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【空京万博】海の家ライフ

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【空京万博】海の家ライフ
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 青い海、青い空、煌く太陽に白い砂浜。そして、浜に立つ海の家。
 友人と海で遊ぶ者もいれば、ビーチで恋人と語らう者もいる。
 ここはパラミタ内海に作られた海水浴場。その名もセルシウス海水浴場」である。
 人々は海水浴を楽しんだり、波打ち際を恋人と歩いたり、あるいは日焼けをしたりと各々の時間を満喫していた。
 くつろぐ人々は、これから浜辺にある海の家、ポツポツと人が集まりだした浜辺の特設ステージ、やや満潮時に近くなった海でこれから起こることを知らないのである……。


第一章:太陽がいっぱい
 浜辺にある海の家のテーブルに腰掛け、穏やかな海と相反して心の中に不安の嵐が吹き上がる男がいた。
 サングラスを付けたまま一杯のラーメンの前でうな垂れるセルシウス、その人である。
「……麺、スープ、具、どれかは美味いハズだと思って箸を進めたが……」
 そう呟いたセルシウスは、白く煌めく砂浜のビーチパラソルの下で何やら楽しそうな様子のナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)佐伯 梓(さえき・あずさ)に目をやる。
「くすぐったいー」
 ビニールシートに寝転ぶ、女性用イルミンスール公式水着を着た梓が可愛く悲鳴をあげる。
 ナガンの手が梓の背から脇腹へと万遍なくサンオイルを塗っている。
「ふふふ、アズ? そんな事言っても実は気持ちイイんだよね?」
「もうー、バカー!」
 ナガンの悪戯ぽい笑顔に、梓が照れたような顔をする。
「今日は、恋人サービスするって決めて来ているんだから、これくらいはしてもいいよね?」
 痩せすぎず太りすぎず、丁度よい肉付きの梓の体に念入りにオイルを塗るナガン。
「もうー」
 梓が抗議をやめ、ダラリとナガンのなすがままになる。
 ナガンの白い瞳がこちらを眺めている海の家のトーガ姿の男に一瞬だけ向く。
「(セルシウスのおっさんまたなんかやったのか……んー)」
「ひゃッ!? ウェル、どこ触ってるの」
「おっと、ごめんよ」
「手つきがいやらしいよー」
「駄目?」
「……別に」
 ほんの一瞬だけ、セルシウスの事を考えたナガンであったが、今日は梓と過ごそう。そう思い直したのである。
「じゃあ、次はウェルの番だね?」
 起き上がった梓に、ビニールシートの上に寝転がるよう促されたナガンが寝転がる。
「そう。じゃあお願いするよ。潮風もだけど、海は色々面倒なんだ」
 ただでさえ目立つ褌と晒姿の上に、長手袋にニーソックスを着用したナガンがビニールシートの上に寝転ぶ。
 長手袋とニーソックスを外すと義手と義足が現れる。
「サビ止め、ちゃんと塗らなきゃね!」
と、梓がナガンの体を見る。
 長身痩躯のナガンは傷跡が多い。右腕が機晶姫の腕、左手が岩巨人の腕、右足膝下から義足である。
「傷だらけだから……目立つだろう?」
 苦笑したナガンの問いかけに梓が首を横に振る。
「それを隠さないのがウェルのいいところだよ」
「どうかな……」
「ウェル、もし良かったら今度水着を一緒に買いに行かない?」
「アズ? 水着って今着ている公式水着は……?」
「これしか持ってないんだ」
「……恋人が褌と晒姿じゃ、イヤ?」
 少しだけ表情を曇らせたナガンに梓が笑う。
「そうじゃない。もっと、色々なウェルを見てみたいだけ。欲張りかな?」
「アズ……」
 ナガンが梓の顎を持ち、自身の顔に近づける。
「ちょ……人前なんだけどー」
と、真っ赤になりつつも拒まない梓にナガンの唇が触れる。
「ん……」
 二人の夏が今これから始まる予感を、梓は火照るような体の奥に感じるのであった。


 後方で、何かがハジける音がした。
 ナガンと梓に向けられていたセルシウスの視線がその音に振り向くと、海の家の厨房にて怒りを顕にする店員の伏見 明子(ふしみ・めいこ)がいた。
「あなたたち、ちゃんと麺は茹でろって言ったでしょうがぁぁ!!」
「ヒャッハー、ちゃんと茹でたぜ! 5分もな!!」
「野菜マシマシの◯郎じゃないの、茹で過ぎなのよ!!」
 黒髪で三本編みおさげの明子が頭を抱える。
「何か問題か?」
 セルシウスが明子の傍へ寄る。
「ええ………ふぅ。セルシウスー? ひょっとしなくても大荒野で人集めたわね?」
「よくわかったな」
「そりゃあ……ぶっちゃけ海水スープとかアホなモンを考えるのパラ実ぐらいだわと思ってたけど……ここまで酷いとはね」
 明子は一部で噂になっていたセルシウス海水浴場の海の家のラーメンの話を聞き、およそ一時間前にここに立ち寄っていた。

 見るからにモヒカンな男の店員が、客のナンパの傍らに麺を適当に茹でている風景に、明子を嫌な予感が襲う。
「(ふむふむ。まぁ、古今東西、海の家のラーメンは不味いってのが常識だけど……取りあえず試してみましょうか)一杯頂戴」
「ひゃっはー! ラーメンだな! ちょっと待ってろ!」
 運ばれてきた白い器に箸をつける明子。
「ズルズル……ブッ!」
 麺を吹き出した明子。いいところ育ちのゆえか、鼻から吹き出しそうになるのはこらえたが、そのまま、「ちょっと待ってなさい。ちょいと見えないトコで教育し直してくるから」と、モヒカンの店員を店の裏に連れ込んだのであった。
 暫く後、ややボロボロになった店員を引き連れてきた明子はセルシウスに侘びを入れた。
「いやー、うん。臆面もなく海水そのままスープに使うとか発想が実にパラ実だったわ。ごめんなさいね、身内が迷惑かけてー。気分が乗らないと尋常じゃないぐらいサボるからあの子達……」
「そうか……私はてっきりあの海水スープこそが浜辺の味と思うところであった」
「詫びといっちゃなんだけど、出来るとこは手伝うわよ」
「何をだ?」
「海水スープのラーメンの改良に決まってるでしょ?」
 そんな訳あって、明子による店員の再教育『パラ実ガチンコラーメン道』が幕を開けたのであった。


「姉御、これくらいでいいんですかい?」
 明子が振り向くと、モヒカンの店員が木々を両手一杯抱えて立っている。
「うん、いい感じじゃない。そこに置いて」
「ですが、流木だからシケてますぜ?」
 バラバラと短い木々を厨房の一角にある余っていた調理スペースに置くモヒカン。
「火術で何とかするのよ」
と、明子が放った炎がメラメラと木々を巻き込んで燃え出す。
 その上に別のモヒカンが二人ががりで大きな寸銅鍋を運んでセットする。
「どいてなさい」
 精神を集中させた明子が鍋に手をかざし、
「氷術!!」
と、寸銅鍋一杯の大きな氷塊を発生させる。
「これで、真水確保ね」
「なるほど大きな寸銅鍋に氷塊を入れ火をくべる……か」
「そう。で、次は塩ね」
 明子が別の鍋に向き直る。そこにはグツグツと煮え立つ海水があった。
「海水沸かして煮詰めて、沸かして煮詰めて……で天然塩確保!」
 この鍋の傍にもモヒカン店員が付きっきりで蒸発した分の海水を注いでいる。
「古代的な塩の作り方だな。生産性が高いとは言えんが」
「あら、エリュシオンではどうしているの?」
「塩田だ。海沿いの一角に海水を撒き、日光で蒸発したら、また海水を撒く……という」
「それじゃ、夏が終わっちゃうでしょ?」
 セルシウスを見た明子が口の端をうっすらと上げる。
「つまり、海水そのまま使うよーな手抜きをするからマズくなんのよ。塩は塩! 水は水! ちゃんと分けてから味見て混ぜ込んだら万事解決するじゃない」
「!! ……そうか、そういうことか!」
「やっとわかってくれたようね!」
 セルシウスと明子がガッチリと握手をする中、モヒカンの店員がポツンと呟く。
「でも、それは、お湯に味噌ぶち込んだら味噌汁が出来るって理論と変わら……」
「知ってるわよ。ダシはー……まあ、無難に昆布や魚貝類かしら。魚介を煮詰めればそれっぽい味が出そうね」
 趣味は不良を張り倒して、無理矢理慈善事業に従事させることと豪語する明子の言葉に、渋々従事していたモヒカンの店員達がビクリと震える。皆、「きっと海行って魚とか取って来いと言われる」と考えているのだろう。
「ま、天然塩と真水の確保にまだかかりそうだから、この後は誰かに任せましょ」
「誰か……とは?」
「勿論店員よ。シフトの谷間に来ちゃったけど、後からも来るんでしょ? あーあ、喉乾いちゃった」
 ヒラヒラと手を振った明子が厨房から去ろうとする。
「貴公!」
「ん?」
 セルシウスの声に明子が振り返る。
「泳ぐなら、海の家で水着を借り、着替えていくのが吉だぞ?」
「……私、泳げないのよ」
 セルシウスは、明子が海の家のラーメン改良だけのために、ここに来てくれたことを知り、感謝するのであった。