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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第4章 歌姫たちの晩餐歌 4

 敵の襲撃は大ホールだけではなかった。
「みんな、早く! こっちに逃げるんだ!」
 アムトーシスの街に沸いて出た敵の魔族たちから住民を守ろうと、大岡 永谷(おおおか・とと)が声を張り上げていた。敵はどうやら市民の中に紛れ込んでいたらしく、街中の至る所から火の手が上がっていた。
 しかし、焦ってはならない。永谷は自分にそう言い聞かせる。
 敵の出現は予想していたことだった。恐らくは誰かが手引きしていたのだろう。数は多いが、それでも事前に逃走ルートを把握していたことは功を奏している。夜ということもあって視界がはっきりとはしていないが、警備兵が住民を先導することで比較的スムーズに事は運んでいた。
「永谷! 街の者を頼んだぞ!」
「了解!」
 永谷の前を過ぎ去って街の中央に向かったのは、アムトーシスの兵隊長を務めるサイクスだった。この場においては、彼女が自分の上官である。永谷は謹厳に返事を返すと、住民の背中を守るように位置を陣取った。
「ケーニッヒッ! 守備は……っ!?」
 街の中央、噴水広場にたどり着いたサイクスが、魔族と攻防戦を繰り広げていたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)に問うた。その瞬間に剣を引き抜き、敵を打ち払う。
(翼を持った魔族…………バルバトスか!?)
 思考もつかの間、ケーニッヒが彼女のもとに飛びのいた。
「城門と水門に仲間を配置してるが、そちらにはすでに兵を伝達に向かわせた!」
「援軍は?」
「南カナン兵はわずかだ。しかし、『漆黒の翼』騎士団がいる。アムド団長が先導しているはずだが……」
 さすがは歩兵科といったところか。敵の襲撃に備えていた仲間が、援軍を呼び込んだのだろう。
 ケーニッヒは告げた。
「オレはシャムスたちのいる大ホールに向かう。奴らの狙いはエンヘドゥだ。シャムスやアムドゥスキアスたちの身も危ない」
 うむ、と頷くサイクス。
 と、そこに彼女の懐でぶるぶると震えるバイブレーションの音がした。一瞬、彼女はなんだ? とばかりに顔をしかめるが、それがテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)から借り受けた『ケータイ』という代物だと気づいて、ようやく手に取った。
 慣れない動作で通話ボタンを押す。すると、向こう側から聞こえてきたのは、わずかにノイズ混じりの少年の声だった。
『あ、サイクスさん? 通じてる?』
「ああ、大丈夫だ」
『よかった。少しノイズは入ってるけど、成功みたいだな』
 少年にしてはどこか大人びた口調で話すのは、警備兵として協力していた契約者、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だった。
 サイクスがこうして彼と携帯を通じて通話出来ているのは、ひとえに彼のパートナーたちの尽力による。範囲は狭いが、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)がアムトーシスに携帯基地局を設置してくれたのだ。あくまでアムトーシス内でしか通話できない程度の、即席に近いものだったが、街の警備に用立てるには十分だった。
 よくよく街を眺めてみれば、オブジェのように外観を飾られた基地局が、いくつか点在しているのが見て取れる。なんでもこれを塗装したのはミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)らしいが、色水の入ったビニールが括りつけられていたりするのを見ると、彼女の美的センスには多少の疑いを抱くところだった。
 それはさておいてだ。
『僕は街のみんなを避難させながら、相手の侵入ルートを探る。サイクスさんには敵の狙いそうなポイントまで移動して、敵の小隊長を叩いてもらいたいんだけど……問題ない?』
「無論だ。どうやら裏道はそちらのほうが把握しているようだ。案内を頼めるか?」
『了解。鬼崎さんたちやアインさんが敵の各個撃破に向かってる。途中で合流するかもしれないけど、そのときは相手の狙撃ポイントを教えてあげて』
「任された」
 すでに、ケーニッヒたちの部隊は大ホールに向かっていた。
 こちらも急がねばならない。
 と、そんなサイクスの背中に、
「あ、ちょっと待って」
 通話の向こう側からトマスの声がかかった。
「……なんだ?」
『一つ聞いてもいい?』
「……ああ」
『この襲撃にアムドゥスキアスは関与していない。そう……信じてもいいんだよね?』
「…………」
 美は多くの解釈がある。だからこそ、破壊に美を求める者をいるだろう。
 アムドゥスキアスがそうである……と断言するわけではないが、トマスは、そんな破壊美を求める者を少なからず見てきた人間だ。
 信じたい。そう、思っていた。
 サイクスは街路を駆け抜けていた。道すがらに見つけた敵の魔族は、瞬時に切り屠っていく。
「当たり前だ」
 彼女は断言した。
「守りたいと――そう思っているから、あの方はこの街にいる。芸術を愛する気持ちは、お前たちと変わらん」
『――了解。じゃあ、絶対に守らないとな』
 通話口に聞こえたトマスの声に、迷いはなかった。


「フッ……!」
 体内の粗ぶる気迫を息吹に変えて――鬼崎 朔(きざき・さく)は刃を振るった。
 鱗の固き刃に切り裂かれて、地に足をつく翼の魔族。そのまま、朔は容赦なく振りむいて敵の首を跳ねた。魔族が狙っていたのは街の娘だった。魔族の娘は朔に礼を言うが、彼女がすぐに逃げることを進言したため、その場を後にした。
 続けざまに、それを追おうとする敵が頭上を飛翔しようとしたため、翼を切り落とす。見えない風の刃で切り裂かれたように、魔族は地に落ちた。
(外道が……ッ!)
 もとは住民の退避が最優先。ここまでするつもりはなかった。
 しかし……理性の楔にも限界がある。住民にまで手を加えられて、それを黙って見過ごせるほど彼女は甘くなかった。
「フフフ……最悪のあり様ね」
 と、地に落ちた魔族に手をかけようとしたとき、頭上からレヴェナ・イェロマーグ(れう゛ぇな・いぇろまーぐ)が舞い降りてきた。彼女が乗るのは空を飛ぶラクダ・ウパァルである。
 事の発端は怪しげなローブの魔族を朔が見つけたことだったが、それでも、今のところ街の住民に死傷者が出ていないのは、レヴェナのおかげでもあった。召還とともに地に降り立った彼女は、即座にチェインスマイトを放って敵を切り屠ったのである。
 あとはご想像通りといったところ……街の住民を退避させ、二人は襲撃者たちの応戦に回っていた。
「せっかく、戦争なんかじゃない文化的競争で決着をつけようとしてたのにね……まったく、やってくれたわ」
 レヴェナはクスッと笑うが、それは底冷えするような笑みだった。表情は笑っていても、言動と行動は容赦ない。むしろ笑みを浮かべているからこそ、彼女の憤怒は計り知れなかった。
 と――
「ふん……ッ!」
 鋼のような気合の声が聞こえたとき、空から降って来たのは一人の人影だった。
 そいつは、街に火の魔術を放っていた空飛ぶ魔族の頭上から、槍を突き立てる。悲鳴をあげた魔族が落下していくのに乗って、自身も落下した。地面に直撃する寸前に、魔族の身体を蹴って、人影は地に降りた。
「アインか。様子は?」
「まずいな。街はともかく、大ホールが攻められている。いまは、ケーニッヒさんたちが向かっているところだ」
 アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は槍に振って、付着した血を散らしつつ答えた。
 そう間も置かず、彼の横にもう一人の人影が、家屋の屋根から降り立つ。アインと組んで魔族の撃破に当たっている黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)だった。彼はセフィロトボウの弓矢を、いつでも放てるように握りしめていた。
「連中の一人を脅して聞きだした! あいつら、やっぱりバルバトスのところの魔族みたいだぜ!」
「バルバトスの……」
 朔が怪訝そうに言う。それに答えたのは、健勇ではなくアインだった。
「連中が翼を持った魔族だったのでな。少なくとも俺たちは、そんな魔族はバルバトス軍の魔族以外にほとんど見たことがない。健勇に調べてもらったんだ」
「しかし、なぜ奴らが……」
「アムドさんからの伝達だ。魔神たちにとって、アムドゥスキアスは厄介な存在になってきているらしい」
「厄介?」
「魔神――特にバルバトスにとっては、地上侵攻とルシファー復活が絶対的な目的だ。残酷で冷酷な奴は、どんな手を使ったってそれを実現しようと考えているんだろう。それに対して、アムドゥスキアスは厭戦的だ。芸術を愛する性格ゆえか、戦いを良しとはしていない。同じ魔神という立場にあってそのようなアムドゥスキアスがいることは、バルバトスには目障りなはずだ。目の上のたんこぶと言ってもいいだろう」
「…………」
 アムドゥスキアスのもとには、常にナベリウスがいた。彼女は恐らく、アムドゥスキアスの監視役だったのだろう。
「だから、芸術大会を?」
「ナベリウスなら欺けると考えていたのだろうな。それに、あくまで戦いという意味合いで決着をつけるということは、便宜上は名目が立つはずだ。そうでなければ、矢面に立たされる可能性が出てくる」
 わざわざエンヘドゥをブロンズ像にしたのはそのためか。夜の間の自由は、彼なりの厚意だったのかもしれない。
「バルバトスは、こうなることを知っていたのかもしれないな」
「だから、エンヘドゥを、か?」
「シャムスが武力に訴えれば街は破壊され、逆に和平を結べば、アムドゥスキアスに謀反の意ありとすることが出来る。いずれにしても、アムトーシスを襲った根拠は作れるというわけだ」
 そして、これは口に出さなかったが、アインはこうも考えていた。
(あるいは、ナベリウスを送り込んだのも、アムドゥスキアスの油断を誘うためか? だとしたら――)
 疑念が渦巻くと、それは些細なことまで巻き込んで巨大な渦潮を作ってしまう。アインは首を振って思考を中断させた。今はとにかく、街を守ることだ。
「僕たちはこれからアムドゥスキアスの塔まで向かう。朔は?」
「知れたこと。敵を一人でも多く切り捨てる――だけだ」
 朔は跳躍して屋根にのぼり、アインの前から姿を消した。
「それじゃあ、あたしも」
 それを追って、レヴェナも空飛ぶラクダでその場から去った。
 彼女たちが向かった方角から背を向けて、走りだしたアインの胸中にふと過ぎったのは、蓮見朱里のことだった。彼女はいま、街の住民を先導するとともに避難している。
 無事であれば良いのだが……。
「父ちゃん! 早く行こうぜ! 街のみんなを守らなくちゃ!」
 気合に押されて先を行く健勇が、彼を呼んだ。
「ああ。いま行く」
 それに答えて、アインはよりいっそう速く、足を突き動かした。