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satisfaction! 能あるウサギは素顔を隠す

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satisfaction! 能あるウサギは素顔を隠す

リアクション

 旧デザインの薔薇学制服に着替えたフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は、豪奢なマントをはためかせフロアを闊歩する。変熊のように赤い羽根をモチーフにした仮面をつけ、堂々とした態度でいればうっかり在校生と間違えそうにもなるだろう。
「おー、久しぶり! 俺だよ、俺! 始業式で助けてくれた先輩じゃ〜ん! 元気だった?」
 勢いでフィーアに声をかける若松 未散(わかまつ・みちる)もまた薔薇学の制服に着替え、新制服に合わせた学帽をマスクの代わりに深く被った。薔薇学生に扮する以上は同じ薔薇学生によそよそしい態度は出来ない……というよりも、他人になりきることに味をしめた未散は口元を扇子で隠しながら微笑んで見た。
「私に、始業式で? どなたかと誤解されているのでは」
「そうだっけ? まあ細かいことは気にすんなって。こーいうパーティなんだからさ!」
 ケラケラと笑う未散は、果たして似たようなことを考えてた他校生か、それとも本当に陽気な在校生なのか。興味が沸いたフィーアは、何か面白い情報を持ってはいないのかと話して見る事にした。
 一方その頃、会場までは一緒に来たハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)は、待ち合わせ場所も服装も聞かされないまま飛び出していった未散を必死に探していた。オロオロするしかない彼とは違い、冷静に携帯を取り出したのは神楽 統(かぐら・おさむ)。しかし、パーティということでマナーモードにしていて気付かないのか、はたまたクロークにでも預けてしまったのか。それとも「会場で私を見つけられるか勝負な!」と言い残していったのは冗談ではなかったのか、未散が電話に出る様子は無い。
「我が儘姫のかくれんぼに付き合うのは構わないが、男子校に女子一人で乗り込むのはなあ……早めに見つけないと」
「うお――っ! 未散くんが、野獣の森へ! わたくしを置いていってしまうなどおおおおっ!!」
「ハル、少し黙っててくれないか。未散の助けを呼ぶ声を聞き逃したらどうしてくれる」
 本当は煩いので黙っていて欲しかっただけなのだが、未散の名を出すだけでこの男は簡単に動揺してくれる。普段なら面白いと嘲笑うところだが、少々一緒にいるには疲れてくる。
「んじゃ、ハルは未散探し頑張れよ。俺はちょっと用事があるから任せるぜ」
「ちょ、用事ってなんですか! 未散くんより大事な物があるって言うんですか? 神楽さん、待って下さいよ神楽さあああんっ!!」
 振り返ることのないまま手を振り続ける神楽と広い会場とを交互に見送り、未散を守れるのは自分だけだと拳を握りしめるハル。裏切り者が去ったと憎むかライバルが減ったと喜ぶかは後で考えるとして、どんな姿になっても手放さないであろう未散の高座扇子を目印に探し出す。
(しかし今日はどんな格好をしてるんでしょう、まあ未散くんなら何でも似合いますがね!)
 ……煩悩まみれのハルには、少し難しいのかもしれない。

 以前カールハインツと会話したことで、彼に興味を持った統は、当てもなくダンスホールを彷徨っていた。こちらは普段から仮面を、しかもそれなりに目立つであろう鬼の面だ。向こうが気付いて声をかけてくれるのが1番望ましいが、会話はたった1度きり。自らが動かなければ見つかりはしないだろう。
(……にしても、男子校が主催の割にはやけに女の姿が多いな)
 こうして他校生を招いているし、異性装もお気軽にと更衣室へ積み上げていた。自分は気分を変えて洋服へ手を出したものの、ネクタイは結ぶのが面倒で首にかけたままになっていたり、随分とパーティに出るにはだらしない格好かもしれない。
「……よろしければ、結びましょうか?」
 それをファッションととるか解けているととるか暫し悩むものの、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)にとってはだらしないと判断したのだろう。丁度ドリンクは配り終わり、空いたグラスが無いかと見回っていたので手も空いていた。青を基調に白いアクセントが加わったドレスの前で、シルバートレイを持ち佇む姿は使用人というよりも令嬢のよう。折角の申し出なので頼んでみると、統はついその細い指先を見る。
「薔薇学の催しだから男の子が給仕をするとばかり思ってたけど、誰か知り合いのお手伝い?」
「自校の催しですから、手伝うのは当然です。このなりで申し訳ないのですが、ダンスは男役しか出来ませんので」
 結び終わったと同時に小さく笑うその顔は、白いリボンを通した青い花の髪飾りが良く似合う。白い肌と少し青っぽく煌めく銀の髪と馴染んでいて、まるで自然体のように着こなしている。
(でも薔薇学生ってことはまあ、男ってことか……怖いところだな、薔薇学は)
 なら、女の子をはべらしているように見えるあれも、実は男の子ばかりの集まりだったりするのだろうか。
 アルネの姉、ニハルと名乗った少女は未だカールハインツの腕に纏わり付いており、時折入り口を気にする祥子もまた、この2人以上の手がかりは無いだろうと歓談する。遠目から七瀬 歩(ななせ・あゆむ)もカールハインツのほうに視線を送っているようにも見えるが、統のいる位置からは可愛らしい男の子なのかどうか判別が出来ない。
「ちょっと探してる人に似てる人がいたから俺は行くな。ネクタイありがと」
 数歩進み、統は思い出したように振り返る。
「褒め言葉になるかわからないけど、その服似合ってるぜ。似合いすぎて、ここの生徒にしとくにゃ勿体ねぇよ」
「……ありがとう、ございます」
 自分の立場を考えれば、怒っても良いところなのかもしれない。けれど、タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)が作った服を褒められるのは嬉しいし、普段あまり出来ない服装に好意的な言葉を投げかけられるのは、なんだかむず痒い。
 彼が別れ際の社交辞令として口にしたことは何となくわかっていても、あとでタリアにも聞いてもらおうとユニコルノは小さく微笑むのだった。

「……それで、アルネは今どこに?」
 この2人話しているのも楽しくないわけではないが、今日の目当てにしていたのはアルネだ。タイミングを見計らってニハルに問いかければ、思い出したように時計を見て頬を膨らます。
「ホント、あの子ってばトロイんだから! ま、なかなか実家に便りの1つも寄こさないのが悪いんだけど」
「なんだそりゃ」
「あの子に会ったら電話させろって父様に頼まれてたのよ。だから、ここに入る前に実家と繋がった携帯を押しつけてきちゃった」
 いくら待っても来ないはずだ。祥子はあっけらかんと言うニハルが随分とカールハインツに夢中になっているのを察し、元々の目的とも相まって入り口のほうまで様子を見てこようと席を立つ。しかし、それはニハルの手によって止められた。
「だーいじょぶじょぶ! あたし、門限があるから早めに帰らなきゃいけないの。ついでに友達待たせるなって叱ってきてあげるわ」
 そうして、騒々しいニハルと入れ違いにやってきた歩は、わざとらしい咳払いをしてカールハインツを振り向かせる。
「あまり軟派な行いは感心しないけど、パーティは楽しんでいるようだね?」
「楽しんでるというか、絡まれたというか……まあ、それなりにはな」
 本人は完璧だと思い込んでいる男装も、小柄で可愛らしい雰囲気はともかくキッチリと身の丈に合う会うスーツを選んでしまったので女性らしいラインを隠しきれずにいる。肩や腰回りを少し誤魔化すだけでも違ってくるというのに、慣れない歩にとっては少し難しいのかもしれない。
「おや、今度は違う子か。おまえは随分とモテるようだな」
 これならば心配することなど無いのかもしれない。そう統が苦笑すれば、いつの間にか紛れていたも後に続く。
「そうだね、綺麗な女性に可愛らしい男の子。どちらが彼の好みだろうね?」
「おいおい、人を軽い男のように言わないでくれよ。こう見えてもオレは、大切な物は両腕で包み込むタイプだ。片腕で支えたばかりに失ってしまうなんてゴメンだぜ」
「なら少し、彼を借りてもいいかな。両腕が塞がったまま話すのは難しいだろう?」
 言いながら歩との距離を詰める直は、指名を受けて硬くなる歩を見て苦笑する。
「そう身構えないで、念のため少し確認したいことがあるんだ」
「あた……じゃなくて、ボクで答えられることなら」
「ありがとう。差し支えなければ君の所属校とこの学舎に興味があるかを聞きたくて。可愛い子はスカウトしようと思ってね」
 わたわたと歩が2、3質問に答える間に家族からの電話に開放されたのか、アルネがカールハインツたちと合流する。わかりやすいように押しつけられたという姉と同じ仮面を手に持ち、普段は帽子の中でまとめている長い髪もサイドで束ねており目印としては十分だ。
「……何、この大所帯」
「なんだか、薔薇学が可愛い男の子をスカウトするとかで声をかけてるみたいよ?」
 仮面を少しずらし、改めてと言わんばかりに差し出された手をアルネは観念したように取る。じっとアルネの顔を見て、先程まで一緒だったニハルを思い出す。人前でこんなことを言えば迷惑だろうか、と小声で伝えてみようとしたとき、またも2人を邪魔をするかのように障害が立ちふさがった。
「えええっ! カワイイ子、スカウトされちゃうのっ? スカウトされちゃったら、呼雪は妬いてくれるかなぁ」
 ふふふと怪しげに笑うヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、レースもふんだんにあしらい宝石をちりばめキラキラと光るドレスに、自前の金の髪を巻き上げ派手な仮面をつけた姿は大女……と、呼んでも良い物か。背が高いおかげで体格が良くみえる彼が派手に、煌びやかに! と頑張った結果は、なんだか突如この世界を支配してきたと高笑いでもし始めそうな魔女か、ゲームで言うところのラスボスのように見えなくもない。
 そんな派手で騒がしい人物にはすぐに注目も集まるもの。ポカンと口を開けて見ている人をかき分け、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が走り寄ってヘルに飛びついた。
「えへへ、ヘルおにいちゃんみつけたですっ! かっこよくてたのしそうだから、まちがいありませんっ!」
「その声はヴァーナーちゃん? 結構変装には自信あったのになー、凄いねっ」
 ヴァーナーを抱えあげると、挨拶のように頬へキスをくれる。きゃあきゃあとはしゃぐ二人を見て呆気に取られているカールハインツを小突いて、アルネは声を潜めた。
「スカウトって、なんか面倒な調査も込みなんじゃないの? やっとゆっくり出来るんだから、今のウチに場所を移そうよ」
 お腹も空いたし、とテーブルへ向かうアルネらから離れ、統は何だかんだと話を伸ばされて直に掴まったままの歩へ声をかける。
「おい、そろそろ曲が変わりそうだ。折角だし相手を頼めないか?」
「え、あ……はいっ!」
 人混みの中へ紛れてしまいそうな統を追いかけるため、歩は慌てて直へ頭を下げるとその場を去る。直も、彼女が他校生であることを確認出来たので、無理に引き止めることなくそれを見送り次の気になる生徒へ声をかけにいく。
「あの、ありがとうございます……助けてくれたんですよね?」
「さあ、どうだろうな。俺は結構きまぐれだと思うぜ?」
 怖そうなお面をしているけれど、半分だけ見える顔は整っていてミーハーな歩は助けてくれた統に興味を持つ。
(カールハインツくんもこの人も、なんだかつかみ所がなさそうな感じだけど……優しいところがあるのは確かなんだよね、多分)
 それが女性だけに向ける優しさとかじゃなくて、心から優しい人なら良いのにと願ってしまう。もう少し2人との仲を深めれば、それは見えてくるだろうか? どちらかが自分の王子様だったりして――なんてことを考えて、歩は照れ笑いを浮かべるのだった。

 普段着ないような服に、素顔を隠せる仮面。それは、違う自分になったかのような高揚感をつれてくる。薔薇の学舎に籍をおくも、庶民の生活が身に染みついてしまっている皆川 陽(みなかわ・よう)は、あえて普段とは違う雰囲気を出すために派手な仮面とふんだんにフリルをあしらったドレスに身を包んだ。肌を露出することなく小柄な体を飾り立ててくれるそれは華奢な体つきと相まって、これからの成長が楽しみな少女のよう。
(誰もボクであることを知らない、誰にも遠慮しなくていい……今日のボクは、思い通りに過ごして良いんだ!)
 別に誰かに咎められたわけではないけれど、エリート校に紛れた庶民というのは肩身が狭く、いつも他人の視線を気にしていた。けれど今日は顔色を伺って当たり障りのない答えを返さなくて良いし、ちょっと連れなくして相手を選ぶことだって出来る。
 気の向くままに声をかけて、エスコートしてもらえるなら踊って。けれどそれは、相手も同じ。たった1人を選ぶことはなく、次々に相手を変えてパーティを楽しんでいく。持って来てくれた飲み物を飲みきらないうちに次の相手に声をかけ、このままだといつものように壁の花になってしまいそうだ。
「まあ、まだ時間はあるし焦らず楽しんでくれる人を捜そうかな……あ、すみませーん! おかわりってもらえますか?」
 気合いを入れ直す意味で残りを一気飲みすると、近くにいた本郷 翔(ほんごう・かける)へと声をかける。派手に着飾ることもなく普段着として定着してしまった執事服を着てスタッフの振るまいを観察していただけなのだが、その姿が余計に給仕らしく見せてしまったのだろう。
「申し訳ありません。お運びしたいのは山々ですが、本日は勉強のために参加している立場ですので」
「お勉強? なら踊ろうよ。エスコートも、お勉強のうちでしょう?」
 空いたグラスは今度こそ間違えないで給仕へ預けて、陽は翔の手を取りホールへと誘い出す。少し強引な誘いだったにも関わらず、翔はどこか楽しそうだ。
「もちろん、お相手させて頂きます。背格好も似ていますし、出来れば男女のパートを入れ替えてもお願いしたいところですね」
 彼らが踊り出す頃、途方に暮れる少年が1人。テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は人をかき分けるようにして陽を探すも、その姿を見つけられないでいた。パートナーなのだから待ち合わせすることは容易いはずなのに、ヒビの入った関係では些細な会話すら難しい。
 呼び止めることも出来なかったくせに、必死に探すだなんて滑稽かもしれない。誰かと話していたら、仲良くしていたら……自分の手をとってくれなかったら。不安なことなど山ほどあるけど、諦めきれなかった。
(どんな姿になっていても、絶対に陽を見つけ出す。……見つけられるよ、だって陽は心の底から僕を嫌ってない)
 アクセサリーで飾り立てる人なんて沢山いるのに、その輝きだけは違って見えた。長い黒髪を揺らす後ろ姿だって見慣れたものとは違うけれど、危なっかしくよろめいているところは似ているのかもしれない。やっと見つけた手がかりに吸い寄せられるようにテディは走った。

 ヘルとヴァーナーが少し大人しくなった頃。早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は賓客を迎えるために二人へ近づいた。
「見つけたよ、ヴァーナー。随分と可愛いドレスだな、お嫁さんみたいだぞ」
「呼雪おにいちゃんっ! ボクが見つけたかったのに、先を越されちゃったです」
 言葉こそ残念そうだが、そのまま呼雪に抱きついて笑う姿は会えたことを喜びはしても悔しいなどと思うこともないのだろう。
「いーなぁ。ヴァーナーは人前でもちゅーさせてくれるんだ? ねえ僕は、僕は? 僕も呼雪とちゅーしたぁい」
「ヘル、お客様の目の前だろ。大人しくしないか」
「えー、僕にはないのー?」
「はぐとちゅーは、えがおのまほうです! みんななかよしで、しあわせになれるんですよ」
 ニコニコと無邪気に微笑んでヘルにも同じようにしてほしいとばかりヴァーナーも催促する。例えばヘルがヴァーナーほど幼かったり、ここが人前でなかったなら少しは考えなくもない。けれど、ただでさえヘルの派手な衣装で注目を浴びているのだから、これ以上は勘弁してほしい。頭を抱えるように視線を逸らせば、ユニコルノがヴィスタと話している姿が目に入った。
 妙な噂まで流れているが、今さら校長が追い出すような真似をするとも思えないので心配することも無いだろう。そう頭では思うのに、どうにもユニコルノの様子がおかしい。
「……少しここで待っててくれないか」
 例え薔薇学に女性が紛れていても安全だと思う理由は、校長自身が知っていて女子の入学を許しているように感じることだ。そしてその証拠となる情報も、呼雪は手に入れている。
「俺のパートナーが何か?」
「いや、来客に使用人まがいのことをさせるワケにはいかねぇと声をかければ、随分とめかしこんでるウチの生徒だって言うじゃねぇか」
 横目でユニコルノを見るも、彼は何も答えない。下手に何かを口にして、呼雪に迷惑をかけまいと凜とした表情でヴィスタと向かい合っていた。
「生徒の間でも、女生徒が紛れ込んでるっつー噂があるみてぇだし、ちょっくら確認させてもらおうかと思ってな」
「……その噂は今に始まったことでは無いし、各校には全生徒のデータバンクがあるはずだ。そちらを参照されては?」
 一般生徒には認識の無い者が多いが、一部の役職についていた生徒なら知っている話。確かに呼雪の言う通り、パラミタにある各校では生徒のデータバンクを管理しており、表向きには生徒の中に潜んでいる女性はいないという証明にもなるはずだ。
「完全な鏡も息で曇ったばかりにすべての価値を失うこともある。ひび割れたがゆえに完全となる鏡もある……って言葉を知っているか?」
「校長が始業式などで口にする言葉だな。それが今、何の関係が――」
「あの方は完全なるシステムを望まれないかもしれない。だが、仮に許可してあったとして、心変わりしない可能性も無いだろう」
 美しいと思っていたひび割れた鏡は、単なるゴミだと思ってしまったか、その破片で怪我でもしたのか。ジェイダスの心中など聞かされてなくとも、上がいらないと言ったのだ。いち教師であるヴィスタが動くには十分過ぎる理由だ。
 呼雪があてにしていたデータバンクのシステムが完全で無いのなら、薔薇学のデータベースに女性の遺伝子が混ざっていても問題にならなずはじき出せないようになっているか、もしくは学園側は生徒の実性別を把握せず全て男性として登録されるよう手が加えられているか。
(どちらにしろ抜け道があることは認めた、ということか。しかしそれの都合が悪くなった……?)
 直接校長へ尋ねるのが手っ取り早いのだろうが、今はパーティの最中でヴァーナーも心配そうにこちらを見ている。これ以上、ヴィスタと探り合いをする時間もない。
「俺には俺の来賓がいて、ユニには薔薇学への来賓を持て成すように頼んだ。……紛れもなく俺のパートナーだ、問題があるなら早川呼雪の名を呼び出せばいい」
「逃げも隠れもしねぇってか。ま、お客様の前で揉めるワケにもいかねぇし――名誉あるイエニチェリ様ご命令だ」
 嫌の笑みを浮かべつつも、あっさりと身をひいたヴィスタが見えなくなるとユニコルノは呟く。
「私がこのような格好をしたばかりに……申し訳ありません」
「いろいろたいへんな事もあるけど、みんななかよくパーティとか出来るから、きっといまいろいろ戦ってる人たちもいっしょになれるはずなんです。ユニコルノちゃんも、いっしょにおどるですっ!」
 ヘルにお姫様抱っこをされたままやってきたヴァーナーは、呼雪とユニコルノの張り詰めた空気を解くように二人と手を繋ぐ。そのままヘルまで加われば、小さな円となってしまい社交ダンスは踊れなさそうだ。
 ピンク色のウエディングドレスのようにふわふわしたスカートの裾を元気よく揺らし、ヴァーナーは3人へ笑顔を振りまく。無邪気なところは変わらないけれど、幼い彼女も成長してきているんだなと払拭された空気や軽快なステップを感慨深く観察してしまう呼雪。
(そういえばタリアは……まあ、生徒では無いから大丈夫だとは思うけど)
 はぐれてしまったままの、もう1人のパートナー。周囲を気にしつつも、3人はお客様であるヴァーナーが心ゆくまで楽しんでくれるよう、しっかりと持て成すのだった。

 一大決心をしてやってきた天司 御空(あまつかさ・みそら)は、迷子になりやすい彼女とはぐれないよう事前に待ち合わせてパーティに参加した。もしものときはFlugelnHoffenの対を探せば良いのだろうが、一瞬でも不安な気持ちにさせたくはない。
(それに今日は、大事なことを伝える日だしね)
 待ち合わせは、オーケストラの上手側で。合流したら、まずは飲み物を片手にドレス姿を褒めて会話を弾ませて、練習してきた馴染みある曲が流れたらエスコート。それから少し風にあたろうと誘い出して、大事なものを渡す。ポケットに忍ばせた小さな感触を確かめるだけで少し緊張するけど、膝丈のシフォンドレスの裾を元気に揺らす水鏡 和葉(みかがみ・かずは)の姿が目に入れば、引き締めていた口元は自然と笑みが零れ出た。
「こんばんは、和葉さん。ドレス良くお似合いですよ」
 少し恥ずかしそうに笑う彼女の隣に、タキシード姿で立つ。他の参加者には、どんな二人に見えているのだろう?
 このパーティが終わる頃には自分たちの関係を少し変えられるように、思い描いたエスコートのとおり和葉の手をひいて歩くのだった。
 その様子を、憧れの眼差しで見つめる少女が一人。ふわふわの銀の髪には木犀の花を少しだけ咲かせたミラは、たくさんのお姫様がたくさんの王子様にエスコートされていると、絵本に迷い込んだような気持ちで歩いていた。
「あなた、もしかして花妖精?」
 振り返れば、白地に橙の縁取りや装飾の入ったロングチャイナを着たタリアが少し屈んで声をかけてきた。
「……? 花、妖精……わたくし、お花の妖精さんのように見えるのかしら?」
「え、そうじゃなくてね、あなたのその頭――」
 指摘され、ミラは慌てて払い落とすように髪を梳く。そんな姿を見て焦るのはタリアのほうだ。
「わたくしは何も出来ません、取り柄もありません。どうか、わたくしを捕まえないでくださいまし」
「待って待って、私は捕まえに来たんじゃないのよ。仲間がいると思って」
 床に膝をつき、アップにした黒髪に刺さるように咲く鬼百合の花を見せる。これで、髪飾りではないことを確認してもらえたなら、同じ花妖精として安心してもらえるだろう。
「まあ、貴女様は本物のお姫様なのですね。今日はお忍びでいらっしゃいましたの?」
 幾分かずれた感覚を持っているミラに、タリアは困惑する。けれど、自分が闇市で競売に掛けられかけたのと同じように、彼女も何か怖い思いをして記憶が混乱しているのかもしれない。そう思うと、なぜだか放っておけなかった。
「……少しお話しましょうか。これは今宵が楽しくなるように」
 自分が着けていた白い花のコサージュを、彼女の胸につけてやる。ミラは一国のお姫様から頂けたと、嬉しそうに微笑むのだった。

 テラスに着いた陽はと言えば、目の前に現れた人物に平手打ちをすることで精一杯だった。
「そんなにボクをからかって楽しいの? バカにしてるのっ!? なんで、こんな……!!」
 長くなった昼の日差しを浴びて煌めく薔薇園を眺めながら語り合い、執拗に口説いてくる彼に興味を持った。本当はタブーなのかもしれないけれど、その仮面の下が気になって取ってくれとせがんだのは自分。
「僕は嘘なんて1つも言ってない。陽だって気付いてたから好きだって言ったんだ、バカになんてしてないだろ?」
「女の子の格好までして、顔だって隠してるんだよ? 気付けるわけない、テディは誰だって良いんだから!」
「陽のことを間違えるはずないし、陽以外いらない。陽を探してここに来たんだ」
 忠誠の指輪をはめた手をとり、その指にキスをする。ようやく答えを付けて変装していたことがわかると、陽は羞恥で頬を染めた。
「し、仕方無いでしょ……コレがないと、落ち着かないっていうか……当たり前みたいになってるんだもん」
「僕は?」
 言い訳じみた答えをやっとの思いで絞り出したのに、テディは間髪入れずに問いかける。陽は仲が拗れても、指輪を捨てるどころか外しさえしなかった。仮面越しでも自分に興味を持ってくれたし、先程の言葉。だまり続ける陽に視線を合わせるようにして、テディはもう1つ問いかけた。
「ね、『テディは誰だって良いんだから』って怒ったのは、なんで?」
「へ? な、なんでって……」
「ヤキモチだったら嬉しかった、ってだけだよ」
 もちろんそんなことは期待出来ないけれど。もう1度平手打ちをくらうのを覚悟の上で呟いて見れば、陽はスカートをたくし上げるようにして足早にダンスフロアへ戻ろうとする。
「待ってよ陽! 気を悪くしたなら謝るから」
「帰る! 課題残ってたし……そのっ、テディだってボクのこと名前で呼んだりマスターって呼んだり意味わかんないし!」
「マスターとしての陽じゃなく、皆川陽に伝えたい言葉だから。……馴れ馴れしかったかな」
 姿をいくら取り繕っても中身は変わらない。人は幼虫から成虫になるように大きく変わることも出来ない。ただ、小さな積み木をコツコツと積み上げていくことは、諦めなければ出来るのかもしれない。
「ボクなんて仮装したって見破られちゃうくらいなのに、マスターとかなんとか分けることなんて出来ないよ! テディはどっちのボクが良いの?」
「……皆川陽を、愛しています」
 何度告白しても気持ちが伝わらなくて、何度説明しても心を閉ざすばかりで。仲違いまでしたけれど、やっぱり真っ直ぐに伝えたい言葉は変わらない。言われた方にしてみれば何て答えれば良いのかわからなくて、陽は振り返ることなくホールへ向かう。扉に手をかけようとして、何度か口を開きかけ、カラカラになった喉から絞り出すように呟いた。
「だったら……マスターなんてよそよそしい呼び方、やめてよ、ね」
 呼び方を変えたって騎士として仕えてくるんだろうし、友達になんて戻れっこもないんだろうけど。欲しい言葉をたくさんくれて気になったのに、テディだったというだけでモヤモヤする。彼だけは、何か違う。
 言い捨てるようにホールへ続く扉を開けると、陽はそのまま更衣室まで走り出す。やっと一人きりになれる空間で、次にどんな顔で彼に会えば良いのかと暫く悩み続けるのだった。


「うわぁあああああっ!?」
 突如、会場内に響き渡る未散の悲鳴に、オーケストラの手が止まる。その声を聞いて、真っ先に飛んで来たのはハルだ。
「未散くん! 一体何が……」
 薔薇学の制服姿もなかなか、などと言ってる場合ではなく。未散の近くにいたのは同じく薔薇学の制服を着たフィーアと、覆面をつけたシュバルツ・ランプンマンテル(しゅばるつ・らんぷんまんてる)。仮面舞踏会であることを考慮に入れて、プロレスマスクはノーコメントだとしても、冒険者のマントにウエスタンブーツ、そしてキリリと締まった褌姿。ここでレスリングでも行われるなら驚きもしないだろうが、パーティ会場で褌姿の男が現れれば女の子としては悲鳴の一つもあげたくなるだろう。
 もっとも、薔薇学生からは「褌を締めているだけマシ」という声が少なからず聞こえてきそうなものではある。
「して、ランプンマンテル卿。何か有益な情報は手に入ったのか?」
「この私が見た所、この場は合コン……もしくは婚活の場と考えるに相応しいと思うのだよ」
「合コン!? み、未散くんが積極的になってくれたのは嬉しいですが、いきなりハードル上げすぎじゃ」
「私だってしらねぇよ! 一体何だってそんな話に」
 シュバルツが言うには、薔薇学の男性職員は女性をナンパし、生徒は男性をナンパしている現場を見たという。あまりに近づいて盗み聞きをするのは紳士的でないので会話は部分的にしか拾っていないが、どう聞いても「ちょっとあっちで二人きりになろうか」というものだったらしい。
「つまり、『ウホッ! ぶらり薔薇の学舎の旅』が決行出来るというわけだな! 貴公らも共に行くか?」
 やっと面白そうな情報を手に入れたと喜ぶフィーアと違い、未散とハルはかなり狼狽えている。しかし、可愛らしく元気なタイプとそのお兄さんといった肩幅の広い二人の男を前に、シュバルツが大人しくしているわけもない。
「顔見知りとだけ過ごすのは、此度のパーティの趣旨にそぐわないだろう。ぜひご一緒したいものだ」
 紳士的な態度を崩しはしないが、男好きの彼が心の内では何を考えていることか……なんだか断り切れない空気になってしまい、未散たちはフィーアと一緒に新たなる世界を覗き見しに行くことになってしまったようだ。

 久し振りの女性パートを踊り、和葉は隣に立つ御空を見上げる。白のタキシード姿なんか見る機会なんてなかったし、まるで以前一緒に見たウェディングドレスの隅に置いてあったタキシードみたいだと思うとマジマジと眺めていられない。
「本当は中庭へお連れしたかったのですが、これでお許し頂けますか、姫?」
 俯いた自分をからかうように、顔を覗き込む御空は笑う。目が合うと何だか考えが見透かされそうで、薔薇園が1番キレイに見えるというテラスにやってきた。女性客を招いていることで薔薇園や校舎まで続く小道は封鎖されているらしいが、それでもテラス側に背を向けることなく薔薇は美しく咲き誇っている。
「この薔薇に免じて許して差し上げますわ……なーんてねっ」
 ダンスのときも、わざと足を踏んで見せたって逆に余裕を崩さず顔を近づけるし、何をやっても返されてしまうのは悔しい。それでも、こうして他愛ないことで言い合えるのは楽しくて、次はどんな悪戯をしようかと考えて見る。そんな和葉の前に現れる、小さな箱。
「遅れてごめん、どうしても直接渡したくて。――15歳、誕生日おめでとう」
 瞬いて何かを言いかける和葉を遮るように、御空も口を開く。今すぐに言ってしまわないと、口が渇いて言葉が紡げなくなってしまいそうだし、このタイミングを失ってしまいたくない。
「俺、和葉さんのことが、好きです。……ずっと、好きでした」
 誕生日プレゼントに喜ぶ間も無く告げられた言葉を、一瞬理解出来なかった。頭の中で反復して、差し出されたリングケースを見て、片目が真っ直ぐと自分を見つめているのがわかれば、茶化すような言葉すら浮かばない。
「その……えと、ね。御空先輩にそう言って貰えるの、すっごく嬉しいっ。けど……ボク自身、自分の気持ちがよくわからなくて」
 一緒にいることが楽しいとか、女の子として振る舞えるのが嬉しいとか。それは大切な友達や家族にも同じことが言えるんじゃないのかと思うと、御空のことをどういう風に見ていて、これからどう接してほしいのかわからない。
「……だから、いっぱい真剣に考えるから……ボクに時間をくれないかなっ」
 同じように真っ直ぐ見返す彼女に答えを無理強い出来るわけもなく、それでも何も聞かないまま引き下がれない。
「じゃあ……少しだけ、ね」
 仮面を少しだけずらして、和葉の額にキスをする。例え彼女が答えに迷い、この指輪を身につけられなくとも約束を忘れないように――そんな願いを込めた口づけは、和葉の頭を沸騰させてしまい、逆に何も考えられなくなったかもしれない。