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リアクション
「お待ちしておりました」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、エアカーから降りてきた金 鋭峰(じん・るいふぉん)を出迎えた。
今日は、短い休暇を取った鋭峰の、ごく個人的な外出だ。
が、国軍の最高司令官が一人で外出という訳にもいくまい。そこでお付きとして白羽の矢が立ったのがルカルカだった。
今日は団長も、いつもの軍服姿ではなく、あまり目立たないグレーのジャケット姿。それに併せて、ルカルカも象牙色のツーピースである。
武器は携帯していないが、万が一のときには素手でも十分に護衛としての仕事ができるよう、鍛錬は怠っていないつもりだ。
「本日は名誉ある任をお任せ頂き、ありがとうございます」
目立たないよう敬礼こそしないけれど、ルカルカはぴっと背筋を正して鋭峰の隣に立つ。
「市の案内はお任せ下さい」
どんと胸を張るルカルカに、鋭峰は、うむ、と頷いて歩き出す。
特にこれと言った買い物は無かったようだが、いくらか目に付くままにクリスマス用品を買い込んだ。
「ふむ……少し、何か食べていくか……」
一通り買い物は済んだのだろうか、鋭峰は並ぶ飲食系の露店をちらりと見やって呟いた。
しかし、その多くはクリスマスケーキを中心とした、甘い物のお店。鋭峰向けとは言えない。
「では、ソバ粉生地を使ったローストビーフのクレープなどは?」
「ほう……そんなものもあるのか」
提案された意外なメニューに興味を持ったか、団長は乗り気なようだ。
ルカルカはすかさず、あらかじめチェックしておいた屋台へと団長を案内する。
そして二人分購入すると、人気の少ないベンチに並んで腰を下ろした。失礼が無いよう、適度な距離を置いて。
「団長、この後はどうされるんですか?」
もし時間が許すなら、今日の記念にお揃いのお土産でも、と持ちかけようとしたのだが。
「夕方から会議がある。そろそろ本部へ戻る」
団長の返事に、ルカルカはがく、と肩を落とした。
「では、本部までお送りします」
「ああ……今日はご苦労だったな」
「いいえ、団長の剣として、当然のことをしたまでですから」
ゆっくりお供をできなかったのは残念だけれど、休暇の護衛という仕事を任せてもらえたことは嬉しかった。
「よろしければ、またお供させて下さい」
「検討しよう」
そして二人はエアカーに乗り込むと、ヒラニプラの教導団本部へと戻っていく。
夕刻、会議が始まる前には余裕を持って到着することができた。
「団長!」
エアカーを降りて、せわしなく団長室へと戻ろうとする鋭峰を、ルカルカが呼び止めた。
ここならば、敬礼しても目立つまい。ルカルカはにっこり笑って、ぴっと敬礼の姿勢を決める。
「メリークリスマス、です」
■■■
「……あれ? 陽一?」
高根沢 理子(たかねざわ・りこ)は、待ち合わせ相手の酒杜 陽一(さかもり・よういち)の姿を見るなり驚いた声を上げた。
自分の影武者として、自分とうり二つの外見に整形までしていた陽一が――髪を短くし、男の姿に戻っている。
「同じ顔が二つ並んで歩いていたら、目立つだろう?」
「そりゃ、そっか」
そういう理子もまた、髪をアップにし、着ている物も蒼空学園の女子制服。
西シャンバラの代王として、何かと狙われることも多い。少しでもその危険を回避するための変装だ。
「じゃあ、いこうか……えっと、理子、さん」
陽一はわざと、以前告白した時以来の呼称で理子を呼ぶ。
日頃、代王というプレッシャーにさらされている理子を、少しでもリラックスさせてあげたいという思いからだ。
しかし、やはりなんというか、照れる。
理子の方も、普段は「理子様」と呼ぶ陽一の変化には気づいたようだったが、陽一の気持ちに気づいているのか居ないのか、それをとがめ立てすることはしなかった。
二人はつかず離れずの距離で、クリスマス市の開かれている公園東側へと向かう。
しかし、辺りには結構な人の波がある。
万が一にも理子を見失う様なことが在っては、大問題に発展してしまう可能性も、ある。
「理子さん……よかったら、手を繋がないか? その、はぐれてしまうかもしれないから」
「……そうね。エスコート、よろしく」
ちょっと言い訳がましいかな、と思いながら手を差し出すと、理子は小さく笑って手を重ねてくれた。
二人は手を繋いだまま、クリスマス市をぐるりと回る。
色とりどりのオーナメントに目を奪われてみたり、美味しいケーキに舌鼓を打ったりと、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「さ、もう帰らないと……仕事が待ってるわ」
日が傾き始めた頃、理子が伸びをしながら陽一に告げる。
陽一は少し残念そうに、そうか、と頷いた。
「連れ出してくれて、ありがとね」
良い気晴らしになったわ、と理子は笑う。
待ち合わせしたときの、少し疲れた様な笑顔とは違う、心からの笑顔だ。
「それは何よりだ」
理子が少しでも楽しんで、リフレッシュしてくれたのなら、陽一の目的は完遂だ。
本当はイルミネーションも一緒に楽しみたかったけれど、公務が在る理子を引き留める訳にはいかない。
「送るよ」
「ありがと」
二人は、イルミネーション目当てであろう、増え始めたカップル達の間をすり抜けて、公園を後にする。
短い時間だったけれど、二人にとって今年最後の小さな、けれど素敵な思い出になったことは、間違いないだろう。
■■■
「空京で、人工雪とイルミネーションが見られるイベントをやってるそうなんです〜」
ということで、神代 明日香(かみしろ・あすか)はエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を誘って、桜の森公園までやってきていた。
手袋越しに繋いでいる小さな手が愛おしい。
明日香は幸せな気分で、エリザベートを公園中央までエスコートする。
辺りは少しずつ日が落ちていて、点り始めたイルミネーションがほんわりと二人の周りを彩っていた。
「綺麗なのですぅ」
エリザベートは、年相応に無邪気にはしゃいでいる。
それがかわいらしくて、明日香はそうですねぇと、釣られて笑顔になる。
中央広場にはふわふわと雪が降り注いでいて、イルミネーションの光を反射してきらきらと輝いて見える。
「少し座りましょうか」
「そうしましょうー」
明日香の提案に、ここに来るまでに歩き疲れたのだろうか、エリザベートもあっさり頷く。
都合の良いことに広場のベンチも開いていて、二人は並んで腰を下ろした。
ぴったり寄り添って座って、きらきらと舞い踊る雪のかけらを楽しむ。
けれど、明日香の気持ちは、隣に座っているエリザベートの方にばかり向いてしまう。
大好きな相手とこれだけ密着しているのだから、当然といえば当然なのかもしれないけれど。
ちらちらと、雪のことよりもエリザベートの顔の方ばかりに目が行く。
そのうちに、視線に気づいたのだろうか、エリザベートと目が合った。
思わずどきんと胸が高鳴る。
そのまま、視線が外せない。
目と目がじっと見つめ合って、心臓の音がどんどん速くなる。
もっと――もっと、今まで以上に、もっと近くに、エリザベートのことを感じたい。
もっともっと、触れていたい。
明日香の胸に、そんな思いが膨らんでいく。
「エリザベートちゃん……キス、しても良いですか?」
気がついたら、そんな言葉が口からこぼれていた。
キス、という単語に、みるみるエリザベートの顔が赤くなっていく。
「き、きすって、あの、ちゅーですかぁ?」
何を言われたのかやっと理解したのだろうか、いよいよ目を回すエリザベート。
だけど、見つめてくる明日香の視線は真剣で。
しかも、不意打ちでちゅーしてくるのでなくて、こうしてちゃんと聞いてくれると言うことはそれだけ、エリザベートのことを大切にしてくれてるということで。
とってもとっても恥ずかしいけれど、明日香とならいいような、そんな気がした。
それでも、いいよ、なんて言えるほどエリザベートは大人ではない。
こくん、と小さく頷いて見せるのが、精一杯だ。
明日香にはそれで十分、伝わったけれど。
「……ありがとうございます」
嬉しそうに笑った明日香は、目を閉じてゆっくりとエリザベートの唇に、自分の唇を合わせる。
触れたのは、ほんの一瞬。
柔らかい感触がした、と思った瞬間、二人の唇ははじかれたように離れて。
それから、もう一度ゆっくり重なった。
親愛を確かめるための、触れるだけの優しいキス。
それは子供のちゅーと呼ばれてもおかしくないような幼稚なくちづけだけれど、二人にとっては大切な、大切な、甘いキス。
「えへへ……エリザベートちゃんと、キスしちゃいましたー」
ゆっくりと触れあったあと、明日香は恥ずかしそうに笑いながら顔を離した。
改めて見つめたエリザベートの顔は、それはそれはゆでだこの様に赤い。
「嫌じゃ、ありませんでしたか?」
エリザベートのことを気遣うように問いかける明日香に、エリザベートはぶんぶんと首を振って見せた。
「……また、してもいいですか?」
今度はこくりと頷く。
明日香はへへへ、と幸せそうに笑うと、エリザベートの体をぎゅうっと抱き寄せた。
「大好き、です。エリザベートちゃん」
私も、と言う代わりにエリザベートはぎゅっと明日香の洋服の背中を握りしめる。
「さあ、寒くなる前に帰りましょう」
暫くそうした後、急に吹き出した冷たい風に明日香が立ち上がった。いつの間にか辺りはすっかり夜の色だ。
そうですねぇ、とエリザベートも寒そうに立ち上がる。
けれど、二人で居れば寒くない。
手袋を外した手を繋いで、お互いの体温を感じながら、二人はゆっくりと帰って行くのだった。
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