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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■3−3

 一方、街の一角にある貧民街のとある一室では。
 1人の酔っぱらいがテーブルに突っ伏していた。
 その手元には中身が半分以下になった酒瓶があり、倒れたコップが転がっている。中身を吸ったテーブルが、黒い大きなしみを作っていた。

「まったく、とんでもない父親ね。小さな娘はこの寒空の下で1日マッチを売り歩いているっていうのに、自分はただ酔って寝ているだけなんて」
 いびきまでかいている男を見下ろして、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は腰に手をあてた。
 室内に漂う濃厚なアルコールの臭いに鼻の上にしわができる。この臭いを嗅ぐだけで酔ってしまいそうだ。
 それを見て、上杉 菊(うえすぎ・きく)が窓を少し開けた。だが外気は風を入れると同時に、外の悪臭も運び込んでしまう。
「いいわ、開けておいて。まだこっちの方がマシよ」
 閉めようとした菊の手を止めさせた。
 凍りつきそうなほど冷たい外気がほおをなぶっても、男が目を覚ます気配は一向にない。

「どうしますか? 起きそうにありませんよ?」
 菊の言葉に、きらりとローザマリアの目が光る。
「もちろん決行よ。外のドレークたちに伝えて」
「分かりました」
 ぱたんとドアが閉まり、室内はローザマリアだけになる。

 未成年者に労働を強要し、あまつさえその売上げを自分の酒代にしているなんて。
 たとえ本の作者が許していたとしても、この私が許さない!

「正義の裁きを受けなさい……ダーリン」
 ローザマリアは緑の肩掛けを背中で広げた。



 ドンドン、ドンドン。
「……ん。何だぁ?」
 ドアを叩き続ける音に、ようやく男は目を覚ました。
 実際は「叩いている」などといった、生易しい状態ではなかったのだが。

「あなた、起きてください、あなた」
 緑の肩掛けを胸元で掻き合わせた女性が肩を揺すり、再びうとうとし始めた男を完全に目覚めさせる。
「え…?」
 ぼんやりと揺れる視界に見えるのは、結わえられた赤い髪…。
「おまえは…」
「いやですね、ぼーっとして。妻の顔を忘れたとでも言うんですか?」
「妻…? ――つっ」
 頭に激痛が走って、男は鉛のように重い頭を支えた。
「そんなことよりあなた、出てくださいな。なんでしょう? こんな夜更けにあんな、乱暴をして。ご近所迷惑ですよ、まったく」

「ああ……うるさい! おまえこそ出ろ!」
「だけど――きゃっ!」
 コップを投げつけると、うるさい声はやんだ。
 ぶつぶつ言いながらも玄関へと行く姿に、ぺっとつばを吐く。
「まったく四の五のうるさい女だ。黙って言うこときいてりゃいいんだよ……ああ、くそッ」
 割れるようにガンガン痛む頭をかかえて唸っていたときだった。


「きゃあああああっ!!」


「なんだぁ!?」
 女の悲鳴がして、ドサッと何か重いものが倒れる音がした。
 思わず立ち上がった男の前に、どかどか床を踏みしめてならず者が現れる。

「よォ、酔っぱらい」
 あいさつのように、斜にかぶったバラクラヴァ帽を少し持ち上げた。
 髑髏マークの眼帯にカットラス。ならず者、無法者、強盗というよりは海賊という言葉がしっくりくる。

「おまっ……! ステラは……女はどうした!?」
「ぁあ? おんなァ? さあ、どうしたっけかなァ? おまえ知ってるかぁ?」
 意味深にニタリと笑って、後ろにいる黒づくめの騎士を肩でつく。
  ……コーホー……コーホー……
 指の先まで覆いつくした性別不明の漆黒の騎士は、かぶった仮面の下で息を吐き出すだけだ。返事は一切ない。

「き、きさまら、殺したのかっ!?」
「ガハハッ!! あの小うるさいオバハンならよ、入ろうとする俺様の邪魔をしやがったから、この刀の錆の1つにしてやったぜえ!」
 うっすら血のりのついたカットラスを悠々と持ち上げて見せる。


  んなわけない。


 この2人、もちろんローザマリアのパートナー、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)フランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)である。

「てめーもそうしてやろうか? ああン?」
「ひっ……ひいいいい……っ」
 椅子を蹴倒し、あわてふためき部屋の奥へ逃げる男を見て、ニシシッとフランシスが笑う。
  ……コーホー……コーホー……
「ん? ああそうか、皮膚呼吸ができなくて大変か。じゃあさっさとやっちまおう」

 ドカドカドカ。
 部屋の隅で、まるでそうしていたら壁に入れるとでも思っているかのようにペッタリ張り付いている男に近づき、覆いかぶさると、フランシスは言った。
「いいか? この小悪党! 酒が欲しけりゃてめェで強盗でも何でもして調達しろ! 俺様はてめェみたいな自分の手は一切汚さないでおいしいとこ取りだけする悪党が一番大ッ嫌いなんだよ!!」

 ガツン!! 転がっていた酒瓶でぶん殴られ、男はアッサリと気絶した。

「いいか、俺様は子どもの味方な通りすがりの強盗だ。年端もいかない子どもにまたこんな仕打ちをしてみろ、次はこんなもんじゃ済まねぇぞ」


「いくらすごんでも、もう気絶しているから聞こえないわよ」
 入口から現れたローザマリアが、服を覆っていた安っぽい緑の肩掛けをはずして椅子の背にかける。
 うなじで結っていた髪を引きほどき、眼鏡をはずした彼女はもうローザマリアでもステラでもない。

「やり手の児童虐待専門弁護士デニース・クレイン、ただいま参上!
 そろそろ菊が裁判所や裁判官のクリエイトを完了させているころよ。さあとっととこの小悪党をひきたてて、親権放棄の書類にサインさせるわよ」



 ちなみにこのあと。
 フランシスは「小うるさいオバハン」発言の責任をとって、はりつけにされたあげく火をつけられたとかつけられなかったとか。
 それはまた別の話である。