校長室
大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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第16章 「手を繋ぎたい。力とは理解し、自覚を持つ事で扱う資格を得る。故に、教えて欲しい」 『…………』 これ以上争わず、智恵の実について詳しく知りたい。菜織はそう申し出ているのだろう。戦う術を失ったガーゴイルは、黙り込んだ。いや、戦うことは可能だ。体当たりでもしておとといきやがれと言えばいい。それで上半身を木っ端微塵にされたら困るが―― 『……………………』「……………………」 ガーゴイルは只管に黙る。返事を得られるまで待つつもりなのか、菜織もまた動かない。長い時間の中で色々と考える余裕もでき、“彼”は思った。 ――このまま、永遠に黙っていればいいのではないか? そうすれば、彼女達が情報を得る術は無い。情報を得られずに引き返すか餓死するかは彼女達の自由である。 『…………』 しかし、長々と思考している間に来訪者の数は増え、アクア達が大所帯であっただけに入口が何だか混み合っている。黙っているだけでは済みそうにない。 『まず……、私にとって個々の目的や動機は何ら意味を持たない』 困ってしまったガーゴイルは、大人数を前に、だがあくまでも菜織に対して話を再開する。後から来た彼等に説明するにしても、その方がてっとり早い。 『“教えて欲しい”というのは、私から直接“実”の情報を聞きたいということか? それとも情報の書かれた本の場所を示してほしいという事か? 前者であれば、こちらの管理規則には抵触しない。だが、無理だ。私が実の詳しい知識を持ち合わせていないからな』 「管理者が、情報を知らないと?」 『私は只の管理者に過ぎぬ。知っているのは、本棚のインデックスと噴水広場で見聞きした事だけだ。故に語れない。後者であれば、それは考慮に値しない。私が何故下半身まで失ったと思っている』 それではまるで、理屈やルールではなく単なる意地のように思えてしまうが。 「……ふむ、やはり護っているのは本自体なのじゃな?」 『そうだ。なんびとも此処の本を持っていくのは許されない』 山海経の確認に、だから諦めろというニュアンスを込めてガーゴイルは頷く。 「では、その本の内容までは護っておる訳ではないのじゃな?」 『…………。内容も、護っている』 その答えを、ガーゴイルは既に生み出していた。命令であるかという問いではない故、痛い指摘を受ける心配も無い。そして“彼”は見事なほど先と同様の言葉を吐き出す。 『本を、情報を守るという事は神殿を、智恵の実を守るという事だ。神殿の守りを切り崩される恐れのある事を、そう簡単に人に示すわけにはいかない』 「ですがそれは、あなたの判断であり管理所の規定ではありませんよね? つまり、正規の管理規則では『内容は護らなくてもいい』という事になります」 近くまで来ていた遙遠が話に加わる。彼は、手に持った白紙の本をひらひらとさせた。 「そろそろ、中身のある本にお目にかかりたいのですが……、どうでしょうか?」 「少しでも早く行方不明の2人を助け出したいんだ! ね、このガーゴイルに免じて」 緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)は、またがっている自前ガーゴイルの頭を撫でる。それを無言で眺め遣ってから、守護者ガーゴイルは言った。 『……確かに、内容を護れとは言われていない。だが、それをわざわざ別項目にする必要があるか? 内容も護らなければ意味が無いだろう』 「ふむふむ、なるほど……、分かりました」 そこで、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が皆の一番前に出てきた。自信たっぷりに宣言する。 「それならば自体は解決したも同然ですね。俺は本なんてモノは要りませんから」 『何? 要らない?』 予想外な言葉に、ガーゴイルは怪訝な声を出した。いつの間に欠けてしまったのか、と自らの耳に手を当てる。……耳は在った。しかし、本――情報が要らないというのは。 『では、何しに来たのだ?』 今更言うまでもないが、ここは情報管理所である。 「勿論、情報を得に来たのです。智恵の実があると聞いては黙ってはいられません。ですから、俺が欲しいのは本ではなく智恵の実であり、それに関する情報です。つまり、本を頂けないならガーゴイル君に朗読して貰うなり、該当ページだけ見せてもらえれば構いません。俺は、一切本に触れないことを約束します」 聞いてみたら、意外と真っ当な意見だった。しかも対処に覚えのある意見だった。山海経も、それに同意する。 「そうじゃ。盗む気は毛頭ない故、わらわは指1本も触らぬ。おぬしが持って、見せるか読むかすれば良い」 『……ここにある殆どの本は白紙だ。結果的に捜索を許してしまった者もいるが、好きに探す分の閲覧許可なら出している。途方も無い時をかけても良いというのなら好きにしろ』 威厳と共に、ガーゴイルは言う。 『そして朗読というのは……朗読だと?』 威厳を保ちつつ、ガーゴイルは驚く。これは初めてだ。 「そうです、朗読! それならば本の閲覧すらする必要がありません! ガーゴイル君の管理規定をクリアし、尚且つ俺達も必要な情報を得られます。画期的なアイデアです!」 『…………』 クロセルの舞台演技めいた物言いに、ガーゴイルは驚いた表情のまま黙りこくった。口が少し開いている。半開きだ。規定は守られているし一度は思い出話までした訳だが、嫌だ。一言で示すと、嫌だ。そして口の半開きに威厳は無い。 口を閉じ、どう言い逃れようかいっそのこと逆ギレしてしまおうかと考えていると、それを口にする前に山海経が言った。 「わらわ達に争う気はない。ここで争って本に危害が及ぶのは、おぬしも本望ではあるまい? 殆どが白紙としても、中には本物もあるのじゃろう」 『…………』 「決まりですね。ではガーゴイル君が朗読会を開くということで……」 『ちょ……ちょっと待ってくれ。それは……』 ガーゴイルは狼狽し、その結果―― 『そ、そうだ。1冊ずつ朗読するのでは時間が掛かるだろう。効率が良いとはいえないのではないか?』 内容教えてもいいよ、というのと同義の言葉を、“彼”は口走ってしまっていた。しまったと思うが、後の祭りである。 「ガーゴイル様」 守護者としての威厳も貫禄も半減した感じのガーゴイルに、小尾田 真奈(おびた・まな)がそっと近付く。ライナスが行方不明と聞いて七枷 陣(ななかせ・じん)とやってきた彼女は、遺跡の中をくまなく周る途中でこの管理所に辿り着いた。到着したのは、アクア達が来る少し前。 「落ち着いてください。何も朗読されなくても、本の中身だけを入手するならば閲覧で充分です」 「そうだ、閲覧……本を持ち出す事は許さないってことだけど、閲覧し、内容を書き写すことはどうなのかな。別な物に記す事自体は大丈夫じゃないかと思うんだけど」 そこで榊 朝斗(さかき・あさと)が確認、交渉に乗り出す。この時点で彼は、閲覧自体は許可されたと判断して話していた。まあ、当然であろう。 「その場で見るだけじゃ、細かい数字とかあったら覚えきれないだろうし、携帯とかデジカメで写したいなって」 無言のままにガーゴイルはその話を聞いていたが、真奈がメモリープロジェクターを、ルシェンが腕に付けたハンドベルト筆箱を、山海経が漫画原稿用紙を出したところで諦めた。何故遺跡に持ってきたのかと少々ツッコみたくなるものもあったがガーゴイルはツッコまなかった。役割が違うからだ。 『…………』 改めて極真面目に、“彼”は考える。盗むという1点を除いては管理規則外、と、妙な屁理屈を展開されそれを弾き切れなかった。失言の後だ。もう認めるしかあるまい。 断腸の思いで、ガーゴイルは言った。広い広い、広すぎる情報管理所全てに響き渡るような浪々とした声で。 『……何が知りたいのか、もう1度良く説明しろ。私が本を持ってきてやる』 ――不自然な程に、親切だった。