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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第4章 歌姫たちの晩餐歌 3

 エンヘドゥたちの舞台はクライマックスに突入していた。
 舞台上にあがった南カナンの領主シャムス・ニヌアと、久我内椋との剣舞が舞台中央で披露され、それを囲む四人の娘たちが、それに合わせた舞いを踊る。
 激しい打ち合いの剣舞だった。いや、あるいは、それを剣舞と呼ぶのは間違っているのかもしれない。そう呼ぶにはためらわれるほどの凄絶な刃の叩き合い。それゆえに観客は目を引き付けられ、息を呑むが、一歩間違えれば互いの命を奪ってしまいそうな――そんな不安さえ感じていた。
 光に照らされたシャムスの甲冑ドレスに魔法文字が浮かび上がるように、椋の西洋鎧にもタトゥーに似た紋様が刻まれていた。それは彼の身につけるその鎧が、ホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)の魔鎧だったからだ。
(椋……負けんなよ)
「……分かっています」
 魔鎧から聞こえてきた声にぼそりとした返答を返すと、椋はぐんと加速してシャムスに斬りかかった。二刀流の刃が振りかかる。どっちだ? どっちが決定打となる? シャムスの表情に浮かんだ視線の揺らぎ。
 次の瞬間。
 とっさに身構えたシャムスは、二刀の刃を同時に受け止めていた。片方は刀身。そしてもう片方は――長剣の鞘だ。疾風の速さで迫った刃に、どちらを防ぐかは答えが出ようもなかった。ならば、どちらも止めるまで。彼女はそう判断したのだ。
 同時に、歌姫の曲が終わりを迎えている。
 それは剣舞の終わりも意味している。刃がかち合い、互いの顔が迫っていた。二人は相手の表情を見返して……戦いの構えを解いた。
 そのとき――
「……!」
 舞台の一点がライトアップされた。
 そこに立っていたのは、マントに身を包んだ一人の娘――真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。彼女の隣には、いつの間に出現したのか、布に覆われた等身大の何かがある。
(悠希……)
 シャムスの驚きの視線を感じて、彼女に顔を向けた悠希はクスッと笑う。
 どうやら初めからこの演舞に加わっていたらしい。そして彼女の役目は、今回の舞台の最後の演出を司ること。
「お集まりの皆さま、長かった芸術大会もついに終わりを迎えようとしています。今宵は……ボクが地上で見た、一番美しいものをご覧に入れたいと思います」
 観客が見守る中で、彼女は自分の隣にある巨大な何かの布をはぎ取った。
 それは――
「これは……黒騎士と白騎士の姉妹。敵の洗脳によりお互いに戦わざるを得なくなって、けど……信じる心を取り戻し、真に再会した時の姿です。そう……題名は『絆』」
 それは、彫像だった。
 シャムスとエンヘドゥが手を取り合って佇んでいる姿。無上の喜びと幸せしかない表情で、抱き合う二人。あのときの、カナンを征服王が支配していたときの大戦の記憶が呼び起こる。ああ、そうだ……この笑顔を守るために、オレは戦って、そして仲間たちの絆を得たんだ。
 観客の視線は、彫像に集まっている。
「ボクたちもこのように……絆を作ることは出来ないのでしょうか?」
 悠希が言った。それは、会場に集まる魔族たちだけではなく、地上の仲間たちにすら向けられている言葉だった。
「ボクたちも……友達になりませんか? それもまた……絆です」
 わずかながら、その一言で会場はざわめいた。だがこれは、悲痛な叫びだったのだ。悠希は信じたいと願っていた。必ずや、絆はあるはずだと。
「アムドゥスキアス様」
「…………」
「芸術大会も終わりを迎えます。……どうか、ご決断を」
 伝えたいことはまだ山ほどあった。
 しかし、いまはアムドゥスキアスの意思に任せたいと思った。これまで彼は、多くの地上の者たちの芸術を見てきたはずだ。それで彼が何を感じるか。何を思うか。それは、結局のところ彼自身にしか分からぬことなのだから。
(ボクらしくないな)
 と、自嘲して彼女は思ったが、それが成長なのか後退なのかは分からなかった。
「芸術大会の結果を発表する」
 思考もつかの間。アムドゥスキアスが口を開いた。
 そのときだった。
「――――あぶないッ!」
 誰かが叫んだ。
 それがエンヘドゥの護衛をしていた雲雀だと気づいた時、すでに時は動き出していた。
 雲雀はとっさにエンヘドゥの前へと飛び出し、飛来してきた雷撃を受け止めた。激しい閃光と火花。放ったのは誰だ……! と、皆の視線が動くと、それは先ほどまで雲雀の近くにいた娘に止まる。
「あ……外れちゃった?」
 雲雀のパートナーである、はぐれ魔導書『不滅の雷』――通称カグラは、妖艶な笑みを浮かべていた。
「貴様ッ!?」
 アムドゥスキアスの近くにいた警備兵たちが、カグラを一斉に取り囲んだ。剣を引き抜いた警備兵たちの気迫を眺めるように見て、カグラはクスっと笑う。
「あらあら? 皆さんそろって死にたいの? でも、駄目よ」
「……?」
「舞台は役者が上がってからじゃないとね、始まらないの」
 カグラが言ったその瞬間――それを合図としたように、大ホールに無数の魔族たちが飛び込んできた。いや、外からだけではない。観客に紛れ込んでいた数名の魔族も、翼を広げてその正体を露わにした。
「なに……っ!?」
 突然の魔族の襲来。警備兵たちも、焦りを隠せない。
 しかし、敵はすでに標的を狙っていた。中空に飛び上がった黒き翼の魔族が雷撃を放った先は、魔神アムドゥスキアスだ。
 不意打ちの攻撃。瞬速の雷撃は宙を飛んで空を裂く。間に合わない。誰もがそう思ったそのとき、すでに動き出していた契約者たちの影があった。
『カチェア!』
「任せて!」
 飛び出してきたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、突きだした盾で雷の一撃を受け止めた。まるで巨大な槌に叩かれたような衝撃。思わずのけぞって地に伏しそうになるが、彼女はなんとか踏みとどまった。
「なんだと……!?」
 その圧倒的な反応スピードに、敵の魔族が愕然とする。
 それもこれも、全てはリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)のおかげだった。耳に取り付けた小型インカムから聞こえるのは彼女の声。会場内に設置していたカメラ類の情報装置を統括して、大ホールの外から指示を出しているのだった。
『敵はざっと二十ちょっとってところ! さっさと、追い払いなさい。二度も同じ失敗をするんじゃないわよ!』
「わーってるって」
 リーンの声にぼやくように返答した緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、初撃を受け止められたことに気を取られている魔族たちの懐に飛び込んだ。刀を握りしめ、バーストダッシュの瞬間的な速度で一撃を与える。切り裂いた腹部を抑えた魔族が、怒りにまかせて反撃を企てるが、感情的な攻撃は重く鈍い。政敏は軽くそれを避けて距離を取った。
 その間に、すでに警備兵たちは呆然とした放心状態から解放され、リーンの指示で的確に動き始めていた。そもそも不意打ちはその瞬間に損害を与えてこそ、意味を成しものでもある。それに失敗したいま、敵の魔族たちと自分たちとは、公平な位置にあると言って良かった。
 とはいえ――
「翼ってのは、卑怯だろ!」
 宙を飛ぶ敵を相手に戦うのは、そう容易なことではない。敵の攻撃をかわしつつ、わずかであるが相手に手傷を負わせていく。しかしそのうち追い込まれて、政敏は相手の振り下ろした槍の柄に弾き飛ばされた。
 ちょうどいいとばかりに、政敏はついでに距離をとった。
 と、そこにいたのはアムドゥスキアスだった。彼は警備兵に守られながら、じっと何かを考え込むように立ち尽くしていた。その視線は契約者たちの間を巡り、やがて政敏にも注がれた。
 目があった政敏は顔をそむける。
 すると――突然、彼は告げた。
「こっちを見定めたいなら存分にしろ。俺は、ただ皆の可能性を守りたいだけだ」
「…………」
 アムドゥスキアスの目が見開かれていた。
「何となく分かるのさ。俺もモートを最初許せなかった。でもな、アイツは可能性を残してくれていた。お前がすごい人だって、アイツの事を誇ってくれた時、多分、アイツは報われたんじゃないかって思う」
 アイツを解放してやる事が出来たかどうか……それは政敏には分からない。
 しかし、彼は思う。
「今度は俺の番だ。アイツの後輩の可能性を守りたい。だからこの場は、俺たちに任せろ。アレは俺達が受け止める冪もんだ」
 政敏はそう言い残して、再び敵の懐へと飛び込んでいった。
 アムドゥスキアスは呆然とその背中を見送る。思いだされるのは、闇の化身たる魔族“モート”のことだった。あの醜悪で、底意地の悪い魔族が何かの可能性を残した。そんなことがあるのだろうか……? と、疑念とともに、それを見てみたいという欲求にも駆られた。あの魔族が残した、可能性というものを――
「アムドゥスキアス様!」
 警備兵の声だ。アムドゥスキアスはハッとなった。
 気づけば、彼の目の前に敵の放った魔力波の一撃が迫っていた。しまった。そう思った時にはもう遅い。逃げ場はなかった。
「師匠!」
 しかし、またしても――今度は別の契約者に彼は守られた。
「師匠! 大丈夫かっ!」
「う、うん……」
 アムドゥスキアスに飛びかかり、身を呈して彼を守ったのは天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)だった。このアムトーシスに来てからというものの、なにかにつけて弟子にしてくれとうるさい契約者だ。
「よかったあああぁぁ! 師匠が死んだら、オレ、オレエエエェェ」
 もはや鼻水と涙で呂律が回っていない。
 そんな彼に苦笑を返すが、敵の攻撃はまだ止んでいなかった。魔力波が避けられたと知るや、敵は翼を広げて滑空。直接、槍を突きだしてきたのだ。
 その瞬間。
 聞こえたのは、一筋の風を薙ぐ音だった。
「君は……」
「次が来る。油断するな」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は冷然と告げた。
 彼の手に構えられるのは魔力の刃を宿す、魔導刃ナイト・ブリンガー。レンの魔力を注ぎ込まれたその刀身は紅く、ひと振りごとに鋭い残滓を宙に残した。
 迫りくる魔族たちを、レンは次々と切り裂いてゆく。ふと中空に動いた視線が、会場にいるパートナーのアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)リンダ・リンダ(りんだ・りんだ)を見た。
 彼女たちは、この期に及んで汗を流すようなつもりはないらしい。素知らぬふりをして、自分たちだけ会場の隅の安全圏でティータイムを楽しんでいる。
(いや……違うな)
 どう転ぶかを静観しているといったところか。
 レンと視線を交わらせたアリスが、薄くほほ笑んでいた。
 紅茶を飲む彼女に気づいた数少ない魔族は、その命を狙って襲いかかるが――リンダの振り回した箒で突き飛ばされている。メイド業もこなしつつ、主人の安全を守る。口の悪ささえなければ、リンダもメイドとしてそれなりの技量を持ち合わせているのかもしれない。
 さあ、どうするの? レン・オズワルド……。
 アリスの瞳が語っていた。
 信頼か、道楽か。人間のレンが選ぶ道を、見てみたいと思っているのかもしれない。その心の在り方を、心の在り様を――。
「アムドゥスキアス」
「……なに?」
 落ち着きを取り戻していたアムドゥスキアスは、レンの後ろで敵の動きを見据えていた。彼も自分の立場を理解している。言うまでもないことだとは思ったが、レンは告げておくことにした。
「敵の狙いはエンヘドゥだけではない」
「……そうだね」
 エンヘドゥを狙うならば、初めからそうしている。
 その当の本人であるエンヘドゥは、朝斗とルシェンに前後を守られて舞台の隅にいた。攻めたてようと襲ってくる魔族たちに応戦しているのは正悟たちだ。彼らであれば、エンヘドゥの身も安全だろう。シャムスも、妹を守るために戦っている。
 鬼羅は自分を見を呈して守った。レンも、シャムスも、正悟も、朝斗も……エンヘドゥを守るためだけではなく、会場にいた住民や自分を守るために、戦おうとしている。
 これが、可能性って奴なのか? アムドゥスキアスは誰ともなく問いかけたが、無論、それに答える声など存在しなかった。代わりに聞こえたのは、レンの穏やかで力強い声だった。
「俺が、お前を守る。だからお前も、その力を貸してくれ」
 敵を迎撃する。声にはその意思が含まれていた。
 アムドゥスキアスはそれに頷こうとした。
 と――
「……ッ!?」
 巨大な爆破音が、大ホールの外から聞こえてきたのはそのときだった。