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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第11章 第4のドア(1)

 ドアをくぐった瞬間、だれもが耳をふさいだ。
「……なに、これ?」
 赤嶺 卯月(あかみね・うき)が身を折ってうめく。
「卯月、大丈夫ですか?」
 隣で心配する赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)からの声すらもほとんど聞こえない。
 音楽が鳴り響いていた。
 音源は、真正面にあるシンフォニック・オルガンだ。それ以外にそれらしい物はない。
 信徒席も祭壇もなく、ステンドグラスからの光の下、独特の豊かな音域でまるで三重奏のような音楽を響かせるそれは、荘厳で、華麗で、巨大だった。
「トーマ、大丈夫?」
「うるっさーーい! なんだよ? この音楽は!」
 両耳にこぶしをあて、その場にしゃがみ込む。
「何かの魔法かと思いましたが……そういうわけでもなさそうですね」
 自然とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)トーマ・サイオン(とーま・さいおん)の2人を背中にかばい立っていた御凪 真人(みなぎ・まこと)が少し大きめの声で言った。
「われわれの集中力を削ぎ、耳を妨害するため、でしょうか」
「――教会という神聖な場をこのように変質させるなんて……しかもこの貶め方……あまり褒められたことではないですね」
 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が真人の横に並んだ。
 口調も表情もおだやかなままで、何も感じていないように見えるが、グリモアを持つ指には強い力がこもっている。
「あの魔女は……変則技を使いそうな相手です。注意を怠らないようにしましょう…」
 まだ敵は姿を現していない。油断なく周囲に視線を配していると。
「ちッ。いつまでもガシャガシャガシャガシャうるせーんだよ!!」
 アイアン・ナイフィード(あいあん・ないふぃーど)が激昂し、紅の魔眼で強化したファイアストームを放った。
 しかしそれは、シンフォニック・オルガンに届く直前、まるで見えない壁にぶつかったかのように散じてしまう。
「あたりまえでしょ。守ってないはずないじゃん、バカ精霊」
「――モレクってやつ、相当の根性悪だぞ」
「これがただの音楽であるなら、自分たちの耳の方を合わせた方がいいでしょう。音には慣れます」
「だね。まぁ、ボリュームが半端ないだけで、音楽自体は騒音というわけじゃないし」
 霜月に同意しながらも、卯月は不服そうに口先をとがらせた。
「……お兄ちゃん、これって僕の歌封じ?」
 ティエン・シア(てぃえん・しあ)が、かき消されまいと必死に高柳 陣(たかやなぎ・じん)の耳元で言った。
「分かんねーな。ちょっと歌ってみろ」
 ティエンは怒りの歌を口ずさむ。声は聞こえなかったが、陣は力が込み上げるのを感じた。
「ちゃんと作用してるな。大丈夫だ。歌の形はとってるが、それはおまえの力だから、封じられない限り影響出ねえよ」
「よかった」
「――ふっ。ただの音楽なら全然平気だもんねッ」
 部屋に入るなり床にしゃがみ込んで手と膝で耳を覆っていた如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が突然立ち上がり、胸を張った。
 どうやら耳がいち早く慣れたらしい。
「何の攻撃でもないと分かったら、えらく強くだな、オイ」
 カイン・クランツ(かいん・くらんつ)が隣からツッコミを入れる。
「さっきまでビビってたくせに」
「ふんっ! あんまり大きな音だから、ちょっと驚いちゃっただけよ。
 さあ姿を現しなさい! ウィザードごときが、この魔法学校に通っている私に勝てると思ってるの?」
 ビシッ! シンフォニック・オルガンに向け、指をつきつけた。
「ウィザードも案外それっぽい学校に通ったことがあるかもなぁ」
「……さっきから横でゴチャゴチャと、うるさいわねッ! あんた、私のあげ足とって何か意味あるの!? 狙ってんのっ!?」
「いやー、今日はすげーやる気だなぁと思ってさ」
 胸倉を引っ掴んで怒る玲奈に、カインは思わせぶりに笑ってみせる。
「おまえ、アレだろ」
「な、何よッ」
「バァルの今日の鎧。しっかりおまえのプレゼントだったよなぁ。
 自分の贈り物、男に身につけてもらうってどんな気分?」
「……ばかねっ。あれは多分、動きやすさからよ! ダハーカの鱗だから魔法防御力もちょっとあるしっ」
 東カナンの甲冑は全身を覆うタイプだから重いし、もともとバァルは気に入っていなかった。軍の長として、部下に与えるイメージで周囲から着させられていただけだ。速さを重視するバァルはもっと軽いタイプがいいだろうと、わざとああしたのだった。
「ほー」
「だから何よっ」
 意味深なニヤニヤ笑いを止めないカインに、こぶしを振り上げる。
「べつにぃ?」
「もうっ! それならそこでうだうだしてないで、あんたも何かしなさいッ」
「何かするったって、まだ敵現れてないじゃん」
 う。それはそうだけど。
「じゃあ俺様が、ちょっとやってみるぜ」
 龍騎士のコピスを手に、アイアンが壁に向かった。強度を測るように適当な蹴りを入れ、ここぞと思う場所に爆炎波を叩きつける。
 轟音をたて、壁一面にクモの巣状の亀裂が走った。しかし、紅の魔眼をもってしても、穴が開くことはなかった。
「きゃははっ。無理無理〜。ここ異次元フィールドだよぉ?」
 卯月がぱちぱち手を叩いてアイアンの失敗を笑う。まるで喜んでいるような声だ。
「ち。うまくいきゃあほかの部屋とつながるかと思ったんだがな」

『勝敗が決しないと、部屋からは出られないって言ったでしょ?』

 どこからともなく声が降ってきた。
 先の真闇のエントランスで聞いたものと同じ、モレクの声だ。

『僕のフィールドでは、ルールは絶対なんだ』

「! なんだ!?」
 驚きの表情を浮かべて自分を見る、アイアンの姿がすうっと消えた。
 壁への攻撃が部屋からの逃亡、棄権行為と判断されたのだ。
「アイアン!」
「バカ精霊っ!?」
 驚く霜月と卯月の前、アイアンの姿がすうっと消えた。入れ替わるように「LOST」の赤い点滅が浮かび上がる。
「きさまッ!!」

『ルールを守れないお客さまは歓迎されません』

 くすくす笑いとともにモレクの気配は遠ざかり、それと対比するように、何もない空間から4人のウィザード――ザイン、シン、テット、ヌン――が現れた。
「やっと現れやがったぜ…」
 ウォーハンマーを肩に担ぎ上げたカインが牙をむく。
「ウィザードは範囲魔法を使ってきます! 固まらないように散開――」
 と、そこで全員を見渡していた真人の視界に、ある女性の姿が入った。腕組みをし、壁にもたれて立っている。顔はナラカの仮面で隠れていた。目の部分にも偏光ガラスがはまっていて、全く表情が伺えない。口元は笑んでいるようにも、それが普通の表情のようにも見える。
(彼女は……たしか、セシリアと言ったか)
 入室前。同じ部屋を選んだ者同士、自己紹介をしあう中で、彼女はただひと言そう名を告げた。その声を聞いて、女性だと分かっただけだ。
 仮面をつけていることを問いただすことはできなかった。彼女は女性だ。もしも顔に傷を負っていて、それを隠すためだとしたら、失礼すぎる。
「あなたは? 戦わないんですか?」
「――時を待っているんです。一番効果的な時を。それまで私のことは忘れていてくださって結構です。むしろ、その方がよいかと」
 最後の一撃狙いなのか…。
 剣士だからそれも当然かもしれない。彼女が横に立てかけてある六花を見て、真人は納得した。
 それでも一抹の不安を感じるのは、彼女の服装がシャムシエル・ザビクの物と酷似しているからか。
「分かりました」
 第一、彼女は自分たちのチームとして、一緒にこの部屋に入ったのだ。モレク側ではあり得ない。
 根拠のない不安なんかでひとを疑ってはいけないと、分別を働かせて押しつぶした真人は、彼女に背を向け走り出す。
 今集中すべき相手は、ウィザードたちだった。


 最初に仕掛けたのは陣だった。
「ウィザードなんていうのはなぁ、前衛がいて、初めて役に立つやつらなんだよッ!!」
 眼前のウィザードに向け、クロスファイアを放つ。それをザインが氷術で壁を作って防いだ。そしてその影からヌンがファイヤーストームを導いてぶつけてくる。
「うおっ!?」
 あやういところでかわした瞬間、別方向からさらにシンのブリザードが。
 彼にはかわせないとみたレイナが、凍てつく炎で相殺した。
「あなどってはなりません……4人いれば、詠唱の時間差なく連続攻撃ができます…」
「ああ……すまない」
「何言ってんのよ。魔法なんてのはねー、当たれば大きくても、発動しなきゃ意味ないのよッ!」
 玲奈が高らかと宣言し、ラスターブーメランをぶん投げた。
 それと同時に自ら宮殿用飛行翼を用いて接近を図る。手には龍殺しの槍。ラスターブーメランでかく乱している隙に一気に間合いを詰め、ライトニングランスを発動させようとしたのだが。
 間合いを詰める前に、ウィザードたちが放つサンダーブラストがラスターブーメランを撃墜してしまった。
「え〜っ!? ちょっ、待っ――」
 あせる玲奈に向け、ヌンのファイヤーストームが撃ち出される。
 せめて最後までしゃべらせて〜〜〜〜っ!!
 玲奈の最後の願いもむなしく、彼女を飲み込んだファイヤーストームが通り過ぎたあと、「LOST」の赤い点滅だけが浮かんでいた。
「……あーあ。プロテクションもかかってないのに無茶するから」
 後方でカインがため息をつく。ライトニングウェポンのかかったウォーハンマーが、ゴンッとウィザードの使い魔たちに振り下ろされた。


 距離を詰められたら不利だということは、ウィザードたちも分かっていた。
 絶対に近寄らせてはならない。
 氷術による氷壁が、彼らの周囲に次々と立ち上がっていく。
「彼らのスキルを封じなければ…」
 分かってはいたが、不用意に近づけば高位魔法をくらうのも分かりきっていた。なにしろほぼ全員、プロテクト系の防御魔法がない。
「みんな、集まって!」
 唯一プロテクションスキルが使えるセルファが、ファイアプロテクト、アイスプロテクト、オートバリアを全員にかけた。
「でもSPが続かないから、連続してかけられない。一気にたたみかけよう!」
 彼女と視線を合わせたユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が、応じるように頷いた。


「いきます!」
 真人が天のいかづちを、ウィザードたちに一番近い氷壁に落とした。あわせてレイナも雷術で氷の壁を砕いていく。
 氷片が飛散し、白煙が上がるように、できるだけ細かく。間を開けず。
 ウィザードたちの反撃のサンダーブラストやファイアストーム、ブリザードが2人目がけて襲いかかっても、距離があるため、避けるか相殺するかで冷静に対処した。直撃でさえなければプロテクトが彼らを守ってくれる。
 こちらに注意をひけたと判断した真人の天のいかづちが正面の氷壁に落ちたのを合図に、セルファとユピリアが別方向から飛び出した。
 直後、ティエンは歌を怒りの歌に切り替え、彼らの攻撃力増加を図る。
「うおおっ!」
 カインがウォーハンマーをふるい、もろくなった氷壁をさらに砕いていく。
 さらに陣とトーマが放つ弾幕援護で、ウィザードたちの視界は完全にふさがれた。
 彼らの攻撃を受け、とにかく近寄らせまいと闇雲に繰り出されるサンダーブラストの白光の雨の中、飛び散った氷の塊や崩れた氷壁を足場とし、なるべく直線とならないようジグザグに動きながらセルファとユピリアは距離を詰める。
 まぐれ当たりが足元を砕き、体をかすめても、決してひるんだりしなかった。
「くらいなさいっ!」
 半壊した最後の氷壁を飛び越え、セルファのライトニングランスとユピリアのソニックブレードが、正面にいたシンとザインをとらえる。
 2人の剣が彼らを貫いた直後、「LOST」の青い点滅が現れた。
 仲間を倒した2人に向け、ヌンがファイアストームをぶつけようとする。
「そうはいきませんよ」
 彼らの派手な攻撃に目を奪われているうち、別方向から近づいていた霜月が氷壁を蹴ってシーリングランスをかける。
 パキン、と固い物が割れるような音がして、スキル封じが成功した。
 しかし。
「きゃあああっ!!」
「卯月…っ!」
 霜月と同じく、蒼き水晶の杖でテットのスキル封じを狙っていた卯月が失敗した。
「いやあっ! お兄ちゃん…っ!」
 彼らがプロテクトをかけていることを見抜いたテットが、アシッドミストを卯月に叩きつける。
「きさま!!」
「霜月さん、あぶないっ」
 テットに向かって行こうとした霜月の頭に、今まさにヌンのエンシャントワンドが振り下ろされようとしたとき、隠形の術で近寄っていたトーマのブラインドナイブスが炸裂した。
 ヌンが消え、「LOST」の青い点滅が浮かぶ。
 だが同時に、卯月も消えた。――「LOST」
「――くそッ!」
 振り切られた狐月を避け、テットは彼らと距離をとる。
「逃がさないよ! あとはおまえだけだもんね!」
 トーマがマシンピストルで追い討ちをかけようとする。
 残るはあと1人。対し、こちらは10人。そう、だれもが勝利を確信したときだった。

 セシリアが動いた。