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リアクション
第2章、前! 『しゃどうびぃすと……なんだか怖そうな人たちですの』の話です♪
……それにしてもタイトルが長いですわ
深い霧が立ち込める森。
ポミエラの母親を救出に向かった生徒は、二手に別れて行動することになった。
一方は正面から≪シャドウビースト≫と派手に交戦して、敵を引きつける陽動部隊。
そしてもう一方、その隙をついて人質を救出のため、小屋へ潜入する少数精鋭の部隊だ。
だが、正面から突撃した陽動部隊は思わぬ奇襲に受け、散り散りに行動することになってしまった。
視界が悪い森の中で、生徒達は立ち塞がる≪シャドウビースト≫を蹴散らせていく……。
「今です、アルトリアちゃん!」
「了解しました」
アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)に向かってきた犬の姿をした≪シャドウビースト≫をルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が【サイコキネシス】で動きを封じる。
「決めます!」
アルトリアは強く踏み込むと、前傾姿勢で突撃し、【ソニックブレード】を≪シャドウビースト≫に叩き込んだ。
真っ二つにされた≪シャドウビースト≫は色を失って消滅した。
「これで5体目……って、まだいるんですかぁ!?」
一息つこうとしたルーシェリアの前に、木の陰から同じ犬型の≪シャドウビースト≫が現れた。
アルトリアは庇うようにルーシェリアの前に出ながら問いかける。
「ルーシェリア殿。もしや、この者達は復活するのではありませんか?」
「え、本当に? そんなの聞いてないですよぉ〜」
「自分達はギリギリで参加しましたからね。詳しい話を聞かされていなくて当然です。ただ一緒に行動して敵を倒せばいいと言われていましたから」
「でも皆さんと逸れてしまいましたね」
≪シャドウビースト≫の本体が壺であることを知らないルーシェリアは、このままでは消耗戦になり、不利な状況に陥ると判断した。
「仕方ないですね。ここは一端退いて、誰かに事情を聞くことにしましょう」
「わかりま――ルーシェリア殿、どうやらちょうどいいことに、誰か来たみたいですよ」
アルトリアが≪シャドウビースト≫を正面にしたまま、視線だけを右側に立ち並ぶ木々へと向ける。
すると草木をかき分け、二人の男性が現れた。
「よし、次の獲物を発見したぜ、セリカ。って、あら?」
「ヴァイス殿、セリカ殿、ご無事でしたか」
「やぁ、お前達もこそ元気そうで何よりだ」
現れたのは左右に赤色と水色の瞳をもつ少年ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)と、パートナーであり兄でもあるセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)だった。
ヴァイスは鍛練の一環として、セリカのサポートを受けながら次々と≪シャドウビースト≫の殲滅を行ってきていた。
ルーシェリアはセリカに≪シャドウビースト≫のことを尋ねた。
「すいません。少々お聞きしたのですが、この影みたいなのは復活とかするんですかね?」
「そうだ。≪シャドウビースト≫は本体となっている壺を破壊しない限り、何度も復活する。おまえ達、教室での説明を聞いてなかったのか?」
「はい。遅刻して参加したもので……」
呆れた様子のセリカに対して、ルーシェリアは笑ってごまかすしかなかった。
その時、轟音を響かせてヴァイスが巨大な剣により≪シャドウビースト≫を粉砕した。
だが、すぐに犬型の≪シャドウビースト≫が先ほどとは別の木の陰から現れる。
「くそっ、この辺りは遮蔽物が多すぎる! これじゃあ、奴らがどこから来てるわからないぜ」
ヴァイスが舌打ちをすると、セリカが挑発するように笑った。
「どうした、ヴァイス、その程度か? そんな戦い方では一向にケリが付かんぞ?」
「わかってるさ。だったら、これでどうだ!」
ヴァイスが【火術】を唱えると、巨大な火球を作り出し、≪シャドウビースト≫が現れた木に投げつけた。
火球は辺りを照らしながら一直線に進むと、目標の木にぶち当たり、明るい灯と化した。
火に照らされ、木の周りの影が大きく広がる。
すると、犬型の≪シャドウビースト≫が木を守るようにぞろぞろと影の中から生まれてきた。
「よし、ビンゴ! 壺はあの集まっている辺りだ」
「あのぉ〜、場所がわかったのはいいのですが、敵の数が……」
「数なんて関係ないね。壺を破壊すれば全てが終わるさ!!」
心配そうにするルーシェリアを置いて、ヴァイスが≪シャドウビースト≫の集団に突撃する。
続いてセリカが後を追った。
「おまえ達、遅れるなよ!」
「ルーシェリア殿、自分達もヴァイス殿の援護に行きますよ」
「え!? あ、はいです!」
セリカに続いて走り出したアルトリアを追って、ルーシェリアも慌てて走り出した。
「あのさ、柚。さっきから言おうと思ってたんだが……」
「なんですか海くん?」
敵に発見されないように周囲を警戒しながら、高円寺 海(こうえんじ・かい)は自身の背後に隠れている杜守 柚(ともり・ゆず)に話しかける。
「怖いのはわかった。腕をつかむのもいい。だが……せめて反対の手にしてくれないか」
「……あ。ご、ごめんなさい。私、つい近くあった方を掴んじゃって、その、本当にごめんなさい」
柚が慌てて海が剣を握っていた方の袖から、手を離した。
「別にそんなに気にしなくていいさ。ほら」
「え? これは――」
「怖いんじゃなかったのか?」
海は柚に向けて反対の手を差し出していた。
その行為はまるで手を繋ごうと誘っているようにも見える。
柚は戸惑いながらも、ゆっくりとお互いの手のひらが重ねるように腕を伸ばす。
(私、海君と手をつなぐだけなのに、なんでこんなにドキドキしているんだろう)
後少し。もう少しで重なる二人の手。
――その時、近くの茂みが揺れた。
「あっ……」
海の手が柚の目の前から消え、代わりに庇うように背中が視界いっぱいに広がった。
警戒する海。すると、茂みから杜守 三月(ともり・みつき)が飛び出してきた。
「ただいまっと……」
「三月!」
周辺の様子を探っていた三月が戻ってきたのだった。
「おかえり。何か見つかったか?」
「う〜ん、ちょっと背の高い木の登って見たんだけど、どうやらあっちが目的の小屋がある方角みたいだ。光とか音もそっちの方でしてたよ」
「そうか。わかった。じゃあ、オレ達もそっちにいる奴等と合流するか」
「了解。……って、柚。何、落ち込んでるの?」
三月に言われて海が振り返ると、柚がどことなくしょんぼりとしていた。
「どうした、柚? どこか身体の具合が悪いのか?」
「ううん。なんでもないです。多分気のせいだから、気にしないでください」
柚は無理に笑って見せる。
先ほど一瞬だけ感じた胸の締め付け。その理由は自分でも理解できない。
自分でもわからないものを他人に説明することは難しい。
「……あんまり無理はするなよ」
「はい」
「よし、二人とも先を急ぐぞ!」
前を歩く海。その袖を掴むと柚は少しだけ安心した気持ちになれた。
「君は何をそんなに焦っているんだ?」
「え?」
日比谷 皐月(ひびや・さつき)の構える棺桶(氷蒼白蓮)の後ろに一時的に退避したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、一息つきながら問いかける。
「失礼。君からはこの依頼に対する強い意志みたいなのが伝わってきたのでね」
「それは……オレが前にこの依頼を放置したからだと思います」
皐月は以前掲示板に張り出されていた山賊退治の依頼を目にしていた。
その時はまさかが誘拐をするような奴らだとは思わなかった。そのため当時受けていた別の案件を優先してしまった。
「なるほど。それで君は後悔していると? それは考えすぎだと思うよ。そもそも掲示板は誰が受けてもいいものだ。君に責任を負う必要は――」
「そういうんじゃねぇよ!」
突如、強く言い放つ皐月にエースは目を丸くした。
「ごめん。……でもそういうんじゃないんだ。……嫌な予感がするんだよ。以前、依頼が張り出された時は≪シャドウビースト≫の数は数体だと聞いていた。だけど、今じゃこのありさまだ」
皐月は棺桶に身を隠しながら敵の様子を探る。明らかに一体や二体ではない数の≪シャドウビースト≫が目についていた。
「これは何か裏があるんじゃねーのかって、俺の勘が告げてるんだ」
「……なるほどね。確かに君の言う通り――」
「そこの役立たずの怠け者共。いい加減駄弁ってないで働けですよ」
話しこんでいた二人を雨宮 七日(あめみや・なのか)の影が覆う。
皐月とエースを犬型の≪シャドウビースト≫達から守るようにアンデッドを使役し、黙々と戦っていた七日はいい加減我慢の限界だった。
エースは最高の笑みを浮かべると、どこからともなく百合の花を取り出して七日に差し出した。
「美しいお嬢さん、これを君に」
七日は百合の花を受け取ると、頬を染めて少し照れた表情をした。そして天使のような笑みを浮かべると。
「いいから働け、このロリコンおやじ」
――と言い放った。
「――!!」
「ちょ、ちょっと七日いいすぎだよ」
ガクリと膝をついて倒れるエース。七日の表情にはすでに照れの名残も見当たらない。
「うるさいですよ。ちゃんと防御してないとただの肉塊になりますよ」
「え、うわっ――!?」
七日に言われ、皐月は慌てて向かってきた≪シャドウビースト≫を棺桶で弾く。
バランスを崩した≪シャドウビースト≫が七日のアンデッドによって仕留められた。
仲間がやられたことを皮切りに、次々と向かってくる≪シャドウビースト≫達から、皐月は必死に仲間を守った。
応戦する七日は≪シャドウビースト≫に関して引っかかっていていた。
「こいつらただの使役モンスターじゃないようですね」
「おい、七日。あれ……」
「まったくなんなのでしょうね……」
皐月が指さす方向。そこでは犬型の≪シャドウビースト≫達が木の影に吸い込まれ、代わりに熊の姿をした≪シャドウビースト≫が数体影の中から出現した。
姿を変えた≪シャドウビースト≫が皐月に突っ込んでくる。
皐月はどうにか棺桶で受け止めるが、数メートル吹き飛ばされた。
「くっそ、隻腕だからって舐めんじゃねーぞ!!」
皐月は棺桶に身体を押し付けると、≪シャドウビースト≫の顔面に体当たりして悶絶させた。
皐月と七日が≪シャドウビースト≫と戦ってる後方では、いまだにショックから立ち直れないでいるエースの元に、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が援護をやめて近づいてきた。
「ゆっくり極上ワインを頂くチャンスですが……ここは環境が悪いですね。……しかたない」
メシエは残念そうにエースを見つめると、優しくその肩に揺すった。
「エース、いい加減起きてください」
エースが正気を取り戻す。
「は!? 俺は今まで何を。なんだか美しい天使に罵倒される夢を見ていた気がするのだが……」
「それはいいですから。今はこの場をどうするか考えることが先決でしょう」
「そ、そうだね。なぁ、それについて相談があるだけど……」
エースはメシエの耳元で相談した。
その内容にメシエは少し怪訝な表情を見せたが、すぐにため息を吐いて承諾した。
エースが駆け足で交戦中の皐月に加勢しに行く。
「ちょっといいか?」
「なんっ、です、かっ!」
皐月とエースは≪シャドウビースト≫を吹き飛ばして一端敵との距離を開ける。
「君達はこのまま小屋向かうといい」
「ああ……は!? 今なんて!?」
「君の目的は人質の救出だ。だったら、ここで足止めを食らっている場合じゃないはずだ。人質の命に関わって、本当に後悔することにはなりたくないだろう?」
エースとメシエが皐月と七日それぞれの前に出る。
皐月は暫く黙って考えた。
このまま任せて、見捨てるようなことをしていいのだろうか。
だけど、時間が経てば人質の方が危ない。
考えた末……皐月は背を向けた。
「わかった。ここは頼んだ」
皐月が走り出す。
「任せておきなよ。お互い、目的のために頑張ろう。……お嬢さんも気を付けて」
「ム……あなた、とてもうざ……」
七日が首を振ると言葉を飲み込み、そして言い直した。
「とてもお節介な人ですね」
走り出した皐月の後を追って七日も走り出す。
残されたエースとメシエは殺意を向ける≪シャドウビースト≫と対峙する。
「それで、エース。勝算はあるのでしょうね?」
「ふふ。なに、壺を破壊すれは全てが終わりだよ」
「……やれやれ、つまり無策ということですか」
メシエは呆れながら【火術】を唱え始める。
すると、エースがメシエの方を振り返り、火で照らされた横顔で笑いかけた。
「大丈夫。これくらいなら君と僕は負けないさ」
「……当然です。私がこんな下等な奴らに負けるわけないでしょう」
その時、遠くから笛の音が響き渡った。
散り散りになりながらも、小屋を目指し最前線で合流に成功した生徒達。
彼らは大量に押し寄せる≪シャドウビースト≫を相手にしていた。
その中には御凪 真人(みなぎ・まこと)の姿もあった。
「俺達の目的は山賊を小屋から引き離すことです。あんまり敵を追い詰めすぎないように注意してください」
≪シャドウビースト≫と交戦しながらも、真人は冷静に状況を把握して指示を出す。
すぐ傍ではセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の斬撃が舞う。
「つまり壺を破壊しなければいいわけね、真人」
「そういうことです。山賊が釣られて出てくるまでの辛抱です。だから無理はしないでください」
「わかってるわ。あなたこそ、指示を出す立場なんだから、感情に流されたりしないでよ」
御凪とセルファは息のあった動きで周囲の≪シャドウビースト≫を一掃する。
御凪は敵のいなくなった隙をついて【神の目】を発動した。
再度襲いくる≪シャドウビースト≫をセルファが薙ぎ払う。
その間に御凪は【神の目】の効力で壺を発見する。
「壺はあの木の影です。記録を頼みます」
「任せるのじゃ。……よし。お主ら、間違っても壊すでないぞ」
アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が壺の位置を記録する。
すでに侵入者迎撃のために壺がいくつもあることは分かっていた。
ならば、それらの配置は無駄をなくすためにある程度決められた置き方がされている可能性がある、とアレーティアは考えた。
仮にその仮説が正しければ、反撃に出た際には分析の結果から一気に殲滅が可能となる。
自分達の前方で戦いを繰り広げる二組の生徒達に、アレーティアは喝をいれる。
「わらわは分析に集中するのじゃ。おぬしら敵を抜けさせるんじゃないぞ」
「お母さんは私が守ります」
「うむ。頼むのじゃ」
アレーティアの横でアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)が重そうなライフルを構えながら言った。
「真司。アレーティア達が色々言ってますが」
「放っておけ」
そんなアレーティア達の前方では次々襲いかかる≪シャドウビースト≫達を相手に、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)と柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が激しい戦いを繰り広げていた。
真司のナイフが敵の胴を切り裂き、銃が脳天を貫く。
その背後ではリーラが巧みな棒術と蹴りで敵を寄せ付けさせない攻撃を放っていた。
「俺達の目的は派手に暴れて敵の目を引きつけることだ」
「柊の言う通りだ」
氷室 カイ(ひむろ・かい)が日本の黒い光を放つ日本刀を振いながら真司の意見に同意した。
カイは無駄な力抜いて両手を広げるようにして刀を構えると、パートナーのサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)に言い放った。
「俺達はただ目の前の敵を駆逐するだけだ。そうだろう、ベディ!!」
「その通りです」
敵のど真ん中に駆け出したカイの背後から、ベディが追いかける。
真司達も負けじと敵の迎撃にあたった。
戦いを続ける生徒達。
長期戦を予想して体力を残しつつ戦っていたはずだったが、すぐに疲労は見え始めてきた。
それは精神からくる疲労だった。
「出てきては潰すの繰り返し……なんだかモグラ叩きみたいだな」
真司が無理に笑みを作り、余裕を見せようとしていた。
「さすがに飽きてきましたね」
隣ではリーラが頬を伝う汗を袖で拭っていた。
このままでは精神的につらい。何か変化が必要だった。
すると、ベディが一つの案を出してきた。
「なら、いっそ勝負でもしてみるなんて……どうでしょう?」
その提案を聞いた真司とカイは、お互いに顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべた。
「なかなか面白い提案だな。まぁ、結果は決まってるが……やるか柊?」
「悪くない提案だ。こっちも飽き飽きしてたところだからな」
真司とカイの視線がぶつかり火花が散る。
その様子を見ていたベディが困ったように苦笑いを浮かべる。
「今、体力をヘタに使うわけにはいかないですし、冗談のつもりだったんですがね」
「いいんじゃないですか? どうせ暇だったんですから。それに真司達はそんなに馬鹿じゃないですよ」
「まぁ、二人とも普段から冷静な方ですからね」
なんだかんだ、二組は勝負をすることになってしまった。
「さて、じゃあスコアの計算は……アレーティア、お願しますね!!」
「え、何じゃ、急に!?」
まったく話を聞いていなかったアレーティアは、リーラにいきなり話を振られて戸惑った。
そんなアレーティアにリーラは完結に説明すると、すぐさま開始の合図を始めた。
「ではよ〜い……」
「ちょ、ちょっと待つのわらわには、分析という大切な役――」
「ドン!」
真司とカイが素早い動きで反対の方角に走って行った。
「どうやら、ちゃんとある程度はセーブはしているみたいですね」
「まぁ、どっちも負ける気はないみたいですけどね。あ、呼んでますね」
お互いのパートナーに呼ばれたリーラとベディは駆け足でサポートに向かった。
「あやつら、後で覚えておれよぉぉぉ……」
「お母さん頑張って、あ、カイさんが一匹倒しました」
アレーティアはアニマの経過報告を聞きながら、忙しなく記録を取り始める。
そんな様子を見たセルファが真人に尋ねる。
「ねぇ、あの人達競争始めたみたいだけど、いいの?」
「まぁ……いいでしょう。壺は破壊してないみたいですし……」
「なんか≪シャドウビースト≫の数を増やしたみたいだけど?」
「……大丈夫でしょう。だぶん」
真人が頭が痛そうに額を抑えていた。
すると、ふと顔を上げて近くの茂みに視線を向ける。
「彼らには悪いけど、勝負は終わりにしてもらいましょう。退屈な時間は終わりのようですから」
真人の見つめた視線の先に山賊が姿を現した。
霧で視界が悪い中、カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)がリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)に話しかける。
「この霧でよく戦うよな」
「目つきが悪いから目が疲れるのです。こう、目を凝らしすぎても見えませんわよ?」
仲間と逸れたリリィ達は、≪シャドウビースト≫を倒しながらひたすらに前へと突き進んでいた。
周囲を警戒しながら慎重に、「石橋を叩いて渡る」がごとく、「≪シャドウビースト≫をハンマーで叩いて進む」リリィ達。
「猟犬はどっか行っちゃうし、ついてないな……」
カセイノがショックで落ち込む。戦闘中に放った幻獣が行方不明になったのだ。
最後には主人の元に戻ってくると信じてはいるが、心配でしかたない。
カセイノが不安をかき消すようにリリィに話しかけようとすると、彼女は口元に人差し指を当てて言った。
「静かに……また敵が来ますわ」
「そのスキル便利だな」
リリィは【殺気看破】で感じ取った方角に目を凝らした。
そして予想通り≪シャドウビースト≫が現れる。
カセイノもリリィに続いて応戦に入るが、深い霧の中に出入りしながら攻撃をしてくる≪シャドウビースト≫に苦戦させられてしまう。
「目視してからだと動きが遅れちまう。……そうだ。こいつを吹いてみるか」
カセイノが牧神の笛を吹き鳴らす。
突如なり響いた音にリリィがビクッと肩を震わせた。
「ちょ、ちょっと何なのですか!?」
「何って威嚇のつもりだけど……」
二人が問答していると、草木をかき分け≪シャドウビースト≫が次々と現れる。
「敵を呼び寄せてどうするんですの……」
「しかも唸り声を出して……あれは怒ってよね」
牧神の笛が勘に触ったようで、≪シャドウビースト≫達は低い唸り声をあげながら、リリィ達を囲むように歩き始める。
リリィとカセイノは背中合わせになって、周囲の≪シャドウビースト≫達を警戒する。
一斉にかかられたら無事でいられるかどうかわからない。
緊張が周囲を包む。
ふいに≪シャドウビースト≫の動きが止まる。
リリィの首筋を一線の汗が伝い、≪シャドウビースト≫の足に力が入る。
そして――≪シャドウビースト≫の一体が黒い霧となって、消滅した。
「よっ、あんたら無事か?」
獅子神 刹那(ししがみ・せつな)が振り下ろした刃を構えなおす。
刹那が襲いかかろうとした≪シャドウビースト≫を倒したのだ。
≪シャドウビースト≫は突然現れた刹那を警戒する。
リリィは九死に一生得たようでホッと胸を撫で下ろした。
「何か奇妙な音がすると思って来てみれば、何だか大変なことになってんな」
「陽動役としては完璧ですがね」
刹那の後ろから閃崎 静麻(せんざき・しずま)が現れ、苦笑いを浮かべてレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)と神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)が後を追ってきた。
静麻達が戦闘態勢に入り、神曲が手に火の球を作り出した。
「二人では大変でしょう。一緒に派手に暴れますわ」
「おい、何度も言ってるがあまり暴れすぎて森を燃やすなよ」
「はいはい。わかってますわ」
神曲がすでに何度目かになるかわからない静麻の小言にうんざりしながら、火の球を≪シャドウビースト≫に投げつける。
回避した≪シャドウビースト≫に対して静麻が銃弾を打ち込んだ。
レイナが敵に突っ込み、武器を使い分けて戦う。
生徒達は次々と≪シャドウビースト≫を倒していくが、減るどころ余計に集まってきているようだった。
リリィが額の汗をふき取りながら静麻に問いかける。
「それにしても敵の数が多くありませんか? 笛の効果だけとは思えません」
「たぶん小屋に近づいているからだろうが、それ以外にも要因がありそうだ。例えばどこかに指示を出しているやつがいるとか……」
静麻は威嚇射撃を打ち込みながら舌打ちをする。
「厳しいな。このままでは持ちこたえられるかどうかわからん。一回こいつで奴らリセットして……」
静麻は機晶爆弾を取り出すと、もっとも効率的な場所を探して視線を巡らせた。
その時、一人の男性が声をあげながら、静麻の元へ走ってきて腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと君、待つんだ!」
現れたのはエースとメシエのだった。
「君は何をしようとしているんだ! そんなものを使ったら植物が死んでしまうだろう!」
エースがこの森にきた目的は植物調査だった。
そのため、笛の音を聞いて駆け付けたエースは、機晶爆弾を手に持つ静麻を見て、慌てて止めにかかったのだ。
「俺達が援護する。それでも厳しいなら、一端後退して体制を立て直せばいいだろう」
エースに訴えられ、静麻は困ってしまう。
そして暫く考えた後、静麻はため息を吐いて言った。
「……わかった。頼りにしてるぜ」
「ああ、任せてくれ。いくぞ、メシエ」
「了解しました」
エースに続いてメシエが敵に向かっていく。
リリィはそのやりとりを見て小さく笑うと、レイナの傍にいって連携を取る。
「わたくしはハンマーなので熊の姿をした大きな子の相手にしますわ」
「じゃあ、私は足の速い犬タイプを相手にします」
レイナが脚刀を中心に向かってきた犬型の≪シャドウビースト≫の相手をする。
その間にリリィは熊型の≪シャドウビースト≫に突撃し、薙ぎ払う様にハンマーを叩きつけた。
ハンマーが≪シャドウビースト≫を貫き、後方の木をなぎ倒す。
エースの声が木が倒れる音にかき消された。
木が地面にぶつかる。
「あら、今何か……」
リリィは潰された木の下にあった影が、自分の意志で動いたような気がした。
確かめるべく、その影に向かってハンマーを叩きつけようとする。すると、影は素早い動きで逃げ出した。
「どなたかあの影に攻撃をお願いしますわ!」
「あたしに任せて!」
リリィの要請にこたえて神曲が火を影にぶち込んだ。
すると、影の中から全身黒いタイツ姿の人間が飛び出してきた。
「もしや、こいつが連絡役か……」
うめき声をあげる全身黒タイツ姿の人間。その耳元には通信機らしきものがあることに静麻は気づいた。
全身黒タイツ姿の人間がボソボソと何か話したのとほぼ同時に、草木をかき分けてゾロゾロと山賊達が現れる。
「うわっ、また増えたんだけど!?」
「そんなに嘆くことではないでしょう。だって、これでこの退屈な遊びも終わるんだもの……」
嫌そうな声を上げる刹那に対して、神曲はペロリと唇を舌でなめる仕草をしていた。
「受けろ! ソゥクゥ! イナヅマッ! キィィィックッ!」
風森 巽(かぜもり・たつみ)はダメージを受けて影から飛び出してきた全身黒タイツ姿の敵に、急落下を加えた強烈な蹴りを放った。
数メートル飛ばされた敵はそのまま気を失う。
「随分と手こずってしまったな。御凪さん、そっちはどうですか?」
巽は全身黒タイツ姿の敵の襟首を掴んで引きづりながら、先ほど合流した真人の元へと近づいた。
真人の足元には縄で拘束された全身黒タイツ姿の敵が、横たわっていた。
「今、この人を尋問していた所です」
真人達は時に優しく、時に脅しながらどうにか話を聞き出した。
「やはり普通の山賊ではなかったですね。彼らは≪シャドウダイバー≫、山賊と同じくポミエラの母親を誘拐するためだけに雇われたようです。首謀者は≪アヴェス≫のメンバーだということだ」
「なるほど。だとすると山小屋へは早めに向かった方がよさそうですね」
山小屋へ直接向かった生徒は少数だ。
敵がただの山賊相手と考えて編制された人数だが、これでは救出部隊は厳しい戦いを強いられかねない。
「そうですね。急ぎましょう。……とりあえずこの人たちは拘束しておきます。それから後で森の外で待機している警察に引き渡すとしましょう」
「了解しました」
森の外ではルカルカ・ルー(るかるか・るー)が警察を待機させていると、森に入った時点でエースから聞かされていた。
真人と巽は先に進むためにもまずは周囲の敵を一掃することにした。
戦いの激しい音が霧の合間を抜けて響き渡る。
今回の事件の首謀者は、封印されている≪三頭を持つ邪竜≫を手に入れようと考える、鏖殺寺院の一派である≪アヴェス≫の構成員によるものだった。
ポミエラの母親が誘拐されたのは、≪三頭を持つ邪竜≫の封印を解くのに必要な≪黒衣の巫女装束≫を持っているとの情報が流れたからだった。
≪アヴェス≫は他人の命など気にも留めない。
ポミエラの母親を無事に助け出すには悠長にしてはいられなかった。
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