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<part3 翡翠の甲虫>


 山中では、敵のシュメッターリング部隊とシャンバラ側イコンの戦闘が激しさを増していた。
 シュメッターリングがアサルトライフルを連射する。
 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)ジェファルコンのビームシールドで弾丸を弾いた。連射が小休止する。エネルギーを節約するため、レイナはビームシールドをオフにし、すぐにビームアサルトライフルで撃ち返す。
「いったい、どれだけのイコンを投入しているんでしょうか。倒しても倒しても沸いてきます」
「さあな」
 とサブパイロット席の閃崎 静麻(せんざき・しずま)。射撃補正をしながら首を捻る。
「見たところ整備もされてるみたいだし、やけに部隊の展開が早いよな。もしかしたら、飛空艇の墜落も奴らが仕組んでたりするのか?」
「かもしれませんね。トンネルの土砂崩れといい、あまりにも不運が重なりすぎています」
 シュメッターリングが接近してきてソードを振るった。レイナはビームサーベルで応じる。
「どうだ? 装備の複合化は?」
「いい感じです。中距離にも近距離にも合うのが便利ですね」
「良かった。しかし、あれだな。プラヴァーはせっかく汎用性を高めたのに、肝心の装備がなけりゃ出番無しだな。帰ったら軽く設計図を引いてみるか。レールガンとか脚部ホバー装置とかあれば助かるんだが」
「今は戦闘中ですよ。考え事は後にしてください」
 レイナは呆れ混じりにたしなめた。


「ここは挟み打ちをするに限るね」
 七瀬 雫(ななせ・しずく)は自分のツェーブラを敵陣の向う側へと走らせた。
 サブパイロット席にはチーターがちょこんと座っている。
 宇宙開発初期にNASAがやっていたように、有人飛行は倫理的にアレだけど、猿に操縦させれば死んでも大丈夫なんじゃね? とかいった非人道的な理由ではない。
 そのチーターはズズ・トラーター(ずず・とらーたー)。雫のれっきとしたパートナーだった。チーターなのにトラだった。
「俺が乗っていても意味はないのではないか?」
 ズズはサブパイロット用の端末のキーボードを前肢で押すが、もちろん打鍵はできない。不可解な文字の羅列が入力されるのみ。
「まあほら、戦闘に疲れた私がもふもふを触ってくつろいだりする癒し効果を期待できたりする……のかな?」
「かなと聞かれてもな」
「それに二人乗ってないと全力出せないしね」
 雫は敵陣の背後に回り込んだ。
「さあみんな! 一緒に挟撃するよ!」
 そう言いながら敵のシュメッターリング部隊にビームアサルトライフルを撃つが、味方は誰も撃ち始めない。
「ちょっと、なんで!? って、みんないなくなってるー!?」
 レーダー画面を確認した雫は肝を潰した。味方を表す緑の点は消え、近くには敵を表す赤点だらけ。
「味方は他の戦闘エリアに移動してしまったようだな」
「やばいよこれー!」
 複数のシュメッターリングが雫のツェーブラに迫ってきた。周囲を取り囲み、ツェーブラをがっちりと押さえ込む。
 雫は助けを呼ぶため仲間に通信を試みるが、こんなときに限って機材にトラブルが起きるのが雫。どこにも通信が繋がらない。
 一体のシュメッターリングが強引にコックピットの装甲を剥がそうとする。
「イコンを奪うつもりか……」
 ズズは敵が乗り込んできたときに備え、ヒョウ柄のカウガール衣装のような魔鎧形態になって雫の体を覆った。

 黒崎 天音(くろさき・あまね)は山中でイスナーンを走らせていた。
「ん? なんだこれは」
 サブパイロット席で敵イコンを撮影しモニタリングしていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がつぶやく。
「どうした?」
 天音が訊いた。
「いや、やけに敵機が密集しているところがあってな。これは……」
 ブルーズはレコーダーに記録された映像を巻き戻した。そこには、ツェーブラを羽交い締めにするシュメッターリングの一団が映っていた。
「仲間のプラヴァーが捕まったようだ。しかも装甲を剥がして乗っ取ろうとしているな」
「第二世代機を!? まずいな」
 天音は通信をオープンにして仲間に呼びかける。
「プラヴァーが敵に拿獲された! 座標は4・186! 至急救助を頼む!」

「味方のイコンから救助要請が出ました。座標は4・186だそうです」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)バイヴ・カハのサブパイロット席で、パートナーの柊 真司(ひいらぎ・しんじ)に伝えた。
「イコンから? 飛空艇を救助するだけでも大変なのに、なにをやってるんだ」
 真司は嘆息しつつも、バイヴ・カハを指定の座標へと移動させる。すると確かに、ツェーブラがシュメッターリング数体に取り押さえられていた。
「ったく、第二世代機のくせにシュメッターなんかに捕まんなよな……」
 真司は敵機にビームアサルトライフルの銃口を向けた。敵部隊は鹵獲したツェーブラの陰に隠れる。
 真司は敵機の方に回り込もうとするが、敵機はどれもツェーブラを盾にするように移動しながら、真司にアサルトライフルを撃ってくる。真司はビームシールドで防ぐ。
「らちがあきませんね……」
 ヴェルリアは焦りを帯びた表情でつぶやいた。
 こちらが撃たれるばかり。しかも、BMIを常時起動しているため、エネルギーの減りが早い。銃撃戦を続けているうちに、エネルギーの残量が心細くなってきた。
「そこのレイヴン、頑張って!」
 天音がイスナーンの外部スピーカーを使って応援した。スピーカーから一瞬ハウリングの音がした後、補給の歌が流れ始める。バイヴ・カハのエネルギーが回復した。

 ――膠着状態に陥っているようですね。
 獲物を求めて生身で山中を走っていたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、状況を見て内心でつぶやいた。
 こういうときにサポートをするために来たのだ。他の部隊の行方が分からずに山をさまよっていたわけではない。決してない。
 エッツェルは木々の陰に身を隠しながら、じわじわとシュメッターリング部隊へとにじり寄った。雨だれが頭巾を伝って落ち、顔を覆った包帯を打つ。
 エッツェルは音もなく、一体のシュメッターリングの背後に這い寄った。その様はまさに這い寄る混沌。右手の有機鞭をしならせ、鞭に生えた刃で敵機に斬りかかる。
 一閃。刃が腕の関節を切り崩した。敵機は武装を支えきらず、アサルトライフルを取り落とす。
 エッツェルは敵部隊の足元を駆け巡り、次々と腕の関節を切断していく。その小ささと素早さに、敵は姿を捕捉する暇もなく武器をすべて落とす。
 ――後は皆さんの仕事ですよ。
 エッツェルは山の奥へとかき消えた。

「なんだか分からないけど、敵が銃を落としましたよ! 今がチャンスです!」
「ああ!」
 ヴェルリアの言葉に、真司は大きくうなずいた。
 天音のイスナーンから、聞く者の恐怖を誘うような戦慄の歌が流れる。ツェーブラを押さえているシュメッターリング二機のうち、一機のパイロットが意気を削がれて硬直した。
 続いて、勇ましい鼓舞の歌が戦場に鳴り響く。
 真司は奮い立った。スラスターを最大出力にして急加速。ツェーブラを捕獲しているシュメッターリングもう一機に向かって瞬間的に切迫する。
 サイコブレードを唸らせ、敵機の首を刎ねる。シュメッターリングが爆発した。爆風に煽られながら、捕まっていたツェーブラが逃げ出す。
「ありがとう!」
 雫が礼を言った。
「終わったら酒の一杯でも奢らんといかんだろうな」
 とズズ。
 雫はツェーブラのプラズマキャノンを敵部隊に向ける。
「そうだね。だけどまずは、みんなの役に立って恩返しするよ!」
「逆に足を引っ張らんと良いが」
 ズズは小さく笑った。