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嘆きの石

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嘆きの石

リアクション

★1章



 ――神殿内部――



「チッ、想像以上だ」
 神代 聖夜(かみしろ・せいや)は、後ろの味方のために先行しながらも、自身の役割を全うできないという無力感を生み出す神殿内部の状態に、思わず舌打ちして吐き捨てるように言った。
「そうですね。まるで、迷路です」
 聖夜と付かず離れずの絶妙な距離感を保っている陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が、想像以上の現地を表現した。
 何百、何千と生きてきたに違いない樹木は健在であり、腐敗して大地に還ったと思われる木々が再び息を吹き返し盛り、神殿を形成していた建造物の数々が横たわっては崩れていた。
 元は綺麗な――整理整然直線的な――道であったろうが、今はそれらの影響もあり雑多な感覚を覚えさせ、人の身長よりも高い点が、より視界と道を遮り、迷路の様相を呈していた。
「もはや罠の類なんて無いに等しいな。神殿自体が方向音痴を惑わす罠だな」
 そう言わずにはいられない聖夜は、横たわる大きな大木の上にひょいと登って、下の刹那に手を伸ばした。
「すみません」
 刹那の軽い身体を引き上げた。
 大木の上に登って遠くを眺めても、瘴気か霧か判別できないモヤに先の様子は窺いしれなかった。
 罠がないのならば、聖夜がすべきことはただ1つ。
 それは仲間を守ること。
 だから、声を掛けておこう――。
「……迷うなよ?」
「迷いませんよ」
 刹那は柔らかい微笑みを浮かべ、瘴気の中での活動の予防線として清浄化をかけたのだった。
 ――罠はないぞ。
 そう込めて、聖夜は後方に指で合図をした。

「伝承がどこまで本当なのか……」
 合図を見て一歩足を踏み出したエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、互いに歩調を合わせ手をとった同行者に聞こえるように呟いた。
「考古学的観点からでいいなら……」
「勿論だ」
 神崎 優(かんざき・ゆう)の言葉にエヴァルトは頷いた。
 戦いでも何でも、こうやって交わし合い、進むことは良いことだ。
 それが同じ目的であれば、なお良い。
 加えてお互いが同じくらい進めれば、更に良い。
「移籍などの痕跡に宗教的オブジェや儀式の跡が多いように、男女のソレも日常的だ。その切り株を見るといい」
 優が指差した太い切り株は、どれほど生きてきたのかを誇示するかのように年輪の数は億劫なほどだった。
 しかし、綺麗なバームクーヘンのような年輪に一つ、紫色が混じっていた。
「一時であろうとこの地が侵されたのは間違いない」
「……ふむ。この地が毒された事実はあった。なら村人はどうだ? ラティオの殺害に固執した理由は? フィリナは本当にそのために送られ、彼女に瘴気の影響は無かったのか。操った吸血鬼はその後どうなり、石になったのは本当に毒の影響なのか」
 1つ疑問が解けると、また1つ、疑問が沸いてくる。
 それは人間特有のものであり、だからこそ、人は進化を続けてやまない。
「それらの事実を知るには、本人たちの口から直接聞くしかあるまい。もう、生きてはいないが……」
 段々と熱を帯びたエヴァルトの疑問に、優は落ち着いて答えた。
 人が関わった過去の事実というものは、往々にして脚色され、嘘で語られる。
「でも」
 神崎 零(かんざき・れい)が2人の会話に入った。
「どうしてそんな伝承が残っているのかしら? 村にとっていい話ではないわよね」
「確かに」
 と言ったのは優で、エヴァルトもまた頷いた。
 誰かの策略、はたまた陰謀――。
 迷路を進みながら、考えに迷い込む。
 しかし、いくら考えたところで、やはりわからないのだ。
 だから、見失わないように優は言った。
「とにかく、これ以上の悲劇を繰り返してはならない。そうだろう?」
「その通りだ。だから俺も少しでも早く解決しようと、お前達に同行しているんだ」
「それじゃ、そろそろ」
 目を合わせ力強く頷いた2人――まずは優に近寄って、雫は腕に優しく抱きつくようにしながら清浄化をした。
 少しでもこの瘴気の中で長く活動できるようにとの、予防線である。
「ありがとう、雫」
「いいえ。エヴァルト、あなたにもかけてあげるわ」
 だがエヴァルトは腕っぷしを見せつけるように力こぶを作って、それをやんわりと拒否した。
「俺にはこの肉体の完成やパワードマスクがあるからな。同行した手前、手間はかけさせない。それにお前の手は……」
 エヴァルトは雫を見やってから、優を見た。
 何を言いたいのかわかった2人は、はにかむように笑い、照れるように顔をそむけた。
「とりあえず、真実は探索を続けながら探るとして、これまでの探索ルートや情報は、他の契約者と共有しておこう。殿を申し出た契約者達がいたはずだ」
 優は銃型HCで情報を送り始めた。
 手持無沙汰のエヴァルトは、やはり、考えてしまう。
「……吸血鬼……か……」
 破壊――。
 封印――。
 どのような手法をとるにせよ、やはりいろいろ考えるところを考えて行動に移したいエヴァルトと優達の探索であった。



「よっ、アゾートの嬢ちゃん、毎度お馴染み医者兼錬金術師のフィリップ・テオ・オレオールだ!」
 パラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)がアゾートに挨拶し、
「ぁ、神殿に入らずに済むなら私はその方が――ちょ、まっ、シオンくんッ!?」
「ホラホラ、神殿が呼んでるわよぉ〜♪ アンジェ、やっちゃって★」
「何リズねぇさま? 司にぃさまに纏われればいいの? 良いよぉ〜♪」
 月詠 司(つくよみ・つかさ)シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)のフラワシと強殖魔装鬼 キメラ・アンジェ(きょうしょくまそうき・きめらあんじぇ)の魔鎧化によって強引に絡めとられ、引き摺られ――、
「まぁ、今回は嬢ちゃんを手伝いに来たっつーよりもどっちかっつーと医者として、その伝承にちょいと興味が沸いてな。その辺を調べに来たって訳だ。それじゃ、またなっ」
 と、別れを告げ、
「どうせまた私で遊びたいだけなのでしょう!? 分かってますよっ!! あ、あ゛あ゛ぁ〜〜」
 情けない声を上げて神殿内部に突入してから、どれくらいたっただろうか。
 僕――司は溜息混じりに休憩と横たわった大樹に腰を掛けた。
 キミも大変だったんだろ――と思わず大樹と気持ちを共感せんばかりに、心身共に疲れ切っていた。
「そろそろ瘴気が回ってくる頃かしらぁ〜、うふふ〜♪」
 小指を口端にあてて淫靡な笑みを浮かべるシオンに、身の危険を感じ、司は話題を逸らしてみた。
「ところで……。伝承だとそのラティオくんの瘴気は周囲を腐らせ――」
「……うぅ〜……瘴気飽きたぁ〜! 別の食べるぅ〜!」
 話の途中にも関わらず、魔鎧化していたアンジュはそれを解き、司が腰を下ろしている大樹にかじりついた。
 お腹を壊すなよ――と言っていたのは昔のことだ。
 何でも消化できる万能胃袋には、意味のない忠告だった。
「話の続きですが、ならば何故人がモンスター化するように? しかもヒト以外には影響しないのでしょう? 何か不自然ではありませんかね? 都合が良過ぎるというか……」
「確かに瘴気の性質が変わってるけど……まぁ、呪いなんて大体そんなモノよ♪ ワタシとしては寧ろ大歓迎★ 呪い殺されたいわ、うふ」
 いや、まあ、そうですけど――とフィリップを見た。
「まっ、差し詰めそのフィリナってのが、そんだけ村人だけを憎んでたって事だろ? つーか、そんなの調べりゃ分かんだからよ、さっさと調査すんぞ! 時間がねぇんだろ?」
 ぶっきらぼうに投げられたよくしゅヒルを受け取って、司はもう1つの疑問を問うた。
「いや、まぁそうかも知れませんが……ぁ、それとフィリナくんを操ったと言う吸血鬼ですが、案外まだこの神殿の中で生きてたりしませんよね? ……って言うか」
 今度は吸血鬼のシオンを窺った。
 やりかねない、やりかねない――。
 その思いは徐々に変化して、気付くと自分が襲われる想像になり、慌てて首を振った。
「え!? やぁねぇ〜、ワタシのわけないじゃない♪ だったらその吸血鬼を探してみましょうよ、案外面白い情報が見つかるかもよ♪」
「遠慮します……」
「おい、ツカサ、口ばっか動かしてないで助手らしく黙って調査手伝え」
「うぅっ〜、アンジェ退屈〜、退屈退屈退屈〜ッ! 遊びたい〜っ!!
 うるさいのはアンジェの方では――と思っても口にはせず、フィリップが指差した地面を渋々掘り返し始めた。
「……で、ツカサ、まだ?」
「暴走しませんからっ!」
「おら、手ぇ動かせッ!」
 後続と後世のためにも、調査と探索に――それこそパシリでもいいから没頭したい司だった。