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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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1.夜明け前の外出



 早朝と呼ぶには、未だ太陽が昇る気配はなく月も星も舞台の上で輝き瞬いている時間。
 薄闇の中、安徳 天皇(あんとく・てんのう)達は地上にある海京神社を目指していた。
「直通エレベーターが使えればこんな苦労しなくてよかったんだけどね」
「余計なお喋りは控えておけ。誰かに気付かれたらどうするつもりだ」
 デーモン 圭介(でいもん・けいすけ)フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)の軽口を嗜める。
 はいはい、と気の無い返事を返すフィーアに圭介はそれ以上は何も口にしなかった。
 地上の海京神社に一行が向かっているのは、龍宮へと向かうためだ。そして、それは当然のように無許可である。もし許可を得るような事ができれば、学園と地下の海京神社を繋ぐ直通エレベーターを使えるのたのだが、仕方ない。
 海京神社と海京神社を繋ぐ道は、既に何度も探索が行われているとはいえ危険地帯であることは変わらない。そのため、今回の無許可の蛮行に付き合ってくれる何人かは、先に乗り込んで道を確保している。道中で合流しながら、海京神社にある転送装置へ向かうことになっている。
 今こうして、安徳天皇と一緒に行動しているのは極僅かだ。見つかってはまずい現状、大人数でぞろぞろ動いて目立つわけにもいかない。できる事といえば、静かに目立たず、何事も起らない事を祈るぐらいだろうか。
「あれ、まだ居ないみたいだけどどーする?」
 そんな状況ではあるが、フィーアはそれほど緊迫感のある様子は無かった。一番難易度の高いとされた脱出がうまくいったのだ。もし何かあるとしても、来るのは学院からの追っ手だろうから後方の警戒さえしっかりしていれば問題ない。
「土壇場で逃げたのか?」
「そんな事は無いはずじゃが……」
 海京神社までたどり着いた。ここで、佐野 実里(さの・みのり)閃崎 静麻(せんざき・しずま)と合流する手はずになっているのだが、その姿が見当たらなかった。時計を見ると、約束の時間よりほんの数分遅れていた。
「待ちきれずに先に行っちゃったのか? 随分と―――」
「静かに」
 圭介がフィーアの言葉を遮る。軽口を嗜めるというより、少し静かにといったニュアンスだ。何かが彼の耳に届いたのかもしれない。意図を察して、フィーアも口を閉じ耳に意識を集中する。
「……へぇ」
 他の面々も気付いたようだ。足音が聞こえる、それも結構な大人数だ。恐らく、逃げ場を塞ぐために広くその人数を配置している最中だろうか。だが、海京神社の入り口からは気配も音もしない。先行した組みが片付けたか、それともここが入り口とは知らないのかもしれない。もしくは、逃げ込んでも追い詰められると確信してしまっているのか。
「安徳天皇、お迎えにあがりました」
 配置が完了し、余裕を持った様子で奥から人が出てきた。暗がりで詳細はわからないが、声からして男で間違いない。心配性なのか、四人ほど護衛なのか完全武装の兵隊らしき影が共に行動している。
 兵隊は見るからにごわごわとした防弾ベストらしきものをつけ、さらにゴーグルとガスマスクまで装備していた。ガスマスクを見て、ピンと来る。
「中に逃げ込んだら、ガス弾を打ち込む気ってわけだね」
 向こうに聞こえないよう、フィーアは小さく呟く。ほとんど細い通路で構成され、最低限の換気しかない地下ダンジョンでそんなものを使われたら、対ガス装備のないこちらのほとんどは動けなくなるだろう。
「我々は手荒なまねはできるだけ避けたいと思っております。素直に従っていただけるのであれば、お友達にも手を出しません。もし抵抗するのであれば……少し痛い目を見てもらいましょうか」
 男は余裕たっぷりでそんな事を言う。護衛をべったりつけて余裕とはいい気なもんである。
「どうする?」
 圭介が尋ねる。準備万端、装備充実、人数多数。対してこちらは必要最低限の人数で動いている最中だ。勝率がゼロなわけではないが、かといって楽観視できるほど余裕があるわけでもない。
「やーめた!」
 両手を高くあげて、万歳の格好でフィーアは大声をあげた。
「子供のお守りとか向いてないんだよ。こっそり夜中に抜け出すなんてのは嫌いじゃないけどね。というわけで、今日は一日中ゲーセンで遊ぶ事を提案するよ」
 いきなりの提案に、呆然としたのは敵だけでなく安徳天皇達もだ。
 フィーアは振り返って安徳天皇をちらりと見て、すぐに正面に向き直った。
「じゃあ、先に行って待ってるからさ。僕に勝てるわけないけど、再戦したいんだったら早めに来ないと、六時過ぎたらお子様はゲーセンに入れないからね」
「……次は妾が勝つぞ」
「冗談も程ほどにね。前は全敗だったんだから」
 フィーアの背後で、安徳天皇達が駆け出した。
 包囲している兵士達の空気が一瞬で引き締まる。すぐに空気の抜けるような、少し気の抜けた音がする。ガス弾を使ってきたのだ。しかし、圭介はそれが着弾する前にアーミーショットガンで撃ち落した。
 風向きがよかったおかげで、二人はガスを被る事は無かった。
「何をしている、安徳天皇を追え!」
 指揮官、というわりには現場馴れしてなさそうな男が慌てて声をあらげる。
「それで勝算は?」
「怪我しない程度に時間を稼いだら、逃げる!」

「やれやれ、遅刻はするもんじゃないな……」
 静麻は物陰から海京神社の様子を伺っていた。どうやら、既に戦闘が始まっているらしい。
「しかし、あれは一体どこの者でしょうか」
 同じく様子を伺うコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が疑問を漏らす。整った装備、少なくとも夜盗や盗賊の類いではないはずだ。
「さぁな。けど、ここを通り抜けるのはめんどくさそうだ」
 こんなところで出待ちをしていた連中だ。静麻の情報を持っている可能性もある。そもそも、戦闘の最中に通り抜けるなんて作業自体何かおかしい。
 とは言うものの、今のところこの道以外の侵入経路が無い。間もなく、本格的な調査とやらが龍宮に行われるらしいが、できればその前に片付けたいというのが彼らの考えだ。安徳天皇が封印されていた実情を鑑みるに、その調査の結果危険物と断定されれば宝剣が封印せざる得ない事になるかもしれないからだ。
「しかし、たった二人で銃器装備相手にあれだけの……ん?」
 ハーティンは足元にあった何かを拾い上げた。親指ぐらいの大きさのゴムの塊だ。
「ゴム弾ですか。殺すつもりは無い、というわけですね」
 鉛や劣化ウランを使わず、ゴムの弾薬を使う事で相手を殺さずに制する事を目的にしたものがある。最も、当れば死ぬほど痛いし、場合よっては死ぬ。だが、普通の銃弾ではなくこんなものを利用しているという事は、あの兵士は目標の確保のために動いているということだろう。
 こんな際物は、普通の銃弾よりも手に入りにくい。そんなものを大量に用意できるのは、作ってる企業か、それを普段から使うものとしている政府関係の職場だろう。となると、あの集団の裏が見えてくる。
「日本政府は天御柱学院に釘を刺されて動けないと聞いていましたが……国家存亡の危機となれば、はいそうですか、などとは言っていられないのでしょうな」
 無茶と無謀の合わせ技だが、それだけ彼らは切羽詰っているのだ。立場上、公式な援護ももらえず、半ば夜盗のような襲撃を行っているのはそれが彼らの限界である事を示している。
「……シズマ殿。神社は建て直してもいいものでしたでしょうか?」
「なんだ突然。いや、過去に燃えたり崩れたりしたのもあるだろうし、あるんじゃないか」
「でしたら、行きましょう。ここで手をこまねいているわけにもいきません」
「確かに、これなら一発か二発当っても大丈夫だろ」
 コントラクターなら、ゴム弾が直撃しても即座に昏倒などしないだろう。分の悪い賭けだが、ここで眺めていても事態は好転しないのは静麻も同じ考えだ。
 行くと決めたら、行動は早かった。まだこちらに敵が気付いていない状況のため、一番防備が薄いところを狙い、邪魔な奴は一撃でのして突っ切っていく。全員の盾になるよう、ハーティオンが殿を取って自分の体を盾にする。
 突然の新手にも、兵士達の動きは機敏だ。
 即座に静麻一行に銃弾を浴びせようとする。それでも、なんとかハーティオンが盾となって他の仲間への銃撃を防いで神社の中へと仲間を押し込んだ。
「急げ、シズマ!」
 その背中に発破をかける。振り返りもせずに奥へと進んでいく一行に、ハーティオンは満足げに頷くと、ブレード・フォンを抜いて神社に切りかかった。もとより、そこまで大きな神社ではなく、簡単な作りの建物だ。主要な柱を全て切ると、あっという間に倒壊した。
「これであなた達はもう龍宮には近づけない。瓦礫を撤去する余裕など、あなた達にはありませんでしょう。それでも、まだ諦めないというのでしたら、この蒼空戦士ハーティオン! 相手になってさしあげましょう!」
 あからさまに、兵士とその指揮官が動揺しているのが見てとれた。
 道を塞いでしまえば、ハーティオンも静麻を追えなくなってしまうが、この人数を掃除するよりはずっと効率的だ。
 と、そんなハーティオンにフィーアはびしっと指さして、
「遅刻」
 指摘した。

「お前達はわかっているのか! 自分達のしている事の重大さが!」
 突如、指揮官と思しき男が声を荒げた。
「なぜここの奴らは邪魔をする、考えていないのか! 一歩間違えれば、人が死ぬんだぞ、一人や二人ではない。もっと大勢が、何百万という命をお前達は天秤の上に乗せていることがわかっているのか!」
 恐らくは、この男は政府の高官か何かなのだろう。
「もし、貴様等の安易な友達ごっこで、そうなったらどうするつもりだ。誰が責任を取ると―――」
「九曜召雷陣!」
 突如男の背後から、声が響く。
 空中に九曜の魔法光陣が浮き出たかと思うと、包囲するように配置されていた敵兵に次々と雷が落ちていく。高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)の技だ。
「人が死ぬか生きるか、という話をしておいて、責任のことばかり考えるとはあなたも器が小さい人ですね」



 安徳天皇達が学院を抜け出し、龍宮へ向かう半日ほど時間をさかのぼる。
 玄秀は名刺から拾った情報を元に、ある場所に向かっていた。そこは、小規模な農場である。
 先日の安徳天皇襲撃騒ぎで蜂を操っていた胡蜂美蝶(すずめばち みちよ)を確保するためである。いわゆる彼女は仕事屋で、個人的事情ではなくお金で動いている人間で、こちらから報酬を用意すれば味方に引き入れるか、そうはなくてもお金で動くなと命じることができると踏んだからだ。
 思ったよりも安徳天皇達が素早く動く様子だったので、少し慌てて目的の場所向かう事になった。
 ついてみると、少し大きな公園程度の広さに畑と小屋があるとても質素な場所だった。
「どう、自慢のハチミツだよ」
「とてもおいしいです!」
 どうやら、来客中のようで小屋から声が漏れてきこえてきた。
 先日あれだけはっちゃけた人間とは思えない家庭的な会話である。なんだか、少し入るのを躊躇しそうになったが、扉に手をかける。
「ノックぐらいするべきだろ?」
 いきなり声をかけられて、少し驚いた。中から聞こえた声ではなく、すぐ近くから聞こえたものだ。辺りを見ても人影は無い。すると、近くにあったバイクから、
「驚かせたのなら悪かったな」
 と声がした。このバイク、ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)は機晶姫なので当然人格があるし喋れるのである。
「お客さんみたいですよ」
「うん? 今日は珍しいなぁ」
 とてとて、と中から足音がして扉が開く。現れたのは、間違いなく美蝶だった。
「あれ、どっかで見た気がする」
「いや、つい先日会いましたよ」
 野暮ったいTシャツに、ボロボロのエプロン姿は本当にあの時の派手な人物なのか疑わしい。が、奥に例の衣装も立てかけてあるので間違いないだろう。
「なになに、どうしたんです?」
 奥から興味津々と言ったようで現れたのは、永倉 八重(ながくら・やえ)だった。
 バイクで美蝶を追いかけてそのままだったが、何がどうしてどうなって、一緒に食事をするような間柄になったのかわからない。あとで八重に話しを聞いた結果、拳でわかりあったそうである。
 なんだか妙な雲行きだったが、玄秀は気を取り直して自分がここに来た理由を話した。
 そして―――

「ぎゃあああ」「蜂が服に!」「うわぁ!」
 九曜召雷陣を避けた兵士達が突然パニックに陥った。
 一度手際は見ているが、大量の蜂を操って行う美蝶の攻撃は相手の人数が多ければ多いほど状況を混乱させることができる。いくら訓練を積んでいても、飛び回る何百という蜂を相手にすることなど想定されていないのだ。
 兵隊が強いのは、一個の意思のもと、長い訓練の結果に得られる連携があるからだ。個々の個人技で言えば、コントラクターには及ばない。
「ゴムなんかじゃ俺のボディは傷つかないぜ」
 敵兵を掻き分けて、ブラックゴーストが中央に陣取る。既にダメージを追っているフィーア達の前を塞ぐ。
「あれが雇い主?」
 バイクにまたがっているのは二人、八重と美蝶だ。八重は指揮官の男を指差して訪ねると、美蝶ははっきりと頷いた。指揮官の男も、美蝶の顔は覚えているようで何か言いたそうにしているが、蜂の群れと味方のパニックで罵倒どころではないようだ。
「よし、みんなは任せたよ、クロ!」
「任された!」
 とう、とバイクから飛び降りると、大太刀【紅嵐】を抜きながら八重は指揮官へと向かっていく。男は慌てながらも、スーツの内ポケットから拳銃を取り出すが、引き金を引く前に斬撃が決まっていた。
「安心しなさい、峰打ちよ……って、聞こえてないね」
 男は泡吹いて空を見上げて倒れている。ちょっとやそっとでは起きないだろう。
「彼にはあとで、大好きな責任とやらを取ってもらいましょう」
 玄秀は辺りを見回す。指揮官が倒れ、既に部隊として機能が麻痺しはじめている兵士達の姿があった。彼らを片付けるのに、もうそう時間はかからないだろう。
「随分と明るくなってきましたね」
 この場は収まったが、まだ一日は始まったばかり。
 今日はとてつもなく長い一日になりそうだ。