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第2章 そんなこんなでも肝試し 9

 一組のカップルが肝試しに参加していた。
 一方は巫女装束を着こんだ少女で、によによとだらしのない顔をしている。かたや一方は端正な顔立ちの武将らしき男だった。
「いやー、怖いなぁ、幸村」
 巫女装束の娘は柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)という名だった。
 彼女は元々男であるが、とあるきっかけで女性へと性別が変わってしまったのだ。そのためか普段はなにかとぼけっとした、たどたどしい言動が目立つことがある。
「そうでございますな、氷藍殿」
 氷藍のパートナーである真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は、恭しくうなずいた。
 彼はかつては『日本一の兵』と謳われた武将の英霊である。氷藍とはパートナーであり主従であり兄弟であり夫婦という、なんとも言い難い関係にあった。
 心なしか、幸村の表情は固かった。というのも、彼は考えていたからだ。
(氷藍殿のこと、またろくでもないことを考えているのでは……?)
 と、いうように。
 実際、彼の懸念どおり、氷藍は肝試しに来てからというものの、幸村の腕に抱きついて離れなかった。
 お化けが出てくるたびに、怖いー、や、きゃー、などと言って、幸村に身を寄せる。
 顔を真っ赤にした幸村は恥ずかしそうに顔を逸らすが、氷藍は悪戯っぽい笑みを浮かべてそれを止めることはなかった。そんな肝試しだった。
 ただ。
(なんか……お化け以上の悪寒がするな……)
 氷藍は不気味な冷気のようなものを感じて、身を震わせる。
 そのとき、これまでのお化けのクオリティをはるかに超えるモノが目の前に現れた。
「い……いびゃああああ!!!」
 これまでが明らかにお化けと分かるハリボテだっただけに、それが余計に本物に見える。
 氷藍は悲鳴をあげて逃げ惑った。恐怖のあまりに超感覚が発動し、猫耳がぴょこっと飛び出している。
「こ〜の〜、し〜あ〜わ〜せ〜もんが〜」
 髪の長い女性のお化けが迫ってきて、うらみがましい唸り声を唱えた。
「り、リア充でごめんなさい! 子持ちでゴメンナサイ! お願いだから…俺を食っても美味しくにゃいーーーーーっ!!」
 ひたすらに逃げようとする氷藍に、お化けはいじめっ子の快感を感じる。
 木陰に隠れた彼女に、じりじりと迫った。
「……そこの者、少しばかりよろしいか?」
 そんなお化けに、背後から聞こえた震える声があった。
 お化けが振り返ると、そこにいたのは幸村だ。彼は笑みを浮かべていた。ただし、底冷えするような冷たい笑みだ。ニコニコスマイルであるが、明らかに殺気と怒気がまじりあっている。
 しかも、徐々に彼の足もとから何かが這いあがってきていた。
 亡霊だ。
 お化け役の生徒など問題にならない、本物の亡霊が、ウヨウヨと現れて幸村の体を蛇のように回った。まとわりつく亡霊たち。
 幸村の携える武器、人間無骨・煉獄によって、彼の精神と同調する亡霊が呼び寄せられているのだった。
「逃げたいか? なら土下座なり失禁なりして、この場で痴態をさらしていけ。早うせねば……今この場で亡者どもの数に加えてくれようぞ」
 後ずさって助けを乞うお化けに、幸村が冷たく告げた。
「嫌だというなら……拙者は無用な殺生は好まんのだが……致し方あるまいなぁ!!」
 赤黒い炎を刃に纏う長槍が、お化けの足もとに突き立った。
 恐怖のあまりに失禁したお化けは、絶叫してその場を逃げ去っていく。それを見送って、幸村は氷藍のもとに向かった。
「……あれ? おばけは……どこにいったんだ?」
 木陰に隠れていた氷藍は、ひょこっと顔を出して周りが平和になっていることに気づいた。きょろきょろと辺りを見回す。
「もしかして幸村が退治してくれたのか……さすが俺の妻、大義た……い……」
 氷藍は一瞬、笑顔になるも、そこに笑顔で向かってくる幸村を見て愕然となった。
「あ、氷藍殿! 賊は討ち果たし……」
「こ、こっち来るにゃああああああ!!!!」
 泣きながら、彼女はその場を逃げだした。
「……な、なぜ逃げるのですかー!!」
 幸村はわけが分からず、とにかく必死で氷藍を追う。
 その背後に亡霊がいまだまとわりついていることに、彼はまったく気づいていなかった。



 森のなかを、パラミタ虎がのっしのっしと歩いていた。
 その背中に乗るのは、水引 立夏(みずひき・りっか)である。
 彼女は森の静けさに耳を傾け、暗闇に目を凝らしながら、肝試しの雰囲気を目いっぱい楽しんでいた。
「ちょっと季節外れだけど、肝試しって夏っぽいことだよねー。ビバ、夏」
 立夏は嬉しそうに言う。
 その両脇では、二体の鬼がまるで従者のように、彼女についてきていた。
「そうだなー」
 一方の牛頭鬼が獣の声で答えた。
 ゆうに3メートルは越す牛の鬼は、実は本当の鬼ではない。立夏の契約者である木本 和輝(きもと・ともき)が鬼神力を用いて変化した姿だ。
 もう一方にいる鬼は、馬頭鬼の瑪珠である。元々は、地獄で牛頭鬼と組んで亡者を責めさいなむ獄卒鬼の一種だ。なんでも同期の馬頭鬼のなかで唯一、牛頭鬼と組むことができなかったらしい。経緯は不明だが、牛頭鬼になれる和輝を相方として、いまはこうして彼の従者兼相方として生活していた。
 いずれにせよ、そんな鬼が二体も暗闇の森のなかにいるのだ。眼光は闇のなかでも鋭く光る。
 肝試しのお化け役の連中も、そう易々と立夏たちに近づくことは出来なかった。
 ただし、そうピリピリしていても立夏が楽しめないだろうということを、和輝はちゃんと配慮してもいた。
「うわー、綺麗ー」
「だろ? こういうのもまあ、花火の光みたいで面白いかなってな」
 和輝が火遁の巻物で顕現させた火鼠や炎雀は、立夏の周りをふわふわと舞った。
 周りのお化けたちから見れば、明らかに恐怖の百鬼夜行のような光景であるが、立夏は楽しんでいる。
 きゃっきゃとはしゃぐ彼女に、和輝は満足そうだった。
 そんな立夏の後ろに近づく不穏な影。
「ふにゃあぁんっ!?」
 何かにお腹のあたりを触れた気がして、立夏は悲鳴にも似た声をあげた。
 近づいてきたのはお化けだった。鬼の殺気にも負けず、彼らは立夏に悪戯を仕掛けてこようとする。
 立夏はなにごとかと戸惑って、あたふたしていた。
 だが、和輝はそれが何者か知っている。そもそも彼は、肝試しに参加する前に彼らに誘われてもいたのだ。
 夢安京太郎の仲間たちだ。
 パシャパシャと写真を撮って、すぐに逃げ出そうとするお化けもどきの男子生徒たち。その首根っこを牛と馬の頭の鬼二人がむんずと掴みあげた。
「もー、悪戯なんてしちゃ駄目だよ。せっかくいい雰囲気だったのをぶち壊しにするような人たちには、お仕置きが必要だよね!」
 落ち着きを取り戻した立夏が、にこっと笑みを浮かべて言う。
「そうだそうだ。だいたい、立夏のエッチな写真なんて、見ていいのは俺だけだぞ!」
 賛同したように和輝がうなずいた。
「ともにぃ、それはちょっと違うと思うけど…………ま、いっか」
 色々とベクトルが違うが、立夏はそれを注意するのは諦めた。
 にこにこと笑う彼女が握るのは、明らかに弾く目的ではなく、鈍器のようにブンと振られるエレキギター。
 次の瞬間、男子生徒たちの悲痛な声が響くのは当然のことだった。