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リアクション
第2章
「智恵の実、ですか。完成したばかりの機晶姫に知性と理性、感情が宿るという言い伝え……」
モーナが2階へ上がり、その間に、と籠手型HCを何やらいじっている風祭 隼人(かざまつり・はやと)の脇で、美幸とリーン達は推論を語り合っていた。美幸は、更にコピーさせて貰った地図を持っている。話の中でリーンが思い出していたのは、剣の花嫁を狙ったあの事件。多くの剣の花嫁が、過去の姿や記憶をこの世に蘇らせた事件である。
「あの事件もそうだけど、私達の細胞や機晶姫の中には誰かの記憶があるのかもしれないわ」
「『細胞記憶』ですか?」
即座に美幸は切り返した。
「移植でドナーの影響を受ける実例があります。細胞は細胞分裂をした際、記憶を次代に受け継ぐらしいです。記憶は『経験』や『学習』データも含むので、実というのは私達の中に宿る『誰かの記憶』を活性化させるものかも知れません」
封印やパートナー変更等、様々な要因で眠ってしまった、嘗ての記憶。
「種を開花。実は洒落てでしょうか。可能性は広がります」
「ほう……」
黙って話を聞いていた菜織が、感心した声を上げる。
「『細胞記憶』か。まったく、君には本当に驚かされる。医学的には確かにある話だし、今回の話にも合致し、君が以前述べた言葉とも合うか。大したものだ」
「情報が来ました。神殿の中には、情報を管理しているガーゴイルがいるそうです。ただ、頑迷にその情報を見せようとしないようです」
「神殿の守護者、といったところかしらね」
工房内のテーブルには、シャンバラ電機のノートパソコンにテクノコンピュータ、銃型HC等の情報機器が並んでいる。その前には陽太と環菜が座って神殿からの情報を集めていた。現地の銃型HCを介した情報だけでなく、ユビキタスを通じて学校のコンピュータに送られた情報も確認出来るようになっている。
「この情報は月夜からね。そう、刀真も行っているのね……」
陽太は、現在ガーゴイルの場にいる面々を口頭で皆に伝える。他に、ワープの罠や機械人形がいること等も。
「今はまだ、HCのネットワークから内部情報を頂けるように呼びかけている所です。反応は多くはありませんが、情報は増えてくる筈です。情報は、現場からもアクセス閲覧出来るように纏めますね。月夜さんからはマッピングされた分の地図も送られていますからそれもアップしましょう」
「そうね。じゃあ陽太、こっちをお願い」
「はい!」
情報機器を前に、陽太と環菜は2人で手際良く後方支援の環境を整えていく。またレオン・カシミール(れおん・かしみーる)も、ユビキタスでの情報検索に取り掛かろうとしていた。彼が調べようとしているのは、新たな情報ではなく以前の記録だ。おとぎ話として残っているという、記録。
「大廃都の神殿『アルカディア』、そして智恵の実か……。やはり、事前の情報収集が重要になるだろうな。人形師の弟子と機晶技術の生徒のためだ。人肌脱ぐとしよう」
人形師の弟子と機晶技術の生徒のためだ、一肌脱ぐとしよう」
レオンは工房で携帯端末の操作を始めた。独自の情報網も使い、検索範囲を広げていく。その傍では、先の台詞に上った茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)とアクア、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が話をしていた。
「貴女達も行くのですか?」
「アクアとファーシーが行くなら私達も行きますよ。ライナスさん達を放ってはおけないけど……智恵の実も気になりますね」
「智恵の実、ですか。そんなに有名なものなのですか?」
「有名、というか……」
「朱里知ってるよ! 知恵の実っていうのはねー……」
そうして、ここでアクアはアダムとイブの逸話を知ることとなった。
「情報管理所か……」
そして菜織達は、陽太達の話を聞いて改めて話し合っていた。
「そこにある情報が何かは分かりませんが、内容によっては、そしてこの予測通りならば、どの智恵が何を活性化させるのか知ることが可能ですね。私達の中に宿る誰かのデータをなら、継承の成功率が高くなります。ライナスさんが神殿に行った狙いはそこでしょうか」
「では、行ってみるか」
菜織は自らのHCの画面を見て通信状態を確認して出かけようと踵を返す。政敏がそこで、衿栖達と話すアクアを見ながら彼女に言った。
「アクアの奴、『経験』少ないみたいだし、俺はアクアの護衛に回るよ」
「護衛? ……暗がりを利用してかね」
下心に釘を刺すように、菜織はぎろりと政敏を睨んだ。彼女の背を見送りながら、彼は内心で首を捻った。
「……何だ?」
本人には、全く伝わっていなかったらしい。
「……お守り?」
「前のは欠けちまったみてーだからな」
神殿へ向かう前。日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、新しく作った禁猟区のお守りをファーシーに渡した。それを両掌に乗せて見つめ、顔を上げた彼女はひとこと言う。
「……死亡フラグ?」
「…………えーと……」
何処でそんな言葉を覚えたのか。意味が解らず使っているのか、彼女は何かピンと来ないような表情をしている。
「ほら、行きますよ皐月」
そこで雨宮 七日(あめみや・なのか)に促され、玄関に向かう。後ろから、ファーシーが声を掛けてきた。
「気をつけてね。お守りありがとう。フラグ成立させないようにね!」
そうして、依頼を知って、またはファーシー達と共に工房を訪れた面々がそれぞれに情報を得て出発していく。彼女達もいよいよ出掛ける頃合だ。2階からモーナが有るだけの雨合羽を持ってきたが、その間に嵐は弱まっていた。雲の流れが速かったのか、何か都合が悪かったのかは天のみぞ知るという所である。
「ファーシー」
支度を整える中、隼人も完成させた小さな機械をファーシーに渡した。機械を受け取った彼女はきょとんとしている。
「何だかゲームのコントローラーみたいだけど……」
「ああ、そのものずばり、コントローラーだ」
隼人は彼女に仕組みと操作方法を説明した。ボタンを押すと、その内容が彼の『籠手型HC』の戦闘サポートプログラムに伝わるようになっている。非武装のファーシーには、他者を攻撃出来ないプログラムが組み込まれている。しかも、それを行ったのは隼人自身だ。彼女の不足分を、責任を持って補いたい。
勿論、ファーシーとの初めての冒険だし、楽しい思い出を作りたいという気持ちもある。
「うんと……こんな感じ?」
「そうそう、そんな風に俺に指示を出してくれ」
試しに押されたボタンから戦闘指示が送られてくる。それを見て、彼は頷いた。
「まあ、ゲーム感覚で戦闘を楽しんでみてくれ。注意事項としては、無茶な戦い方をさせて死なせるなよ。……一応、マジでヤバくなったらオートモードに強制的に切り替わるからな」
オートモード……まあ要するに、隼人が自分で自由に戦うということだ。
「ファーシーさん……」
順次、皆が工房から出て行く。その様子を見ながら、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)は尚心配そうな面持ちをしていた。引き止めたそうな彼女に、隼人は力強く言葉を掛ける。
「ファーシーは必ず守り抜きますので、俺が付いていますんで安心して下さい」
「隼人さん……」
ルミーナは隼人と目を合わせ、そして少ししてから微笑んだ。
「……分かりました。隼人さんも気をつけてくださいね」
◇◇◇◇◇◇
そして外へ出て、いざアルカディアへ、と皆が足を踏み出す中。
「ねえ、アクアちゃん」
ピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)はアクア・ベリル(あくあ・べりる)を見上げて声をかけた。
「アクアちゃん、さっき、捜索依頼を出したなら戻るのを待てばいいって言ったよね。それって……捜索しに行く皆を信じてるってことだよね?」
「……!?」
「あたし達も行く訳だけど……、あたし達の事も信じてるってことでいいのかな?」
皆を示して、彼女は言う。アクアは一瞬、言葉に詰まったような表情をした。
「依頼というものは奉仕活動ではなく、仕事です。信じる信じないではありません」
「……? じゃあアクアちゃんも仕事で行くんだね。一緒にライナスさん達を探そうね!」
「な……」
笑顔を向けられ、アクアはたじろいだ。この少女は、全て本心で言っているのか。それとも、何れ『本当の友達』とやらになる為に猫を被っているのだろうか。
「おいピノ、こっちに来い」
「えー? 何か用?」
そこで、ラスに声を掛けられてピノは離れていった。少しだけほっとした自らの気持ちを自覚し、アクアは思う。
(やはり、あの子供は苦手です……。……?)
そこでおずおずとした視線を感じ、アクアはそちらを振り向いた。そこにはティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が立っていて。
「何ですか?」
「え!? え、えっと……」
彼女の方から声を掛けられ、ティエリーティアはびくっ、と反応した。アクアが落ち着いてくれたのが嬉しくて話しかけたかったのだけれど、いざとなると何を言えばいいのか分からない。
「こ……こんにちはっ!」
「…………?」
怪訝そうにする彼女にぺこりと挨拶だけすると、ティエリーティアは慌ててファーシーの所へと駆けて行った。
「アクアちゃんから離したかっただけ? 何それー!」
「何それって……、どうしてお前はあんな普通に出来るんだよ……」
そんな会話をするラスとピノを見ながら、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に話しかける。思い出すのは、ファーシーが『自分も行く』と言い出した時のこと。
「『どうしてもって言うなら』とか言ってたけど、今回のって聞いた通りなら『濡れ手に泡』なラスさんが好きそうな話だよね。口には出してないけど、実は凄くやる気満々だったりして。何かお宝あるかもって」
「そうですね、あわよくば……とか思ってるかもしれません。中々に素直じゃない方ですし。でも、だとしたら無茶しないか心配ですね」
苦笑に少しの憂慮を含ませてエオリアは言う。
「うん。何にしても心配だし、ラスさんとピノちゃんに付いていこうか」
「……? 何話してんだ?」
内容は聞き取れないまでも、自分の事を話しているのが分かったらしい。ラスがピノと一緒に近付いてくる。
「え? ううん、大したことじゃないよ。……あ」
その時、エースの視線が上空へと逸れる。そこに何かを予感し、ラスも彼の視線を追う。良い予感ではないそれはばっちりと的中し、思った通りの機影――曇天の中でも明確に分かる、ピンク色の小型飛空艇の姿が目に映った。
スピードは機体の出せる最高速。搭乗者――春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)の考えは手に取るように分かったが、呆れる間も無く飛空艇は自分に向けて迫ってくる。
「…………!」
紙一重で避け、風の煽りを受けて絶句する。
「あれ?」
通り過ぎた飛空艇から呑気な声が聞こえて振り返ると、真菜華は勢いのままに飛び降りてピノにぎゅうっ、と抱きついていた。
「わーい、ピノちゃんお待たせーー! えっちぃなラスへのご挨拶が避けられて残念だけどねー!」
「お前なあ、その飛空艇当たったら一つの立派な事故だからな? スタート地点からもうリタイアだからな?」
「いぢられキャラなんだから当たっとかないとダメじゃん!」
「ダメじゃん!」
「…………」
抱きつかれたピノも一緒になって言ってくる。
「何しに来たんだ? 留守番か? 留守番なんだな? そうかわざわざ……」
「マナカも一緒に行きまーす! 智恵の実とかそういう胡散臭い話大好きだからねっ!」
大きな声で彼の台詞を遮り、真菜華は元気一杯に歩き出す。
「おやつはいくらまでですかー? バナナはおやつに入りますかー!」
「バナナは主食だよ! 大丈夫だよ!」
「! それじゃあ俺がバナナしか食わせてねーみてーじゃねーか! いいからバナナくらい持っていけよ!」
「わーい、ファーシーさんお久しぶりですー!」
その頃、先程アクアに挨拶したティエリーティアは、ファーシーに思い切り抱きついていた。ファーシーは迷わずぎゅーをし返していて、それにフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)が口を尖らせる。少し、からかっているようでもあるが。
「……おいファーシー、なんでティエの挨拶ハグはOKなのに俺はダメなんだよ?」
「?」と、ティエリーティアはそのままの状態できょとんと2人の顔を見る。
「フリッツはダメなんですか?」
「え゛? だ、ダメっていうか、だって、それは……」
しどもどするファーシーの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「それは何か、ジャンルが違うのよジャンルが! 分かるでしょ!? っもう!」
それから、彼女はどこに行くのか事のあらましを説明した。銅板時代のお転婆ぶりが段々戻ってきたようで何より、とフリードリヒは軽く受け入れる。
「……ふーん、『アルカディア』? 行きたいってんならしょーがねぇな、同行してやるから感謝しろよ?」
「ふ、フリッツ!?」
「何を言っているんですかあなたは! 彼女はこれから……」
あっさりとした反応に驚くティエリーティアとスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)に、彼はひょいと肩を竦めた。
「ま、行きたいっつってんなら、行きゃいいんじゃね? お転婆さんの不注意は、ま、俺がカバーしてやるよ」
「フリッツ……」
ファーシーも驚いて、ぱちぱちと目を瞬かせる。後から考えて、ちょっと無茶かなとも思っていたけど。心配して止めてくれるよりも、意志を認めて協力してくれる方が――
「……良かった、嬉しい」
「…………」
これまでで一番素直に笑いかけると、フリードリヒはさすがに面食らった顔をした。だが、すぐににやりと笑う。
「ホント、歩けるようになった途端に好き放題だなー、オマエ。付き合わされるほーの身が持たねぇぜ」
「……う……」
一瞬言葉に詰まって。
「……な、何よ、それならついて来なきゃいいじゃない! もう!」
結局むきになって背を向けて。ふくれっつらをすること少し。気を取り直して皆に呼びかける。
「じゃあ、行きましょう! きっと楽し……じゃなくて、ライナスさんは見つかるわ!」
一瞬、ちょっとした本音が出た。
「ファーシーさんの気持ち……私わかるよ! 冒険ってワクワクするもんね♪ それに、智恵の実ってのも気になるし……皆ー! アルカディアに行きたいかー!」
早くもヘッドライト付きヘルメットを被った花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)が元気に同意し、集まった皆の中でノリの良いメンバーが「おーーっ!」と叫ぶ。
「んじゃ、いっちょお供しますかね」
意気揚々と神殿に向かう花琳達の後から、フリードリヒはそう言った。
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