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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■4−3

 きれいなドレスを着た人たち。おいしそうな料理がいっぱい並んだテーブル。暖かそうに燃えている暖炉。
 窓の向こう側に、夢の世界そのままの光景があるのを見て、少女はぽつっとつぶやいた。
「いいなぁ…」
 声に出して、初めて自分がつぶやいていたことに気付いた少女はあわてて口に手をあてる。他人をうらやむのは罪だ。
 きょろきょろと左右を見渡し、だれの姿もないことにホッとする。

 しかしそのつぶやきは、しっかり後ろにいたヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)の耳に入っていた。


「なんというやつらだ! こんな不遇な少女に見せびらかすなど言語道断!!」


 握り締めたこぶしをぶるぶる震わせ――ついでに全身も震わせて――ヴェルデは怒りを噛み締める。
 彼は今、義憤に駆られていた。

 こんな冷たい冬空の下で、人通りの絶えた街を1人うろつくしかない少女。
 酒浸りですぐに手をあげる父親にいる家には帰ることもできず、寒さに凍えて震えるしかない。
 なぜなら、凍えて震えるしかないのは家でも同じだから。まだこぶしが飛んでこない分、街路にいる方がマシというもの。
 望みはただ、死んだ母や祖母に会いたいということだけ…。

 ヴェルデは自分のした想像に涙する。

「……十分あったかそうですけどねぇ」

 となりのエリザロッテ・フィアーネ(えりざろって・ふぃあーね)が、ダッフルコートや耳当てをして、ボンボンのついたブーツ、手袋をつけている少女の姿に、率直な感想を口にした。


「ちっがーーーーう! 違うんだよ! 心だよ、心が寒いんだよ!! リトルバードなハートが孤独でぷるっぷる震えちゃってるんだよ! 人間、目に見えないとこが大事なんだよ! ボディランゲージとかアイコンタクトとかあるだろ? 行間を読むんだってば!!」
 分かるかぁ!?



「……いえ、あの……ああ、はい」
 涙をちょちょぎらせて力説するヴェルデに、とりあえず、当たり障りのない返事をしておく。

(なんでこの人、こんなに無駄にハイテンションになってるのかしら?)
 遅ればせ、今ようやくそのことに気付いたエリザロッテは内心首をひねった。

 彼女の前、ヴェルデの想像――というか、妄想は止まらない。
 彼の頭の中、セラはこの世の不幸を一身に背負った超不幸少女になっていた。

「そんな少女がどんな気持ちで今、あの裕福な屋敷で開かれているパーティーの光景を覗き込んでいるか分かるか? 想像してみろ! 絶するにあまりある!!
 ……くっそー! 人非人どもめ!! 全員ぶっ殺してやるッ!!

「ええっ!? い、今なんて……ヴェルデ!?」
 自分の聞き間違いかとあせるエリザロッテの前、ヴェルデは屋敷に突貫した。

  え? うそ? マジ?

 ドカッ! っと扉を蹴り開けたヴェルデの手には、いつの間にかクリエイトされた金属バットが握りしめられている。
 服装も、いつの間にか変装が溶けていつもの赤の波羅蜜多ツナギだ。
 壊れた扉が蝶番ごとエントランスホールをガランガラン転がった。

「この鬼畜ども!! 今から俺が成敗してやるからなあああっ!!」
 ホームランでもかっ飛ばそうとするかにバットをかまえるヴェルデ。

 この唐突な登場に、いささか仰天気味に彼を振り返っていた者は――……


 裕福な家の長男ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、その妹ルカルカ・ルー(るかるか・るー)、家令ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)だった。


「むう、賊でございますね!」
 ハルが前に出る。

「どうぞお引取りくださいませ!」
 手にした龍神刀による先制攻撃! ヴェルデの手からバットがはじけ飛ぶ。
「どわああっ…!!」

「――フッ」
 ダリルのダークネスウィップが足のつま先ギリギリを数度打ち、ヴェルデを後ろへ下がらせる。

「ひとのおうちを訪ねるのでしたら、まずは訪問マナーを学んでからいらっしゃいな! 呼び鈴も鳴らさず扉を壊すような狼藉者には、当家の敷居をまたぐ権利もありません!!」
 ルカルカの七曜拳が炸裂。
 拳聖必殺の7連打がヴェルデを玄関から放り出した。


 そこへまたまたタイミング良く吹きつける突風。


「うーーーーーーーーわーーーーーーーーーーーっっ!!」


 天の采配により、ヴェルデは街の外まで吹き飛ばされた。

「ヴェルデ!!」
 すべてを見ていたエリザロッテは、大あわてで走って追いかける。


「もー。私の分も残しておいてよ、お兄さま、お姉さま」
 騒ぎを聞きつけた末の妹若松 未散(わかまつ・みちる)が、階段の上で暗器をかまえていた。

「あら、ごめんなさいねぇ、未散ちゃん」
 ルカルカがにっこり笑いつつ、ぱんぱんと両手から汚れをはたき落とす仕草をする。

「やれやれ。扉が片方壊れてしまったな」
「すぐにお直しいたしましょう」
 吹き飛ばされた扉を脇に抱え、玄関へと近づくハル。
 彼は、室内から漏れ出した光の中に少女の姿を見て、ぴたりと動きを止めた。
「あなたは…」
 セラを見て、一気に青ざめて硬直したハルに、突然影から突き出されたものは!


「はい、ゆーびん」


 何の前振りもなくいきなり、かなり、唐突に現れた夏侯 淵(かこう・えん)扮する郵便局員が差し出す「速達」と書かれた封書だった。

「ったく、年の瀬の雪の中、しかもこんな時刻に配達させるなんて、お貴族さまは優雅なことだよ(棒読み)」

「悪かったな。ありがとう」
 この寒空の下、郵便局員の制服姿はかなり寒い。外套があっても全然寒い。
 帽子や肩の上に雪を積もらせてぶーたれている淵の姿に苦笑しつつ、硬直の解けないハルに代わってダリルが受け取りサインをする。

「差出人は……父さんか。一体何を――」

 そのときぴゅうっと風が吹き込んで、ダリルの手から手紙をさらった。
 舞い上がった手紙は階上にいた未散の手の中へ。

「……ええっ!?」
 読むとはなし、手紙を読んでしまった未散は、衝撃のあまり絶句してしまった。
 震える指から落ちた手紙は、はらりはらりと階下へ落ちる。

「未散? お父さまは何と書いてこられたの?」
「私が……私が、この家の子ではないことが分かった、って…」


ががーーーーーん!! 今明かされる衝撃の事実!!



「おお。何やらあっちのホームドラマで新展開があったみたいだぞ」
 もぐもぐもぐ。ドライフルーツのつめ物がされたガチョウの丸焼きを食べながら、聞きつけたルーフェリアが言う。
「えー? 何ですの〜?」
 興味津々、師王 アスカ(しおう・あすか)以下全員がドアにはりついた。



「……どういうことなの? お兄さま、お姉さま」
「実はね……あなたは生まれてすぐ、誘拐されたことがあったのよ…。警察やたくさんのお友達の力を借りて、3日後、あなたは無事連れ戻されたの」
「だが、父さんたちは育っていくきみを見て、思ったんだ。われわれのだれにも似ていない、と…」
「そんな! うそ……うそよね? ハル…?」
 一縷の望みを求めてハルを見つめる。しかしハルはダリルたちの言葉を肯定するように、目を伏せた。

「すべて真実でございます。ご両親は、誘拐犯に真実を問いただすために首都の監獄牢へ向かわれたのでございます。
 ああ、もはや嘘をつきとおすことはできません。この方が現れてしまった今は…! ご覧ください!! この少女こそ、真実この家の末娘・セラさまでございます!!」


「えええええええーーーーーーーーーーーっっ!!?」


「いやいや、いくらなんでもその展開強引すぎるって。未散ちゃん、8歳かよ」
「ちょーっと若作りしすぎてるな、とは思っていたんだが」
「見て。無茶振りされて、セラの方こそ固まってしまっているようだよ」
 ケーキ片手に松原 タケシ(まつばら・たけし)蒼灯 鴉(そうひ・からす)ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)がこそこそつぶやく脇で
「ばかねぇ。昼メロは多少大げさなくらいがウケるのよぉ。そんなことも知らないの〜? あなたたち」
 アスカがあきれ返って腕を組む。好奇心で輝く目は、一瞬もそらされない。



「そんな……未散が俺の妹じゃない…?」
 愕然となるダリルの横を、ハルがすり抜けた。

「お嬢さま!」
 階段を駆け上がり、すっかり脱力してへたり込んでしまっている未散の横に膝をつく。
「お嬢さま、どうかわたくしを見てください。あなたがこの家の人間でなくともわたくしはあなただけの家令でございます。もしもあなたがこの家にいられないとおっしゃるのであれば、わたくしはどこまでもお供する覚悟はできております」
「ハル…」
 伸ばされた手をハルが両手で包み込もうとした瞬間。

「駄目だ!」
 ダリルがその手を奪った。
「俺は……今何にショックを受けているのか分からない。未散が血のつながった妹でなかったことか、セラが妹だったことか、それとも…。
 だが! これだけは分かる。ハル、おまえにだけは絶対に未散を渡さない!!」
 これは自分だけのものだと、ダリルは胸に掻き抱いた。小さな未散はダリルに包まれ、埋もれてしまいそうになる。
 ぴたりと密着した体。未散に感じられるのは、ダリルのぬくもりとその力強い腕だけ――。
「お兄……ダリル…」
「未散……俺は…」


 階上で、昼メロファンの心をわし掴みにする緊迫したクライマックスが繰り広げられている中、階下では。

 
「はーい、セラちゃん。初めまして。俺は日下部 社。846プロダクションっちゅー芸能プロの社長やっとるモンや。
 話はぜーんぶあっちのパーティー会場から盗み聞きさせてもろた。あんた、ここんちの子どもやったんやてなぁ。なら資金面はバッチリや!
 どや? 芸能界デビューしてみんか? なんやったら俺がプロデュースしたったるで?」

 腹黒い大人Aの日下部 社(くさかべ・やしろ)が、セラに名刺を差し出していた。