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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■4−1

「……かまくらで年越しソバと鍋パーティーねぇ…」
「なかなかいいじゃないか。駄目なのか?」
 うーん、と考え込む鈿女に、コアが訊く。

「うわー、鍋ーっ! あ、カニ入ってる! おいしそーじゃん! あたしも混ざればよかったー!!」
 ラブが展開されている光景を覗き見しながら、ものほしそうにつぶやいた。

「んん〜……ま、ちょっと東洋色が濃い気もするけど、これはこれでアリかもしれないわね。
 それよりほら、次のリストレーションの波が来るわよ。この本はもう動き出していて、止められないわ。頑張りなさい、リストレイターたち」


「夜が深まるにつれ、雪はどんどんひどくなっていきました。
 びゅうびゅうと吹く風に運ばれた雪は少女のカールした金の長い髪にはりつき、凍らせていきます。
 でも少女はそのことに全く気付きませんでした。なぜなら、1軒の暖かそうなあかりを灯した家が彼女の目を引きつけていたからです。
 少女は吸い寄せられるようにそちらへと近付いていきました」





(あれは…)
 少女は、何か聞こえてきたような気がして外を振り向いた。ミリィのよそってくれたお椀をひとまずこたつテーブルに下ろして立ち上がる。
 かまくらの中では話が大いに盛り上がっており、だれも、少女が出て行ったことに気がつかなかった。
 大通りは強風が吹き荒れ、街路に降り積もった雪まで巻き上げて走り抜けていたが、不思議と少女が渡るときだけは弱まる。
 声に引き寄せられるようにふらふらと、少女はその屋敷の窓までたどり着いた。



 屋敷の中では年越しを祝うパーティーの真っ最中だった。
 モールや綿などできらびやかな飾りつけがほどこされた豪華なツリーが設置されたリビングルームで白いシーツをかぶった島型テーブルを囲み、大勢の若者たちが楽しげに立食している。
 出されている料理は見事にデンマークの伝統料理。パスタロールにそれにハーブの効いたパンを使用したサンドイッチといった軽食から小エビのカクテル、チーズに乗せたドライフルーツのデザートにガチョウの丸焼きといった豪勢な高級料理が並んでいる。

 1時間ほど経過し、パーティーの参加者がおなかを満足させ、ひとごこちついたころ。師王 アスカ(しおう・あすか)がパンパンと手をたたいて場の注意をひきつけた。

「はーいご注目〜。今からゲームをしまーす」
「えっ、ゲーム!?」
 真っ先に反応したのはゲーム好きの松原 タケシ(まつばら・たけし)だった。

「なになに? 格ゲー? シューティング?」
「そんなのパーティーでするわけないでしょ〜? ケーキ使ったロシアンルーレットよ〜。プレゼント交換もしましょ〜」
「なーんだ。ツマンネ」
 とたんくるっと背を向けた、タケシの正直すぎる態度にアスカの眉がピクっと反応する。

「まぁいやね〜、タケぽんったら子どもなんだから〜」
「イタッ! アスカ、それいたいいたいいたたたたたっ!」
 こめかみのところをこぶしでグリグリされて、タケシは涙目になった。

「アスカ、そのくらいにしておいてやれ。それからタケシ、おまえにはこれをやる」
 蒼灯 鴉(そうひ・からす)が差し出した物、それは最新ゲーム機とソフトのセットだった。
「うわっ! スゲー! 今話題のやつじゃん! でもこれ、ここでできるのか?」
「ああ。ちゃんと液晶テレビもあるぞ」
 鴉が手で指し示した先には、45型ワイドテレビが鎮座していた。
 もちろん近くの壁にはコンセントだってある。

 19世紀デンマークの壁にコンセント??

 その場にいる全員がそう思ったが、タケシは全く意に介さない。
「わーい! 鴉、さっそくやろうぜ!!」
 きゃっほきゃっほと喜んで、ゲーム機器のセッティングを始めた。

「ちょっと待ちなさいよ、タケシ! あんたね、協調性っていうものを一体どこに置いてきたのよ? 小学生でももうちょっと気づかいできるわよ?」
 鴉が気をきかせて隅っこへの隔離作戦をとったのに、憤激したオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が混ぜっ返す。
「せっかくアスカが用意してるんだから、ちゃんと参加しなさいよ!」
「え〜〜〜っ。でも俺、ケーキ興味ないしー。なんだったらベルが選んでよ。俺、それでいいからさ」
「このっ!」
 と、耳を引っ張ろうとして、ふとあることを思いつく。
「ふっふ〜ん。じゃあベルがタケシの代わりに選んであげるっ♪」
「ああ、うん。頼む」
 くふくふ含み笑いをしながらのかなりあやしい発言だったのだが、タケシは始まったゲーム画面に夢中で全然意識を払っていなかった。

  ――あやうし! タケシあやうし!!


 そしてそこから少し離れた所では、ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が無言のまま、わなわな震えていた。
「どうしたの? ルーツ」
 リーレン・リーン(りーれん・りーん)が口をもぐもぐさせながら傍らに寄る。
「……いいかげんすぎる…。なんだよ? いくら本の世界だからって、ムチャクチャすぎるだろ!? なんで19世紀に液晶テレビやゲーム機やコンセントがあるんだよ! あと、俺はホープだから、リー」
「あ、ごめん。そっくりだから間違えちゃった」
 謝って、一応考えてみる。
「でもホラ、私たちみんな19世紀のデンマークって詳しく知らないしー」
「そうだよ、知らないんだよ! 知らないのになぜリストラなんてしてるの? ひとの記憶の修復なんだよ? 失敗したら大変じゃん! こんな責任重大なことを、平然と!」

 おまえらの神経どうなの!?

「あー……だってもう3回目だもん。慣れちゃった」
 あはははーーーー、と能天気に笑うリーレンに、ザルすぎる……とガックリくる。

「ああ……兄さんの苦労が目に浮かぶ…」
「でもルーツも結構はっちゃけてたよ? 前回。両手ぶんぶん振り回しちゃってさ」
 前回のパニクったルーツの真似をして見せるリーレン。次の瞬間、ホープの放つ殺気が彼女をひやりとなでていった。

「おまえ、もしかして俺の兄さんばかにしてる…?」

「そっ、そんなわけないじゃん! ルーツは大切な友達だよー」
 あはっ……あはははははっ。

 笑ってごまかそうとするリーレンを見て、ホープは結論を出した。
 こいつ、ばかだ。

「あんまり俺たちに近付かないでよね、ばかが移るから。茶色頭さん」
「なんですって!」
 さすがにこの小ばかにした態度にはリーレンもカチンとくる。
「それ、かつらでしょ。近くでみればすぐ分かるよ」

「かつらじゃないもん! 地毛だもん!!」

「うわっ」
 ドーーーーンと突き飛ばされ、ホープは島型テーブルの1つにどんがらがっしゃんと頭から突っ込んでいったのだった。

「ホープのばかー! あーんっアスカー、ホープがひどいんだよ〜」
「なんですってぇ〜?」

  ――いや、リーレンの方がひどくね?


「さあみんな〜、きれいに等分したから、1つずつ持って行ってねぇ〜」
 アスカは切り分けたケーキを小皿に取り分けながら言った。
 普通、パーティーに用いられるケーキやプディングの中に入れるのは、コインだったり指輪だったり指貫きだったりする。それぞれ、お金持ちになれますように、だったり、結婚できますように、だったりといった意味が込められてあって、来年の運勢を占うために仕込まれる物だ。アスカはこれをひねって、大量のワサビを「当たり」としてケーキの1つに注入していた。
 外部からは一切見えないがチューブ1本分は入っている。これぞケーキロシアンルーレット! 当たったからと、何がもらえるわけでもないという……まさしく不運だけのケーキだ。

「アスカ、これもらっていくわね〜♪」
 1ピース乗った皿を手に、オルベールはふんふん鼻歌まじりにタケシの元へ向かう。そしてこっそり、途中でホレグスリをふりかけた。
 もちろん、これはオルベールのクリエイトした薬である。
 
「ふっふっふ。これを食べればタケシはベルに夢中ねっ」
 あいつってば、これまでベルの女としての魅力にとことんスルーかましてくれたから、ここで一発逆転、ベルがどんなにイイ女か、認めさせてやるわ!

「タケシ、ほら、あんたの分持ってきてあげたわよ」
「おっ、サンキュー、ベル。いっただっきまーす!」
 何の疑いも持たず、タケシは渡されたケーキを口にする。

(よっしゃあ! これであとは私の姿を見せるだけねッ)
 思わずオルベールが小さくガッツポーズをとったとき。

「タケシ。ここに『ゴースト・ハンティングナイト 5DS』があったんだけど、おまえ興味ある?」
「えーっ! マジ!? これ対戦できんだよ! 勝負しようぜ、ホープ!」
 ホープのひと言で、タケシはぱぴゅんっとそちらに走った。
 タケシのキラキラした目はゲームソフトを見ていて、すっかりほれ込んでいるようだ。頬ずりまでしている。

「ちょっとお〜〜〜〜〜っ! 邪魔しないでよ、ばかホープ!」
「ばかはおまえだ」
 ぽくん! 後ろから鴉がこぶしを落とす。
「タケシにホレグスリ飲まそうなんて、何考えてるんだ」
「どうせ現実世界へ帰ったら覚えてないんだからいいじゃないっ」
「ここは無意識世界だ。覚えてなくても、あいつの無意識に作用していたらどうする気だ? おまえ、責任とれるのか?」
 本気ならともかく、おまえはただおもしろおかしく遊びたいだけだろうが。

 この言葉には、さすがにオルベールもうっと声を詰まらせた。
 はっきり言って、彼女はそこまで考えていなかった。タケシのことは好きだが、それはからかいやすい友達というだけで、恋愛感情は全くない。

「……なによ……なによ、バカラスなんか、アスカと両想いのリア充のくせに。ナマイキなのよ」

「はぁ? いきなり何言いだすんだよ。そんなこと、今は関係ないだろ?」
 ごまかしてうやむやにする気かと、うさんくさげに見る鴉を、オルベールはキッと睨み上げた。
「ベルなんかね、もう1年近くドゥルジと会えてないのよ! それどころか、生きてるのか死んでるのかだって分かんないんだから!! こんなカップル行事に出て、目の前で見せつけられるひとの気持ちがあんたに分かる!?」

「あ、ドゥルジ」

「えっ!?」

 思わず鴉の指差した方向にぐるんと向き直るオルベール。
 そこには、ズボンのポケットに手を突っ込んでクリスマスツリーを見上げるドゥルジの姿がたしかにあった。
 うなじでまとめられた長い白銀の髪。近付く彼女に気付いて、記憶にあるそのままの、少年らしいやわらかな笑みを浮かべる。
「ドゥルジ…」
「やあ、シャミ」

 ぴたりとオルベールの足が止まる。
「どうした? 会いたかったんだろ?」
「……これ、ベルがクリエイトしたドゥルジよね」
 鴉の言葉に触発されて。
 だって、ドゥルジはオルベールを知らない。オルベールがシャミだなんて、気づくはずがない。
「だから?」
「だって……これはドゥルジじゃない…」
 それでも、幻でない彼の姿は胸がぎゅーっとなるくらい懐かしくて。
 声に涙がにじんだ。
「ばーか」ぽん、と頭に鴉の手が乗る。「あれが100%おまえの創作ってどうして分かる? ここは無意識世界だぞ。パラミタ中のひとの意識が溶け合ってるんだ。やつが生きてるなら、ここに集っていないって言えないだろ?
 ――行けよ。もしかしたら嘘から出たまことってヤツになるかもしれないぞ」
 背中を押されて、オルベールは少しふらつきながらドゥルジに近付いた。

「ドゥルジ……ひさしぶりね」
「ああ」
「…………元気…?」
 その質問に、ドゥルジは少し考え込む。
「まぁ、なんとかやってるよ。ちょっと面倒だけど、再生に時間がかかるのは仕方ない。なにしろエネルギーはほぼ底をついていたし、かなり砕かれてしまったからな」
「そう…」
「それよりシャミのことを聞かせてくれ。あれからどうしてたんだ? 俺は先に眠ってしまったから、おまえたちがどうなったか全然知らないんだ」
「そう、ね…。ちょっと長くなるから、あっちに座らない?」
 おずおずと差し出した手にドゥルジの手が重なる。その手はたしかに温かく、やわらかかった。