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<part6 救助隊>


 仮設本部の前から数台の輸送用トラックが出発した。
 トラックには応急手当の道具や処置を行える人員に加え、寺院兵と対峙するための戦闘要員も乗っている。
 『教導団後方支援部総合支援課』という課名の記されたトラック、73式 SKW-480を運転しているのは、天海 護(あまみ・まもる)だ。
「なんとしても救助隊を現場まで届けないとね」
 護は責任の重大さに身が引き締まるのを感じながら、ハンドルを握っていた。
「レオンと一緒ならどんな任務だって絶対成功させてやるぜ! な!」
 トラックの壁に寄り掛かった天海 北斗(あまみ・ほくと)レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)の顔を見やる。
 北斗の傍らでレオンがうなずいた。
「まあな。特にこの任務は失敗が許されない。罪もない奴らの命がかかってるんだ」
「……ちょっとみんな。向こうからなにか近づいてくるんですが」
 天海 聖(あまみ・あきら)が言って、左の窓を指差した。
 乗員たちは窓に顔を寄せて外を覗く。
 最初はゴミ粒くらいに小さかったなにか。それが、徐々に大きくなり、群衆の姿となって突き進んでくる。
「敵だ! オレたちを飛空艇に行かせない気だ! 護、急げ!」
「分かってる!」
 護はアクセルを一杯に踏み込んだ。
 寺院兵たちはバイクや騎馬などを疾駆させて追ってくる。
「僕の大切な人たち……守ります」
 聖はトラックの窓を開け、やって来る敵を銃撃した。バイクのタイヤを潰し、騎馬の足を撃ち抜く。何人もの寺院兵が乗り物から放り出された。
「レオン、オレたちも行こう!」
「ああ!」
 北斗とレオンは窓から這い出てトラックの屋根へとよじ登った。
 聖の撃ち漏らした寺院兵が、トラックにバイクを寄せてくる。レオンはブレードで寺院兵を薙ぎ払った。寺院兵を地面にぶっ転がすのに成功するものの、バランスを失って自分まで転がり落ちそうになる。
 北斗がレオンの体を抱き止めた。
「大丈夫か?」
「すまん、助かった」
「気にすんな。次が来るぜ!」
 二人はトラックに追いつき囲い込んでくる寺院兵たちを睨み据えた。


 救助隊のトラックはどうにか敵を振り切り、飛空艇の墜落現場にたどり着いた。
 飛空艇から乗客たちがわらわらと出てきて、トラックに詰め寄せる。
「見落としがないように全員避難させるよ!」
「ああ」
 トラックを降りたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、すぐに飛空艇の中に入っていく。
「俺ぁここで待ってるぞ」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はトラックのそばで乗客の受け入れ準備を始めた。
 ダリルは艦橋に向かった。通信機器を調べると、幸い使えるようだ。ダリルは艦内放送で呼びかける。
「まだ艦内に残っている奴がいたら、入り口に出てくれ。救助隊が来た」
 念のため何度も繰り返してアナウンスし、付け加える。
「それと、ルカ。案外、機材は壊れずに残っているようだ。俺は飛空艇が修理できないか試してみる。先に避難していてくれ」

「了解!」
 ルカルカは一人つぶやきながら、廊下を走った。
 一つ一つ客室の扉を開け、声をかけて中を確認する。土砂崩れが起きたときに逃げ遅れでもいたら大変だ。
 厨房らしき部屋に来ると、調理台の下になにか小さな姿が見えた。ルカルカはしゃがんで覗き込む。
「ふぇ……」
 八歳ぐらいの女の子が泣きそうな顔で丸くなり、震えながら見上げていた。
「なにしてるの? さ、行こ?」
 ルカルカは女の子の手を取って促す。女の子は嫌々をするように首を振る。
「お外は危ないって大人の人たちが言ってた……」
「大丈夫よ。なんにも危ないことはないってば。すぐおうちに帰れるからね」
 ルカルカは笑顔で嘘をついた。鏖殺寺院兵が迫ってきていることなど、伝えて不安を煽りたくなかった。


 飛空艇からトラックに至るところは、乗客たちでごった返していた。誰もが精神的に追い詰められているせいで、順番を譲り合う余裕もなくトラックに殺到する。そのせいで、かえって避難に遅れが生じていた。
 ――このままではまずいな。
 輸送用トラックを乗り捨ててやって来たクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)はそう思った。よく通る声で言い放つ。
「静まれ!」
 乗客たちの動きが硬直し、一瞬しんとなって視線がクレアに集まる。『あれ、クレア・シュミットじゃない……?』『本当だ……』といったささやきが群衆のあいだから漏れた。クレアはディーヴァとして世間に広く名声を得ていた。
「今からあなたたちにトラックに乗ってもらう。全員が乗るスペースがあるし、全員が乗るまでは出発しない。だから、誰が先でも同じだ。居残りがいないか確認したら、トラックが出発する。トンネルまで一時間だ」
 クレアは指を一本立てて明確に示した。
「トンネルを通ると仮設の避難所がある。そこでは全員が十分な治療を受けることができる。着替えもあるし、食べ物もあり、暖まることができる。避難所で準備を整えるのに三十分。すぐに出発し、人里まで二時間で着ける。合計、三時間半であなたたちは安全な場所に行けるのだ。お分かりいただけただろうか」
 乗客たちは揃ってうなずいた。筋道だって救助までの手順を説明され、混乱していた頭に秩序が戻ってきたらしい。
「ご理解感謝する。では、このスケジュールに狂いが出ないよう、整然と避難して欲しい」
 乗客たちは押し合い圧し合いするのをやめ、静かにトラックへ乗り込んでいった。
「さすがだな、ボス。さっきまではハエみたいにうるさかったのに、今じゃみんな軍隊アリだよ」
 エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)が感心してクレアに言った。
「非常時には軍隊式が一番だ。エイミーはあのポイントに爆弾を仕掛けてくれ。土石流が流れてきた場合、爆発の衝撃でルートを少しそらせるかもしれない」
 クレアはHCの画面にマップと座標を表示して指示する。
「OK、ボス!」
 エイミーは機晶爆弾を手に駆け出した。

 不時着の弾みで変なところに紛れ込んでしまっている乗客がいるかもしれない。
 そう推測した伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、暴風雨の中、周囲の谷を捜し回っていた。
 すると、案の定というべきか、瓦礫の下敷きになっている若い女を発見する。
「た、助けて……。誰か呼んできてください……」
 女は弱々しい声で頼んだ。だいぶ衰弱していた。自動車ほどもある飛空艇の破片に体を挟まれ、出血もしている。
「うーん、このぐらいならなんとかなりそうね。よっと」
 明子は瓦礫を軽々と持ち上げた。
「きゃー!?」
 女が悲鳴を上げる。
「あ、ああああなた何者!? 化け物!?」
「え、化け物!? 荒野じゃ嗜みよ、こんなの。なんでガタガタ震えるの!? なんで重傷っぽいのに全力疾走で逃げようとするのー!?」
 明子は走る女を捕まえ、無理やりトラックへと運んでいった。女はじたばたともがく。
「わ、私おいしくないです! 食べられません! 食べたら体中から小さな私が生えますから!」
「気持ち悪いわねそれ! てか食べないわよ!」
 明子はトラックに歩み寄り、手近な救護係らしき人物に声を掛ける。
「この人お願い。怪我してるみたいだから手当てしてやって」
「お引き受けします」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)が女を受け取った。輸送トラック内の簡易ベッドに寝かせ、グレーターヒールで傷口を塞いでいく。
「びしょ濡れですわね……。体もこんなに冷え切って」
 泉 美緒(いずみ・みお)がタオルで女の体を拭いた。
 クナイは傷口の再生を済ませると、患部に包帯を巻き付ける。
「北都様、敵はまだ来ていませんか?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は自分の犬耳に手を添えて耳を澄ました。
「うーん、雨の音が邪魔でよく聞こえないんだよねえ……。それに」
 北都の周りには大量の子供たちが鈴なりだった。きゃっきゃとはしゃぎながら、北都の犬耳や犬尻尾にじゃれついている。怖い思いをした子供たちへの和み効果はばっちりだったが、敵の物音を探りにくいことこのうえなかった。
「とりあえず、近くにはいないみたいだよ。禁猟区も反応していないし」
「まったく、墜落と嵐だけでも悪条件だというのに、寺院兵も空気を読まないな」
 フェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)がつぶやくように言った。
「まあ、彼らとしては空気を読んでいるんだろうけどねえ」
 北都は目を閉じ、聴覚に神経を集中させて再び試みる。
 くー、と奇妙な音が聞こえた。クナイが手当てしている女のお腹から。
「この人、お腹が空いてるみたいだよ」
 北都が笑うと、女は羞恥に顔を赤くした。
 ドラゴニュートのカルキノスがトラックの入り口から手を突っ込む。
「ほれ、喰え。配ってるんだ。あんたまだもらってないだろ」
 彼の前肢に握られた発泡スチロールのお椀には、インスタントラーメンが湯気を立てていた。
「ありがとうございます」
 女は一礼してお椀を受け取った。ラーメンをすする様をカルキノスが物欲しそうに眺めて一言。
「……喰っていいか?」
「やっぱり私食べられちゃうんですか!?」
 女はすくみ上がった。

 飛空艇の中では、ダリルが修理を続けていた。
 管制部分は直せたものの、肝心の飛行装置が破損してしまっており、これは交換するしかないようだ。二つの飛行装置のうち一つは動くので、飛空艇を少しだけ移動させることはできそうなのだが、浮遊力に不安があった。
「ここにイコンがあれば補助してもらえるんだが……」
 つぶやきながら顔を上げたダリルの目に、外の光景が映った。
 なんかヒヨコがいた。イコンと勝るとも劣らぬほど大きい。
「ちょっとそこのヒヨコ! 飛空艇を動かすのを手伝ってくれないか!」
 ダリルは外部スピーカーを通して呼びかけた。
 ジャイアントピヨに乗っているアキラが、艦橋のダリルに気付く。
「俺も動かそうとしたけど、無理無理。重すぎるって」
「飛行装置を片方修理したんだ。今ならあんたの助けがあったら動く」
「そういうことなら」
 二人は協力して飛空艇の移動を開始した。ダリルが飛空艇の出力をオン。左翼の飛行装置を稼働させる。アキラが右翼をジャイアントピヨで持ち上げる。
 飛空艇は少しずつ、川面の上からしっかりした地面の方へと動き、下ろされた。
「助かった。これならとりあえずは安全だろう」
 ダリルは安堵の息をついた。