで遊んでも良いから、沢山遊んで沢山愛して上げなさい」
ガーゴイルから飛び降りたケイオースは、シオンの言葉に首をかしげながらも地表に降り立った。
「司おにぃさまはグールは良いけど生きてる人はダメって言うし、シオンおねぇさまはどれで遊んでも良いから沢山遊んで沢山愛して上げなさいって言ってる……もぅ、どっちだが分からないわ」
やれやれといったケイオースは、すぐに考えることを止めた。分からないのだから、だったら近くにあったもので遊ぶだけだ。
ふと、幼いメイドにしか見えないケイオースを、早々にグールたちが取り囲んだ。しかし、ケイオースはクスクスと笑うだけだった。
「あれ……遊んでくれるの?」
その不気味な笑みにグールたちが言い難い本能の恐怖を感じたかどうかは定かではないが、一瞬だけ戸惑った彼らに待っていた運命は、死だけだった。
ハウスキーピングに使う何の変哲もなさそうな竹箒を振るったかと思えば、柄の部分から飛び出していたのは鋭く尖った刃であった。
転瞬。
ケイオースの周りには切り刻まれたグールの死体がぞくぞくと積みあがってゆく。相手が動き出すよりも早く、仕込み刃はどんどんグールを打ちかかっていくのだ。やがてグールたちを殲滅して、ケイオースは無残に敵を倒してゆく司を見やった。
「……おにぃさま? 何だか今日はちょっとヘン?」
今日に限ったことではないが……と心の片隅で思ったことだけは、ケイオースは珍しく自分の中だけに収めておいた。
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