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第2章 そんなこんなでも肝試し 4

 マンボウとはいえ、暗闇にあれば怖いだろう。
 そんな奇特なことを考えたのは、信仰を捨てた一人の神父、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だった。
 せっかくお化け役として肝試しに参加したのだ。いつもは笑われてばかりのマンボウことウーマ・ンボー(うーま・んぼー)だが、彼を怖く演出することは出来ないか? アキュートの情熱はそんなことに傾いていたわけだった。
 そしてただいま、彼らはスタンバイ中である。
(来たな)
 ブラックコートで気配を消したアキュートは、コースを歩いてくる人影を確認して、一人うなずいた。
 本番を前にした緊張が彼にもあった。ヘマだけはしないように自分の肝に銘じて、コピー人形で分身を作る。
 首の後ろをフックで引っかけて、ダラリと四肢をさげた状態で吊るしたそいつを使って、肝試しの参加者を先導するつもりなのだ。参加者の前に現れたアキュート人形は、ゆらゆらと揺れながら、腕だけを力なく持ちあげ、先を促した。
 なんだろう? といったように首をかしげつつも、アキュート人形についていく参加者二人。アキュートは満足そうにうなずいた。
(あとはマンボウだな)
 その肝心のマンボウは、アキュート人形が誘導した場所にいる。
 参加者二人がその場にやってきた。それを見計らって、アキュート人形は姿を消す。同時に、マンボウが彼女たちの前に姿を現した。
 だがそれは、半端な姿である。
 光学モザイクを使って姿をわずかにぼやけさせたマンボウが、ギョロっとした目や不気味なヒレを見え隠れさせる。見る者によっては卑猥なそれに、参加者二人はわずかばかり頬を紅潮させていた。
「決して振り返ってはならぬぞ」
 ミラージュの幻影と一緒に参加者を囲んだマンボウが、低い声音で言う。
 参加者二人は静かにこくっとうなずいた。それを確認して、マンボウは空へと浮かび上がって消えた。
 突然、卑猥なマンボウがいなくなったことに、参加者二人はきょろきょろとあたりを見回す。すると、その背後から不気味な音が鳴った。
 ギギギッ……。
 それはまるで互いに繋がった金属同士を無理やりにネジ曲げたような、軋んだ音だった。暗闇の森のなかで、それはいやに響き、余計な恐怖を駆り立てる。
 何かが後ろから近づいてきている。参加者二人は気づいていた。気配と軋んだ音の発生源が、彼女たちに教えていたのだ。
 ゆっくりと振り返る。
 そこにいたのは、真四角の金属箱が顔になった、ブリキのおもちゃだった。
「遊んで? ……ボクと遊んで?」
 ブリキのおもちゃは、アキュートのパートナーのハル・ガードナー(はる・がーどなー)だ。彼は、関節をギギギと鳴らしながら、ぎこちない動きでゆっくりと参加者に近づいていった。
 きっと見る者によっては怖かっただろう。
 だが。
「か、かわいい〜!!」
「…………?」
 二人の少女は、ハルのぎこちない動きに愛くるしさを感じたようだ。戸惑うハルにかまわず、彼女たちは彼の体を抱きしめた。
(あれ? なんか違う?)
 肝試しはおばけごっこをして遊ぶものだと聞いていたが。
 どこか疑問を感じながらも、ハルは少女たちのなすがままに遊ばれた。
 それを、アキュートとマンボウは茂みから見ている。二人は失敗かといったように、諦めたため息をついていた。



「わぁ〜、真っ暗で鬱蒼としてる森だねぇ。キャンドルだけで森の中を進んで行くなんてわくわくしちゃう」
 森のなかを歩み進む二人の少女がいた。一方は乳白金のボブカットをして楽しそうにはしゃいでいるが、かたや一方の薄茶の一本みつあみを揺らす少女は、きつく尖った目つきで前方をじっと睨んでいた。
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)。それにロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)である。
 わくわくと目を輝かせるミレイユと違って、ロレッタは終始、強張った顔だった。
「あれ? ロレッタ、恐いの?」
「こ、怖くない! 怖くないんだぞ!」
 言いながらも、ミレイユの手を握るロレッタの力が増した。
「いだだだだだっ! も、もう……そんなに力いっぱい握らなくても大丈夫だって。離したりなんかしないから」
「ほ、ほんとだろうなっ!? う、嘘は駄目なんだぞ! べべ、別に怖くはないけど……で、でも、離したりなんかしたら駄目なんだぞ!」
「分かってるってぇ」
 明らかに強がりと分かるロレッタの言葉に、ミレイユはくすくすと笑った。
 彼女は一応は禁忌の書である魔道書なのだが、その幼い姿からそれを想像することはできない。漂う雰囲気はどことなくそれらしい大人びたものだが、お化けを怖がる様子は人の女の子のそれと変わりないように思えた。
(そう言えば、シェイドはどうしたのかな?)
 ミレイユは心のなかでもう一人のパートナーのことを思った。
 肝試しに行こうと提案したとき、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は反対していた。なんでも不穏な輩のうわさがあるからという話だったが、今のところはそんな影は見当たらない。
 彼の杞憂だったろうか。
 最後まで心配していた彼のことをミレイユは『お母さん』と称した。。ロレッタいわく、それはミレイユが鈍くてうっかり者なのも理由の一つらしい。だが、あながち間違ってはいなかった。
 彼女たちの背後から、気づかれないように木陰を渡る一人の男がいたからだ。
「へっへっへ……ありゃいいターゲット……んぐ……!」
「静かにしてください」
 茂みに隠れてミレイユたちを狙っていた不穏なお化けは、すっと暗闇から現れた手によって口をふさがれ、茂みの奥に引きずり込まれた。
 お化けが慌てて相手を見上げると、そこにあったのは夜の星明かりに煌めく銀髪。
 シェイド・クレインが、お化けを睨み据えていた。
「何をされていたんですか?」
「い、いや、それは……その……」
 瞳は怒りを孕んでいるというのに、声は妙に冷静だった。だが、それが余計にお化けに恐怖心を与える。
 はぎれの悪いお化けを見て業を煮やしたか、彼はお化けに徐々に関節技を繰りだしてきた。
「いだいだいいだいいだいっ!? わかった、わかったはなすうううぅ!」
「はい、どうぞ」
 お化けに扮した男子生徒の計画を聞いて、ミレイユは眉をしかめた。
 一通り聞いた後で男子生徒の持っていたカメラのデータをチェックする。そこに映っていたのはほとんどが女生徒のチラリズム写真で、ミレイユの表情はさらに歪んだ。
 消去ボタンを躊躇なく押す。
「ああああああああああああぁぁぁ!」
「うるさいです」
 ゴスッと喉元を突かれて、男子生徒は嗚咽を漏らす。
「いいですか? 二度とこのようなことはしないでくださいね」
「ええ〜……それは……」
 男子生徒は渋る。
「いいですか?」
 シェイドは笑顔を浮かべた。
 メキメキメキ……と音を立てて、彼の手のなかのカメラが握りつぶされてゆく。
「わ、わかった! わかりました!」
 慌てて男子生徒は返事を返した。こくこくこくっと頷く様子を見て、シェイドがようやくカメラを返す。もはや使い物にならなくなったカメラを抱いて、男子生徒は涙を流していた。
 落ち込んだ男子生徒をその場に残して、シェイドはさらに先へ向かう。
 楽しそうにコースを歩くミレイユとロレッタに追いつき、彼は彼女たちを見やった。
 二人が歩く先々で、シェイドはこうして障害を排除していっているのだ。しかし、そんなことも露知らず、彼女たちは何事もないかのように笑いあっている(もっとも、ロレッタはお化けを見るごとに震えあがって固まっていたが)。
「……手間のかかる肝試しですね」
 シェイドは微笑を浮かべて、そんなことをつぶやいた。
 その笑みは、どこか嬉しそうにも見える、そんな笑みだった。