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リアクション
第一章 ラナとイングリットの依頼
イルミンスール魔法学校の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は山と積まれた金柑を前にナイフを振るっていた。金柑のお尻の方に十字の切り込みを入れる。そこから串でもって種を取り出す。そうして下準備をした金柑を、大きな鍋で湯がいていく。大鍋が熱を持つと共に、熱気とかすかに良い香りがキッチンに広まった。
「よっと」
一旦ザルに開けると、再びヒタヒタの水で煮込んでいく。ただし砂糖とハチミツを加えてじっくりと。次第により甘い香りが漂うのを鼻で味わいながら、空のビンをたくさん用意した。
「こんなものかな」
涼介は弱火にすると、コンロの前を離れた。学校の掲示板に張られていたイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)の依頼を思い出す。
「歌の練習も良いですが、練習のし過ぎで、喉を壊しては元も子もないですからね」
そう考えた末に、金柑の甘露煮を作って持って行くことを思いついた。古来より金柑とハチミツには喉の痛みを抑える効果があること学んでいたからだ。
最後に塩をひとつまみ入れて甘さを整える。火を止めて十分に冷めたら、ビンに詰めてできあがり。
「……これも持っていくか」
さいころセットを鞄に入れた。
シャンバラ教導団の図書室では、源 鉄心(みなもと・てっしん)がパートナーと共にローレライについての資料を集めていた。
もっとも年かさのティー・ティー(てぃー・てぃー)が真面目に手伝っているのに対し、10を過ぎたばかりのイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、鉄心やティー・ティーについて回るくらいだったが。
「伝説や神話の類ばかりだな」
鉄心が軽く背伸びをする。ティー・ティーも一息入れた。
「中立な存在とは書かれていますが、いろいろ被害を出しているんですよね」
「まぁね、ただ意図して災いを起こしたいと思っているわけじゃあない。“飛んで火に入る夏の虫”にしたって、火を一方的にとがめるのはおかしくないか」
「それは……そうです。でも今回、鉄心は火に飛び込もうとしているようですが」
ずばりと指摘されて、鉄心は苦笑する。
「“虎穴に入らずんば虎子を得ず”ってことにしておいてくれよ。時間があったらヴァイシャリー湖畔も調べてみたいんだけど」
鉄心がティー・ティーをチラッと見ると、「良いですよ」と言うようにうなずく。イコナはピクニックにでも行くように「わーい!」と喜んだ。
波羅蜜多実業高校の掲示板の前では、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が依頼を前に思いを馳せていた。
── ローレライとか音痴とかはどうでも良いけど、新入りのイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)と、ラナ・リゼット(らな・りぜっと)には興味が湧くわね ──
こめかみに拳をあてて考える。
「武勇伝かー。面白そうな話ねえ。んー、でも、私は人に語れるような話はないかなあ」
百合園から転校して以来、荒野の女番長として幾多のフィールドで暴れまわってきた。その戦歴に恥じるところはないが、武勇伝として歌い語り継がれるものかと聞かれれば、なんとなく違う気もする。
それから随分と悩んだものの、心の天秤は興味が優った。
「とりあえず行ってみようか」
覚悟を決めると、与一の弓を大きく一回振るった。
午後のひと時、百合園女学院の橘 舞(たちばな・まい)は、パートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)と金 仙姫(きむ・そに)と一緒にハーブティーを味わっていた。
「これも持っていくのであろう」
仙姫がハーブティーの香りを楽しみながら言うと、舞が「はい」と笑みを返した。
「歌の練習をするのも良いですけど、喉を痛めてしまっては本末転倒です。無理しすぎるのは良くないですから」
カップを手にしたまま、ブリジットが仙姫に視線を向ける。
「歌は私の専門外だし、今回は自称“鶯の君”のお手並み拝見ね」
いくらか皮肉交じりの発言だったが、仙姫は気付かぬままに鼻を高くする。
「うむ、そうだとも。鶯の君と称せられた、わらわの指導を受ければ、いかな音痴であろうとも万事解決なのだよ」
舞とブリジットは顔を見合わせて苦笑した。
「歌の練習をしたい、と」
シャンバラ教導団の佐野 和輝(さの・かずき)はアニス・パラス(あにす・ぱらす)とスノー・クライム(すのー・くらいむ)の突然な願いを聞いた。
「スノーは声が良いし、歌には自信があったよな。むしろ教える側じゃないのか」
「でも……今以上の歌唱力を手に入れたいの」
「アニスもスノーみたいにきれいに歌ってみたい!」
しばらく考えていた和輝は「ま、良いか」と了解する。せがまれて付きそうことも了承した。
「ただ俺は歌わないからな。本でも読んで時間をつぶしているよ」
念押ししたものの、喜ぶアニスとスノーの耳には届いていなかった。
ラナ・リゼット(らな・りぜっと)は丁寧に企画書をそろえると、羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)に返す。
「良くできていますし、面白そうとは思うのですけど……」
「けど?」
ラナは首を振る。
「今回はお断りするよりなさそうです」
企画書の表紙には“劇的音痴大改造 ビフォーアフター”と、サブタイトルには“個性派ローレライの音痴を治せ! 音楽の匠達の挑戦!”ともある。
「そんなぁ。人とローレライが手を取り合う良い話なんですよね! 広ーく伝えて、種族の壁をなくすチャンスにしたいんです!」
ラナはニッコリとうなずいた。
「その点は私も同感です。でも一緒に練習をしたいと申し出た人が何人もいるの。どう? あなたが歌が苦手だったら、そんな場面を記録に残したいと思うかしら」
「そうかぁ、そうですよね」
まゆりは諦めて帰ろうとしたが、ふと新しい企画が浮かぶ。
「それなら武勇伝コレクションってのはどうですか? 武勇伝なら聞かせても良いですよね。しかもラナさんが歌ってるのであれば、みんなが聞きたいはず」
今度は断る理由もなく、ラナは承諾した。
「じゃあ、よろしくお願いしまーす。放送部と打ち合わせしてきますので」と、まゆりは駆け出していった。
ラナはイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)に顔を向ける。
「まゆりさんはともかく、多くの方からお手伝いの申し出がありました。それに武勇伝も」
「ラナ……様が歌にするのですよね。大丈夫なのですか?」
「そうですね……」
ラナが竪琴を爪弾いた。わずかな旋律でもイングリットの心に染み込む。
「私の腕の見せ所でしょう。なるべく満足していただければ良いのですが」
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