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リアクション
第7章 黒の十人衆
ピピピピピ
KAORIにつながっている端末から警告音が鳴り響き、月夜見望(つきよみ・のぞむ)は何事かとディスプレイを覗き込んだ。
「何だ? イベント会場の中で特異点が形勢されつつあるみたいだ。KAORIはそのことを警戒している」
「特異点? どういうこと?」
茅野茉莉(ちの・まつり)も月夜見の隣からディスプレイを覗き込んだ。
「茅野さんがアイデアを出してくれたアプリのおかげで、KAORIは参加者の携帯電話を通じて、会場全体からデータを収集することができるようになった。それで、何か異常があればすぐにわかるわけだけど。俺もよくわからないんだけどさ、KAORIは、超能力に関わるデータとして、種々の要素のほか、Pで表示されているこの要素の値を重視していて、この値が強まると、最重要の警戒を要すると報告するようにできているんだ」
月夜見は、説明しながら、自分でも首をかしげたくなるのを感じた。
KAORIのメンテに詳しくなれても、別に超能力自体について詳しくなったわけではない。
月夜見のいう、「P」で表示される要素の値を計測する機能についても、学院の研究者があらかじめ設定していたもので、携帯電話のアプリを利用して計測機能を強化できても、そもそもその要素が何を意味するのか、値が強まると何が起きるのか、といったことまでは月夜見も知らないままだった。
そして、ただ知らないだけではなく、月夜見が知りたいと思っても、その計測機能について詳しいことが教えられることは、全くなかったといっていいのだ。
おそらく、学院の機密に関わる何かだと思うが、月夜見も、無理に知ろうとは思わなかった。
もしかしたら、その要素についてKAORIは理解しているはずなので、思考回路の中身を探れば何かわかるかもしれないが、KAORIの心をいじりまわすような行為はためらわれた。
だが、いま、その値が、設楽カノンが講義を行っているステージを中心として極めて強まっているとして、KAORIは何かを警告しようとしていた。
月夜見としても気になることだが、今回のイベントの役柄上、まず自分はKAORIの保守・点検に専念すべきと思われた。
「思った以上に、いろいろな機能があるのね。もともと、学院の研究者も関わっていることですものね。でも、わからない値について警告されても、どうしようもないわね。もっと詳しいことはわからないのかしら? うん? これは、この値の単位かしら? 100マイクロコリマを超えている、って、危険なの? 校長の名前を単位に使うの、やめて欲しいわね」
茅野もまた難しい顔をして、KAORIの端末をあれこれ操作するが、わかることといっては雀の涙ほどしかない。
そうこうするうちに、ディスプレイの中央に次のようなメッセージが表示された。
(すぐに、カノンさんを沈静化させて! 暴走が過ぎれば、大いなる意志に見放される可能性がある。そうなれば、彼らの思う壷だわ)
「うーん、そういわれても、ピンとこないよな」
定型文を巧みにつなぎあわせたそのメッセージを目にして、月夜見はすっかり当惑したが、それでも、端末の機器をしっかりつかんで、力強い励ましを行うことはできた。
「KAORI、とにかく、俺はお前を守る! 何があっても安心してくれ!」
「カノンの様子がおかしい。あのはりつけにされた少女の姿、あれは危険だ。誰があんなものをあそこに置いたんだ?」
グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は、非常事態であると感じて、ステージに上がって、カノンに近づき、それ以上十字架の少女をみつめないよう、視線をそらさせたかったが、カノンの周囲に恐ろしい迫力の気が満ちているのを感じて、逡巡せざるをえなかった。
「グレン、カノンもそうだけど、まずは、あの女の子を助けてあげないと。あの身体、痣だらけで、ムチで徹底的に打たれたとわかります。私が行くこともできます」
ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)もまた、緊迫した表情でグレンに訴える。
「ソニア、それには及ばない。あの少女については、既に他の生徒たちが向かっている。俺たちは、カノンを守ることに専念すべきだ。くそっ、カノン! それ以上みるな!」
グレンは手を伸ばすと、十字架の少女をじっと直視しているカノンの肩に手をかけて、無理やり振り向かせようとした。
ばしいっ
その手を、カノンは、自らの手刀で弾き返した。
「やめて! オトコは、ワタシに、サワルナ!!」
ギラギラという光を放つカノンの瞳が、グレンを睨みつけた。
鬼のような、恐ろしい形相だった。
「カノン! 精神が不安定になっている。このギラギラという光はなんだ? ぐっ」
カノンに弾かれた手に激痛がはしり、グレンは顔をしかめた。
掌の骨が砕けてそうな感覚から、少し叩かれただけかと思いきや、実際にはものすごい力が行使されていたのだとわかる。
「やばいぜ。カノンが本気でブチキレたら、手がつけられなくなる」
李 ナタ(り・なた)は、そういいながら同時に、カノンの周囲への警戒を強めていた。
何者があの少女を十字架にかけてあそこにさらしたのかは不明だが、李には、仕掛人がその行為によってどんな結果を期待したのか、その狙いが非常に気がかりだったのだ。
カノンの精神が敢えて不安定になるように仕組み、会場全体を騒動でカオス化させることにメリットを感じる連中がいるとすれば、実に最悪な展開だ。
李の悪い予感は、的中した。
「なっくん、悪意ある存在が向かってきている。みて! ステージに、気味の悪い人たちが集団で上がってきたよ」
李に肩車されて警戒を行っていたレンカ・ブルーロータス(れんか・ぶるーろーたす)が、声のトーンを上げた。
ざっざっざっ
どこに潜んでいたのか、イベント会場のあちこちから、サングラスをかけた長身の男たちが現れ、いっせいにステージに上がってきたのだ。
その人数は、5人。
うち4人は男性だが、よくみると、一人、女性の姿もみられた。
5人の不審人物は、カノンの周囲をいっせいに取り囲んだ。
「何者だ! 散れ!」
カノンの一番近くにいるグレンは戦闘態勢に移行しながら、自分をも包囲するかたちになっている不審人物たちに怒鳴りつける。
「設楽カノン。いまなら、コリマもお前の力を抑えこむことに頭を痛め、我らを防ぐ余裕がない。鏖殺寺院を裏切った罪、その生命をもって償ってもらう」
不審人物たちのリーダーと思われる男が、そう宣言した。
「くっ、寺院の連中か!」
どご、どごーん!!
グレンは、曙光銃を5人の敵に向けて乱射し、牽制を行った。
状況的に、先手必を打って撹乱し、援軍を待つのが得策と思えたのだ。
5人の敵は、音ひとつたてずにその身を動かし、弾丸を避ける。
よくみると、それぞれの足が、ステージから離れて、宙に浮いている。
「サイコキネシスを使えるか! だが、それなら俺も!!」
グレンは回避行動をとり続ける相手の隙をついて、ワイヤークローを投下した。
投下されたワイヤークローは、自然状態ではありえない動きを示して、空中を這う蛇のように敵にまとわりついていく。
グレンのサイコキネシスが力を発揮しているのだ。
一人の男がワイヤークローに拘束され、全身をがんじがらめに縛りあげられる。
だが、その男はけたたましい笑い声をあげ始めた。
「はははははは! この程度で俺たちと張り合うのか。そんな遊びにつきあってる余裕はないんだよ!!」
男が念を込めると、全身を拘束していたワイヤークローがぷちんと弾けて、バラバラになって飛び散ってしまった。
同時に、男のサングラスも砕け散り、凶暴な人相が露になった。
「な……!」
グレンの顔が蒼白になる。
恐怖からではなく、相手の力量を感じて緊張したのだ。
「冥土の土産に教えてやろう。俺の名はランディ・ハーケン。黒の十人衆の一人だ!! ちょっと前までイコンにも乗っていて、本格的な超能力訓練を始めたのは最近だが、あっという間に極めた。おバカさんの学生さんたちには、死という名のお仕置きをしてやらないとな!!」
笑いながら、ランディはグレンに打ちかかっていた。
かなりの自信家だが、その自信に見合うだけの実力はあるようだと、グレンは感じた。
「大変だ! グレンたちだけじゃ、太刀打ちできない!! 狡猾で強力な敵を前に、カノンは大ピンチに陥っている! 俺たちもいくぞ!!」
ステージ上の大激戦を目にした佐野和輝(さの・かずき)は、矢も盾もたまらなくなり、気がつくと、自分もステージの上に上がっていた。
「和輝が闘うなら、アニスも!!」
アニス・パラス(あにす・ぱらす)もまた、迷うことなくステージに上がることを選んだ。
「アニス、待って。無茶だけはしちゃダメよ。絶対に」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)もまた、和輝とアニスのため、ステージに上がっていく。
しかし。
「スノー、何いってるの?」
「えっ?」
アニスが気色ばんで睨むので、スノーは意表をつかれた思いがした。
「和輝は、本気で闘うつもりなんだよ!! それなら、アニスも、いっぱい無茶して無理して、死ぬ気で闘うだけ!! 和輝を守るためにね!!」
「ちょ、ちょっと、だから、興奮しないで、って、アニス!」
スノーは慌ててアニスをクールダウンさせようとするが、とき既に遅し。
和輝のために、という想いがほとばしり、アニスのテンションは限界突破の状態となっていた。
一方。
「くっ、手練れが!!」
寺院の男たちの攻撃を前に、グレン・アディールは傷つき、頬から流れる血を拭う。
攻撃を避けるだけで精一杯のグレン。
「グレン、危ない! きゃあっ!」
敵の攻撃からグレンをかばったソニア・アディールは、サイコキネシスで勢いを増した拳の一撃を頬に受け、ゴムまりのように吹っ飛んでいった。
「ソニア!!」
グレンは叫ぶと、敵の一人、ランディに組みついた。
「ぐっ、しぶとい真似を!!」
ランディは悪態をつくと、グレンと組み合ったまま、ステージの上を転がる。
実は、手練れの超能力者に対しては、このように、相手の身体に組みついて転がりながら闘うことが、サイコキネシスのための集中封じにもなって有効なのである。
グレンたちは、無意識のうちにこの戦法をとりつつあった。
「お前ら、やめろ!! 卑怯な手を使って!! カノンに触れるな!!」
和輝もまた、敵の一人に敢然と立ち向かっていく。
和輝は、カノンのトラウマを利用して隙を誘うようなやり方が大嫌いなのだ。
「フハハハハハハ! ガキが、ほざけ!!」
その相手はサングラスを外して笑うと、ふわりと宙に浮き上がり、両手を広げて、呪文を唱え始めた。
不気味な暗闇が相手の周囲に広がったかと思うと、その闇が、意志あるかのように和輝に向かって移動し、まとわりついてくる。
「この技、超能力じゃない! ネクロマンサーなの?」
「正確には、違うな。かつてはネクロマンサーだったが、いまは訓練を受けて違う道のエキスパートになっている! 我が名はシビト・イジロウ!! 時空を超えた大いなる主の力により、おぬしらに復讐するべく、地獄の底からよみがえったのだ!!」
シビトは闇黒で和輝を苦しめつつ、サイコキネシスでその身を宙に持ち上げようとする。
そこに。
「てめえ、このやろお!! はあああああ!!」
宙を飛翔して移動してきたアニスが、シビトに猛烈なタックルをくらわせた。
「ぐっ、速いな。平和ボケした学生にしてはやる!! お?」
警戒するシビトに、アニスはさらに雷術、氷術、火術を続けざまに放つ。
ちゅどーん!
シビトの足元から爆発が巻き起こった。
「う、うごおっ! この力は」
「和輝を傷つけることだけは、絶対に許さないからね!! 生命をもって償ってもらうよ!!」
アニスは鬼のような形相でシビトを睨みつけた。
そんなアニスに、別の敵が背後から剣で襲いかかってくる。
「ダメよ! 油断してたらやられる!!」
スノーは、突進してその敵の攻撃を弾き、アニスを守った。
「和輝を守ることだけじゃなく、自分の身のことを考えて! 大丈夫、和輝には私もついてるから!!」
そういって、スノーは魔鎧になると、和輝に装着されていった。
「スノー、ありがとう。いくぜ!」
魔鎧を装着した和輝は、雄叫びとともに、別の敵に斬りかかっていった。
「くすくすくす。だいぶ盛り上がっているねえ。そろそろ、ハツネも出ていいんじゃあ、ないの?」
ステージの脇に控えている斎藤ハツネ(さいとう・はつね)は、腕組みをして情勢を見守る大石鍬次郎(おおいし・くわじろう)に、期待のまなざしを向けた。
「確かにな。かなり危険な状況になってきていることは間違いない」
大局にたって情勢を見守る大石には、目先の闘いにとらわれない、対処すべき真の問題点がみえてきていた。
「ありが、とう。それじゃ、ハツネ、いくね。黒の何人衆だか知らないけど、斬ればただの人肉だもんね」
ハツネは歓喜にうちふるえると、抜き身の刀を無造作に手にして、ステージに上がっていこうとする。
「うん? 待て。勘違いするな。標的が違う」
大石は、ハツネをたしなめた。
「違うって?」
ハツネは、不思議そうな目で大石をみる。
「いま止めるべきは、奴らじゃない。あの姉ちゃんだ」
大石は、カノンを指していった。
そのカノンは、グレンたち護衛役を次々に蹴散らして迫りくる敵に、不気味な視線を注いでいた。
ブツブツと穏やかならぬひとりごとを呟いていて、唇の端には泡が浮いているカノン。
その目はギラギラと光り、手にしたナタも、不思議な光を放ち始めていた。
「どうした、カノン? 俺たちが十字架の刑にしてやったあの子の姿をみて、おじけづいたか」
リーダーらしき男が、カノンを挑発する。
だが、カノンは、相手の方をみることもなく、どこか虚空の一点を、焼き焦がさんほどの強さで睨みつけている。
「ハッ! 生意気なんだよ、お前も、あの海人とかいう男も! しょせんはハゲコリマにおんぶに抱っこの状態のくせして、一人前の面してんじゃねえ!」
カノンの様子に苛立ったランディは、歯を剥いて怒鳴りちらした。
カノンがそれでも自分たちを無視しているので、ランディの怒りは頂点に達した。
「何がエリート強化人間だ! 自分の世界に閉じこもって裸の王様のくせに世界征服したような気になってるだけじゃねえか! 断言しよう。お前らは、滅びゆく運命にある! 死ね、井の中のイボガエルがああああ!!」
銀のナイフを構え、カノンの喉をかき切ろうとするランディ。
もちろん、サイコキネシス全開でカノンの動きを封じているつもりだった。
だが。
「コロス。コロスコロス!!」
カノンは叫ぶと、自らランディに向かっていった。
「なっ? 動けるのか? 嘘だろ」
目を大きく見開いたランディの頬を、カノンは、ナタを持ってない方の手で張り倒した。
「う、うわあああああ!」
空中高くに吹っ飛ぶランディ。
「カノン、さすが……だけど」
佐野和輝は、カノンの力を賛嘆しかけて、口をつぐんだ。
突進するカノンは、ステージの様子を見守る、一般参加者たちに向かっていたのだ。
「もう許しません。みんな、私をイライラさせるだけです! コロス、コロスコロス!! この世界を全部壊して、あの、十字架の子のような犠牲が出なくてすむような、平和な世界にしてみせますよ。アハハハハハハ!」
笑いながら、カノンはナタで一般参加者に斬りかかっていく。
「や、やめて下さい! カノンさん、私と一緒にお風呂に入ったこと、覚えてますか?」
白石忍(しろいし・しのぶ)は、ナタで襲いかかるカノンに、悲痛な声で呼びかけた。
「あなたは……!! あ、頭が痛いです!! ダメです、イライラするんです、ああ!!」
カノンは一瞬頭を抱えたが、構わず白石に斬りつける。
「カノンさん、もうどこにも行かないで下さい!! あなたは、天学の生徒たちの希望なんです!!」
呼びかけ続ける白石を、リョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)が制止した。
「やめとけって。いま、不安定になってるんだから。下手に刺激すると、逆効果だぜ。おわあ!!」
カノンが自分にもナタを振るってきたので、リョージュは慌てて飛びのいた。
「コロス、コロス、男はコロス!!」
リョージュをターゲットに、ナタを構えて何度も斬りつけるカノン。
「やめろって! うん? 何かみえるぞ?」
リョージュは、迫りくるカノンの衣服が、少しだけ透けてみえることに気づいた。
「おお、危機的状況の中でプチ覚醒だ!! この、微妙な透視がたまらないぜ!!」
そして、リョージュは、カノンをもっとじっくり眺めようとした。
だが。
「う、うううう!! もう、あっちへ行って、下さいー!!」
正気と狂喜の合間をさまようカノンは、リョージュのいやらしい視線に耐えきれず、その頬を思いきり張り飛ばしていた。
「は、はわー。で、でも幸せだぜ! ぶたれた瞬間、カノンの脇の下をかなりくっきりと透視できたんだ!! きれいな肌だったぜ……」
ひっくり返って、泡を吹きながら、それでも幸せそうに笑って、リョージュは失神した。
「何で、そんなに安らかに眠れるんですか?」
白石には、リョージュの方が理解不能な生き物にみえた。
悲鳴をあげる参加者たち。
そこに。
「いい加減にしなさい。おイタが過ぎますの!!」
ハツネが、目にも止まらぬスピードでカノンにまとわりつくと、虎徹で首筋を峰打ちしようとする。
「誰ですか? 邪魔するな!!」
カノンは怒鳴って、ナタで虎徹を弾き返した。
ぱしいいいん
金属と金属が激突して、すさまじい反響音がとどろく。
「なるほど。確かに暴走してますねぇ。すごい力ですが、ハツネは、一歩も引く気はないんですの。おいでなさい、粘体のフラワシ、ギルティクラウン!!」
ハツネの放ったフラワシがカノンのナタにまとわりつき、その威力を半減させる。
フラワシは、さらに、カノンの全身にまとわりつこうとした。
「ぎいいいいい!! こんなもの!! 私は、私は、絶対負けません! みんな、みんなコロス!!」
カノンは全力でフラワシの力に拮抗し、逆に弾き飛ばそうとする。
「むう。予想以上の力だ。これでは、ハツネの技も時間稼ぎにしかならないか」
見守る大石は、カノンの強さに戦慄した。
すると。
「そうですね」
と、大石の言葉が聞こえたかのように、一人の一般参加者が呟きながら、フラワシと格闘するカノンに近寄っていった。
「カノンさん。みんなを殺したいんですか? それじゃ、僕も殺して下さい」
天神山葛葉(てんじんやま・くずは)は、ギラギラと光るカノンの目を覗き込むと、「その身を蝕む妄執」を使用した。
「あ、あああああ! 寄るな、汚らわしいオトコどもぉ!!」
カノンは、自分がパラ実生になぶり者にされるという、まさに最悪の幻覚をみせられて、身の毛もよだつ叫び声をあげた。
視界がはっきりしないままナタを振り回して、周囲の人間を斬り刻もうとする。
「葛葉。きていたのか」
大石は、前触れもなく仲間が現れたことに驚いていた。
「この子は、昔の僕、『玉藻』の人格にそっくりなんです。なら彼女も僕と同じように壊して、真の人格に統合した方がいいんじゃないかと思いましてね」
天神山は、クスクス笑いながらいった。
「それはお前らしい考えだが、いまの状況で、その相手にそのやり方は危険だ。完全な精神崩壊に向かう過程で、周囲の人間を残らず殺してしまうぞ」
大石は、天神山を睨んでいった。
「それがどうしたんです?」
天神山は笑いを止めない。
「葛葉。ダ、ダメですの」
ハツネも、天神山を制止しようとする。
そして。
(カノン。もう捨て置けない。滅びるんだ!)
午前中からずっとステージの様子をうかがっていたマグ・比良坂(まぐ・ひらさか)もまた、一般参加者をも襲うカノンを危険と判断し、ブラインドナイブスで急襲をかけていた。
だが、マグが攻撃してきたことで、カノンの怒りはさらに激しく燃え上がる。
「近寄るなああああああ!!」
カノンのサイコキネシスが、マグを空高く投げ飛ばしていた。
(うわあああああ!)
投げ飛ばされ、会場の床に叩きつけられる瞬間、マグは死を覚悟した。
「マグ!」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は慌てて駆け出すと、落下するマグの体を全身で受け止めた。
(……。なぜだ、なぜ助ける?)
マグは、リカインの行為に内心戸惑う自分を感じていた。
「何だか、放っておけないしね。それだけ。自暴自棄すぎるから。マグは、本当に強化人間を殲滅するの?」
(無論だ。カノンをやってから、コリマもやる。呆れたなら、もう関わるな)
起き上がってリカインの身体から離れたマグは、なおもカノンに向かっていく。
「こーら、カノン! トラウマはわかるけど、男とみればすぐ殺そうとするのは、やめなさーい!!」
シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)もまた、ロングハンドでカノンの身体を叩いて鎮めようとするが、相手はいっこうに熱くなるばかりだ。
カノンはいまや、天神山の仕掛けた「妄執」も振りきって、周囲の一般参加者全てを薙ぎ倒そうとしていた。
その憎悪は主に男性に向けられていたとはいえ、錯乱して無差別に仕掛けているので、男女を問わず犠牲になっている。
まさに狂った状態だった。
「この混乱、まさに俺たちの狙いどおりだ!! 標的の一人一人に集中攻撃をかけ、倒したらすぐに離脱する。コリマのお膝元では、そこまでやるのが精一杯だろうな」
寺院が放った、黒の十人衆と名乗る男たちも、カノンを狩るためにステージを降り、一般参加者を巻き込んだ死闘を展開しようとしていた。
「そうはさせないわよ!!」
シルフィスティはパイロキネシスを使用し、炎での牽制を寺院からの刺客に放った。
「はー、熱いですの!」
ハツネは、シルフィスティの起こした炎の熱にまかれ、額に汗をにじませていた。
「しかし、腑に落ちないな。黒の十人衆を名乗っていたが、ここには5人しかいない」
大石は首をかしげたが、すぐに悟った。
「そうか。残りは、もう一人の標的に向かったのか!」
大石の脳裏に、強化人間・海人の姿が想い浮かんでいた。
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