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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■2−6

「さーて! みんなのリストラはすんだみたいだし! いよいよあたしの出番かなー?」
 すっかりうす暗くなった大通りで。
 カッとスポットライトを浴びて場の注目をさらったのは、ラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。
 クリエイトされた特設ステージの真ん中で、マイクを手に叫ぶ。

「聴衆の皆さま! 今からラブちゃんのポップでキュートなゲリラライブの始まりよー!」

 一体いつの間にあんな巨大なセットが作られていたのか……あっけにとられている通行人にウィンクと投げキッスを飛ばす。
 あわてたのはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だった。

「お、おい、ラブ。私たちがここにいるのはマッチを売るためだろう。鈿女も言っていたじゃないか――」
「「マッチが売れる状況をつくれ」でしょ? マッチ売りの少女を助けるために」
 ちら、と冷めた視線でコアを見る。

「ばっかみたい! 雪山みたいなこんなクソ寒い所で、いつまでも「マッチいりませんかー?」はないわよ! もう何時間経ったと思ってるの? そんなかわりばえしないこといつまでやったって、これだけの量が売り切れるわけないじゃない」

「やめろ! この本の根幹を揺らがせる発言だぞ、それはーっ!」

「あーあーあー、聞こえなーーーーーい!」
 両手で耳をふさぎ、ラブは言う。
「やめよ、やめやめ! ばかばかしー! そんなことするぐらいなら歌を歌ってた方がマシよ! 歌って踊って、みんなで楽しくぽかぽかになるのよ!
 ちょっとあなたたち!」
 ビシ! とドラム缶の横で火の調節をしている翠門 静玖(みかな・しずひさ)風羽 斐(かざはね・あやる)朱桜 雨泉(すおう・めい)を指す。
「もっとゴンゴン景気よく焚いて! 日が落ちてきて寒さが増しちゃってるわ! それとハーティオン! 1個じゃ足りないわ! 反対側にもう1個焚いて!」
「わ、分かった…」

 勢いに押され、コアは言われるままに対象位置にドラム缶の焚き火をクリエイトする。

「んー、いかにも野外ステージってカンジ!」

 ぱちぱちと飛びはぜる火花に、ラブはご満悦だ。
 そして大通り中に呼びかけた。

「マッチ売ってるみんなー! こっちおいで!! 一緒に踊ろう!!」



 ラブのストリートゲリラライブが敢行された。
 マイク片手にノリノリで、【ラブ・ソング】をステージ上で歌うラブと、その周囲で踊る少女たち。
 近遠たちのおかげでおなかもふくれて暖かい服装になった少女たちは笑う元気も出たのか、結構ノリ良く踊っている。

 ダンスはもちろん初めて。
 基本なんてあったものではないし、みんなバラバラ、好き勝手に動いているだけだけれど、笑顔で、楽しげに声をあげてはしゃぐ少女たちの姿はかわいらしくて。
 見てるだけで胸の中がほっこりしてくる。

「いいなー」
 マッチを売っていた手を止め、ステージの方を指をくわえて見ている柚木 郁(ゆのき・いく)を見て。
「じゃあ俺たちもまざろうか」
 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)が郁を抱き上げ、ステージの上へと連れて行く。
「一緒に踊ろ♪」
 とまどっている郁の手を、近くにいた少女がしっかり掴んで輪の中へ引っ張り込んだ。

「うわー! ちょっと離れてた間に、楽しいこと始まってるね!!」
 通りへ戻ってきた芦原 郁乃(あはら・いくの)は、ゴスロリ少女を振り返る。
「私たちも行こう!」
「え? 主、マッチを売りにきたのではないのですか?」
 とまどう蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)
「いーからいーから!」
 ぐいぐい少女の手を引っ張って、ステージの前で踊るほかの少女たちに混じって踊り出す。
「えいっ!」
 くるくるっとゴスロリ少女を回転させたとき、突然人々の足元を駆け抜けてきた巨大な白犬が、ふわりとステージ上に着地した。

  ピーッ、ピッ、ピッ、ピヨッ♪

 白犬の背中で、マッチの剣を持ったヒヨコが飛び跳ねる。


「もーみんなで歌って踊っちゃおう♪」


 どんどん増えていく参加者と聴衆に、ラブは満面の笑みで両手を突き上げた。
 応えるように、わっと歓声が上がる。
 そして満場の手拍子の中、歌を幸せの歌に切り替えた。

 マイクを通して大通り中に流れ出す、幸せの歌。
 ラブは、彼女を取り巻くようにして踊っていた少女の1人が同じ歌を歌っていることに気付いた。
 セラだ。
 ラブの歌っている歌がシズに教わった歌だとすぐに気付いて、口ずさんでいたのだ。

「あなた、歌えるのね! じゃあ一緒に歌おう!!」
 ラブがマイクをセラに持たせる。
 そして肩を抱き、ほおをくっつけて、リードするように幸せの歌を歌った。
 ラブにつられてか、最初は自信なさげだった少女も、だんだん大きな声で幸せの歌を歌いだす。
 あごを上げて、背筋を伸ばして。きらきらの笑顔で。

 それを満足そうにうなずいて見ている遊馬 シズ(あすま・しず)と、にやけつつそんなシズを見ている東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)


 2回、3回と繰り返すうち、ほかの少女もこの歌を覚えてか、やがて幸せの歌の大合唱になった。
 幸せの歌が大通り中に満ちて、スキル効果はないはずなのに、聴いている全員の心を高揚させ、ほっこりと温める。
「いいぞー!」
 夕暮れで、家路を急いでいるのだろうに笑顔で足を止め、エールを送り、手拍子する者まで現れた。


 そんな中、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)はステージの下で踊っている少女が「暑い」と脱ぎ出すのを見るたび、もう一度上着を着せかけていた。

「駄目ですよ。まだ雪は降っているんです」
「だってー。暑いんだもーん」
「もうじき夜になります。気温もこれからどんどん下がってくるでしょう。汗をかいた体では、風邪をひいてしまいますよ」

 崩れたマフラーをしっかり首に巻き直して、背中を押してダンスの輪へ送り出す。
「さあ行ってらっしゃい」

 外套だけの子には靴を、上着のない子には上着を、靴だけで靴下のない子には靴下をと、少女の防寒着を補完していたら。


 聴衆の人混みの向こう側で。
 彼はあり得ない存在を見た気がして、動きを止めた。

 ドラム缶焚き火の光がかすかに届く路地。そこにいたのは、全身が青くてのっぺりとした、厚みのない影のような人間。
 ゆらゆらとかげろうのように揺れる体に、電波ノイズのような線が走っている。

「あれは…」
 そうつぶやく間に、影は一瞬で消えてしまった。


 見間違いかもしれない。
 周囲はうす暗くて、雪が降っていて視界が悪い。
 ごしごしと目をこする、陽太の後ろで。


「みんな、聴いてくれてありがとー!! マッチ買ってねーーーーっ!!」


 ラブの楽しそうな笑いの混じった声が響いた。