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第2章 そんなこんなでも肝試し 5

 自分はあくまで学生なのだ、と伏見 明子(ふしみ・めいこ)は己の心に唱えている。
「いっつも荒野のパラ実祭りばっかりだったからねー。たまにはこういう学生らしいイベントもいいでしょ? ……ってなによ、ニヤニヤ笑いは」
「べつにー。なんでもないぜ、マスター」
 楽しそうに語る明子を、ニヤニヤとしたねちっこい笑みで見ていたのはパートナーのレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)だった。
 小馬鹿にしたような彼の笑みに、明子は言い訳のように先走って答える。
「ずっとパラ実で契約者っぽいことしてたから、こういうのとはご無沙汰だったわけ。私だってこれでも高校生なんだから、別にいいでしょ」
「はいはい。そういうことにしとくぜ」
 どれだけ説明しようとも、レヴィの笑みは変わることはなかった。
 諦めて、明子は肝試しコースの先を進む。
 レヴィは彼女のお目付け役だった。なんでも、九條に言われてわざわざついてきたらしい。その理由は、明子がパラ実で大暴れしていることから察することが出来る。もしかしたらレヴィのにやにや笑いも、それが関係しているのかもしれなかった。
 ダークビジョンは使わないように努めているし、武器も必要最低限以外は置いてきた。
 高校生ってこういうことよね、と、明子は自信ありげに歩を進めた。武器を持ってきている時点でなにか方向性がずれているということは、彼女は気づいていなかった。
 荒野に慣れているとはいえ、暗闇の森はやはり不気味だった。ダンジョンと違って対策がハッキリしてないところが、余計に不安を煽る。
 そのとき。
「ひきゃああああ!?」
 誰かにお尻を触られた感覚がして、明子は可愛らしい悲鳴をあげた。
 とっさに彼女はレヴィを掴む。
「え……」
「うおりゃああああぁぁ!」
 明子はお化けを退治しようと、龍麟化したレヴィをふり回した。自転車回しならぬレヴィ回しが、そばにいたお化けをたたき飛ばす。
「だだだだれだ! 今変なトコ触ったの! 肝試しって基本おさわり禁止じゃなかったのか!」
 すでに犯人は木の幹にぶつかって、気を失っていた。
「ふーはー。落ち着け私。……あ、ごめんレヴィ。いま降ろすわ」
「おう」
 しごく自然なようにレヴィを降ろして、明子は白布がすっぽりと取れたお化け役の男子生徒を見おろした。その手にあるカメラを、恐怖の目で睨む。
 彼女は何かを考えこむ仕草をして、
「……ところで。いまさっき、他にも超感覚にシャッター音が引っ掛かったんだけど、どこからか分かる? レヴィ」
 と、レヴィに聞いた。
「あー、そっちの茂みの奥だな。…………もう逃げてるっぽいけど」
「ふーん」
 レヴィが答えると、明子はそばにあった木を引っこ抜いた。ごく自然な動作であったが、明らかに普通の高校生が引っこ抜けるような大きさの木ではない。むしろ大木といっておかしくない大きさだった。
「そいじゃ、ちょいとばかしお灸据えてくるから、後の処理よろしく」
「任されたぜ」
 レヴィが明子にそう返すと、彼女は森の奥の暗闇へと消えていった。ズン、ズン、と足音がするのは、きっと片手で掲げた大木の重みのせいだろう。
 やがて、
 ギャアアアアアアアアァァァ!
 と、いう断末魔のような絶叫が森の奥から聞こえてきた。
「おーおー、やってるなぁ」
 先ほどの、男子生徒をぶちのめした破壊痕を処理していたレヴィは、いつものように感心してそうつぶやいた。
 後に、これは『森の悪鬼』事件と伝えられる。
 それがこの事件の顛末だった。



 肝試しコースを歩くのは、四人の少女たちだった。
「こ、怖いのは苦手なんです……苦手なんです苦手なんですぅ……」
 一番後ろをちょこちょことついてくるアイギール・ヘンドリクス(あいぎーる・へんどりくす)は、頭を抱えて子犬のようにプルプルと怯えている。
 彼女の手を握る天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)は笑顔でそれを握りなおした。
「大丈夫だよ、あいちゃん! 私もいるから!」
 自信ありげにぽんっと胸をたたく。
 そんな彼女に、後ろからリィル・アズワルド(りぃる・あずわるど)が抱きついてきた。
「ゆい〜! ワタシも怖いですわ〜!」
「きゃっ! も、もー、どこ触ってるのりぃちゃん!」
「ぬふふふ……この小さい乳房をもみしだいて……」
「もう、やめなさい、リィル。結奈ちゃんにちょっかい出したらだめですよ」
 結奈の背後から彼女の胸を両手で鷲掴むリィルを、フィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)が注意する。
 リィルはしぶしぶ結奈から離れた。
「こんな機会、滅多にないのですわ。少しぐらい好きにさせてもらってもいいじゃないの」
「いつも十分、好きにしてるじゃない。こんな機会だからこそ、大人しくするべきですよ」
 ふてくされるリィルに言い聞かせると、彼女はぶーと頬を膨らませた。
 結奈は苦笑しながらフォローを入れる。
「ま、まあまあ、ふぃーちゃん。私はそんなに気にしてないから、大丈夫だよ」
「ほら、ゆいだってこのように言ってますわ! と、いうわけでさっそく……」
「だから、止めなさい」
 わきわきと指先を動かしながら結奈に近づくリィルを、フィアリスが止めた。服の後ろ襟を掴まれて、リィルはがっと喉をつまらせる。
 リィルは結奈に触れず、未然にそれを止められて終わる。
 だが、それにも関わらず、
「きゃうんっ!? も、もう、りぃちゃん、駄目だよ〜。スカートめくったりしちゃ」
 結奈は笑いながら、そんなことを言った。
 リィルたちはきょとんとする。
「…………ワタシ、触ってないですわよ?」
「え……?」
 そこで初めて四人が気づいた。
 いつの間にか彼女たちは五人で歩いており、結奈に近づいている一人が、彼女のスカートをめくっていることに。
 それは、まるで学校の理科室にでも置いてあるような標本人形だった。
「きゅう……ん」
「あいちゃん!?」
 自分がスカートをめくられていることは気にせず、結奈は気を失ったアイギールを心配した。
 その間に標本人形もどき(工作員)は逃げ出そうとする。だが、リィルとフィアリスがその行く手を遮った。
「あら、どこに行こうとしているのですか?」
「ワタシの結奈においたした悪い子は、お仕置きしないといけませんわね?」
 震える標本人形に、笑顔の二人が迫る。顔は笑っていても、声はまったく笑っていないため、標本人形も笑えなかった。
「あいちゃん、だいじょ」
「ギャアアアアアアァァァス!」
「ぎゃあす?」
 アイギールの介抱をする結奈の後ろで、男子生徒の絶叫が聞こえる。
 彼女が振り返ると、リィルとフィアリスが二人で何かをボコボコにしているのが見えた。
 そのとき結奈が考えたのは、
(幽霊役の人も大変なお仕事なんだなぁ)
 という、なんとも場違いなことだった。



「ひゃぁぁ〜〜〜っ!!」
「ほらほら、荀灌。そんなに怖がんないの」
「だ、だって、だってええぇ……っ」
 恐怖のあまりに怯えきっている荀 灌(じゅん・かん)に、芦原 郁乃(あはら・いくの)は彼女を安心させるため、優しい笑みを浮かべた。
「怖がらなくたって大丈夫よ。あんなの作りものなんだから」
「それとこれとは全然違うのです〜〜っ!」
 コース上に次々と出てくるお化けたちに、荀灌はパニック状態になっている。
 お化けが出てくるたびに悲鳴をあげて、ついでに言えば、ときどきお化け相手に鉄拳をお見舞いしていた。
 郁乃はお化けに同情して苦笑する。だが、彼女もお姉さんらしくほほ笑んではいるものの、膝はぷるぷると震えていた。
 最初のほうはまだ良かったのだ。
 しかし、コースが終盤に近づくにつれて、どんどんお化けたちのクオリティが上がってきている。
「お、お姉ちゃんも……怖いですか?」
 郁乃と手を握る荀灌が、彼女の手汗に気づいて言った。
「あ、あははは、ま、まっさかぁ……」
 笑って見せるものの、その頬は引きつっていた。
(そういえば……いま思うと下から風がふいてきたり、お化けがやたらに接近してきたり……もう、なんでそんな変な演出するのよぉ)
 風は生々しさを感じさせ、接近するお化けはより怖い顔を直視してしまう。
 それがお化け工作員の悪戯だとは気づかずに、郁乃は強がりを見せながら先へ進んだ。
 下からの風は彼女のスカートをふわりと浮かせる。シャッター音にも似た音が聞こえて、郁乃はびくっとした。
 一体何の音だろう? と、二人は横の茂みを見る。
 だが、答えを考える間もなく。
 突然、目の前に髪の長い女性の霊が現れた。
「いやぁぁぁぁ〜〜!!」
「きゃあああぁぁぁ〜〜!!」
 今度の悲鳴は荀灌だけではなく、郁乃も一緒だった。
 二人は脱兎のごとく逃げ去った。コース沿いにちゃんと先へ進んでいったのが幸いなことだ。もっとも、偶然だろうが。
 そして、彼女たちがいなくなったその場所では、しばしの間をおいて、
「上手くいったなぁ……きししし」
 女性の霊に扮したお化け工作員は、後ろでカメラをチェックする仲間たちと、嬉しそうに笑いあった。