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【空京万博】海の家ライフ

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【空京万博】海の家ライフ
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 明子の尽力により、海の家ラーメン改良計画は、良い方向へ動き出そうとしていた。
「しかし、ヤツが来るまでに間にあうのか?」
 セルシウスの不安の種は、同じエリュシオン帝国の龍騎士エポドスであった。
 幼い頃から、競い合ってきた腐れ縁であり、何かにつけてセルシウスに張り合ってきた人物である。
 二人の争いの歴史は、石ころを投げて競う水切りから、夏休みの宿題の進行具合、テストの点数、乗馬技術、貯金の額……と現在まで続いているのだ。
「きっとヤツのことだ。私の名が付いたこの海水浴場を隈なく見つめ、痛い所をついて悦に浸るのだろうな」
 不安げなセルシウスに、海の家をきり盛りする店員のルカルカ・ルー(るかるか・るー)ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)の弾んだ声が聞こえてくる。
「「いらっしゃいませぇ」」
 よくハモる二人の声にセルシウスが振り向くと、呼び物として展示された鈴なりティーカップパンダの傍でルカルカが接客している。
「貴公、先程から気になっていたのだが?」
「何? セルシウス?」
「これは一体何の効果があるのだ? 集客か?」
「そうよ。鈴なりは状態異常対策だから、疲れた人の回復も早める狙いもあるの。あと、時折ルカが口ずさんでいる流行歌に乗せて歌う幸せの歌も、お客さんを幸せな気持ちに出来るでしょう?」
 ルカルカが運んでいたラーメンの器に目を落とすセルシウス。
「ラーメンは貴公達のもので何とかなるかもしれんな」
「ううん。明子のラーメンが出来るまでの繋ぎよ。こっちだってそんなに多く量を作ってなかったからね」
 ルカルカが額の汗を拭い、客に注文を取りに行くルカアコを見やる。
「ネギの量、どうします?」
「そうだな。多めで……」
「はーい、ありがとうございます!」
 トトトと、ルカアコが厨房に走る。
 そこでは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が慣れた手つきで手早く食事を作っていた。
「ダリル、醤油ラーメンのネギ多め一つね!」
「ああ、わかった」
 言うやいなや、直ぐ様麺を一掴みして煮立つお湯へと放り込むダリル。
「流石、慣れたものね」
と、ルカアコがダリルの傍に置いてあるチャーシューを一つつまみ食いして、ラムネで流し込む。
「くー! やっぱり夏はラムネね!」
「つまみ食いをするな。ただでさえ、在庫が減ってきているんだ」
「つまみ食いじゃないよ。味見だよ」
「……で、感想はどうだ?」
「勿論、おいしい」
 ルカアコがグッと親指を立てる。
 ダリルが作っているのは塩、醤油、味噌の各種の本格手打ちラーメンである。麺は前日に打ち熟成させ、出汁は海鮮から。具のチャーシューも特製タレに漬けておき、野趣ある食材の臭みは生姜で抜くという本格派である。
 アツアツで食べ終わり、もう一杯欲しくなるように、量は少なめで値段は安くしておいたが、前日から仕込んでいた麺が終わると同時に販売が終了する危険性を持つ人気メニューであった。
 最も、麺切れで終了、というのはラーメンの人気店ではよくあることであるし、食べれなかった客の悔しさが、一杯の価値を高めることもある。
 先ほど試食したセルシウスも、その味には舌を巻いていた。
「コレほどの腕前を持つ料理人が来てくれるとは心強い!」
「……俺の本業は国軍の軍人で軍医だ。健康管理や士気の維持、戦線の長期継続に食事は重要な要素だからな……料理は、その延長上の趣味に過ぎない」
「む……軍医か……」
「気にするな。ルカに頼まれたし、セルシウス、アンタに興味もあったのでな」
 ダリルのクールな青い瞳がセルシウスを見つめる。
「興味? ……貴公、まさか……」
 かつて、トイレに連れ込まれて掘られそうになった記憶がセルシウスの頭を駆け巡る。
「……大体考えていることはわかるが、それではない。空京万博のパビリオンを作った人物がどういう人なのか、という事だ」
 そう言いつつ、麺を湯切りするダリル。
「む……」
と、セルシウスも何故か視線を外し、ダリルがラーメンが切れた時のためにと、下拵えした食材を見やる。
「イカに、とうもろこしか……」
「定番だが、定番と呼ばれるのは人気があるからな。そう言えば、試食を頼んだ人物は……」
 ダリルが見渡すと、厨房の端で呆れ顔のルカルカに見守られて食べる金元 ななな(かねもと・ななな)の姿があった。
「うん! 腹が減っては戦が出来ぬって言うし、試食はまさに一石二鳥ね!」
「ななな……もう3つ目よ?」
 その食べっぷりを見つめるセルシウスに、ダリルがラーメンを盛りつけながら解説する。
「イカ焼きは醤油ベース特製タレで、炭火の遠火強火でジューシーに焼いたものだ。隠し味に七味を使い、食欲増進と海で冷えた体を温める効果を高めている」
「ほう、七味か」
「スルメも軽く炙って、マヨネーズと七味を混ぜたものを付けると美味いだろう? アレと同じだ」
 なななは片手にイカ焼き、もう片手に焼きもろこしを持って交互にかぶりついている。
「そうそう。こうやって下拵えするダリルは偉いでしょう? 万博もパビリオンの設計があってこそだもんね」
 ルカルカがさりげなくセルシウスをヨイショする。そこには、浮かない顔をした店員がいてはいけないという彼女なりの気遣いもあったようだ。
「そういうものだろうか……?」
 顎に手を当て考えるセルシウスの横で、ダリルが大量のネギを盛りつけたラーメンをルカアコに手渡す。
「出来たぞ」
「はーい!」
 ルカアコが器を客のテーブルへと運んでいく。
「ルカも未来パビリオンで「シャンバラ国軍館」の展示責任者として参画してるのよ」
 なななが食べた皿を片しつつルカルカがセルシウスにウインクする。
「私も、アスコルド大帝から命じられるままにパビリオンの設計に当たったが、どうも自信が今一持てなかった……果たして、万人に喜んで貰えるものが作れたかどうか……」
「何言ってるの?」と、ルカルカが笑う。
「喜ぶかどうかなんてお客次第じゃない。100%確実にウケるもの、なんて誰だって作れないわよ?」
「……未来は誰にもわからない。だからこそ面白いのだろう」
 手のあいたダリルがクーラーボックスから、ルカルカの好物のチョコバーを取り出し、指揮者のタクトの様にセルシウスを指す。
「ふ……そうだな」
「なななには、未来がわかるよ! 宇宙からの電波を受信出来るからね」
と、ダリルがルカルカに渡そうとしたチョコバーを掠め取る。
 余談であるが、なななは店員であるが、あまりにミスが多いため、試食係兼掃除という任務を満場一致で与えられていた。
「……どんな未来?」
 チョコバーを取られたルカルカが、やや恨めしそうになななを見る。
「えっとね……何万年後の話がいい?」
「できれば数日、数年後くらいの単位で話して欲しいわね」
「じゃあ、この海の話をする?」
「ええ、一応聞いておくわ」
 エッヘンとなななが胸を張り、
「ななな海水浴場がオープンするのよ!」
「「それはない」」

 ルカルカとダリルのハモった声に即座に否定されたななな。
 その腕をチョンと突付く小さな手。
「ん?」
なななが振り向くと、店員のノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が微笑む。
「なななちゃん、ちょっと手伝ってくれない?」
「ノーンちゃん? 手伝うってラーメン作りのこと?」
「うん、もうすぐおにーちゃんが到着するの」
 ノーンにルカルカが声をかける。
「ノーン。なななに手伝わせるって……危険よ?」
「大丈夫だよ。わたしとなななちゃんなら。ねー?」
「ねー?」
 なななもノーンに合わせる。
「本当に大丈夫かしら?」
「ルカ、いずれにしても、俺のラーメンの在庫がもうすぐ終わる。賭けてみるしかなかろう?」
 ダリルの言葉に、ルカルカが深く溜息をつく。