リアクション
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病院がほぼ機能していないが為――その向かいにある公園は半ば野営病院と化していた。先の爆発による被害者はいないが、此処にいるのは医療従事者や見舞客だけではない。
病気を患っている一般の患者までもが、その公園に身を寄せているわけであり。
「いやぁ、ダリル君。君がいてくれて本当に助かるよ」
「いえいえ。俺は医者ですから。あぁ、次の方――。すまんがルカルカ、この方のカルテを」
「あ、はいはーい」
病院の医院長が見守る中、病院に務める医師たちと共に、ダリルは患者の診察に追われていたりする。
「わぁ……ちょっとこの先生随分ハンサムじゃない!?」
「はいはい、そう言うは良いですから。何処かお体の調子が悪い所はありますか? 今カルテを――」
「それより、あなた今度から此処に勤務になった先生? だったら貴方に是非主治医を頼みたいわぁ、今の主治医、どうにも顔が……」
「いえ。俺は今――まぁ非常勤みたいなものですから。はい、口開けてください」
「(あーあ、ダリルったら。全然ウォウルとラナロックの事診れてないじゃない。あ、ドゥングも、だっけか)ま、良いんだけどね」
カルテを探しながら、後ろで女性患者の質問攻めにあっているダリルを見て苦笑を浮かべるルカルカは、しかし何やら面白い物を見る様にダリルの事を見つめている。
さて、と区切りを入れたのは真人だった。彼等の前にはベッドに横たえられたラナロックの姿が。
「どうしますか。この眠り姫」
「そりゃあまぁ……眠り姫と言ったら、ねぇ?」
おどけた様子でセルファが言うと、ルイが心配そうにラナロックの顔を覗き込む。
「それはそうと、本当に彼女、大丈夫なんですか? なんていうかその――腕、なくなっちゃってますし……」
「どうだかねぇ。ま、一つ言える事は、ルイ。ちょっと顔が近いよって事くらいかな」
頬杖を突きながら冷ややかな視線を送るセラエノ断章に向け、彼はそうですか? と首を傾げて尋ねた。と――
「あぁ、近いな」
急にラナロックの声がした事に驚いたルイが、思わず尻もちをついた。
「うぁ!? ビックリしたぁ」
「何を驚くやつがあるか。ん? なんだ、腕がないではないか。何故だ?」
腕をついて体を起こそうとした彼女は、しかし腕がなくなっている事に気付き、その場でバタバタと動き回っている。
「すまぬが誰か、手を貸してはくれぬか?」
鳳明が苦笑しながら手を貸し、彼女を起こすとラナロックは「すまんな」と言ってにっこりと笑った。
「瞳の色が緑――って事はさっきの」
「あぁ、如何にも。先程共に戦った者もいるようだが――ふん、まぁいい」
その喋り方があまりにもラナロックの容姿と相まっていないが、今はもう、誰もそこに違和感を覚える者はいない。
「に、しても。だ。この小娘は一体何をやらかすと腕を失う」
「それはだな――」
コアが事の次第を彼女に伝えると、彼女は豪快に笑った。
「そうかそうか。まぁ、あの小娘と言えばらしい話だ。っと、脇道にそれるところだった」
「脇道?」
不思議そうな顔でセルファが尋ねる。
「あぁ。脇道だ。何、我が貴公らの前に出たのは他ならぬ、別れを告げる為よ」
別れ――。彼女はそう言った。
「え、それって」
「我の体はもうなくなってより久しい。故に未だ執念として残ってはいたが、そこも興が覚めた。そこで、この小娘にこの体をくれてやろうと思うてな」
ベアトリーチェは彼女の腕の損傷部を診る手を止めぬまま、言葉を促す。さして時間がかかる事無く、その言葉に反応を返したラナロックを見て、今度は衿栖がやや口ごもりながらに呟く。
「………その、貴方がいなくなったら、彼女は――」
「普段の小娘に戻るのみよ。案ずるな。まぁ、他の奴らがどういうかは知らんが、少なくとも我は、皆の顔を見て、そして数人と手合せして感じた。貴公らが身近にいれば、この小娘は幸せになれるのではないか、とな」
「……そうですか」
ミシェルはどこか少しだけ、本当に少しだけ残念そうにそう言って口を紡いだ。
「任せてもいいかね? 貴公等に、我等が肉体を」
暫くの沈黙の後、美羽が力強く胸を拳で叩いた。
「任せてよ! だってあたしたちがついてるんだよ!? 大丈夫だってー!」
「そうか。それを聞いて安心した。では、皆々よ。あの小娘によろしくな。世話になった、と」
そう言うと、緑色の瞳が徐々に光を失い、そして今度は黒くなる。だからこそ、思わず彼等は身構えた。漆黒が瞳は即ち『亡霊』。
「おいおい、なんだいあたしが出るとあんたらはいっつも眉を吊り上げんのな。まぁしかたねぇか、出る時が出るときだったかんな」
「……まさか君も」
「おう、そのまさかだよ。何、あたしゃ心配だったのさ。ほら、あのバカどもがこの前勝手に暴れただろう? あたしもちぃとばかし悪戯が過ぎたとは思ったんだ、ごめんよ」
はにかみながら笑う。
「でも、確か――」
レキが記憶を辿りながら言葉を発する。
「あの時のキミは……なんていうか」
「私が私らしかった、ですわね? かっかっか! あたしを舐めちゃあいけないよ。何せ亡霊、だからね」
「姿がない。故に亡霊、か」
和輝が何処か納得した様に言うと、彼女は「如何にも」と、先程の人格を真似て返事を返す。
「あたしはあいつらの憑代だったのさ、結局のところ、バランスとりって感じだね。だから亡霊。んで、あいつらを纏めなきゃならない。だから暫定的に強いあたしが選ばれた、ってわけ。日記見ればわかるよ」
と、そこで。
「……不味い! あいつらの事を忘れてた!」
和輝が慌ててその場を去り、病院へと向かって走って行く。
「んー? どうしたんだい、彼」
「多分、パートナーさんの事すっかり忘れてたんじゃないでしょうか」
佑一が苦笑すると、なるほどとラナロックが頷く。
「なぁおい、亡霊さんよ。正直なところを教えてくれ。なんでお前が亡霊と呼ばれる様になったんだ? さっきの説明じゃあどうもピンとこない」
「それはあたしに聞かれてもこまるんだけど……ま、そうだね。色々な意味で、あたしは無形。形がない、事態も定かじゃない。って事だけは言えるね。戦いに身を置いてた時でさえ、獲物を選ばず、手段を選ばず。だからじゃないかな? かっはは! ま、こまけーことは気にすんなって!」
「次に俺が聞きたい事がある」
訥々と、馬超が彼女に声を掛けた。
「ん? なんだよ、ただ別れのあいさつにきたってのに、とんだ人気者だなぁ、あたし」
「お前の強さはなんだ」
彼女の言いを無視して、彼は単刀直入に聞いた。
「強さだ? んー意識した事ねぇな。でも――」
彼女は暫く考えて、更に考えながら口を開く。離しながら言葉を纏め、そしてそれを繋げていく。
「そうだなぁ……自分に誇りを持てるか、じゃねぇの? あたしはほら…なんだ、その…亡霊だの化け物だのって呼ばれてたんだけど、でもさ、それでも詰まる所で自分が好きだって自覚があった。だから……かな」
「自分に誇りを――そうか」
「おう。お前そう言えば、あたしと一回やりあったな。寝ぼけててあんまり覚えてねぇけど」
「……あぁ。貴様と手合せをし、久しぶりに心が躍った」
「そうか。そいつぁ良かった。うんうん、それで言える事は、もっと自信持てば、ってだけだな。お前がどう思おうが、お前はお前だし、良いとこあるんだろうからよ」
彼女は言うだけ言うと、折角鳳明が手を貸して起こしたにも関わらず、再びベッドの上に寝転がり、ため息をつく。
「さー。あたしゃ疲れたし、そろそろ行くわ」
「……そうか」
「もう迷うなよ」
「あぁ。お前らがいんだろ。迷ったら、まぁ何とかやってやってくれ。あぁそれとな」
ほんとに最後の言葉、なのだろう。彼女は大きく息を吸い込み、そしてやや大きな声で。それこそ、その場一帯にいる全てコントラクターに聞こえる様な声で叫んだ。
「あの腐れ魔女をぶっ倒してくれてありがとうな!」
彼等は全く意味がわからないまま、彼女と別れる事となる。
「よし。じゃあな。また会う事があったら、まぁねぇとは思うが、よろしくな。お前らこそ、迷うんじゃねぇぞ。じゃあな」
彼等は微笑みながら、彼女を見送る。
「あ、そうだ。こいつら皆、連れってやるからよ。ちょっとあのガキ不安定になるかもしんねーけど、助けてやってよ。じゃ、今度こそ本当に」
真っ黒な彼女の瞳は、うっすらとその色を失い、白銀のそれへと戻って行った。瞳を開けたまま、彼女は以降寝息を立てるだけで目を覚ます事はない。
「あれ、これ寝てんのかな」
恐る恐る彼女の頬を突く美羽の言葉を知るかの様に、瞳を開いたままのラナロックが寝言を呟いた。
「ありがとう」
皆様、『過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―』にご参加ありがとうございました。シナリオを書かせていただきました、藤乃 葉名です。
「もうなるべく遅れないようにする」と言っておきながら、新年一本目から遅れてしまい、まことに申し訳ありません。
今回のシナリオ、如何でしたでしょうか。シナリオの流れから、ちょっと色々な物を盛り込み過ぎて、駄目なのでは……? などと思いつつ、それでも皆様の素敵なアクションを見ながら、なけなしの頭を振り絞りながら頑張って書かせていただきました。
すみません……これが藤乃の限界でした……。バトル、と言うジャンルを掲げて良いのか微妙なところですが、頑張って戦闘描写をかかせていただいた様に思います。
一先ず、連載は此処に完結しました。ラナロックのお話ですね。如何でしたでしょうか?
機会があれば、もしかしたらウォウルの過去にまつわるお話もとりあつかってみようかな、などと、考えたり考えなかったりしています。
それでは、遅くなってしまい誠に申し訳ありませんでしたが、また機会がありましたら、シナリオでお会い致しましょう。
最後までお読みいただき、まことに嬉しく思い、また私、藤乃共々、この文字たちも喜んでいると思います。 ありがとうございました。
またお会いできる日を願って。