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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
ポージィおばさんの苺をどうぞ ポージィおばさんの苺をどうぞ

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 スイートな苺をスイーツに
 
 
 
 甘酸っぱい苺をそのまま食べるのはもちろん美味しいけれど、苺で作ったスイーツもまた格別。
 そしてまた苺を使ってできるスイーツの数は限りなく。
 ケーキにムース、プリンにパイ。和風のデザートにもあうし、フェスタの店内で提供するならパフェも可能だ。
「苺、たくさん摘んできたよ。もしもっと必要だったら言ってね」
 麦わら帽子をかぶった榊花梨が、摘みたて苺を運んでくる。
「頑張っているようですね」
 花梨の頬に飛んでいる泥を、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は笑いながら拭いてやった。
「うん。でも畑仕事って力仕事だからお腹すいてきちゃった。後で苺のお菓子を作ってね」
「ええ。お手伝いしたら苺がもらえるそうですから、それでご褒美のお菓子を作りましょう」
「わ〜い。その為にも頑張るねっ」
 はりきって畑に戻ってゆく花梨を見送ると、翡翠は自分も頑張らなければとお菓子作りに取りかかった。
 翡翠が作る予定なのは、『豆乳のブランジェ苺ソース』と『苺のシューミルフィーユ』だ。
 豆乳と豆腐とメープルシロップをよく混ぜ、ゼラチンを入れて型に流し固めてブランジェを作る。潰した苺をメープルシロップとレモン汁で煮たソースを作っておき、スイーツフェスタで出す際にかけてもらうようにしておく。この季節、口あたりのさっぱりしたデザートは嬉しいものだろう。
 冷やしている間に、今度はシューミルフィーユに取りかかる。ミルフィーユといえばパイ生地を重ねて作ることが多いけれど、シュー生地で作ったものもまた、やさしい口当たりの美味しさがある。
 均等に焼き上げたシュー生地の家に、甘さ控えめのカスタードクリームと半分に切った苺をはさみ、その上にまたシュー生地、クリームと苺、と段々に重ねてゆく。
 てきぱきと作り終えると、翡翠はすぐ隣でパイ生地を重ねている本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)の手元を翡翠は感心したように眺めた。
「そちらもミルフィーユですか」
 涼介の作っているのは、『3種食感の苺のミルフィーユ』。
 苺のムース、ゼリー、ババロアを焼いたパイ生地にはさんで重ねるという凝ったミルフィーユだ。
 苺をピューレ状にして使ったムースはふんわりとした柔らかな食感で、口の中で抵抗無くとろける。
 ゼリーも苺をピューレ状にしてあるが、その中に苺のスライスを入れている為に、つるんとしたゼリーの中にあるしっかりとした食感の苺を楽しめる。
 ババロアはその中間の食感を出す為に、苺を荒く潰したものを使用して作った。
 これを、さくさくに焼き上げたパイ、その上にババロア、パイ生地、ゼリー、パイ生地、ムース、そして一番上にパイ生地、と順に綺麗に重ねてゆく。
 客に提供する際にはこのミルフィーユに、生の苺、そして苺を砂糖で煮たシンプルなコンポートソースを添えて出す。
 これでもかと言うくらい、苺を贅沢に味わえるスイーツだ。
「お上手ですね。……自分のがこれで大丈夫なのかどうか気がかりになってしまいます」
 自分では去年よりも上達したと思っていたのだけれど、こうして見回せば皆が皆、去年よりも腕を上げているように見え、翡翠は肩を落とした。
「シュー生地のミルフィーユも面白いし、食べやすくて喜ばれるんじゃないかな」
「だと良いのですけれど……」
「正統派のミルフィーユもあるようだから、食べ比べて楽しんで貰えると思うよ」
 涼介が目で示した調理台では、神崎 優(かんざき・ゆう)たちがパイに苺とカスタードを挟むミルフィーユを作っている。
「カスタードクリームってこんな感じでいいのかしら?」
 優に言われた通り、たえず鍋をかき混ぜていた水無月 零(みなずき・れい)が、木べらでクリームをすくって見せる。
「まだ少し緩いな。焦がさないように気を付けて、もう少し混ぜてくれ」
「うん、もう少しね。でもちょっと腕がだるくなってきちゃった」
「でしたら私が代わりましょう。これでかき混ぜれば良いのですね?」
 陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が木べらを受け取って、さっきまで零がしていたように丹念に鍋の底をこするようにクリームを混ぜ始めた。
 お菓子作りを主導するのは優、零と刹那がその手伝いだ。
 カスタードクリームに良い具合にとろみがついたら、バットに流し入れてラップをかけて冷やす。
 その間に、優はイチゴソース作り、零と刹那はあれやこれやのお喋りをしながらカスタードクリームに混ぜるための苺を切る。
「お菓子が出来たらスイーツフェスタで売るのよね? どんなお菓子が並ぶのか楽しみね」
「皆それぞれに腕をふるっているようですから、出来映えも期待できそうです」
「販売する人の制服も可愛いし、お客さん喜んでくれるといいな」
「ああそういえば、制服はピンクのエプロンドレスだと聞きました」
「うん。ちょっとスカートが短いけどすごく可愛かったの」
 そうして可愛い制服の話やスイーツの話をしているうちに、カスタードクリームも優の焼いたパイも十分に冷め、いよいよミルフィーユの組み立てだ。
「カスタードクリームの甘みってこれくらいでいいのかしら?」
 冷めたカスタードに生クリームを混ぜて調整しながら、零は刹那と優にクリームを少しすくって味見してもらった。
「甘さ抑えめなのですね」
「甘さを控えたのはわざとだから問題ない。その方が苺の味が引き立つだろうからな。零、刹那、口を開けてくれ」
 優はそう言って、零と刹那が開けた口に余った苺を1つずつ入れてやった。
 噛めば口いっぱいに甘い苺の味が広がる。
「わぁ甘いね」
「確かにこれだけ甘ければ、クリームは甘さ抑えめでちょうど良さそうですね」
「だろう? 後は飾りにこうして苺のソースを……」
 優は重ね終えたミルフィーユの上に、しぼり袋に入れた苺のソースを細く線を引くようにかけて見せた。
「こうやってかければ完成だ。後は頼めるか?」
「うん、任せておいて。刹那も、はい」
 零と刹那がソースで飾りのラインを引いているのを横目に、優は切れ端や残りを使って1口サイズのミルフィーユを作っていった。
「そちらも売り物ですか?」
 刹那に聞かれ、優はいやと首を振る。
「琴子先生に渡しておいて、まかないとして食べてもらおうかと思ってるんだ。形が揃わないから商品にはならないが、味は同じはずだから」
「いい考えね。美味しいものはみんなで食べた方が楽しいもの」
 零は楽しそうに同意して、まかない用に作られたミルフィーユにも苺ソースをかけるのだった。
 
 
 
 苺のお菓子は種々様々。
 何を作ろうかと思案を巡らせた結果、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は苺のシフォンケーキを焼くことにした。苺の風味を味わってもらうためには、シンプルなものの方が良いのではないかと考えてのことだ。
 エプロンをしめると、ゆかりは綺麗に洗った苺をミキサーにかけた。
 ゆかりが苺を混ぜる為の卵黄を泡立て始めると、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が物珍しげにその手元をのぞき込む。
「どうしたの?」
「……カーリーって料理の類、出来たっけ?」
「これでも少しは腕に覚えがあるのよ」
 リズミカルに卵黄を泡立てる手つきはいかにも手慣れている様子に見えるが、ゆかりのそういう姿を見慣れていないものだから、マリエッタは興味半分不安半分にそれを見守る。
 卵黄がもったりしてきたところにジュース状の苺を入れて混ぜる。
「何か手伝うことはある?」
「じゃあこれを混ぜてくれる? 私はメレンゲを作るから」
 ゆかりから渡されたボールの中身を、マリエッタはぐるぐるとかき混ぜた。黄色い生地がみるみるうちに苺色に染まってゆき、周囲にも苺の濃厚な香りが漂う。
「いい匂いね」
「焼くと匂いも色も控えめになるけれど、それでも良い匂いがケーキに残るのよ」
 そう答えるゆかりに、どうやらこういう系統のものを作れるというのは確かなようだとマリエッタは見直した。そう思って見れば、ゆかりのエプロン姿もさまになっている。
(ふむ……これはなかなか……)
 期待できるかも、と思いかけていやいやと慎重にそれを保留にする。
 この場合重要になるのは見た目ではなく、なんと言ってもその味だ。食べてみるまで判断は下せない。
 そんなマリエッタの内心も知らず、ゆかりは後は普通のシフォンケーキの要領で生地を作ってオーブンに入れた。
 焼き上がりを待つ間に、余った苺は凍らせておく。こちらは凍らせたのをフェスタ会場に持っていって、注文が入ったら牛乳とヨーグルトと一緒にミキサーにかけ、はちみつで甘みを調整すれば……苺ヨーグルトスムージーになる。シンプルなだけに酸味と甘みの調整が難しいけれど、これも春の苺のおいしさがそのまま味わえる飲み物だ。
「シフォンケーキの方は、ジャムとかクリーム、苺とかをお客さんの好みでトッピングして食べてもらえればと思うんだけど……」
 ケーキが焼き上がると、ゆかりは試食用にとマリエッタに出した。
 マリエッタは覚悟を決めてケーキを口に入れ……。
「美味しい……」
 ゆかりの作ったシフォンケーキはちゃんと美味しかった。
「これ、ちゃんと売り物になるようなケーキよね?」
 それでも心配で、様子を見に来ていたポージィにシフォンケーキの一切れを味見してもらう。
「ええ。ふんわりいい匂いでおいしいわ」
「良かった……」
 マリエッタの反応にどきどきしていたゆかりも、ポージィのお墨付きにようやく安心した笑みを浮かべたのだった。
 
 
 
 スイーツフェスタで売るスイーツの作り手を募集していると聞いてやってきた祠堂 朱音(しどう・あかね)は、さっそくエプロンをしめ出した須藤 香住(すどう・かすみ)に期待してるよと笑顔を向けた。
「香住姉の作ってくれるお菓子は最高だもんね……って、今回はボクが食べちゃ駄目なんだよね、うんうん」
 今回作るのはスイーツフェスタで売るためのお菓子なんだからと頷くと、朱音は水鏡 和葉(みかがみ・かずは)神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)に楽しみにしててねと言う。
「香住姉のお菓子はすっごく美味しいんだからね。愛情たっぷりなんだよ♪」
「へぇ、それは楽しみだね。何を作るのかな?」
 和葉に聞かれ、香住は準備してきたマフィンカップを見せた。
「えっと……苺のカップケーキにしようかと……これなら持ち運びしやすそうですから」
「カップケーキか、美味しそうだねっ」
「はい、がんばります……」
 和葉に答えて、香住は材料を用意していった。お菓子は良く作るから、レシピを見なくても大丈夫だ。
「俺も手伝いますよ。料理は不得手ですが、力仕事ならお任せくださいね」
「は、はい……あ、あの……ではお手数ですが、こちらのホイップを泡立てていただいてもいいですか?」
 緋翠の申し出に、香住は消え入りそうな声で答えた。
「ええ、もちろん。俺でよければお役に立ててください。どうすればいいんでしょうか?」
「それは……こうやって……泡立て器を一定方向に動かして……」
 香住は自分でやってみせてから、緋翠にボールと泡立て器を差し出した。
「こう、でしょうか?」
「はい、そうです……」
 お願いしますと緋翠にホイップを頼むと、香住はこっそり胸を押さえた。この間一緒に過ごした所為で少し慣れてきたとはいえ、やはりまだ朱音のパートナー以外の男性には、どう接したらいいのか戸惑ってしまう。自然に接したいと思うのだが、緊張してどうしてもぎこちなくなってしまう。
「んんんー?」
 そんな2人の様子に目をやって、和葉は首を傾げた。うつむいてボールの中身をかき回す香住を、緋翠は微笑を含んだ目で眺めている。
(香住さんが気になるのかな? だったら協力してあげるのがいいよねっ。だけど、どうしてあげたらいいのかなぁ)
 考えてみたけどすぐにはひらめかない。何か思いついたら試してみようと心に決めて、和葉は緋翠のところに行った。
「緋翠ー、ボク苺食べたいなっ。少しだけ、ね……お願いっ」
 あーんと口を開けて待機する和葉に、緋翠はやれやれと笑う。
「全く……困った子ですね。1つだけですよ」
 さっと洗った真っ赤な苺を、緋翠は和葉の口に入れてやった。
「えへへ、とっても甘いねっ!」
「それは良かったですね」
 和葉の頭を撫でる緋翠の様子は自然で、香住はちょっと羨ましくなる。
(ああいう風に自然に人と接せられたら幸せでしょうね……)
 先日の桃の節句の際に、緋翠の手が自分に差し伸べられたことを香住はふと思い起こす。
 いつかは自分もあの手に自然に触れられるように……そこまで考えた時、香住の視線に気づいた緋翠が振り返った。
「須藤さんもお1ついかがですか?」
 緋翠の手が香住の口元にそっと苺を運ぶ。
「え?」
 不意に差し出された苺に驚いて、香住は何も考えられずにそれを食べてしまった。食べた後、自分のしたことに香住の顔が燃えるように熱くなる。
「香住姉、チョコレートはこれくらいで……あれ、顔が赤いよ、どうしたの? ってわああ」
 振り返った朱音は真っ赤になっている香住と、緋翠の手の位置を見て状況を推測し、思わず叫ぶ。
「おや、大丈夫ですか、須藤さん?」
 香住の見せた反応は初々しく微笑ましいものだったけれど、少々やりすぎたかと緋翠は反省する。
「……まだ香住姉には刺激が強かった……んだよね」
 すっかり硬直している朱音は苦笑したが、口は挟まずに自分の作業に戻るった。
 溶かしたチョコレートに苺をつけてコーティング。売り物にするのはオーブンシートの上に載せて固まるまで待つのだけれど、味見用にチョコレートにつけたばかりの苺をフォンデュ状態で和葉に渡す。
「はい、和葉ちゃんどうぞ」
「おいしいねっ。ボクのも味見してみる?」
 和葉はルアークから預かってきたレシピを見ながら、苺と砂糖、牛乳とバニラアイスをミキサーに入れてシェイク。グラスに注いで苺で飾れば苺シェイクの出来上がり。完成品を朱音に渡し、自分でも味見してみる。レシピ通りに作ったから大丈夫だとは思うのだけれど……。
「わ、美味しいっ! 朱音ちゃんはどうかなっ?」
「とっても美味しいね」
 真っ赤な苺は甘酸っぱい季節の味。
「香住姉も飲んでみる? ひんやりして美味しいよ」
 まだ真っ赤なままの香住に、朱音は苺のシェイクを差し出した。