波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

リミット~Birthday~

リアクション公開中!

リミット~Birthday~

リアクション


第1章 『誕生パーティーが楽しみですわ!』 始まりますわ♪


「大助、反対側を持ってもらえる?」
「あ、うん。任せてよ、雅羅」
 教室で四谷 大助(しや・だいすけ)雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)はパーティー会場の装飾を担当していた。
 細く切った色紙を円状に止めたものを繋げた装飾品を、大助が雅羅と一緒に窓枠の上に緩やかなカーブを描くように飾った。
「こんなんで大丈夫かな?」
「ええ、そんな感じよ」
 椅子から降りた二人は並んで飾りつけのバランスを確認する。
「本当、大助がいてくれて助かったわ」
「え、いや、その……」
 にっこり笑って感謝を述べる雅羅に、大助は思わず頬を赤く染めた。
 教室の装飾は簡易ではあるが、ある程度完成していた。
「終わるか心配だったけど、これならどうにか――」
 雅羅がほっと胸を撫で下ろした時、突風が吹く。
 一歩後退させられるほどの窓から入り込んだ突風は窓を揺らし、あっさりと装飾を破壊していった。
「……」
「……」
 悪魔の悪戯のような突風はそれっきりで、教室には先ほどの穏やかさと、沈黙が残った。
 雅羅が足元に飛んできた先ほど取りつけたばかりの装飾を手に取った。
「あの、雅羅――」
「だ、大丈夫よ。まだ時間はあるから!」
 恐る恐る声をかけた大助に雅羅は無理に笑って返した。
 外に飛ばされなかっただけマシだと雅羅は前向きに考えることにした。
 すると、教室の扉を開いて四谷 七乃(しや・ななの)が現れた
「ただいまです。あれ……何かあったんのですか、マスター?」
「まあ、色々と……ね」
「それより、七乃はどこに行っていたの?」
 雅羅が教室中に散った装飾を拾い集めながら尋ねると、七乃は楽しそうに笑って答えようした。
「七乃はですね、大助のサプライズの準――」
「わぁぁぁああああ!!」
 あっさり暴露しそうになる七乃の口を、大助は大声を上げながら抑えた。
「何、どうしたの!?」
「な、なんでもない! なんでもないよ!」
 目を丸くする雅羅に対して、大助は首が落ちてしまいくらい横に振っていた。
「ちょっと七乃、本人に話したらサプライズにならないだろ」
「あ、すいません、マスター」
 こそこそ話をする大助と七乃の様子を雅羅は首を傾げてみていた。どうやらまだ気づいていないようだった。
「ほ、ほら雅羅。急いで準備をしないと間に合わないよ」
「そうだ! ほら、二人とも急ぎますよ!」
 雅羅は慌ただしく外れた装飾を付け直す。
 大助は七乃に念を押して作業を再開した。


「ポミエラさん、ありましたよ」
 早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)は見つけたチューリップがデザインされたエプロンを、ポミエラに手渡した。
 家庭科室の床には、ポミエラのトランクの中に詰め込まれていた大量の洋服が散乱していた。
 姫乃はポミエラと一緒に散らかした洋服をトランクに戻す。
「それでは、私は行きますね」
「姫乃さん、ありがとうございました」
「いいえ。頑張ってくださいね」
 姫乃はポミエラがエプロンを着けるのを手伝うと、ジュースの入ったペットボトルを両手に抱えて、家庭科室を後にした。
 ポミエラは姫乃に手を振って見送ると、誕生日の準備を手伝うべく白波 理沙(しらなみ・りさ)の傍へ駆けていった。
「理沙さん」
「ポミエラ。エプロンは見つかった?」
「はい!」
「でも、よかったの? 主役なんだからゆっくりしていていいんだよ」
 理沙が問いかけるとポミエラは少し俯いて答える。
「……いいんです。一人で待っているより、誰かと一緒にいる方が安心するんです」
「そっか。わかったわ。じゃあ、一緒にケーキを作ろうか」
「はい!」
 理沙はノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)と一緒に誕生日の目玉である、特大ケーキを用意することになった。
「私はフルーツをきっておくから、ノアはポミエラと一緒に生クリームを用意しておいてね」
「ポミエラさん、一緒にがんばりましょう」
 ノアがポミエラと一緒にケーキに塗る生クリームの準備を始める。
 あちこちで稼働するオーブンレンジ。
 窓を全開にしても抜けきらない熱気が、家庭科室を満たしていた。
「そうだ。チョコレートのプレートも用意しなくちゃ。ポミエラ、こんなのがいいとかある?」
「え、えっと……」
「そんなに悩まなくていいわよ。好きなキャラクターとか言ってくれれば、作ってあげるから」
「じゃあ……たいむちゃんがいいです」
「おっけー♪ ノア、やれそう?」
「大丈夫ですよ。任せてください」
 ポミエラが左右に身体を揺らしながら、喜んでいた。
「ふふ、とても楽しそうですね。なんだか見ている私も楽しくなってきますわ」
「あ、姫乃。おかえり」
 誕生日会場となる教室に飲み物を運んできた姫乃が、ニコニコと笑って家庭科室に戻ってきた。
「理沙さん、これも持っていきますね?」
「うん、お願いね」
「はい」
 姫乃は机に置かれていた紙製のコップを両手に抱えると、来た道を戻りだす。が、ふいに足を止めた。
「すごく甘い匂い……」
 スポンジを焼く香りとは別の、香ばしく甘い匂いクッキーの匂いだった。
 すぐ近くでセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の明るい声と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の呆れたような声が聞えてくる。
「ねぇ、セレアナ。「適量」って作る側を挑発しているように思えるだけど、どう思う?」
「それはセレンフィリティだけよ。間違ってもさっきのみたいに袋ごと入れるとか、拳で掴んだ砂糖を放り込むとか、そういうのはやめてよ」
「ギクリ」
「ちょっと、今の台詞は何よ?」
 冷ややかな視線を向けるセレアナから、セレンフィリティは顔を背けていた。
 セレアナは深くため息を吐いた。
「お願いだからセレンフィリティ。私、ちゃんと成功させてあげたいんだから、あなたは材料をこねたり、型を抜く作業に専念してちょうだい」
「それってなんだかつまらな――」
「お・ね・が・い・ね」
 セレアナは顔を近づけると、セレンフィリティの鼻先に人差し指を突きつけながら言っていた。
「わ、わかった」
 セレアナに強引に押し切られ、セレンフィリティは同意する。
 クッキー作りが再開し、言われた通り生地をこねようとした時、セレンフィリティは視線を向けている姫乃の存在にようやく気が付いた。
「ん、どうかしたの、姫乃?」
「あ、いえ。その、料理しているしている皆さんが楽しそうだったので、少しみとれてしまいました」
 姫乃は呆然と見惚れていたことが恥ずかしくて、頬を染めながら笑っていた。
 料理は手際が悪いからと、姫乃は自ら料理に参加することを辞退した。
 だが、楽しそうに料理をする生徒達を見て、姫乃は一人だけ参加できないのは、少しだけ、ほんの少しだけ。
 ……寂しいと感じていた。
 そんな姫乃の心境を察したセレアナは優しく声をかける。
「ちょっとやってみる?」
「いいのですか!? あ……でっ、でも私料理は得意ではありませんから……」
「大丈夫よ。型抜きだったら、言われた通りにやってくれれば、誰にだってできるわよ。ちゃんと言われた通りにしてくれればね」
 やたらと「言われた通りに」を強調するセレアナ。
 心に突き刺さるものを感じたセレンフィリティは、セレアナにおずおずと尋ねる。
「ねぇ、もしかして結構怒ってる?」
「別に怒っていないわよ」
「セレアナ。そんな頬を引き攣らせて笑ってたらすぐに老け顔に――ッァ!?」
 セレアナにゲンコツを食らったセレンフィリティは涙目になった。
「どうする、姫乃?」
「……じゃ、じゃあ少しだけいいですか?」
「ええ、もちろんよ」
 セレアナは優しい笑顔を見せると、姫乃に簡単な型抜きの手伝いを頼むことにした。
 頭に痛みを感じながら生地をこねる仕事に戻ったセレンフィリティは、楽しそうに会話をするセレアナと姫乃をみてほんのちょっと疎外感を感じた。
 セレンフィリティが小さなため息を吐く。すると、セレアナが突然声をあげた。
「あ、そうだ。セレンフィリティ、言い忘れたことがあったわ」
「え、な、何?」
「鼻の先に薄力粉がついてるわよ」
「え、ええ!?」
 セレンフィリティは慌てて、生地の入ったボールを持ち上げて鏡替わりにする。
 確かに、鼻先には指の形のした白い痕が残されていた。
 顔を赤くしてフキンでふき取るセレンフィリティの姿を見て、セレアナと姫乃が笑いを漏らしていた。


「はい、そうです。……そうです。ガーベラですわ。はい……よろしくお願いいたしますわ。お母様用のお花についてはこれから聞いてきますの」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)と電話越しに話していたアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)は、受話器を背伸びして元に戻すと、廊下を走り出した。
 アンネリーゼはポミエラに贈る花を買ってきてもらえるように、朔夜に頼んだのだった。
 さらには朔夜の提案でポミエラの母親にも贈ることになり、アンネリーゼは母親の好み花を聞くべく、急いで家庭科室に向かった。
「ポミエラさんはいらっしゃいますか?」
 美味しそうな臭いが漂う家庭科室の扉を開いたアンネリーゼは、教室中を見渡すと、すぐにポミエラを見つけた。
 アンネリーゼとポミエラはお互い相手の方へと近づく。
「どうしました、アンネリーゼさん?」
「実は私とお兄様でポミエラさんのお母様にも花束を贈ろうと考えていますの。それでポミエラさんのお母様が好きなお花とかお色とかお聞きたいと思いますの」
「お母様の好きな色ですか? お母様は確かホワイトとか、赤っぽいピンクとかが好きだったような……気がしますわ」
「わかりましたわ♪ すぐにお兄様に連絡して参りま――」
「あっ、ちょっと待ってアンネリーゼさん」
 急いで部屋を後にしようとしたアンネリーゼを、ポミエラが引き留める。
「どうかしましたか?」
「え、えっと、せっかくだから、その……私も……お母様にお花を……」
 ポミエラは恥ずかしそうにもじもじしながら、答えていた。
 ポミエラは母親に花など贈ったことがなかった。ポミエラの母親が帰宅するのはいつも不定期で、花を贈る機会などなかったのだ。
 アンネリーゼは暫く顎に指を当てて考えた後、ニッコリ笑って答えた。
「わかりましたわ。わたくし、ポミエラさんに協力いたしますわ」
「本当ですか!? ありがとうございます。せっかくですし、一緒にお母様に贈るお花を摘みに行きませんか?」
「それは名案ですの♪」
「ちょっと待ちなよ!」
 手を合わせてはしゃぐ二人の会話を遮って、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が割り込んできた。
「子供だけじゃ心配だ。ゼリーの下準備も終わったし、オレがついて行ってあげるよ」
「オモチィさんとわたくしはそんなにお歳が変わらないと思いますの?」
「そうです。執事服の癖になまいきですわ!」
 微妙にかみ合わないアンネリーゼとポミエラの抗議の声が夢悠に向けられる。
「いや、この恰好は無理矢理着せられて……じゃなくて、瑠兎子も一緒に行くからっ。な、それなら問題ないだろ」
 夢悠の後ろから想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が顔を出すと、笑いながら手を振った。
「二人ともよろしくね」
 瑠兎子なら年上だし、いいかと納得するポミエラとアンネリーゼ。
 瑠兎子も混ざり、どこへ探しに行くか相談しはじめる。
 すると、夢悠が思い出したようにアンネリーゼに尋ねる。
「そういや、さっきオレのこと「オモチィ」とか呼んでなかった?」
「だめですの?」
「うっ、まぁいいけどさ……」
 夢悠はアンネリーゼに見つめられ、あっさり承諾した。