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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
ポージィおばさんの苺をどうぞ ポージィおばさんの苺をどうぞ

リアクション

 
 
 
 みんなで苺狩り
 
 
 
 苺に下りた露が、きらきらと朝日を照り返す。
 その輝きが寝不足の目にまぶしくて、神和 綺人(かんなぎ・あやと)はごしごしと目をこすった。
「綺人、どうかしたのか?」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)に尋ねられ、まるで遠足の前の晩の子供みたいだけどと綺人は恥ずかしそうに答えた。
「苺狩りって初めてなんだ。だから昨日の晩は楽しみで、なかなか寝つけなかったんだよね」
「綺人、無理はしないで下さいね」
「全然寝られなかったわけじゃないから大丈夫だよ。
 心配そうな神和 瀬織(かんなぎ・せお)に元気な笑顔を見せると、綺人はさっそく苺狩りの申し込みを済ませた。
「さあ思う存分苺狩りしようね。どれも美味しそうだな〜」
 大きくて甘そうなのを選んで、綺人は口に入れた。
 じゅわっと口いっぱいに広がる甘酸っぱい果汁に、思わず綺人の顔もほころぶ。
「練乳をつけて食べるのも美味しいけど、これだけ甘いとそのまま食べた方が良さそうだね」
 もう1つ、と苺を頬張る綺人からクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は目が離せない。
「美味しそう……」
 クリスが見つめるのは綺人が口に運んでいる苺……ではなく、その苺を食べている綺人の口元だ。
「アヤ、可愛いです……」
 苺のようにふっくりと甘そうな口唇。
 苺の果汁に濡れた口唇にキスしたら、甘酸っぱい苺の味がするのだろうか……。
「って、こんな人が大勢いるところでキスなんてしちゃったらだめですよね」
 いけないいけないと首を振ると、ユーリと目が合った。
「実行したいなら家でしてくれ、頼むから」
「ユ、ユーリさん……どうして私の考えていることが分かってしまうんですかっ?」
 何故かいつもユーリには考えていることがバレてしまう。驚愕するクリスに、ユーリは軽く額に手を当てて答える。
「……知られたくないなら、考えていること口に出すのはやめろ。小声とはいえ、到底他人に聞かせられない内容だからな」
 まさか聞かれた? とクリスは慌てて口を押さえて綺人を窺い見た。
「クリス、たくさん食べてる? 家にも持ち帰れるみたいだから、その分も摘んでいこうね」
 クリスの視線を受けた綺人は、また1つ苺を摘み取りながら言う。どうやら聞かれずに済んだようだと、クリスはこっそりと胸をなで下ろした。
「そうだ。持ち帰った苺でユーリに苺大福作ってもらおう」
「苺大福ですか。良いですね」
 綺人の案に瀬織も頷いた。瀬織もがんばって20個ほど苺を食べたのだが、もうそれ以上、今は食べ切れそうもない。
「俺が作るのか?」
「ええ。拒否権はありませんよ、ユーリ。あと、ムースにパイ、レアチーズケーキも作って下さいな」
「ユーリのお菓子食べたいな。作るの、僕も手伝うから」
 瀬織と綺人の両方からねだられて、ユーリは2人を見比べる。
「……こうやって2人でねだっていると……綺人と瀬織は姉妹のように見えるな」
「綺人とわたくしが? ……否定できませんね」
 綺人は男物を着ていても女子に間違えられる時もあるし、綺人の性別がどうあれ、自分が年齢的に姉であることは変わりないから、と瀬織は納得した。
 2人が食べたいと言うのならと、ユーリは味見に2つ3つ食べてみて、どの苺がどんなデザートに向いているかと考えながら苺を籠に摘んでゆく。
「たくさん作って欲しいから、苺もたくさん必要だよね。あ、ポージィおばさん、おはよう!」
 自分も摘もうと苺に手を伸ばし掛けた綺人は、苺の手入れをしているポージィに気づいて挨拶した。
「こんなに美味しい苺作るの、大変だったよね。ありがとう」
「こちらこそありがとう。朝摘み苺は特に美味しいから、十分に味わっていってちょうだいね」
「うん。ここでも家に帰ってからも、いっぱい苺を楽しむよ」
 綺人の返事にポージィは嬉しそうに目を細めた。
「ポージィさん、お久しぶり。今年はみんなで苺狩りに来たんだよ」
 去年は苺スイーツ作りを手伝った秋月 葵(あきづき・あおい)は、今年は苺狩りでの参加だ。
 苺のタルトを作ってスイーツフェスタでふるまったら、食べた皆が喜んでくれた。それがきっかけで葵はスイーツ作りに興味を持ったのだ。
「今年の苺も美味しく出来たわよ。また是非タルトを作って食べてみてね」
「あおいママのタルト、食べたい〜」
 秋月 カレン(あきづき・かれん)がねだるように葵の腕を揺らした。
「だったらたくさん苺を摘んで帰らないとね。タルトに飾るなら大きくて形の良い苺が欲しいな〜」
 そうだ、と葵はカレンに持ちかける。
「カレンちゃん、どっちが大きくて美味しい苺を狩れるか、競争だよ♪」
「うん、カレン、あおいママと競争するの」
 カレンは即座に頷いた。
「じゃあ判定はエレンよろしくね〜♪」
「はいはい。2人とも沢山摘んで下さいね」
 エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は判定役を引き受けると、自分はジャムにする為の苺を摘み始めた。
「大きい苺はどこかなぁ〜。カレンちゃんのママとしては負けるわけにはいかないよね〜♪」
 頭にゆるスターのマカロンを載せて、葵は苺畑を行ったり来たり。
 大きな苺を見つけると摘んで、一番大きなものは競走用に取っておく。他の苺は持ち帰り用……のつもりだけれど、美味しそうなのに我慢できなくなって、ぱくっと自分の口にも入れてしまう。
「マカロンちゃんも食べる? はいっ♪」
 欲しそうにしているゆるスターに苺を渡したまでは良かったけれど。
「わわ、マカロンちゃん、頭の上に汁をこぼしちゃダメだよ〜。エレン、助けて〜」
 慌ててエレンディラのところに戻って、髪に垂れた苺の汁を拭いてもらう。
「あらあら。気をつけて下さいね」
 丁寧に葵の髪を拭いてやってまた苺畑へと送り出せば、今度は苺の汁で手をべたべたにしたカレンが駆けてくる。
「ねぇ、えれんママ〜。苺がつぶれてうまく摘めないの〜」
 苺を持ってぎゅっと力を入れて引っ張ると、カレンの小さな指は苺の中に入ってしまう。
 その手を綺麗に拭いてやると、エレンディラはカレンに苺の摘み方を教えた。
「無理に強く引っ張るのはダメですよ。こうして中指と人差し指で茎を軽く挟んだら、親指で苺を軽く押さえて、そのまま……」
 実際にやってみせながらエレンディラがスナップをきかせると、ぷちっと苺が手の中に転がった。
 エレンディラに言われた通りにカレンもやってみる。
 コツを掴むまで数回練習すると、カレンも上手に苺を摘めるようになった。
「えれんママに教わった通りしたら上手く摘めたの〜」
 ストライプがアクセントになったピンクの猫耳パーカーを着て、嬉しそうに摘んだ苺を掲げてみせるカレンはまるで、本物の苺の妖精のようだ。
「カレンちゃんは覚えが早いですね」
 可愛くて仕方がないようにエレンディラはカレンに優しい笑顔を向けた。
 
 葵とカレンが摘んだ苺の中で一番大きくて美味しそうな苺を持ち寄って、いざ勝負。
「ね、どっちの勝ち?」
「カレンが摘んだ苺、大きいよね〜?」
 葵とカレンの視線がエレンディラに集中する。
 苺はどちらも同じくらいの大きさで同じくらいの赤さだけれど……とエレンディラはこっそりと葵に目で合図する。気づいた葵がちょっと笑って頷くのを見てから、エレンディラはカレンの苺を指さした。
「カレンちゃんの苺が勝ちですね」
「わ〜い♪ じゃあこの苺、あおいママにあげる♪」
 カレンはにこにこと、一番大きくて美味しそうだとエレンディラが認めてくれた苺を、葵に差し出すのだった。
 
 
 今年も苺狩りがあると聞いて、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)はパートナーを誘った。
「ねぇねぇ、皆! 今年も苺狩りやるんだって! 一緒に行こうよ! っていうか、皆に拒否権はないけどね」
 ……それは誘うというより強制なのでは、とツッコミを入れたいところだけれど。
「ひー君ご機嫌だねー」
 姫神 夜桜(ひめかみ・よざくら)は楽しそうだからと、氷雨の強引さは全く気にしていない。そして、
「ルクス君とお出かけ、ルクス君とお出かけ……クロス、幸せで今なら死ねそう。死ねないけど」
 クロス・レッドドール(くろす・れっどどーる)の脳裏は薔薇色ならぬ苺色。ルクス・ナイフィード(るくす・ないふぃーど)と一緒に出かけられるとなれば、たとえそこがどこであっても構わない。
 ルクスの方はと言えば、何で急に苺なのかとため息をつきつつも、氷雨に逆らう気はないらしい。
「よーし、レッツゴー! イッチゴー♪」
 結果、文句も出ずにパートナーたちは氷雨と苺狩りに出かけることとなったのだった。
「わぁー。今年もたくさんあるー。皆赤くて綺麗だねー」
 氷雨はさっそく苺畑に繰り出して、どんどん苺を食べてゆく。
「おいしいー」
「へぇ、苺ってこうなってるんだ……」
「あれ? ルー君、苺がなってるの見るのはじめて?」
 興味津々に苺を眺めるルクスに、夜桜が不思議そうに尋ねた。
「うん、興味なかったからね」
「興味なかった、って……」
 苦笑する夜桜と試しに1粒苺を摘んでみるルクスをじっと見つめて、クロスは小声でぶつぶつと呟く。
「ルクス君はクロスのなのに、クロスのなのに、クロスのなのに……」
「苺って綺麗な赤だね」
 ルクスはそう言って、摘みたての苺をぎゅっと握りしめた。
 ぽとぽとと、ルクスの指の間から苺の果汁が滴る。
「……思ったより赤いの出ないんだね。つまんないの」
「あ、ダメじゃん、ルー君。食べ物粗末にしちゃ」
 夜桜はそう言いながらタオルを取り出してルクスの手を拭いた。苺狩りに夢中になっていた氷雨もそれに気づいて、びしっとルクスに注意する。
「ルクス何やってるの! 苺潰しちゃもったいないでしょー!」
「だって、潰せば血みたいに赤いの出ると思ったんだもん」
「苺の果汁と血は雰囲気違うよー。もうー、苺を潰すくらいならボクに頂戴! 夜君、ボクの理想の死因は、苺に埋もれて死ぬことなんだよ! なんと言われてもコレだけは譲れないよ!」
 拳を握って力説すると、氷雨はまた苺をそれはそれは嬉しそうに食べた。
「そんなにおいしい……?」
「そうだね。おそらくルー君の好みだと思うよ。ほら、口開けて」
 夜桜はよく熟した苺をルクスの口に入れてやった。
「……あんまり甘くなくておいしい……。夜桜もっと」
「いやいや、自分で食べようよ」
「うん、わかった」
 苺の味が気に入ったルクスは、言われた通りに自分で苺狩りを始めた。
「……クロス、夜桜君が憎い」
「え? クーちゃんいきなり何?」
 クロスの呟きを聞きとがめ、夜桜は振り返る。
「だってルクス君と仲いい……ルクス君はクロスのなのに……」
「あー、ルー君か……。うーん……あ、ルー君苺気に入ったみたいだから、甘さ控えめの苺のお菓子でも作ってあげれば? 苺チョコタルトとか」
 夜桜の言うのをまたたきもせずにクロスは聞いた。
「うん。夜桜君ありがとう。行ってくる」
 氷雨の方に行くクロスにちらりと目をやって、クロスは夜桜に文句を言う。
「夜桜、あの人形に何言ってるの。被害、自分に来るんだからやめてよね」
「だって、クーちゃん一途で可愛いじゃん」
「……面白がってるでしょ」
「もちろん、面白がってるに決まってるでしょ」
 悪びれずに答える夜桜に、ルクスはため息をついた。
「あの人形が大量に持ってきたら、食べるの手伝えよ」
「はいはい、わかったよ」
 どんなお菓子が出来るだろうねと、夜桜はにこにことクロスを眺めた。
「……主様、お財布」
 氷雨の横まで行くと、クロスはぬっと手を突き出した。
「ふぇ? お財布って……クロスちゃんどうしたの?」
 何に使うのだろうと思いつつ財布を取り出して渡そうとし、はっと氷雨はその手を引っ込める。
 危ない危ない。去年もそう言ってクロスは氷雨からお財布を持っていって空っぽにしたという前科がある。
「ダメだよ。今年はボクも一緒に行くからね」
 クロスの好きにさせたらどれだけ苺を買い込んでしまうか分からないからと、今年は氷雨も一緒に苺売り場に行った。
 案の定、大量に買い込もうとするクロスの手を氷雨は押さえる。
「だからー。1箱でいいでしょ! 何でそんなに買うの! お財布空っぽになって怒られるの、ボクなんだからねー」
「だって……クロス、いっぱい作ってあげたい。1箱じゃ足りない」
 ルクスのこととなるとクロスは懸命だ。
「大丈夫、クロス、ルクス君、越えられない壁、夜桜君、の次に主様のこともちゃんと好きだよ。ちゃんと主様の分も作ってあげるから。だから買って」
「ちょっと微妙な位置……いや、今そういう話じゃないでしょー。だーかーらー、1箱で十分なの」
 がんとして言い張るクロスをどう説得しようかと、氷雨は困り切った顔で空を仰ぐのだった。