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第2章 そんなこんなでも肝試し 10

 夢安京太郎と志を同じくする男子生徒たち。
 いわゆる夢安組は、肝試しの参加者たちの写真を撮り集めていた。
 脅かす役と撮影役に分かれて、彼らは参加者(女性に限る)のチラリズム写真を回収していく。
 今回もまた、順調に女生徒たちにお化け役に扮して悪戯をしかけていた。
 だがそこに、邪魔が入る。
 暗闇から現れたのは、血糊の銃剣と分厚い聖書を携えた一人の男だった。
「誰かが貴方の右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。貴方の敵を愛しなさい。貴方を憎む者に善を行ないなさい。貴方を呪う者を祝福しなさい。貴方を侮辱する者のために祈りなさい。もし主を愛さない者があれば、呪われよ。我らは神の代理人、神罰の地上代行者、我らが使命は我が神に逆らう愚者をその肉の最後の一片までも地獄の業火に投げ込み絶滅すること、エイメン!」
 魔物を狩る、首切りエクソシストの姿をした男は言った。同時に、彼の放ったワンドの一撃は、夢安組の男たちを叩きのめす。
 その正体は武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)だった。本来はお化け役として参加していた彼であったが、夢安組の不穏な動きを聞いて、参加者を守る役目を担ったのだ。
 だが、彼のポリシーか。
 あくまでその姿は幽霊に準じたもの。闇の化身のそれを彷彿とさせる首切りエクソシストの姿は、官能美を放ちつつも、確かに光を見ない暗闇の住人だった。
 男子生徒たちが逃げ去ったあとで、幸祐は参加者の女性二人組に優しい笑みを見せた。
「お怪我はありませんか? 宜しかったら、向こうに参加者の為の給水所が有りますのでどうぞ……。ちょっと凝り性な相棒がレアケーキも用意してますよ」
 そして、彼女たちをコースから少し外れたある場所に案内する。そこには、まるで貴族の中庭にでも迷いこんだかのような、趣向を凝らしたテーブルとお茶が用意されていた。
 暗闇の森にあって、そこだけはランプの明かりが灯って幻想的な雰囲気をかもしている。
「どうぞ、いらっしゃいませ」
 そんなお茶会のテーブルを準備したローデリヒ・エーヴェルブルグ(ろーでりひ・えーう゛ぇるぶるぐ)が、いつの間に用意されていたのかピアノを弾きながら、女性たちを歓迎する。
 彼は優雅で気品ある『オペラ座の怪人』の衣装に身を包んでいた。
「よろしければ、コーヒーとシュトゥルーデルをお召し上がり下さい」
 女性たちを席に座らせると、さっそく準備を整える。もちろん、お茶菓子も一緒だった。
「ところで、ヒルデガルドは?」
「さきほど、撮影していた不審な影のもとに向かいましたよ」
 幸祐にローデリヒが答えて間もなく、男子生徒の悲鳴のような声が聞こえてきた。
 そして、ガサガサッと茂みが音を立てる。
「にゃ〜」
 茂みの奥から顔をだしたのは、ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)だった。 猫耳と尻尾を付けたビキニ系の『ヘルキャット』の衣装は、どこか場違いな雰囲気である。率直に言えば、エロいのだ。
 しかし、だからこそ、夢安組の男たちを油断させることが出来るというわけだった。
「敵勢力無し、排除完了。……にゃ〜」
「ごくろうさまです」
 ローデリヒはヒルデガルドにもお茶を用意した。
 森のなかの不思議なお茶会は、こうしてしばしの休息を過ごしたのだった。



 無理やりに、由乃 カノコ(ゆの・かのこ)はパートナーの『仮想現実』 エフ(かそうげんじつ・えふ)によって肝試しに参加させられていた。
「エフサァーン! エフサマァ! エッフサンマァー! 肝試して寿命縮むなんてィャメローン!! あー!」
 どれだけわめこうと騒ごうと、エフは彼女を離そうとはしない。
 そんなエフが跨るのは、パラミタセンドバーナードのオグラさんである。カノコの仲間にしては何気に一番常識のある彼は、のっそのっそとエフを運ぶ。そんなエフはカノコの首根っこをひっつかんで、彼女を引きずりながら森のなかを進んでいた。
「ちょっと黙りなさいこのおアホ……(もぐもぐ)」
 そう言いながら、エフは恵方巻きをもぐもぐと食べ続ける。
 エフはウサ耳ブレードとたいむちゃんセットを身につけた、なかば仮装状態にあった。うちわで顔をあおぎつつ、恵方巻きを食べつつと……なかなかにシュールな光景だ。
 それも仕方あるまい。彼女は恵方巻きを食べながらでしか人と会話することが出来ない。なぜかは知らないが、恵方巻きを口にしていなければ、声を発するだけで周囲に闇術やアボミネーションのような現象が起こるのだった。
「エエェエェエエフさんあかんてー! カノコさん雷とオバケ屋敷があかんねんー! もうあれオバケいるとかいないとかやないもん! 五感ば駆使して驚かしにくるんやもん! そんなん、耐えられへんわっ!!」
 カノコが泣きながらわめく。
 エフはいい加減にめんどうくさくなってきた、というような顔になっていた。
「セブンセンシズもエイトセンシズも関係あらへんっちゅーねん! チクショー! こんな危険な場所にいられるか! 俺は部屋に戻……」
 カノコはエフの手から逃れて、その場から逃げ出そうとする。
 だが、そのとき。彼女の目の前に人魂のようなものが浮かび上がった。
「ぎゃーーーーーーー!!」
 気が動転し、パニック状態になる。わき目もふらずに彼女は銃を構えた。ぶっ放される銃弾が、夜の森を飛び交う。
 続けて、宙にコンニャクが舞う。
「ぎゃーーーーーーー!!」
 セミの抜け殻が。
「ぎゃーーーーーーー!!」
 誰かの気配が。
「ぎゃーーーーーーー!!」
 美しい星々が。
「もういやーーーーーーーーー!!」
 何かを見るたびに、カノコは機関銃をぶっ放した。
 もはや最後のほうはなんの害もないものになっていたが、彼女にとってそれは関係のないことらしい。とにかく、その場から逃げたくて、カノコはくしゃくしゃの顔になって泣いていた。
「もういややーーーーーっ! 帰りたいーーーー!」
「うるさいリア銃ですね……(もぐもぐ)」
 エフは段ボールの防壁に囲まれながら、安全な場所で、そんなカノコを横目にしつつティータイムを楽しんでいた。
 今夜の紅茶はアールグレイだ。
 心地よい香りと味に酔いながら、彼女は考えていた。
(とりあえず、10分ぐらい経ってまだ暴れていたら、殴りますか……(もぐもぐ))
 ――と。