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魔法使いの遺跡

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魔法使いの遺跡
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序章 始まりは師匠と悲鳴とライバルと

 森の奥深くで廃れた遺跡の前で、閃崎 静麻(せんざき・しずま)はその全容を計るように目を凝らした。
 すでに生い茂った草木にある程度覆い隠されてはいるものの、確かにそこには遺跡があった痕跡がある。柱の根元はいまだ支柱の跡が残っており、それぞれの壁があったのであろう凹凸を見れば、部屋の大きさも計ることが出来る。
 それを踏みしめながら進み、やがて静麻はある穴の前に辿りついた。
 もちろんそれも蔦と葉の生い茂った年季の入ったものあったが、なによりそれは、穴というよりは下層へと続く神殿への入口といった雰囲気を醸し出していた。斜めになった入口は彫刻のように精巧に作られており、不思議な形をしたレリーフも散りばめられていることから、ある種の神聖さを思わせる。
 この異様な雰囲気は実に魔法使いらしいな、と静麻は苦笑した。
 すでに、他の契約者たちを連れたお嬢ちゃんは先に入っている。色々と調べることも多いゆえに、遅れて進むことになりそうだが――それ相応の役には立つべきか。
 事前に得られた情報によると、この遺跡の持ち主であったウォーエンバウロンは『音術』と呼ばれる独自の魔術体系を研究していたらしい。純魔法式とも機械式とも違うもの。事前情報にしても数が少ないゆえに、厄介になりそうだと感じられた。
「ん……?」
 一歩踏み出そうとしたとき、静麻はふと足元の歪な紋様に気づいた。
 それは魔法陣だった。ただ、いわゆる魔法使いがその応用性の高さから総じて好む六芒星とは少し違う。描かれているのは三角形であり、その周りを波打った線と歪な文字が奔っているのだ。
 その全貌を正確に把握することは叶わない。なぜならそれは、他の痕跡とおなじく朽ち果てており、それでいて隙間から生えてきた草木に覆われているからだ。気にならないと言えば嘘になる。だが、気にしていても仕方あるまい。
 と――そんな折に遺跡の奥深くから聞こえてきたのは、少女の悲鳴の反響。
「あっちはあっちで、厄介になりそうだな」
 そう言って苦笑して、静麻は身を翻すと遺跡へと潜っていった。
 わずかに、後ろ髪を引かれるような思いがしたのは――入口に踏み込んだその時に聞こえてきた、風の音にも似た音色のせいだった。



「ウォーエンバウロンが?」
「ええ、そうですよ。『音に限らず、人にとって何かを伝えることこそが言うなれば“魔法”のようなものだ。だとすればそれは、いまだ未完成に過ぎないのだろう』と、ね。そう考えれば、彼にとって魔法というものがどれほど大切にされてきたものか、分かるでしょう?」
 とある民家である。
 モーラのお師匠は、テーブルの席について紅茶とお茶菓子をいただいている水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)に、ウォーエンバウロンのことについて話してくれた。
 モーラのお師匠は、ふくよかな女性というのが言い表すときに最も似合う言葉だと思えた。まるで聖母か何かのような包容力を感じさせるのは、彼女が常に柔和なほほ笑みを崩さないからだろうか。
 きっとモーラのことも娘のように大切に思っているのだろうと。そんなことを緋雨が思うほどの、温かな印象を持った女性だった。
「だから……あの娘を遺跡に?」
「ふふっ……さあ、どうでしょうか」
 そしてたまに、このお師匠様は子供のような笑みを見せることがある。
 緋雨はそんな彼女に対してほほえましそうに微笑してから、最後のお茶菓子を食べて、紅茶をぐいっと飲みほした。ちょうど、麻羅もすでに飲み終わっていた頃合いである。
「それじゃあ、そろそろ行ってきます」
「はい。……よろしくお願いいたします」
 手早く荷物を纏めた緋雨と麻羅は、お師匠様に見送られて民家を出ていった。
 目指すは森。そしてウォーエンバウロンの遺跡。
「――って、こんな時間じゃない!?」
「いまさらじゃのう……」
 慌てて駆け出していった緋雨と麻羅が見えなくなるまで、その背中を見届けながら、モーラのお師匠は笑顔でひらひらと手を振っていた。



 それでもって――
「フフフフっ! エンドレス・ブルーはオレらがいただくっ!」
「な、なんですとーっ!?」
 モーラたちの前に現れた謎の冒険者、七枷 陣(ななかせ・じん)は、ビシッと彼女たちを指さして宣言した。それに対してわざとらしい声をあげる契約者の面々。
 モーラは泣き顔になりながらすがる。
「ど、どうしてそんなことするんですかーっ!?」
「…………」
 考えてなかったらしい。
 沈黙。やがて何事もなかったかのように彼は答えた。
「……ロ、ロマンかな」
「むむぅ……そ、それなら納得できます」
 明らかに怪しいのだが、モーラは素直にうなずいた。
 改めて、勢いをつけて言い放つ陣。
「と、とにかく――エンドレス・ブルーはオレたちが先に頂く! 先にオレらが手に入れたら、お師匠さんはさぞ失望するやろうな〜」
「ひ、卑怯です! そんなの横暴です! なんて性格の悪い人なんですかっ! 諸悪の根源とはあなたのための言葉ですよっ!」
「………………」
 さすがにそこまで言われるとは思っていなかったのか、ズーンと沈む陣。ポンポンとパートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)たちに励まされていた。
「そこまで言うなら仕方ない! オレも心を鬼にして頑張るぜ……。と、言うわけで、さらばっ!」
「あ、お待ちなさい諸悪の根源!」
 ある意味では成功なのかもしれないが、モーラにとって『諸悪の根源』となってしまった陣は泣きながら遺跡を突き進んでいった。
「オ、オレ、ほんとはそんなに悪い奴じゃないのに〜〜!」