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リアクション
◇
なんだってこんな事になりやっがた
なんだってこんな事やっちまった
知らねぇよ
知らねぇよ
大っ嫌いなんだ 何もかも
大っ嫌いなんだ そこある全部
でもなんでだろうな
俺にもわかんねぇよ
わかんねぇけど 夢を見ちまう
どうか――どうか叶うなら。
あのクソ女に ―― 祝福を。
◆
「ほら、そっち行ったぞ!」
「もぉ! ちょこまか動かないでよー!」
「危ねぇ! くそ、避けんなよ! 大人しくくらっとけ!」
病院と公園を隔てる道の真ん中で、彼等の声が聞こえた。
「あいつ、どんだけ動き回るんだ……?」
「知るか! 私が聞きたいくらいだ!」
病院にて、彼等は歌う。それは戦いの唄。
彼等がドゥングを包囲してより十数分が経過し、尚も熾烈な攻防は続く。一撃を避け、躱し、防ぐ彼等と。
数多の攻撃を受け、払い、潜り抜ける獣人と。しかしその光景たるや、圧倒的に獣人が不利となっていた。
「待て――やっぱりそうだ。あいつなんか様子がおかしい」
不意に氷藍が、弓を弾きながら誰にともなく呟いた。
「母上、何がおかしいんですか?」
ドゥングの攻撃を捌いた後、彼に反撃を加えつつ交代する大助が彼女に尋ねる。
「いや、なんかこう……さっきまでの動きがない。キレがないと言うか……」
「それは俺も気付きました。あやつ……致命傷でも?」
ラナロックを懸命に抑えながら幸村は言う。
「いや、違うな。俺も終始見ていた訳じゃないが、あいつの今までの動きでは、悔しいが俺たちでは傷一つ負わせる事は叶わんだろう」
「では一体――」
言ってから、再び大助が斬りかかりに向かって行く。
「なぁ、嬢ちゃん。あのおっさんさ、時間がないって言ってたんだけど……」
「誰が嬢ちゃんだ! 少なくともお前よりは年長者だ馬鹿者! しかし……ふむ、時間がない、か」
隣にやってきた煉の言葉にやや怒りながらも、しかし思考を続ける氷藍。
「だろうな。あいつ、このまま体力削れば正気に戻るかもしれない」
「えっ?」
彼女の近く、話を聞いていた孝高がそう言うと、薫が思わず聞き返す。
「ドゥングさん、元に戻るのだ?」
「あぁ、そんな気がしてならない。これはあくまでも推測だが……」
「その推測も、まぁ役に立つときはあるさ。ほら、行くよ熊」
「おう」
「あ、待って! 我も行くのだ!」
又兵衛の言葉に倣って、彼等は体勢を立て直すと再びドゥングの元に向かう。
人数が多い分、攻撃をし、下がって攻撃を避け、体勢を立て直して再び攻撃をする。と言う状態が続いてより十数分が経過した。その間、誰ひとり傷を負っている者はいない。故に獣人、ことドゥングは劣勢極まっている訳だが。
「もうひと押しでどうにかなりそうですね」
「油断はするなよ。それでもあいつは強い……」
「大吾、あなたに言われたくはありません」
「……すまん。くるぞ!」
謝る大吾が盾を構える腕に、肩に、腰や足に。そのすべてに力を込めて、ドゥングの攻撃を防ぐ。
「……………」
ドゥングは何も語らず、いそいそと大吾から離れて行った。彼からすれば、その場一点に数秒でも長く留まると、全員からの攻撃を受ける。故に攻撃した後はすぐに移動しなくてはならないのだ。
「よーし、氷藍さん! ボクたちであの獣人さんをとめましょう!」
「ん……あぁ」
「どうしたの?」
「いや……んー……」
口ごもりながらも弓を引き、後方支援に回る氷藍はどうにも腑に落ちない、と言った表情を浮かべている。
「正気に戻る、か。でも、あの男を操っている奴はどうしてもウォウルとラナロックを殺したい、と思っているんだろう? だったら何か、他に手が――」
「氷藍さん! 危ないです!」
瑞樹の言葉で我に返り、目前にいるドゥングの攻撃に息を呑む彼女。が、ラナロックを抑えていてた幸村、彼女の近くにいたコアがその一撃を受け止める。
「大丈夫ですか、氷藍殿」
「すまない。私たちがもっと前で戦えば良かった……」
「いや、謝るのは俺の方だ。少し考え事をしていた。すまん」
二人が思い切り武器を振り払うと、ドゥングが後ろへと飛び退いていく。どうやら彼女を狙うのは諦めた様子だった。
「………埒があかんか。ならばいいさ、何も貴様等とこうやってくそ真面目にぶちあっている必要もないからな」
既に満身創痍なのだろう。ドゥングはふらつきながらも指をならし、影狼とラナロックそっくりの機晶姫を呼び出してその場を後にする。包囲されている為に退路はないが、渾身の力で跳躍し、一同の頭上を飛び越えていった。
「またこいつらかよ……埒があかねぇってのはこっちの台詞……あ?」
言いかけたアキュートは、しかしそこで言葉を止めた。目の前に出て来たのは、僅か二匹の影狼と、同じく二体の機晶姫。
「……何故二体、なんだ?」
我が目を疑う様な表情でカイが呟く。無論、その場の全員が同じ思いを持っている。
「と、兎に角! 今はこれらを倒すとしよう」
呆気にとられたまま武尊が言うと、数人が狼を相手取り、攻撃を開始した。
「随分尻つぼみなんですね……彼」
大助の一言で、しかし氷藍の表情が晴れる。不意に、彼女はある事に気付いた。
「そうか……! 不味い事になった……! みんな急げ! やつは…『奴らは』まだ弱って等いない!」
彼女の言葉に唖然とする一同。何がなんなのかが全く分かっていないと言った様子で、故にただ、呆然としていた。
「ラナロック、お前は俺たちと此処にいろ。良いな!」
「……何故ですの?」
ぼんやりと、まるで何事もなかったかの様に影狼の一匹を撃ち抜いた彼女。そのあまりにも呆けた顔に、返り血とぼしき黒い液体が飛び散る。
「ら、ラナさん……なんかそのタイミング怖いですっ!」
大助が思わずツッコみをいれたがしかし、氷藍は真剣な面持ちで言葉を連ねた。
「知っている者がいれば言ってくれ。あの男――ドゥングは確かに時間がないと?」
「言ってたぜ。俺とエヴァっちはちゃんと聞いたんだ。なぁ? エヴァっち」
「あぁ。聞いたぜ。時間がねぇんだとよ」
腕を組み、不貞腐れた様子で彼女はそう言った。
「そして、あれは何者かによって操られている」
「そうだろうな。目つきが尋常じゃなかった」
カイが肯定した。
「ねぇ、氷藍さん。何が不味いの?」
どうにも気になる様子の鳳明が尋ねると、彼女は一度「あぁ」と呟き、自分の考えた末の結論を述べ始めた。
「単純な話だよ。皆も考えてみてくれ。仮に、此処が合戦だったとする」
「(合戦?)」
「(何故に合戦?)」
ほぼ全員が首を傾げた。わずか数名を除いては。
「兵が負傷した場合、そしてそこがかなり重要な陣を争う戦場だった場合……皆ならばどうする」
「それは無論、兵を増強しますね。他から持ってきてでも」
「あぁ。出来るならば被害は出したくないけど、まぁ……怪我しちまったもんはしょうがねぇし」
幸村と又兵衛が考えながらに答えを述べる。
「そうだ。かなり重要であり、言ってしまえば本丸までの最短距離を結べる敵陣を取る以上、多少の犠牲はやむなし。これが鉄則だ。そしてその答えが、今あれがやろうとしている事だ」
懸命にその説明に耳を傾ける面々と、ドゥングの置き土産である機晶姫の最後の一体を倒している面々は、やはりどこかはっとしない様子でその話を聞いている。と、大助が声を上げた。
「そうか! あれは兵士。彼は代わりの利く兵士、と言う事ですね、母上!」
「そうだ、偉いぞ大助」
「代わり……? ちょっと待ってください」
メティスが彼女等の言いに口を挟んだ。
「彼が黒幕ではない事はわかります。わかりますが、代わりが利くと言うのはどういう事でしょう」
「あれは末端の一部でしかない。と、そう言う事になる。故にだな、あいつがもし使えなくなったとしたら。俺の例えで言えば負傷兵だな。そしたら代わりを送り込む。ただそれだけの、簡単な図式だ」
今いちぴんと来ない、と言う表情の彼等ではあるが、しかし今、話を聞く片手間に倒したラナロックの姉妹機を見て一同が徐々に、氷藍の危惧している問題を理解した。
「そういう事だ。確かに粗方この機晶姫は倒してから出て来ただろう。でもその残りが一体どれだけあるか、俺たちは確認したわけではない」
「ちょっと待ってくれ、って事は何か? あいつが――ドゥングが動けなくなったらその代わりが出てくる、って事なのか?」
「無論、これはあくまでも仮定に過ぎない。憶測の域はでないが、その可能性は充分にあり得る、と言う事だ」
「じゃあ……あいつを止めれば良いってだけだった今までとは――」
恐る恐る、アキュートが口にする。
「そうだ。その仮定が辺りだとするなれば、恐らく今お前が考えた事が起こりうるって事になる」
「だから、私は此処に残れと?」
「確かに、相手が複数になった時、全員がラナロックさんを狙ってきたらボクたちだけで守れるかどうか……」
不安そうに呟く輝は、だから、と続けた。
「ウォウルさんも、ラナロックさんも、両方を守る為には出来るだけ離れたところにいなくてはならない、って、そう言う訳ですか」
「その通りだ」
「よし。じゃあ俺たちは病院に向かえばいいな」
レンはいつしかしまっていた武器を再び手にし、そう切り出した。
「すまないが、俺たち全員が固まってるのもまた、得策ではないと思う」
「任せとけって。あのおっさんだったから此処まで手古摺ったんだ、違うやつが来たら特に困る事なんかねぇよ」
煉が努めて明るく振る舞うと、彼等は病院へと向かう為に歩みを進める。
「最後の最後に、なって欲しいですね」
「あぁ、この詰まらん連鎖を断ち切るには、やはりこれほどに面倒が待っているか……のう、ラナロックよ」
「……そうですわね」
その場に残った彼等は、病院へと向かう彼等を見送り、そして公園の方を向くのだ。
「あそこに避難した人たちがいる――。ねぇラナさん」
鳳明がラナロックの名を呼び、彼女は鳳明の方を向いた。
「絶対に、さ。なんとしても、私たちで、あそこにいる人たちを守ろうね」
『私たちと』。
彼女はそう――口にした。ラナロックを頭数にいれ、彼女は自分たちで守ろうと言ったのだ。そしてその言葉に、一同がラナロックを見やる。
「えぇ。まだ、私の指は重さを覚えていますから」
手にする銃を見つめる彼女と、彼女を見つめる彼等たち。決意を胸に抱いたまま彼等が病院へと振り返った時、それは突然に彼等の前に姿を現した。
蒼いチャクラムを手にした青年――永井 託と共に、ラナロックの姉妹機とも取れない機晶姫がやってくる。
「やぁみんな。出来れば、加勢……して欲しいんだけどねぇ………」