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リアクション
第2章 誰かのために 4
ヤンジュスでは数多くの南カナンの民たちが集められていた。それは、ニヌアからかろうじて逃げ出してきた者や、点在する村から逃げ出してきた者など、様々な民たちであった。その多くは女性や子どもであるものの、中には戦闘能力を持たない一般の男たちも混じっている。
無論――それもまた、いわゆる志願兵として民を守るために戦おうとしているのだが……シャムスが女であると知れてからというものの、志願兵の男たちも“南カナン”のためというよりは、“自分たち”のために戦っているといった様子であった。シャムスに統括されることには納得がいかないが、モート軍が迫ってきている今はどうしようもできない、ということだろう。
そして、他に志願兵が命令を甘んじて聞いている理由をあげるとするなら、それはもう一つ。
「…………」
「イナンナ、どうした?」
憂いの表情で兵士たちを見つめていたイナンナに、傍にいた鬼崎 朔(きざき・さく)が尋ねた。
「……いえ、なんでもないわ」
しかし、彼女は兵士たちから視線をそらすと、ごまかすように言った。きっと何かを考え込んでいたのだろうと朔は思ったが、彼女はそれを聞くことはなかった。
今となっては姉妹のような歳の差になってしまったが、朔――いや、この場では朔・アーティフ・アル=ムンタキムか。放浪の剣士を名乗っていた彼女がイナンナと出会ったとき、二人はほぼ瓜二つのような容姿をしていた。
違いがあるとすれば刺青や瞳の色といった程度のものだ。元の姿のイナンナを知る者は多いかもしれないが、幼きイナンナをはっきりと知る者は少ない。そこを利用して、朔はこの南カナンで彼女の身代わりを務めていた。
しかし……それも今はもう終わってしまった。イナンナはもとの力を取り戻し始めて成長し、朔は幼き姿のまま朔・アーティフ・アル=ムンタキムとして彼女の護衛を続けている。
鬼崎 朔として接することも考えたが……その考えはすぐに彼女の頭の中から消えてしまった。それは、このまま幼き自分として彼女と“友人”でありたいと、思ってしまったからでもある。
「なあ、イナンナ」
「なに?」
「古城で、こんなものを見つけたんだ」
朔は、ヤンジュスの古城の中でパートナーたちが見つけてくれた資料を彼女に見せた。それはある種の古文書のようなもので……ページを開くと、そこにはイナンナらしき娘とエリシュ・エヌマを彷彿とされる飛空艇が描かれていた。
朔は、自らで一枚ずつページをめくるイナンナを見つめていた。やがて、意を決したように彼女に問いかける。
「教えて欲しい。この古文書が何なのか。そして、エリシュ・エヌマと君との関係を」
しばらくの間、イナンナは沈黙していた。しかしやがて、静かに口を開いた。
「あれは……もう何千年も前の話ね……このカナンには、不思議な運命があってね。千年ごとに、大きな災厄が必ず降り注ぐの。それは自然災害であったり、あるいは魔物であったり……私は、そんなカナンの運命とともにあって、それらの災厄と戦うことを運命付けられていたわ」
イナンナの目は、どこか遠くを見つめていた。それを見守って、朔は黙ったまま話を聞き続ける。
「“心喰いの魔物”は、そんな災厄の一つなの」
「災厄の……一つ?」
「そう……あれはこのカナンを滅ぼすことを宿命とする、強大な闇の力。そして、私はそんな闇の力からカナンを守るために、あの飛空艇――エリシュ・エヌマを作ったわ」
それが、古文書に描かれていた時代のことなのだろう。恐らくは、その戦いが神格化され、伝説となって語り継がれたに違いなかった。
「ただ、あれは災厄の一つであっても……それまでの災厄とは比べ物にならない力を持っていたわ」
「比べ物にならない力?」
「それが……あの闇が“心喰い”と呼ばれる所以。あれはもともと、ただの闇でしかなかった。でも、人の心にある光を喰らうことで自我を持ち始め、形を成し、力を得て……やがて大いなる災厄の一つとなった。でも、それだけに留まることはなく、あの闇はどんどん力を膨張させていったわ」
光を吸収して膨張を続ける闇の存在。朔はそれを想像しただけで、悪寒にも似たものを感じた。
「災厄の一つとなったあの闇をかろうじて封印することには成功したけれど、その代償はエリシュ・エヌマの大破だった。だから私は、これ以上あの時のような戦いを起こさぬ意味も込めて、エリシュ・エヌマを地下に眠らせたの」
「そうだったのか……」
そうして、やがてエリシュ・エヌマは南カナンの民たちによって発見され、現在に至る。彼女がエリシュ・エヌマのことを語らなかったのは、恐らく、傷ついた子供を休ませてあげたかった……そんなものにも似た感情があったのかもしれない。もしくは、情報の混乱を避けるためか。
イナンナによると、エリシュ・エヌマは彼女が作ったものとはいえ、その構造を深く理解してはいないらしい。大部分は当時の神官たちによって製造されたものであるし、核となる機晶石に自らの加護を与えた以外は、未知の領域に当たるのだそうだ。
国家神に嘘感知が効くのかどうかは分からぬが、少なくとも感覚は反応していない。朔はそれを信じた。
「話してくれて、ありがとう」
朔がお礼を言うと、イナンナは黙ったまま穏やかに微笑した。
――仮に、彼女が嘘を言っていたとして。仮に、彼女が何も話してくれなかったとして。たとえそれでも、きっと朔は彼女を護ろうとするであろう。
大切な友であるイナンナを信じて、そして……誇りに思っているから。
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