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第2章 硬派番長と名乗る男

 パラ実特有の制度の中に「四天王」というものがある。
 単純に考えて不良の集まりであるパラ実において、その不良たちを束ねる存在が必要だった。そこで考え出されたのが「四天王制度」であり、この四天王に含まれることを認められた者は、その瞬間から「番長」と名乗ることを許されるのである。
 だがここからが少々奇妙な話である。四天王といえば「4人いる」ないしは「4人しかいない」と考えるのが普通なのだが、パラ実においてはその大半が「4以上を数えられない」からなのか、四天王を名乗る者が無数に存在するのだ。
 しかもただ存在しているというわけではない。パラ実の四天王にはランクが設定されており、その最上位は「S級」と呼ばれ、その下にA級、B級、C級、D級、E級と設定されており、S級だけは本当に4人しかいないとされている――D級、E級となればそれこそ4以上どころか数え切れないほど名乗る人間がいるのだ。
 では他のランクではどうか。C級以上は――現在ではどうかは不明だが、かつてはパラ実の生徒会に任命されるという形をもって初めてなれた。下のD級やE級に関しては、とりあえずそのランクに属する四天王を倒せば名乗ることを許されるのだ。
 ついでにいえば、このようなアバウトもいいところの制度をあまり理解しないまま、「パラ実を占領するためには、まず四天王を名乗る人間を4人倒せばいい」と考えてしまい、後になって真実に気づかされたのが存在したことがある……。

 さてそのような制度の恩恵はいまだに存続しており、ここにも1人、D級四天王を名乗る男が存在した。通称「硬派番長」こと「げんだ」という男である。
 パラ実に属する不良は、その大半がモヒカン頭で、スパイクをふんだんに取り付けた鎧を身に纏い、「ヒャッハー!」というお決まりの奇声をあげるのだが、硬派番長の一派はそれとは違い、下につく者は全てどこから調達したのか「学ラン」を身に纏い、髪型は自由――この場合、リーゼントが最も人気である――、奇声はあげないという、人によっては時代錯誤であると揶揄されかねない集団だった。
 ついでに言えば「モヒカンの連中」は――もちろん全員がそうというわけではないが――略奪・暴行は当たり前で、好きな時に好きなだけ悪役を謳歌できるのだが、「硬派な連中」は略奪はせず、むやみやたらと暴行はせず、女――特に百合園女学院に通うようなお嬢様は彼らにとってはアイドルであり、遠巻きに眺めるのが常であって、手を出すなどもっての外である。いわゆる「スケ」に属する女に関しては別だったが。
 そしてげんだという男は、その硬派な不良どもを束ねるチームのリーダー的な存在だった。パラ実に所属し、それなりのケンカを重ねた結果D級四天王と呼ばれるまでに登りつめ、彼に従う舎弟はE級四天王の5人の他、合計して650人にも及んだ。この650人という数字だが、実はこれは「D級やE級が率いることができる人数」ではない。実際にD級やE級が率いてもよいとされる舎弟の人数はこの10分の1にも満たず、本来ならばこの集まりは「ルール違反」もいいところなのだ。これはげんだが意図して集めたものではなく、いつの間にか似たような手合いが650人分も集まってしまったというだけなのだが……。

 そのげんだの元に客がやって来た。ケンカを売りに来るらしい2人組――要とアレックスのこと――がいるのは知っているが、まさかその人間ではあるまいか。
 果たしてげんだの予想は外れた。彼の元にやってきたのは要たちではなく、3人の女性だった。ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)と、そのパートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)、そして小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)である。
「にしても、このご時勢に昭和な硬派たぁ、われなかなか渋い趣味しとるのぅ」
 げんだと面会して、まずそう切り出したのはシルヴェスターだった。端正な顔立ちで、外見18歳の割と「美人」と呼べる少女の口から、なぜか男性風の広島弁が飛び出るというのは、なかなかにギャップがある。
「まさに古き良き時代のアウトロー。そがぁな人材を無くすなぁ惜しぃんじゃ。っちゅうわけでわれを守らせてくれ」
「えっ、いやさすがに女に守ってもらうってのはちょっと……」
 四天王の中でも下級に属するげんだだが、硬派を名乗っている手前「女子供に守られる」ということを良しとしない気概にあった。
「まあ気持ちはわからなくもないんですけどね」
 シルヴェスターに代わり、荒野の住人でありながらビジネススーツを着こなすガートルードが交渉に入る。
「ただまあ先生はあなたのような方をいたく気に入られてましてね。断られても護衛を行うと聞かないのですよ」
「親分、硬派番長は昭和の同士じゃ。助太刀せんでどうする」
「……とまあこんな感じなんです」
「はぁ……」
 げんだはよく知らなかったのだが、目の前にいるこのスーツ姿と広島弁の女2人はれっきとしたパラ実生である。しかも最近ではパラ実の風紀委員から指名手配されているというひとつの大物なのだ。ついでに言えば、ガートルードの方は見た目こそ24歳という「セクシー美女」に属する人間だが、まさか中身が14歳程度の少女であるとは誰が想像できるというのか。げんだがこれを知れば「女子供はさっさと帰れ!」と怒鳴ることうけあいだろう。
「大体にして、私たちの縄張りを荒らそうというふざけた2人組がいますしね。どうも強さ自慢の乱暴者、でもって自分勝手なわがままディーキューエヌ。しかも協力者まで出てきているとか」
「なんぼこっちが650人いるゆっても、相手は契約者の集団じゃ。負ける可能性は十分にあるんじゃ。それなら、なんぼかは協力者がいても損にゃぁならん」
 大体にして自分たちはパラ実生だ。それならば硬派番長たちが「遠巻きに眺めたい」女の対象にはならないだろう。昭和の雰囲気を好むシルヴェスターはそう続けた。
「……はぁ、まったくしょうがねえな。わかった、そこまで言うなら好きなようにしてくれ」
 押し問答の末げんだは折れることとなった。だがこの後、彼はさらに折れることとなる。
「それじゃ、私も一緒にいていいよね!」
 続いて会話に参加したのは美羽だった。彼女も個人的な事情からげんだに協力しようとやってきたのである。
 だが2人の時とは違い、げんだは思い切り美羽を拒絶した。
「って、あんたはどう見ても蒼空学園の生徒じゃねえか。ダメだダメだ、あんたみたいなのはこんな所にいるべきじゃねえ。今から650人以上で大乱闘が始まるんだ。怪我しない内にとっとと帰んな」
「え、いきなり帰される流れ?」
「当然だろ。ここは不良のたまり場だぜ。女子供にゃ用は無え」
 だが美羽とてただで帰るわけにはいかなかった。彼女は現在の立場こそ【蒼空学園新生徒会副会長】だが、それとは別にE級の四天王でもある。そのつてもあって、荒野の孤児たちのために孤児院を作ったり、ある時は空京大学の受験を考えるパラ実生の面倒を見たりと、それなりにパラ実の人間とは関わりが深い。
 パラ実にもいい人間、悪い人間といる。それを美羽は知っていた。
「でもさ、私もE級だったりするんだよ?」
「E級なんてなろうと思えば誰でもなれるだろうが。お前さんみたいな可愛い女の子っていうのはな、少なくとも俺たちみたいな不良と関わりあいになっちゃいけねえんだよ。それにそのスカート」
「え、スカートがどうかしたの?」
 美羽は穿いているスカートに目をやる。いつものミニスカートだがこれがどうかしたのだろうか。
「短すぎ」
「はい?」
「だからスカートが短すぎるんだよ! どう見ても今時の若い女子高生ってやつじゃねえか! そんなチャラチャラした格好で不良の味方をしようなんてパラミタ5000年でも早すぎるわ! ロングだ。ロングにしてこい!」
「…………」
 要するにげんだは、「スケなら、スカートは足元にまで伸びたものに決まってる」という感覚でいたのである。それゆえに、ミニスカートを愛用する美羽の姿は、彼の怒りを買うのに十分すぎた。
「なるほどね。硬派と言うよりは、一昔前の不良さんって感じなのかな」
 げんだを含め、この場に集まった男たちを見回してみる。集まった顔ぶれは、髪形をリーゼントにした者が多く、調達してきたらしい学ランは大げさな改造を施さずきっちりと着こなしている。さらに目つきが違っていた。今時の不良というものは「とりあえず反抗・いきがる」という程度で何かしらの明確な意思を持った者が少なく、また目上の存在に何かを言われたらすぐに暴力に訴えるなど非常に短絡的である。だがここにいる男たちは、何かしらの不動の意思をもって不良を演じており、また自らのその姿に誇りを持っているため、すぐに暴力を振るうような真似はしない。
 自分たちは不良だ。だからこそ不良じゃない人間は遠ざけなければならない。彼らには彼らの生き方があり、それに理由も無く介入することは同じ不良として決して許してはならないことだ。げんだたちの目はそう語っていた。自分たちの名前をひらがなで呼ぶことと、服装に難癖つけるところはさすがにどうかと思うが……。
「うん、やっぱり決めた」
 美羽の意思は変わらなかった。やはり自分もげんだに協力しよう。
「服装のこともあるからげんさんの近くには行かないけど、せめて他のE級さんたちと一緒にいるのは認めて。こう見えて私もそれなりに強いんだから!」
 言いながら美羽は怪力の籠手をはめた腕でシャドーボクシングを始める。普段は足技が主体の彼女だが、今日は拳の方で戦うつもりなのだ。
「……勝手にしろ」
 決意の変わらなさそうな美羽の姿に、げんだは諦めざるを得なかった。

 そんなげんだの元にまたしても客がやって来た。先ほど要たちと別れたばかりの、軍用バイクに乗った七瀬歩である。ちなみに歩がこの場所を知りえたのは、彼女が某所でE級四天王の称号を得たからだ。
「……どう見ても百合園女学院のお嬢様じゃねえか……。何だって今日はこんなに女子供と関わらなきゃいけないんだ……?」
 しかも相手は蒼学の女子高生よりも扱いが難しい人間である。まさか怒鳴りつけて追い返すわけにもいかないだろう。
「えっと、硬派番長さんって、どなたですか?」
「あ、俺っす」
 物腰柔らかい態度で問われると、げんだとしてはついつい態度を丁寧にさせざるを得ない。そんな姿を見た舎弟たちはここぞとばかりにはやし立てた。
「おやおやげんださん、相手が可愛いお嬢様だからってデレデレしちゃって〜」
「なんだかんだ言って、げんださんは可愛い女の子が好きですもんね」
「う、うるせい、バカヤロウ! お嬢様相手に睨みきかせるバカがどこにいるってんだよ!」
 舎弟相手には怒鳴るがそれでもその拳は飛び出さない。歩が見ている手前、ケンカするわけにはいかないのだ――ガートルードや美羽を相手にした時と態度が全然違うのは、歩が「百合園女学院のお嬢様」だからだろうか……。
「あ、番長さんだったんですね。初めまして、七瀬歩です」
「あ、これは丁寧にどうも。硬派番長を名乗らせてもらってますげんだっつーもんです」
 リーゼントの乗った頭を深々と下げ、げんだも挨拶を交わす。しかも歩に向ける表情は満面の笑顔だった。不良であるくせに、相手が相手だとこうも態度が変わるものなのか。
「あの、ところで歩さん。つかぬ事をお聞きしますが、歩さんもやっぱりケンカに加わるおつもりで……?」
「え? いえ、それはさすがにしませんけど」
「ああ、それはよかった。歩さんのそのお顔に傷でもついちゃ大変ですもんね」
「あはは……、一応自衛はできますけどね」
「いえいえ、やっぱりケンカはしないのが一番ってもんですよ。どうせやるなら、やっぱり男の出番です」
 ついさっき3人の女が自分に協力すると言ってきたのだ。げんだとしてはこれ以上不良ではない――ように見える人間を加わらせたくはなかった。恥ずかしいというよりも、男として情けなくなってくる。
「でも、女の不良さんもいますよね?」
「あ〜、そうですねぇ。ここにはいませんけど、やっぱりいるところにはいますね。まあできればあんまり関わりあいにはなりたくないっす」
 そもそも「できれば女子供は関わらせない」のがげんだのポリシーというものなのだ。関わるとするなら、身も心も完全に不良そのものでなければならない。まともな女は遠巻きに眺めるに限るのだ。
「……そういえば、げんださんはどうして硬派って呼ばれてるんですか?」
「え、あ〜、そこですか……」
 歩のその質問にげんだは返答に窮した。そういえば自分でそう名乗ってはいるが、改めて聞かれると意外と答えにくいものである。
「う〜ん、まずはケンカのスタイルですかねぇ。基本的に武器は使わず、素手と蹴り。使うとしてもせいぜい木刀とかですね。剣とか銃とか、まして魔法なんて不良としては邪道です」
「こないだ私はヨーヨーを使うらしい女の不良さんと会ったことがありますけど……」
「へぇ、それは珍しい。っていうかよくそんなの使うなぁ……」
 一体どこの世紀末か、あるいは刑事(デカ)か。まさかその少女が、今頃はナラカで死人としての人生を謳歌しているなど、げんだは知る由も無かった。
「他に硬派って呼ばれるとすれば……、やっぱり女子供を寄せ付けない、ってとこですかね」
「それはどうしてですか?」
「そりゃやっぱり、ある程度年をとった男と違って力が弱いからですよ。子供はやっぱり真面目に勉強して、友達と仲良く遊ぶのが一番。悪いことはしちゃいけねえ。まして女となると……、ほらやっぱり、いつかはお袋さんになりますからねぇ。それまでに顔とかに傷がついて嫁さんの貰い手が無くなったら大変ですから……」
 最近では、男顔負けの力と態度を有する女もいるし、ましてパラミタの契約者となれば子供でも、並の男など片手でひねり潰せてしまう。それでもげんだがそういった存在を寄せ付けないのは、自らが女子供に抱くイメージを女子供の方から破壊されたくないからなのだ。
「ということは、やっぱり弱いものいじめとかは……」
「そんなもの不良のやることじゃありませんぜ。むしろそんな奴は不良の風上にも置けねえ!」
 不良とは暴力を振るう存在ではない。あくまでも社会の一員として認められたいがために若者が選ぶ、1つの手段に過ぎない。たまたま「真面目な好青年」になりきれずに別方向へ行ってしまっただけであり、日頃の鬱憤を晴らすために無関係の弱者をいたぶるようなことはしてはいけない。げんだはそう考えていた。
「なるほど……」
 そこまで聞いた歩は、げんだにある「お願い」をし始める。
 曰く、要とのケンカをやめてほしい、ということである。
「要ちゃんのことについては、私の方から謝ります。ですから、どうかケンカはやめてもらえませんか?」
「歩さん……」
 歩に対し、げんだはその目元を吊り上げたりはしない。だがそれでも彼女の願いを聞き入れたりはしなかった。
「お気持ちはよくわかります。ですが、これは俺たちの問題です。向こうからケンカを売ってきた以上、それに応えなければ男が廃るってもんです」
「では、要ちゃんとタイマンっていうのしてもらえませんか? 硬派番長さんと戦えたら、あの子も満足すると思うんです」
「あ〜、それもいいですねぇ。確かにタイマン張るってのはいい考えだ。だが……」
 こちらがタイマンを希望しても、果たして向こうがそれに乗ってくるかどうか。げんだとしてはその辺りを考えずにはいられなかった。要というのはどうも「不良たちを相手に大暴れしたいだけ」であるらしく「げんだを倒したい」というものではないようだ。となると、わざわざ1対1にする方が、逆に予期せぬ展開を生み出してしまうのではないだろうか。
 考えた末に、げんだはやはり歩の頼みを拒否することにした。
「すみません歩さん。やっぱりそれを聞き入れるわけにはいきません」
「駄目ですか……」
「まあ男には、戦うべき時ってのがあるということで、どうかここはわかってやってください。まあもちろん、状況が変わったら話は別かもしれませんけどね」

 その後、歩はげんだの舎弟たちによってその場から引き離された。いくら相手が契約者だったとしても、乱闘に巻き込むのは忍びないからだ。歩としても、ひとまず「げんだと話す」という目的は果たせたので、潔く指示に従うことにした。

 そして、そんな歩についてきた形で要たちもげんだのテリトリーに足を踏み入れた……。