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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第5章 
 
 
 その頃、モーナは新たに工房を訪れた面々に事情を説明しているところだった。テーブル周りには、榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)椎名 真(しいな・まこと)双葉 京子(ふたば・きょうこ)原田 左之助(はらだ・さのすけ)が集まっている。
「なんだか大変なことになっちゃってるわね。かといってこのままにするのもなんですし、探しにいかないと……」
 一通り話を聞いて、ルシェンが神妙な顔をする。元々彼等は『機晶技師モーナの所でファーシーの施術を行う』と知り合いに聞いてヒラニプラを訪れた。だがそこでは、思いもよらない事態が起きていて――朝斗も、ルシェンと同意見だ。
「大廃都にある“アルカディア”か。とりあえず、僕らも捜索の手伝いをするよ」
「助かるよ。ごめんね、立会いに来てくれたのに」
「まあ、名目上は冒険屋ギルドの依頼請負いってことになるのかな」
「あ、君もそうなんだ」
 ギルドマスターと名乗ったノアの事を思い出す。アクアに同行した衿栖や鳳明達もそうだと聞いた記憶がある。依頼を出したのだからこの短時間に何度か名を聞くのも当然と言えば当然。だがそれぞれの目的は異なっていて、世間は狭いな、という気もする。
「じゃあ、よろしく頼むね。神殿に先行してる皆からの情報は陽太君と環菜さんが纏めているから……、銃型HCは持ってるみたいだけど、一応最新情報も照らし合わせておいた方がいいかもね」
「……分かりました……」
「そうですね。確認してから出発します」
 アイビスとルシェンが、それぞれのHCを手に陽太達に話しかける。朝斗もそれを覗き込み、テーブルが少し空いた時。
(アルカディア……理想郷、か。どんなところなんだろうか……)
 真がそんなことを考えていると、京子がそっと袖を握ってきた。
「真くん、やっぱり私『アルカディア』に行ってみたい
「え、京子ちゃんも?」
 確かに、工房に詳細を聞きにきたのは彼女が智恵の実に興味を持っていたからなのだが――
「でも、中には罠や敵もいるみたいだ。ここで待っていてくれれば、俺が持って帰るよ」
 ――京子ちゃんが実を欲しがっているなら俺はそれを探すだけ。そう思い言ってみるが、京子の意思は変わらないようだ。じっ……、と、願いにも似た何かを篭めて見つめてくる。
「少しは、真くんの力になれるくらい鍛えたから……、私も、一緒に……」
「…………」
 そこまで言われれば断るわけにもいかない。京子は自分が守ればいいだけだ。
「……分かった、一緒に行こう」
「本当!?」
 京子の顔が明るくなる。
「幻想郷っていうくらいだから、罠も神秘的なのが多いのかな?」
 ちょっとわくわくしているようだ。2人の会話を聞き、左之助が言う。
「話は決まったな。俺も行くぜ。護る奴が増えたほうが智恵の実とやらも探しやすいだろ」
 そして、神殿の情報を得た6人はアルカディアへと向かっていった。

              ◇◇◇◇◇◇

「さて、じゃああたし達は施術の準備をしようか」
 彼等を見送ると、モーナは工房の奥の部屋に目を遣った。そこはかつて、壊れたファーシーの機体を修理し、銅板に宿っていた彼女に新たな生を与えた場所。
 モーナと共に、朝野 未沙(あさの・みさ)朝野 未羅(あさの・みら)朝野 未那(あさの・みな)ティナ・ホフマン(てぃな・ほふまん)が室内に入る。そこではカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、描かれた魔方陣の中に何やら機械を設置していた。カルキノスは、魔導科学者として下準備を、と遺跡に行かずに工房に残ったのだ。ダリルがこれまでに記録したカルテも持っている。彼は、今回の施術を魂構造の移植と捉えていた。
「おっ、集まったか」
「これで全員じゃないけどね。本人が居るところで打ち合わせするわけにもいかないし、準備をしながら簡単に話をまとめておこう」
「機晶姫の生殖機能はまだまだ未知の部分が多く、非常に興味がそそられるわ。ましてや既に死んだ人間のデータを用いようというのだから、他の種族では考え難いわね」
 術台を囲みながら、ティナが言う。
「流れとしては、どういったものになるのかしら? わらわは、雌側の機晶姫は胎内に取り込んだ他種族の遺伝情報を分析し、自機内部で生成した卵子に送り込み受精させるのではないかと仮説を立てているんだけど」
「受精卵、か。そうだね、最終的にはそういう事になるかもしれない」
「『最終的』ってことは……?」
 モーナの答えに、未羅は小さく首を傾げる。
「ファーシーとルヴィさんの場合はかなり特殊だからね、前段階があるんだ。銅板の中に残っているルヴィさんの『データ』は、本当に極僅かなものなんだ」
 そうして、モーナは1枚の紙を彼女達に見せた。そこには、銅板に宿ったルヴィの『数値』が記録されている。
「だから、まず新しい機晶石にデータを移して、彼の情報を確かなものにする。以前にファーシーを機晶石に移したのと要領としては同じだけど、今回はあの時より精密な作業が必要になるから……」
「この抽出機器を使うぜ」
 カルキノスが機械を示す。その近くの大きめの台には、直径50センチ程の魔方陣が描かれている。
「えっとぉ、機晶石にデータを移すってことはぁ……」
「それが、赤ちゃんの心臓になるってことですか? でも、確か機晶姫か人か、どちらが生まれるかは判らないって……」
 未沙は、以前に聞いた話を思い出した。
「普通はそうなんだけど……、ファーシーの子供は機晶姫になるね。それで、データを移した機晶石を着床させて様子を見る。ファーシーの身体が機晶石を受け容れれば……、そこから新たに『受精卵』が出来る筈だよ。機晶石だけじゃあ身体となる『機体』は出来ない。子供の身体を形成していく為の、成長可能な『受精卵』がね」
「『受精卵』……、人口機晶姫の場合は、ブラックボックス内で人間の卵子に近い物を胎内に生成して膣内に入ってきた遺伝子情報を解析、再構築して受精卵を作るって感じだと予想してたんだけど、その遺伝子情報がデータを移した機晶石に当たるってことですね」
「そういうことになるかな」
 肯定するモーナに、未沙は自分が考えていた施術方法を話してみる。
「銅板のデータから擬似精子を外部で作り出してファーシーさんに注入する方法だと思ってたけど、擬似精子を作り出す装置自体がブラックボックスだよね?」
「そうだね、というか……ファーシーの身体で擬似精子は作れないよ。彼女はあくまで『女性型』だから。外部装置としても、そこまでの装置はまだ開発されていない。そういった装置が出来れば、機晶姫の、ひいてはパラミタ人の未来は広がると思うけれど」
「それで……その身体の元が出来れば、施術は成功、ということね」
「後は時を待つだけ。普通の人と同じだよ」
 ティナが確認し、モーナは頷く。
「他の機晶姫の場合は相手の遺伝子情報を機晶石化する必要は無いのよね?」
「うん。あたし達と同じ方法で妊娠が可能だよ」
 それを聞き、ティナは科学者として考える。シャンバラ人のモーナと同じ方法、という事は情報を直接機晶姫の胎内に入れるという事だろう。
 ――一度何かで試してみたいわ。ポーリアのようにファーシー以外にも子を成せる個体が居るみたいだし、比較も出来そうね。今度実験と解析をしようかしら。
「銅板そのものを膣内に入れても遺伝子情報を取得する事は出来ないと思ってたけど……、機晶石かあ」
 未沙は少し考え、それから言う。
「生殖行為って気持ち良くならないと上手くいかないもんなんだよね? 気分を出すために、ファーシーさんに気持ち良くなって貰う必要ってあるかな? あたしそういうの得意だよ!」
「気持ち良くって……」
 やる気満々、という感じの未沙の肩に、モーナはぽんと手を置いた。
「残念だけど、ファーシーは眠らせるから。そのテクニックは他で使おう」
「他……?」
 その言葉で未沙が思い描いたのは、さてどの女子だったのか。

              ◇◇◇◇◇◇

「少しずつですが、内部についても分かってきましたわね」
 準備の進む部屋の外で、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は陽太達の操作する各種画面の内容に目を通しながら言う。今映し出されているのは、罠の種類や地図だった。地図は、黒い画面に青い蛍光色で示され、確実にルートを増やしていっている。
「智恵の実についてはまだ分からないようですわね」
「あら、エリシアは智恵の実に関心があるの?」
 画面からは目を離さずに環菜が言う。智恵の実――パラミタには何があってもおかしくないと思う一方でどうにも陳腐な印象を受け、彼女はやはり真実味を感じられずにいる。
「そうですわね、食べたいとは思いませんが……実にどのような効果があるのか、多少興味がありますわ」
 答えつつも、エリシアはディテクトエビルと殺気看破は忘れない、彼女には御神楽夫妻の護衛担当という意識があるため、たとえ工房であろうと警戒は怠らないのだ。
「疲れてない? これ食べて頑張ってね!」
 そこで、「みんなをお手伝いするよ!」と陽太達と残っていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がお皿にマドレーヌやマカロン、タルト等、甘い匂いのするフランス系のお菓子を載せてキッチンから戻ってくる。橘 舞(たちばな・まい)も彼女と一緒にティーポットとカップの載ったトレーを持ってくると、地図が広げられているのとはまた違うテーブルに置く。その上には他に、電気ポットとインスタントコーヒーの瓶が置いてあった。
「あれからずっと作業なされていますし、少し休憩しませんか? お菓子も暖かいですよ」
「それじゃあ頂きましょうか。俺は紅茶で……環菜はコーヒーでいいですか?」
「そうね、インスタントというのがあれだけど……」
「いやあ、悪いね、あたし、いつもそれで済ませちゃうからさ」
 外に出てきたモーナがその様子を見て、苦笑する。
「それにしても、大変なことになりましたね」
 自分も席につきつつ、舞は言う。ファーシーの施術の立ち合いに来てこんなことになるとは思っていないので探検するような用意なんてしてきていない。そういう事で工房に残ったのだが、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は何か不機嫌そうだ。呆れているようでもある。
「ライナスがいないと始まらないってのに……、どうせ、発掘に夢中になって時間忘れてるとかよ。本当、困ったもんよね」
「確かに、職人さんとか作業に入ったら寝ないしご飯も食べないって人結構いるらしいですけど……」
「あれっ? お客様かな?」
 その時、工房の呼び鈴が鳴った。ノーンが席を立って迎えに出る。
「あの、こちらに機晶技師のライナス様が来られると聞いたのですが……」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と一緒に玄関口に立っていたユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、そうして来訪の目的を告げた。