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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第五章  城下の賑わい

 葦原城で宴の催されているのと同じ時、葦原城下の賑わいも最高潮に達していた。

「あ、亮一さん!見てくださいコレ!すっごいカワイイですよ!」
「お、お嬢さん、中々お目が高いね。コレは今城下で流行の簪(かんざし)だよ。ちょっと、つけてみちゃどうだい?」
「え!いいんですか?――どうですか、亮一さん、似合います?」
「あ、あぁ。似合ってる――と思う」

 そう言って微笑んでみせる高嶋 梓(たかしま・あずさ)に、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は、そうぶっきらぼうに答えるのがやっとだった。

(い、いつもつけてるカチューシャが簪に変わるだけで、こんなに違って見えるなんて――)

「どうだい、お兄さん、カワイイ彼女にプレゼントしちゃ?」
「か、彼女だなんて――」
「イヤ、俺と梓とはそんな仲じゃ――」

 屋台の店主の言葉に、思い切りドキマギする2人。

「いいのいいの!例え彼女じゃなくっても、可愛い娘にはプレゼントしとくのが男の甲斐性ってもんだ!ホラ、おまけしとくから!」

 『皆まで言うな』という顔でウンウンと頷く店主。

「ま、まぁ……。梓が欲しいって言うなら――」


「へい、毎度あり〜」

「スミマセン、亮一さん。何だか、おねだりしたみたいになっちゃって」
「イヤ、まぁ梓にはいつも世話になってるしな……。お礼みたいなもんだ」
「ハイ!大切にしますね!」
「そ、そうか?ま、まぁ気に入ってくれたみたいで、良かったよ」

 心底嬉しそうな梓の顔に、亮一は、照れ隠しにそっぽを向きながら、それだけ言うのがやっとだった。


「ねー、カズちゃーん」
「ん、何だいリンちゃん?」

 刀村 一(とうむら・かず)は、肩車しているリン・リーリン(りん・りーりん)を振り仰いだ。
 リンの指差す先を見ると――。

「あれ、きれー」

 今しがた亮一に買ってもらったばかりの簪が、梓の頭に揺れている。


「リンね、あれ、買って欲しいの!」
「ハイハイ、ちょっと待ってね」

 べっこう飴やらうぐいす笛やら鈴カステラやらをしこたま抱えたリンを、肩から下ろす一。
 リンはとてとてと屋台に歩いて行くが――。

「カズちゃん、抱っこなの!」

 リンの身長では、微妙に品物が見えないらしい。

「ハイハイ」

 嫌な顔ひとつせず、言われるままにリンを抱き上げる一。

「うわぁーーー!」

 眼の前に現れたきらびやかな飾り物の数々に、リンの胸と瞳がときめく。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。どうだい、キレイだろう!」
「きれー……!」
「ホントだ。綺麗だねー、リンちゃん」
「どうだい、お父さん。安くしとくよ」
「お、お父さん!?」
「アレ、違うの?」
「違うの!カズはリンのおじさまなの!」
「そ、そっかー。おじさんかー」
「おじ『さま』!」
「わ、わかった!おじさまだな、おじさま」
「なの!」

 どうやら、おじ『さん』とおじ『さま』の間には、天と地の差があるらしかった。

「まぁまぁ。とにかくどうだい、安くしとくよ」
「……好きなの買っていいよ、リンちゃん」
「当然なの!」

 そして、リンが物色を初めて10分――。

「リンちゃん、欲しいのある?」
「まだ全部見てないの!」

 さらに10分――。

「リンちゃん、欲しいのあった?」
「ウン、あった!」

 さらに10分――。

「リンちゃん、どれが欲しいか決まった?」
「アレとアレアレとアレ!」
「全部下さい!」
「毎度あり〜」


「リンちゃん、これも可愛いよ〜♪」
「当然なの!」

 簪を取っ替え引っ替えするリンに、一の目尻も終始下がりっぱなし。
 すっかりゴキゲンなリンに、こちらもゴキゲンな一であった。



「おい、おっさん!これ、欲しいんだけど」

 リンの隣で、簪と組み紐を選んでいたハイラルは、ついに「これぞ!」という1本を決めると、店主に声を掛けた。

「へいへい、少々お待ちを――こちらでござんすね。えっと――贈り物で?」

 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)という男2人の組み合わせに、やや不審気に訊ねる店主。

「あぁ。まぁ贈り物って言っちゃあ贈り物かな。コイツがつけるから」
「え!俺!?」
「兄さんがですかい?」

 レリウスを指さすハイラルに、驚く店主とレリウス。

「何だよ、おっさん。なんかオカシイかよ?」
「い、いえいえ。滅相もございません!そうですか〜、兄さんがねぇ――。あ、いえいえ。きっと、よくお似合いだと思いますよ」

「だろ!おまえ、髪長いしさ。折角キレイな顔と髪してんだから、こういうので飾ってたらきっと似合うぜ?」
「い、いや俺は――」
「遠慮すんなって。祭りに連れて来てくれた礼みたいなもんだから」
「え?」
「気ぃ使ってくれたんだろ。おまえが警備より祭りを選ぶなんてさ。最初は『熱でもあるのか?それとも変なモンに憑りつかれたか!?』とか思ってたけどさ」
「は、ハイラル――」
「なんてな!何言わせんだよ、全く!おっちゃん、全部で幾らだ?」
「へ、へい!えぇと、簪と組み紐と……締めてこれだけになります」
「ホイよ!釣りはいらねぇぜ、とっときな!」
「へい、有難うござんす!」

 店を出ていく2人の後ろ姿を、店主はまんじりともせずに見送る。
 
「ま、俺ァ商売さえ出来れば、人様の好みをとやかくいいやしないがね。しかし、あの兄さんたちがねぇ――」

 レリウスもハイラルも「簪は女のする物」という認識が欠如していただけなのだが――。
 店主に誤解されているとはつゆ知らず、レリウスと肩を組んで、意気揚々と店を後にするハイラルであった。