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≪猫耳メイドの機晶姫≫の失われた記憶

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≪猫耳メイドの機晶姫≫の失われた記憶

リアクション


8.『元気を届ける』

 準備が出来たからと、廃墟の一室から大広間にキリエはドレス姿で登場した。
「これはなんで……ちょよか?」
 そこに用意されていたものはプロレスのリング。
 プロレスを通して、キリエに大切なことを伝えようと生徒達が用意したサプライズイベントだった。
 呆然と立ち尽くしていたキリエの所にサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)が近づいてくる。
「えっとですね。今からちょっとした楽しい催し物がありますので……」
「……」
 マスクで顔を隠したサーをじと目で見つめるキリエ。
 サーは慌てて自分は『実況マスク』だと、キリエに自己紹介した。
「と、とりあえずここに座ってください」
 実況マスクはマスクの中で冷や汗をかきながらも、キリエを客席へと案内した。

 プロレス会場となった大広間の明かりが消される。
 暗幕の隙間から伸びる細い線だけが、リング上に一筋の光を運んだ。
「そ、それでは、これより選手入場を開始いたします……」
 マイクを通して聞こえる実況マスクの声と共に、美しい調べが室内を包みこんだ。
 そして廃墟の正面玄関が勢いよく開かれ、スポットライトが向けられる。
「赤コ――ナー! 【ダイヤモンド・クィーン】スワン・ザ・レインボ―――!!
 実況マスクの声に合わせて正面玄関の扉の前で、破裂音と共に上がった白煙の間からスワン・ザ・レインボー(白鳥 麗(しらとり・れい))が登場してくる。
 ライトに反射して白鳥のような純白の衣装を煌めかせ、目元を白いマスクで隠したスワン・ザ・レインボー。
 堂々とリングに上がったスワン・ザ・レインボーは、飛んでくる様々な色のテープを浴びながら、会場全体に手を広げてアピールしていた。
「同じく赤コ――ナー! 【謎の魔法少女】ろざりぃぬ―――!!
 曲調がアップテンポに変わり、再び上がる白煙。
 そして魔法少女の服装をしたろざりぃぬ(九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず))が、ローライダーの上に乗って登場してくる。
 ローライダーはリング前まで移動すると、大きな音と共に車体を上下に揺らすハイドロをしてアピールしてみせていた。
 その上でバランスを取るパフォーマンスを見せるろざりぃぬに、生徒達から拍手と歓声が漏れる。
 ろざりぃぬがローライダーから飛び降り、リングへと移動する。

 ――音楽がリズミカルなポップ調に変わった。
「続きまして青コ――ナー! )【シャンバラの蒼き馬鹿】フィーア・四条―――!!
 呼ばれるや否や、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は一気にリングに向かって走り出した。
 後方で破裂音と共に煙があがるが、フィーアは構うことなくリングに近づき、バック転を決めてみせた。
 その際、パンツではない一応ズボンな魔女のパンツが見えた。というより、常時見えていた。
 男性陣の視線が集まる。
「騨様……」
「え、あ、いやこれは……」
 思わず視線を向けていた騨は、半眼になったあゆむに頬をつねられていた。
 フィーアがリングに上がったのを見て、実況マスクが咳払いをして紹介を再開する。
「同じく青コ――ナー! 【行の殺し屋】屋良 黎明華―――!!
 セーラー服姿の屋良 黎明華(やら・れめか)は白煙が落ち着いてから、客席に手を振りつつ、スカートをはためかせながら意気揚々とリングへ向かった。
 そして、黎明華はフィーアが差し出した手を握ってリングに上がる。
 黎明華は各選手が登場するたびに投げられるテープの束を持ち上げると、空中に投げてみせた。

 四人の選手がリング状に揃った、その時だった。
 キィンという耳を塞ぎたくなるハウリング音が、スピーカーから聞こえてくる。
 それに続いて叫ぶような女性の声が会場に響き渡った。

「Cut the music! Cut the music!」

 スポットライトが選手の入場し終わった正面玄関に向けられる。
 そこには全身ピッチリとスーツで着込んだローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がマイクを持って立っていた。
「ええっと……」
「「音楽をとめろ」そう言っているみたいだね」
 突然の事態に困惑する実況マスクに、冬月 学人(ふゆつき・がくと)が訳を伝える。
「そ、そうですね。あ、今音楽が止まりました」
 観客のざわめきだけが聞えてくる会場で、ローザマリアが熱弁する。
「このようなタッグマッチは認められない! 最高のパフォーマンスを追及し、提供するのがプロレスなのだから――」
 ローザマリアはリングに近づくと、ビシッと選手達に向かって指さす。
「よって! この試合はゼネラルマネージャーのこの私の権限により8人タッグマッチとする!!」
 会場がより大きくざわめいた。
 ローザマリアは親指を立て、自身の首の前を横切らせる。
「8人タッグとする! この決定に従えないなら――You’re Fired!」
「「貴様はクビだ!」だそうだ」
 ローザマリアの言葉を学人はヤル気がなさそうに解説する。
「えっと、大変なことになりました。これはどうなるのでしょうか、文則さん」
「はぁ? んなこと俺が知るかっての! てめぇが自分で考えろ!」
「す、すいません」
 試しに于禁 文則(うきん・ぶんそく)へ話を振るが、実況マスクは怒られてしまった。
 黎明華とろざりぃぬが顔を見合わせる。
「ひゃっはあっ♪ 黎明華は問題ないのだ〜」
「こちらも問題ないよ」
「いい返事ね。では選手を紹介するわね!」
 そう言うとローザマリアは実況マスクに近づき、アナウンスを指示した数枚の用紙を渡した。
 実況マスクは急いで用紙に目を通すと、選手紹介を再開する。
「えー、突然ではありますが、試合は4対4、8人タッグマッチに変更されました。ご了承ください。――それではさっそく追加選手の入場に入りたいと思います。赤コ――ナー! 【ソヴィエトからの刺客】イリーナ・ハシミコヴァ & ジナイーダ・ドラゴ―――!!
 会場にイリーナ・ハシミコヴァ(メルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど))が、その後ろからソヴィエト連邦の国旗を赤いオープンフィンガーグローブを付けた手で高々と掲げるジナイーダ・ドラゴ(富永 佐那(とみなが・さな))が堂々とした態度で入場してきた。
 ジナイーダ・ドラゴは赤い髪を揺らしながらリングに上がると、カラーコンタクトによって冷え切った氷のようになった瞳で、フィーアを睨みつける。
「……叩き潰してやる」
「……」
 フィーアは眠そうな目をして口元に薄ら笑みを浮かべただけだったが、見ている側は間違いなく二人の間に火花が飛び散るのを確認した。
「続きまして青コ――ナ―! 【典ノジコンビ】典韋 オ來 & レイラ・ソフィヤ・ノジッツァ―――!!
 名前を呼ばれた典韋 オ來(てんい・おらい)は、槍を振り回しながら入場してくる。
「オェ! プロレス界タッグ道のど真ん中を走る典ノジのお通りだ!」
「き、危険ですから選手から離れてください!」
 実況マスクの声が会場に響く。
 アドレナリン全開の典韋の後を、レイラ・ソフィヤ・ノジッツァ(れいらそふぃや・のじっつぁ)が落ち着いた様子で歩く。
 だが、内心ではレイラもかなりやる気満々だった。

 こうして、4対4。8人の選手がリングの上へと揃う。
 レフェリーにはろざりぃぬの提案で不安があるがもののシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が採用された。
 中央に歩み寄った青コーナー[黎明華、フィーア、典韋、レイラ]が握手を申し出るが、赤コーナー[ろざりぃぬ、スワン・ザ・レインボー
、ジナイーダ・ドラゴ、イリーナ・ハシミコヴァ]側は胸を反らせて見下した態度をとっただけで、手を差し伸べようともせずコーナーポストへと移動していった。
「プロレスの誇りも、夢も、全てが此処にある! 存分にやりなさい!」
 そう言ってローザマリアが立ち去るのとほぼ同時に、ゴングの音が会場に鳴り響き、『魔法をかけて!ガラスのくつ杯〜シンデレラのロスタイム〜』が開催された。