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第2章 そんなこんなでも肝試し 11

 肝試しに来れば、普段のその者からは想像できない姿を見ることもある。
 陳宮 公台(ちんきゅう・こうだい)のそれも同じようなものだった。
 彼女は落ち着き払ったフリをしながら、龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)キャロ・スウェット(きゃろ・すうぇっと)と肝試しのコースを歩いていたが、明らかにその足はぶるぶると震えている。
「き、肝試しなど、他人が扮装しているだけの事。こ、怖くなど…………ひぃっ?!」
 うっすらと、コースの先の暗がりに現れた人魂のような青白い炎に、闇のなかで浮かび上がる女性の姿。生徒たちが扮するお化けの姿を見て、彼女は上ずった声をあげた。
「陳宮……もう少し肩の力を抜いたらどうだ」
 廉がそんな彼女に呆れたように言う。
「お化けさん、こんばんわなのー!」
「て、キャロ! 勝手にお化け役の人に話しかけるなっ!」
 頭の上に乗っていたはずのキャロが、いつの間にか女性のお化け役に声をかけているのを見て、廉はそれを注意した。
 公台と違ってキャロは怖いもの知らずだったが、良くも悪くも純粋で、逆に好奇心旺盛であることがたまに傷だった。ただ、ガクガクと膝を震わせて動けない公台に手を焼くよりは幾分かマシで、彼女はすぐにキャロをひょいっとつまみあげた。
「ぬー、なにするのー?」
「あのな、こういうのは話しかけないのがお約束なのだ」
 お化け役の女性も、困ったように苦笑している。
「のー、分かんないのー」
 キャロは首をかしげるばかりだった。
 廉は、まだ同じことを繰り返すだろうな、と考えながら、溜息をこぼしつつキャロを頭の上に戻す。いまだにキャロは疑問符を頭に浮かべていた。
 と、その間に。
 公台がパニック状態になって大鎌を振りまわしていた。
「く、くる……くるなああぁぁ!」
 いつもの彼女からは想像のつかない、テンパり具合だ。どうやら近づいてきた白布を被ったお化けにビックリしてしまったらしい。
「陳宮、落ち着け。ただの白布お化けだ」
「ひ、ひぃ……れ、廉……」
 本人は恐らく状況をはっきりと把握していないだろうが、公台は廉に思い切り抱きついていた。廉は、ぽんぽんと、彼女の背中を叩いてやる。子供をあやしているようにも見えなくなかった。
「お化けさん、向日葵の種はどうなのー?」
 公台を落ち着かせている間に、予想どおりというべきか、キャロがお化け役のもとに駆け寄っていく。
「って、だからやめい」
 その前に、廉はそれをつまみあげた。
「あー、なにするのー」
 パタパタと手を振りながら、やめてやめてと動くキャロ。公台は、いまだに廉にひっついて離れない。
(……俺はこいつらの保護者なのか)
 いまさらながらに、廉はそんなことを思って、静かに溜息をついていた。



 『普通に参加してもつまんないから、逆にお化け役の人をおどかして遊ぼうぜ』などと、いかにもひねくれた考え方の遊びを提案したのは、奈落人の物部 九十九(もののべ・つくも)だった。
 彼女が憑依するのは、自分の契約者である鳴神 裁(なるかみ・さい)である。九十九が憑依している間、裁の左目は金色に変わる。これで性格も変化するなら、判別がつきやすいのだが、元々浮遊霊のような存在であった九十九は、契約の際に裁の人格をほとんどコピーした状態にあった。そのため、瞳の色以外はまるで裁と変わらないのであった。
 そんな九十九とパートナーのアリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)たちはただいま……
 参加者の女性たちに悪戯を仕掛けている夢安組と遭遇していた。
「うひゃ〜、なにするのですか〜?」
 人間の姿で参加していたドールが、お化け工作員の仕掛けた罠に引っかかる。紐に足を引っ張られて、木の枝から吊るしあげられていた。
「な、なんでこんなものがあるのですか〜?」
 ジタバタと暴れるドール。
 そんな彼女に、お化けたちはだらしない笑みで近づく。カメラも持っているところを見ると、どうやらいかがわしい写真でも撮る気でいるようだ。
 だが、彼らの前に二人の女性が現れた。
 裁とアリスだ。彼女たちは、どこか妖艶な笑みを浮かべ、男たちの官能を誘うように近づいた。歩くたびに、短いスカートの裾がなびいて、興奮を誘う。
「ふっふーん、気になっちゃう感じ?」
 裁はスカートの裾を掴んでそれをヒラヒラとさせ、悪戯っぽく言った。
 そして、彼女はちらりとドールに目を向ける。
「そのこ、ボクの魔鎧なんだけどぉ、インナー型なんだよね。この意味わかるぅ?」
 工作員の男たちとて馬鹿ではない。
 そこまで言われれば、言わんとすることは十分に分かった。つまり、裁のスカートの中には……と、想像を膨らませて、彼らはごくりと息を呑む。
 ただ、もちろん、裁はしっかりと下着は穿いている。男たちの視界ではスカートの奥が見えそうで見えないため、それが余計に想像を駆りたてているのだ。
 ついでに言えば、裁の隣にはアリスがいるのだ。
 幼い容姿をした吸血鬼だが、男たちのなかには、そんなロリっ子属性の一部需要もあるようだ。はぁはぁと、荒い息を立てている者もいる。
「そんなにアリスと遊びたいの?」
 アリスが上目づかいに言った。
 こくこくっと、男たちはうなずく。
「それじゃあ――」
 二人は笑った。にたり、と唇が歪む。
「魂まで絞り取ってあ・げ・る」
「は…………」
 男たちが惚けた声を漏らす。
 次の瞬間、彼らの期待は無残にも引き裂かれ、絶叫が森に響き渡った。
 しばらくの後、空らは茂みのなかで悪夢にうなされていた。どうやらしびれ粉でしびれさせられたあげく、吸精幻夜による悪夢を見せられているようだ。
 はじめは可愛らしい女の子に悪戯してご満悦だったが、それがいつの間にかご年配の老婆相手に変わって、自分たちを追いかけまわしてくるらしい。捕まった後で彼らが受けた仕打ちは、表記できそうにもないのでご想像にお任せしよう。
「アリスも九十九も笑って見てないで…………た〜す〜け〜て〜」
 その後、アリスと九十九は泣きながら助けを乞うドールを、しばらく放置して楽しんでいた。