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第2章 そんなこんなでも肝試し 2

 肝試しコースに、『光精の指輪』から飛びだした人口精霊の明かりが灯る。
 精霊の明かりを頼りにして、コースを歩くのは三人の人影だった。
「夜の森……怖いの……」
「きき、肝試しに参加なんて……聞いてないですぅ」
 ビクビクと震えながら歩くのは、秋月 カレン(あきづき・かれん)魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)だ。
「こうやって手を繋げば、少しは怖くなくなるよ」
 怯える二人の手をとって、秋月 葵(あきづき・あおい)が言った。二人にとって、彼女は契約者であるとともに保護者のような存在だった。
 二人は葵が差しだした手をぎゅっと握り、身を寄せた。
「あおいママ、絶対に手を離しちゃだめなの」
 特に甘えん坊であるカレンは、ピタッと彼女に寄り添って離れる気配がまるでない。白いワンピースにピンクの猫耳パーカーを着こんだ彼女を見ていると、葵はまるでペットを連れ添っているような気分だった。実際、カレンが身動きするたびに、猫耳パーカーの猫耳はピコピコと揺れていた。
「わざわざ、怖い思いをして楽しむなんて、どう考えてもオカシイですぅ……」
 アルが落ち込んだように言う。
 その頭に乗っかる使い魔の子猫は、彼女に同調するようににゃーと鳴いた。
「怖いもの見たがりって言うのかな? そういうのが、面白いってことだよ」
「全然面白くないんですぅ……」
 アルはふてくされたように言って、ぷくっと頬を膨らませた。
 そんなとき。
 ついに三人の目の前にお化けが出現した。満を持しての登場だったのか、気合のはいったお化けは、白布を過剰なまでにゆらりとはためかせる。
「ぴゃっ!? おば、おば、お化けですぅっ!?」
「いやいやいやいやいやあぁぁっ! カレン、見たくないのっ!」
 アルとカレンは、二人とも一緒に葵の後ろに隠れた。
 がくがくと膝を震わせるアルに、ぶんぶんと顔を振りながらぎゅっと目を閉じているカレン。逆に、まったく驚く気配のない葵は、そんな二人を見やって苦笑していた。
「お〜ば〜け〜だ〜ぞ〜」
「きゃーきゃーきゃー!!!!」
「はわ、はわわわ……」
 あまりにも面白く驚いてくれるため、調子に乗ったお化けがカレンとアルを追いかけまわす。カレンは悲鳴をあげながらお化けから逃げ回り、アルは腰を抜かしてしまっていた。
 いつの間にか、二人とも葵から手を離してしまっている。
「あのー、お化けさん、二人とももう泣いちゃってるし、そろそろいいんじゃないかなー……」
「あ、そうですか? うーん、これから面白いところだったんだけどなぁ……まあ、しょうがないか」
 葵が後ろから声をかけると、お化けは素直に頭をさげてその場を立ち去った。
「う、うぅ……ぐすっ……あおいママ、て、てえぇ……」
「あー、あーあー! ご、ごめんね、カレン」
「あ、葵ちゃん……あたしもなんですぅ……」
 わんわんと泣くカレンをあやし、腰を抜かして動けないアルを引っ張り起こして、葵は再び二人と手をつないだ。心なしか、先ほどよりも握る力が増している。
「それじゃあ、行こっか」
「ぐすっ…………う、歌を歌いながらなら……こ、怖くないかも……」
「歌?」
「あたしもそれには賛成なんですぅ……もう、怖いのはこりごりですぅ」
「えーと……じゃあ……」
 葵が地球でポピュラーな散歩の歌を提案すると、二人はこくりと頷いた。
 二人に歌を教えながら、元気に歌ってコースを歩く。
 先はまだ長い。
 カレンとアルがこの後、軽く五回ほどは泣き崩れたことは、言うまでもないことだった。



 いつだって、ひねくれ者はいるものだ。
「きゃーようえんーくらやみってとってもこわいですー」
「そうですね」
「きゃーぶきみなもりってこわいーようえんたすけてー」
「ええ」
「…………」
 いくら紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が(棒読みで)抱きつこうとも、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は平然とした顔を崩さなかった。彼こそがひねくれ者に違いない、と遥遠は思ったものだ。
 しかし、それも仕方のないことだ。遙遠からすれば、遥遠の魂胆などとうに見透かしている。同じ名を持つ遥遠が、遙遠に対して事あるごとにこうしたアプローチをかけてくるのはいつものことだった。彼女いわく『魂の双子』であるため、一緒に幸せをつかみたいという話である。
 しかし、それに遙遠が乗り気かどうかは定かでなかった。
 遥遠はせっかくの夜間デート(肝試し)であるため、これを機に公然といちゃつこうと考えていた。だが、遙遠はまるで動じず、淡々とコースを歩んでいく。
「ふぅむ……」
 というより彼は、それよりも気になることがあるらしく、唸るような声を発して目を凝らしていた。
「遙遠? なにをさがしているのですかー?」
「いえ、ちょっと……」
 と、そのときだった。
 ガサガサッと音を立てた茂みの奥から、頭に斧がめり込んだ状態の死体が姿を現した。どうやら死体風のお化けのようである。
「ようえんーこわいですー」
 相変わらずの棒読みで、遥遠が遙遠に抱きつく。
「わーいきなりだなんてびっくりしちゃいますー」
 それに重なって、遙遠もわざとらしい棒読みの台詞を口にした。
 次の瞬間、ぶんっと遙遠が何かを放り投げる。
 それは機晶爆弾だった。しかし、ただの機晶爆弾ではない。式紙の術で一種の『式紙』と化した機晶爆弾は、意思ある者がごとく宙を飛ぶと、お化けの前に全速力で接近した。
「ひぃっ……!?」
 爆弾が猛スピードで接近してきたため、お化けが思わず悲鳴をあげる。
 その反応が面白くて、遙遠はニタリニタリと楽しそうに笑みを浮かべた。
(遙遠…………また意地の悪いことしてるのですかね?)
 性格が悪いわけではないが、良くも悪くもひねくれているため、遙遠は肝試しを普通に楽しむ気がまったくないようだった。
「びっくりしてしまってついついてがでてしまいましたー」
「い、いや、明らかに故意…………って投げるななああぁ!」
 遙遠は式紙の機晶爆弾に混じって本物を放り投げた。森のなかに爆発音が響く。
「きゃー、ようえんたすけてー」
「いやーとってもこわいですねー」
「違っ、肝試しってこんなのと違っ……!? ひいいいぃぃ!」
 爆発に吹きとばされるお化け役の悲鳴は、星空にまで届こうとしていた。