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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第三章  千人武者行列

 城下を中央に走る大通りは、間もなく始まる千人武者行列をひと目見ようという見物客で、ごった返している。
 正面に設けられた特別席には、顔見せのためのやや堅苦しい昼食会を終えたばかりの招待客たちが、行列の開始を待ちかねていた。

「亮一さま〜、竜馬さま〜!こっちです、こっち〜」
「え……、あぁ!いたいた!」
「おぉ!あそこか!」

 呼び声を頼りに辺りを探していた湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)坂本 竜馬(さかもと・りょうま)は、群衆の頭の上で揺れている、機械の手を見つけた。
 場所取りを頼んでおいた、ソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)だ。
 その隣では高嶋 梓(たかしま・あずさ)が、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

「はい、御免なさい。ちょっと通しておくんなさいよ――」

 人混みを巧みに掻き分けていく竜馬の後を、必死に追う亮一。

「もう!遅いですわよ、お二人共!」
「そうよ!もう始まる時間じゃない!」
「悪い悪い。屋台の行列が長くってさ〜」
「詫びと言ってはなんじゃが、ホレ、お前さん方の分も買ってきたぞ。みんなで食べよう」
「わ!流石は坂本様!」
 
 竜馬の持って来た食べ物の立てる旨そうな匂いに、たちまち2人の怒りのトーンが下がる。

「見ろ、イコンだ!」
「なにィ、イコンだと!」
「どこどこ!」

 男の声に、身を乗り出して彼方を見る亮一とソフィア。
 やがてその目に、イコンの一団が飛び込んできた。

「お!あれは――」
「『玉霞』型ね!」

 武者行列の一番手を務めるイコンたち。
 その先頭を切るのは、ウサギを彷彿とさせる頭部と、太い大腿部が特徴的なイコン朧月夜だ。
 そのコックピットでは、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が、たった一人でイコンを操縦していた。
 ベルクは元々サブパイロットであり、その担当は各種計器や火器の管制である。
 しかし今日は、メインパイロットであるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が搭乗していないため、彼が一人で操縦せねばならない。
 だがベルクは、危なげなくイコンを操っていた。

「へっ!まっすぐ歩かせる位なら、俺一人で充分だぜ!」

 全ては、この日のために積み重ねて来た厳しい訓練の賜物であった。

「なんて大きさだ!」
「これがイコンかい!凄いモンだねぇ〜」
「どうやって動いてるんだろう?」
「スゲー!カッコいー!!」

 初めて見る間近に見るイコンに、感嘆の声を上げる群衆。

「だいぶ、機動性に特化した機体みたいだな」
「それであの脚の太さが必要な訳ね」

 一方、亮一とソフィアも、如何にもメカマニアらしい感想を述べている。
 
「お侍たちが、やって来たよ!」

 イコンの後に続いて、きらびやかな武者装束に身を包んだ明倫館生が粛々と歩いて来る。

「凛々しいねぇ!」
「勇ましいなぁ〜」
「お兄ちゃんたち、カッコいい!」
「イヨッ!葦原侍!」

 などという声がそこかしこから上がる中、生徒たちは葦原城目指して歩いて行く。

「皆さん、とっても素敵ですね〜、竜馬さん!」
「ほぉ〜これは大したもんじゃ!新選組より、余程立派じゃよ!」

 思い思いの感想を述べる梓と竜馬の前を、侍たちが次々と通り過ぎていく。



 そんな侍たちの中で、一際異彩を放つ一人が、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の目を引いた。

「アレを見るです、ザカコ!箒に乗っている女の人がいるですぅ!しかも、鷹までいるですよぉ!」
「ほ、箒に……鷹?」

 エリザベートに袖を引っ張られて、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は振り返った。
 何かと忙しいアーデルハイトの代わりに、《根回し》してエリザベートのお付きとしてやって来た彼だが、最早お付きというよりは子守に近い。

 半信半疑で、彼女の指差す先を見るザカコ。そこには確かに女性がいた。
 【空飛ぶ箒シーニュ】に腰掛け、扇子で口元を隠した美女が、ニコニコと愛想を振りまいている。
 しかもその箒の柄には、【鷹】と【吉兆の鷹】が1匹ずつ止まっている。
 更に――

「じゅ、十二単(ひとえ)……?」

 女性は、何故か十二単を着ていた。
 みな武者装束か、せいぜいが狩衣という中で、一人だけ十二単を身に纏った彼女は、嫌でも人目を引く。
 エリザベートが指差して騒いでいるせいか、あちらの方でもこちらに気づいたらしく、美女はにっこりと笑って手を振っている。

「ほれぇ、十二単着てきてえがったじゃろー?見てみぃ、さっちゃん、ばくやん。あの女の子、あんなに喜んどるで」
「ん?あれはイルミンスールのエリザベート校長じゃねぇか?」
「確かに。間違いないであります!」

 十二単の女性――鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)の視線の先を見て、草刈 子幸(くさかり・さねたか)草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)が頷く。

「ありゃあ?エリザベートさんじゃったか。気づかんかったのー。どうじゃ、さっちゃん。おエライさんに、少しサービスしちゃったら?」
「なるほど、それは、良いかもしれませんな――!バクヤ、例のアレを出して欲しいであります!」
「お、アレをやるのか?よしよし、ちょっと待ってろよ――ホレ」

 莫邪は懐から干し肉を2枚取り出すと、子幸に渡す。
 子幸はそれを軽くほぐすと、鷹の前にかざした。
 2匹の鷹はその肉を見ると、一声を上げて箒を飛び立つ。

「ザカコ、鷹が飛んだですぅ!いったい何が始まるんですかぁ?」
「しっ……。エリザベート様、あの鷹をよく見ていて下さい」

 ザカコに言われて、エリザベートは食い入るように鷹を見る。
 いつもの、ドコか退屈そうなエリザベートとは違う、真摯さと純粋さに満ちた横顔を、ザカコは感慨を持って見つめた。

「行くぞ、カチ、ソホ――それっ!」

 莫邪は干し肉を立て続けに、天高く投げ上げる。
 上空を旋回していた『褐(カチ)』と『赭(ソホ)』は、猛禽類特有の素早さと正確さで急降下すると、干し肉を掴んでみせた。
 沿道の群衆から、ドッと歓声が上がる。
 
「すごいすごい!見た、ザカコ!あの鷹、肉を取ったですぅ!」
「ハイ、エリザベート様。見事なものです」

 エリザベートの笑顔に釣られて、ザカコの顔にも思わず笑みが浮かぶ。
 その輝くばかりの笑顔に、(あぁ、付いてきてよかった――)と、ザカコは心の底から思うのだった。