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結集! カイトー一味

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第四章 見えない物の見えるモノ


 ゴーレムが保養地までの距離を四百メートルとした時、その地では少々の混乱が発生していた。
 巨大な敵対物の接近に恐れをなした人々が騒ぎ始めたのだ。
 それは小規模でありながらも、休息の場であるそこ全体に広がるざわめきでゆっくりと浸透していく。
 別荘から我先に逃げ出す人や、開かれた市を突き抜けてどこかへ走り去ろうとする者までいた。
 そんな人々を、しかし温和な声で導く姿がある。
 街の中心付近、遊技場や料理店が立ち並ぶ石畳の道。そこには人が列をなしていた。
 先頭に居るのは声を張り上げる青年で、
「皆、落ち着いてくれ。慌てなくとも大丈夫だ。避難する場所はいくらでもある!」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は騒ぐ人々を中和しながら、道の突き当たりに存在する白亜の建物を指差す。
 立方体を模った、木なのかコンクリートなのか一見しても良く解らない物体で出来ている二階建て。
 しかし源はそれが何なのか知っていた。
「怖いと思った人はあそこの喫茶店に向かってくれ。あの建物はシェルター、つまりは対ショック構造をしているし、マスターも実力的に信用に置ける。慌てなければ全く危険はないし、むしろこの場で焦ってしまうことが一番の危険なんだ!」
 落ち付け、と手で地面を押すポーズを取りながら、源は理論的に安全性を説明していく。
 そしては喫茶店行きを望んだ人々は、
「皆さーん、こちらでーす。ゆっくり一列で私の後に着いてきて下さーい!」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)が先導役となり、人々をひきつれて
 ただ、その最中もゴーレムの進行、そして攻防による破片の飛来は止まらない。
 避難をしようとした人へ容赦なく無機物は降り注いでいくが、
「流石に、それは通せないよ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が高速の移動でインターセプト。
 素手による一撃で飛来物を砕きつくす。
「今の内に早くいってくれ。壊しきれる今の内が避難チャンスだからさあ」
「助かる。……ただ、自分の身も気をつけてくれよ? 護っていて怪我しましたじゃ話しにならない」
「ああ、君もね」
 二人は短い会話を終えると、互いが逆向きに走り出す。源は避難所へ、北都は石の雨が降る方向に。
 細かな砂が空間を漂う中、それらを突っ切って源達は喫茶店へ向かう。
 しかしそれでも破片は降りやまない。狙った様に避難する人々へ到来する。
 それも北都からかなりの距離を置いた場所に。
「く、今度は届かないなあ。それなら……昶! お願いするよ!」
 彼が声をあげた瞬間、避難する人の合間から獣の耳を持つ少年、白銀 昶(しろがね・あきら)が飛び出した。
 直上へ跳躍した彼は身体を捻り、
「森だけ守れればオレは満足なんだが。まあ、仕方ねえ。一丁やってやるぜ!」
 岩石を打撃した。身体の捻りを使って撃った打撃は高速の石を瞬時に弾き砕いた。
「よっし、成功」
 白銀は、打撃によって突き抜けた衝撃を回転することで発散しながら着地する。
 それを見て北都は、ふ、と表情を緩めた安堵の溜息を漏らすが、直ぐに引き締まる。
 彼の目線の先、ゴーレムの方角を仰いで見れば、幾つもの黒い点がこちらに降って来ているのが見える。
「僕も避難誘導手伝いたかったけれど、これだとちょっと無理そうだねえ。ま、頑張りますか」
 隣に寄って来た白銀と頷き合った北都は、降下してくる黒系統の無機物へ、恐れずに突っ込んでいった。


 喫茶店の中でも、やはり騒ぎは残っていた。源らが駆けつけて時にも喧騒という形でそれは残っていて、喚く者や泣く者まで出る始末であった。その理由は、
「人が多すぎるな……」
「でも鉄心、マスターによればキャパシティはオーバーしていないそうですよ」
 ティーは自分の頭に入っている情報を彼に伝える。
「一応百人は収容可能らしいですし、見た所この場に居るのは五十人強という感じで。問題はないのでは?」
「そうじゃないんだティー。こういった緊急事態に置いては人はストレスに弱くなる。余裕を持った空間があればそれだけ人々にも余裕が生まれるのだが……」
 難しい所だ、と源が顎に手を当て考えを纏めていると、
「あ、鉄心さん。いい所に来て下さいました」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)笹野 冬月(ささの・ふゆつき)を連れて避難所の奥から歩き出てきた。
 彼らもここに客を誘導して来たと説明を受けた源は、だが首を傾げ、
「何となく嫌な予感がするんだが、いい所とはどういう意味なんだ?」
 表情を苦笑で固めた朔夜は源へその顔を向け、
「いえまあ、あそこにべそをかいている子が居て、ちょっとどうしたものかと思っていたのですが」
 源と笹野が顔を向けた先、そこにはカフェの椅子に座ってパソコンをしっちゃかめっちゃかに撃ちこんでいる赤毛の少女、
「鉄心ー、てっしーん! どこお……」
 叫びとも呟きともとれぬ、鼻声を上げるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がいた。
 彼女をみた源はこめかみに手を当て
「…………すまん、あれウチの子だ。今行ってくる」
 眉尻を下げて源がイコナの元へ行くと、主人を見つけた動物のように彼女は走り寄っていく。
 
 
「いやー、本当にどうしようかと思っていた時に見つかって良かった」
 ほ、と吐息する朔夜であったが、そんな彼の背中を冬月は小突く。
「どうしました?」
「いや、また問題が起こっているみたいだぞ」
 ほれあそこ、と冬月が指差した先、そこには豪奢なスーツを纏う壮年の男と原色が眩く彩るけばけばしいドレスを着て、濃いめの化粧を塗りたくった中年女性が居て、
「……何でこのわしがこんな所にいなければならないのだ! この事業地の重役であるわしが!!」
「そうよそうよ、こんな狭苦しい所に私達を押し込めるなんてどういう神経しているのかしら。夫と私が作った財で得た自由を阻害するなんて貴方何様のつもりよ!」
 喫茶店の奥で騒いで周囲にエアポケットを作っていた。彼らの相手をしているのは今いるカフェのマスターであり、和やかに手を振っている所から見ると特に堪えてないらしい。けれども、
「このままだと不味いですね。人が多い場所で不和が生まれるともっと混乱が起きてしまいます」
「けどよ、あの野郎どもなんかこの地の権利者っぽいな。どっちかってーと成金風味で話を聞いてくれそうにねえし、どうする?」
 冬月の言葉に朔夜は脳を思考に走らせる。
 この緊急時だ。誰もが敏感に、感情的になっていておかしくない。壮年夫婦もあれが地という訳ではない筈だ。
 ならば平和的解決を望みたい、と彼が一つの答えを自分の中で得ていると、
「……めんどいな。無視するのもアレだし殴って黙らせるか? いや、絞めた方が速いか」
「どっちもやっちゃ駄目ですよ? 一応あの人たちだって逃げてきたんですから。まあ、ここは任せて下さい」
 と、朔夜は徐に歩きはじめ、壮年夫婦の下に寄っていく。そしてカウンターの奥に居るマスターからアイコンタクトと頷きを得ると、
「すみません、ちょっと宜しいですか?」
 夫婦の間に入って言葉を発した。
「む、……何だね君はいきなり。このわしに何か用かね?」
「いえ、ちょっとお静かになさった方が宜しいのでは、と思いまして」
 朔夜の提示に壮年男は顔をやや赤らめながら、
「何故君に指図されなければならないのだ! ここはわしの土地でわしの事業地だ。何故そのわしがこんな狭い所に押し込められ、不自由を強いられなければならない! なぜ一般市民と同じ場所で同じ待遇であらねばならぬのだ!」
 そうよそうよ、と隣から女性の言葉が来るが、朔夜は首を横に振り、
「確かにそうかもしれません。けれど、良く考えて下さい」
 怪訝な顔をする壮年男に朔夜はいいですか、と前置きした上で、
「これはチャンスなんですよ。貴方がここで大きな器を見せれば見せるだけ良い噂は広がるでしょう。いい評判は金で買えない、違いますか?」
 むう、と言葉に詰まった壮年に朔夜は更に言う。
「この場で取りみだしては、それこそ器が知れてしまいます。たしかに僕達と同じ扱いをされることが貴方には耐えられないのかもしれませんが、今この時だけ辛苦に身をやつすことが出来れば、貴方は今以上の儲けを手に入れられるでしょう」
 そうですよね皆さん、と朔夜は振りかえり、他の客に同意を求める。
 ノーを言わせない、強い瞳で、だ。話の内容よりも石の力に押された他の客は首を縦に振ることしか出来ず、更にそれを見届けた壮年男は、
「む、う、仕方ない。衆人環視の中で騒ぐ向こう水な性格はしていないのでな」
 すごすごと引き下がり、大人しくカウンターの椅子に座ることになった。
 
 
 冬月と合流した朔夜は喫茶の入り口近くの壁に背を預けていた。
「……しかしすげえ論点のすり替えだったな。まあ、あのオヤジの言い分自体、テメエの責任であることに気付いてない馬鹿の台詞だったが、良くここまで持ち直せたもんだ」
「あはは、まあ偶々口が回っただけですよ」
 朔夜達が静かに話す声を、その付近に居た源も聞いていた。そして出る感想は、
「……どこもかしこも迷惑な人はいるものなんだな」
「それ、わたくしのことを言っていますの?」
 己の裾を掴んで離さないイコナからきた不平を訴える視線を、源は顔向きを変えることで無視した、その時、
「ん?」
 何となく向けた視線の先、喫茶店へ至る真っ直ぐな道に人の姿が見て取れた。緑色が目立つ格好をした、恐らくは男であろう姿。
 こちらへ近寄ることなく、市街地を突き抜け保養地の奥へ向かおうとする姿だ。
 避難する気はない豪傑か、と源が視線を外そうとすると、
「!?」
 不意にその緑男は源の方を向いて、微笑んだ。
 確実にこちらの目を見て微笑んで来た。その想いを得た彼は余所へやりかけた視線を即戻し、焦点を男に合わせようとした。が、
「……もう、いない?」
 既に男の姿はそこになかった。
 源は胸騒ぎを感じた。
「何だ、この違和感は……」
 相変わらず不平顔のイコナをやり過ごしながらも、彼は思考に没頭していく。