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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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 6.希望ヵ歌ノ終焉節 〜アリガトウ と イウコトバ〜





     ◇

何故 それらはかくも罪深いのか。
何故 それらは神を見上げるか。

わからぬわからぬ。 愚かなものよ。
わからぬわからぬ。 笑いが止まらぬ。

何故 人は人をやめるか。
何故 人は強くなろうとするのか。

わからぬわからぬ。 愚かなものよ。
わからぬわからぬ。 罪深き者共よ。

神を崇め、人を想い人から外れて嫌われる。
自身を傷つけ、他人を傷つけ、理さえも傷つけるか。

人は好きぞ、人は好きぞ。
ならば悪にも成ろうではないか。
咎人が罪を、購(あがな)おうではないか。

わからぬかわからぬか?

それも良い。それでも良いのだ。

何も罪多きそなた等が、以上の罪を背負う事はないだけぞ。
ならばその咎ーー妾がいただく。
食ろうてやろうぞ 咎人が命ーー諸共に。





     ◆

「……何だって、こんな目に……合わなきゃ、ならん……」
 ふらつく彼は、二階へと昇りきった踊り場にいた。既に自立する事は困難であり、壁に寄りかかりながら歩くのがやっと行ったところであった。
「クソ……こんなはずじゃ、なかった……何が悪い、何が……悪かった」
 ドゥングは呟く。怒りとも、悲しみとも取れない声で、彼は呟く。
「あいつらだ……あいつらが邪魔をするから……」
 二階にある、ウォウルがいる筈の部屋。ウォウルが入院していた部屋。彼は既に、その体の自由を奪われてからも、度々此処に訪れている。誰に尋ねる事もなく、案内を見る必要もないほどに、彼は目的の部屋を知っている。故に彼をそこへと向かっていた。が、目前に現れた少女を見るや、彼はすっくと自らの足で立ち上がる。力は殆ど残されていないが、しかし彼は自らに敵対する者、として彼女を認識し、しっかりとした眼で彼女を見据えた。
「此処より先は通せぬな」
「ほう、嬢ちゃんだけでかい?」
「あぁ、安心するといい。我だけだ」
 そう言うと、プレシアの体を借りる『時の魔道書』は宝飾剣を握り彼に対峙した。剣ではあるが、その構えは近距離を基本として戦う構えではない。
「あぁ、安心したよ。こっちもいよいよ以て時間がねぇからな」
 振りかぶった彼の攻撃を回避する彼女は、思った以上に彼の動きが機敏であることを知り、舌打ちしながら距離を取った。
「おいおい、まだ一撃目だぜ?」
「煩いわ……吼えるな」
 詠唱を唱え、彼を正面に据えた『時の魔道書』は手にする宝飾剣に力を込めてそれを振り抜く。切っ先から真紅の塊がドゥングへと向かうと、彼の寸前で爆発した。
「そうか。それを貰わなければ良いってこったな」
 わかったわかった、と納得した彼は、突如走り初めて彼女の懐に潜りこむ。素早く詠唱を唱える彼女は、寸前のところで彼の斬撃を交わして後、生まれた隙で再び爆炎波を放つ。
「貰わなければいい、って先にいっただろう? 警戒してるんだ、そう何度も撃つもんじゃ……」
「なんだ? 続きを言わないのか?」
「……はっ、あれがハッタリか」
「如何にも」
 突きつけられた剣先を瞳だけで確認し、ドゥングは暫く停止する。
「さて、お引き取り願おう。お呼びでないんだ」
「できねぇなぁ……できねぇよ。なんでかって? 此処まで来てむざむざ引き下がれるか」
 渾身だった。彼は一気に後ろへ飛び退くと、最後の力を振り絞って前進し、今まで彼が見せた速度をほんの一瞬だけ見せる。姿なき移動――目にも止まらぬ速度の前進。
「なっ!?」
「残念だったな、もう俺に時間はねぇ。だったら加減はしねぇぞ」
 時間がない。その証拠に、彼の獣人かは不完全であり、腕だけが獅子のそれとなっている。
「プレシアちゃん! トキ!」
 彼女の後ろから響く声に、ドゥングの刀が彼女の腹部を両断する寸前で止まる。
「二人目だと……?」
 慌てて後ろに飛び退いた彼は、不敵に笑い始める『時の魔道書』を見つめた。何かを企んでいるのだろう事が容易にわかる表情で、彼女はひたすらにやけている。
「プレシアちゃん? 待ってて、今行くから!」
 遠くから聞こえる結の声。それは彼女の中で、何かを確信したものへとなって外へと溢れ出る。
「残念だったな。貴様の目論見は此処で終わるのだ。諦めるがいい」
 言い残した彼女の瞳の色が変化する。
「あ、あれ!? ちょっとトキちゃん!? わわっ、何で私!?」
 慌てふためく姿は本来の体の持ち主、プレシアのもの。
「大丈夫プレシアちゃん? あれ、今……あぁ、そうだよね、プレシアちゃんだ」
「結!」
 と、成る程、と合点がいった。プレシアは手にしていた宝飾剣をしまうと、代わりに光条兵器を取り出し、それでもってドゥングに向かってそれを振り下ろす。
「結、兎に角下がって!」
「えっ? あ……うん!」
 プレシアとドゥングが鍔迫り合いをする様を、後ろから結が心配そうに見守る。と、それは些細な事だった。彼女の手にする光条兵器、クラージュ・シュバリエが不意に、プレシアの手から離れた。押し合っていた状態が故、手にするものが行きつく先はプレシアの後方。そしてその後方に居るのは――。
「はっ! 非力な嬢ちゃん、今の俺ですらお前さんを捻りつぶす事は容易い!」
「あーあ、落ちちゃった」
 真っ黒な言葉。凍る笑顔。彼女の一言で、ドゥングが彼女に向ける手を再び躊躇った。何かがあると確信した。確信したからこそ、彼は再び後ろに下がろうと足を動かす。が、彼の足が後ろに下がる事はなく、何かに引っ掛かって体勢を崩した。見れば自分の足には、プレシアの足が引っ掛かっているではないか。蹴りの様な動作で足を引っ掛け、彼の体勢を崩したプレシアが思い切り彼の腹部に打撃を叩きこむ。
「……焦らすな、その程度では効かんぞ」
「まだまだぁ!」
 四発、五発と腹部へ拳を叩きこみ、そしてそこで動きを止めた。彼は首を傾げる。何故プレシアの後ろが光っているのかと。そして理解する。彼女は今まで何で自分と闘ったかと。後ろには誰もいなかったか? この女の味方ではなかったか? 自問自答の結論は、そうそう時間がかかるものでもない。
「アタリ。おじさん、もう諦めなよ」
 小さな声で彼に囁く彼女の顔が、ほんの一瞬悪魔の様に。そして彼女はその場で弧を描いてしゃがむ。代わりに姿を現したのは、クラージュ・シュバリエを構えた結の姿。

「黒幕さん、もう諦めて、お家に帰ろう? ――ツュッヒティゲン・ナゲール!!!!」

 両の手で光条兵器を持ち、詠唱と共に力を溜めこんでいた彼女がそれを、あろう事かそれを、自分の前へと放った。宙に投げ出された光条兵器はまるで時間が止まった様に物理法則を無視し、その場で停滞し、まばゆい光を放っていた。
「……な、なんだ?」
 目前、宙に浮くそれを一度、二度、三度。結が掌で軽く押すと、杖から矢の様な光が、それこそ銃弾が如き速度でドゥングに向かって放たれた。
「何でだよ」
 呟くドゥングは動けない。動けば恐らく、しゃがんでいる彼女に再び足を取られるだろう。そうすれば彼は終焉を迎える。彼の悲願は、成せずに終わる。
「……何で邪魔をするんだよ」
 まるで怒りであり、悲しみであった。
「あいつは――あの男ハ悪ナノニっ! 何でダよ!!」
 最後の最後の――本当に最後。おそらく立つことすらままならぬ成る事を知った上で、彼は最後に完全な獣人化を果たし、その場から姿を消す。
「えっ!? 嘘!」
 足を絡め取ろうと攻撃動作に入っていたプレシアは、しかし本来の目的を失い体勢を崩した。その頭上――真っ白な光の矢が空を切り裂き、消失していく。
「ぷ、プレシアちゃん!? 大丈夫!?」
 尚も宙に浮く光条兵器を慌てて手に取り、体勢を崩して倒れたプレシアへと掛け寄る結。
「うん。それより……あの人、ドゥングさんは?」
「わからない。どっかに消えちゃったみたい……」
「諦めてくれたらいいんだけど……」
 彼の姿を見失った二人は、立ち上がって顔を見合わせた。
「結、さっきの――」
「うん。クラージュ・シュバリエが飛んできたら咄嗟に受け取ったんだ。私も攻撃しなきゃって思ったら、ふってあの言葉が出てきて――」
 暫くは呆然としていたプレシアが、しかしにこりと笑って頷いた。おそらく結にではない、誰にでもない言葉で呟いたのは、そのすぐあと。
「シュッヒティゲン・ナゲール――断罪の爪……うん、良い名前」
「プレシアちゃん? 心配だからウォウル先輩のところ、戻ろう?」
「あ、うん! 待って―」
 彼女たちは何も知らずにウォウルの待つ部屋へと戻るのだ。何か――自信にも似た何かを心に抱きながら。