波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【2022バレンタイン】病照間島の死闘

リアクション公開中!

【2022バレンタイン】病照間島の死闘

リアクション


第二章 森の中に潜むもの

「はあっ、はあっ、はっ……」
 森の中、天禰 薫(あまね・かおる)は逃げていた。
 守られるべきパートナー、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)から。
「待て――俺から、逃げられると思うなよ」
「あっ」
 孝高の手が、薫の手を捕える。
「お前を喰いたい…… 天禰」
「こんな、こんなことしてる場合じゃないよ。早く、逃げなきゃ」
「ダメだ。今はまだ。人が少なくなるまで隠れているんだ」
 人が少なくなるまで。
 その言葉に隠れた意味を感じ取って、身体を竦ませる薫。
「他人のことは気にするな。今は、俺だけを見ろ」
「え……ああっ」
 孝高が乱暴に薫の手を引く。
 その勢いで、地面に転がる薫。
(孝高……怖い……)
「俺だけしか、見られなくしてやる」
 孝高の顔が、身体が近づく。
 薫の小さな身体を隠すように覆い被さる。
「お前の全てが愛しい、天禰。笑顔や仕草だけじゃない。怯える姿を、泣く様子を、悲鳴を、嬌声を、全てを俺のものにしたい……」
 孝高の歯が、むき出しになった薫の肩に食い込む。
(あ、食べられ、る……)
 薫の手に握りしめられていた鉈が転がり落ちる。
 瞳を閉じる。
「いいよ。食べ、て……」
「ありがとう天禰。愛しているよ」
 孝高は微笑み、薫の唇に自分のそれを重ねた。
 合わせた途端に感じる、全身を貫かれるような衝撃。
「ん……」
 チョコレートの味がした。
「ん……?」
 チョコレート。
 唾液のように甘い液体が、薫の咥内にゆるりと流れ込む。
「よした、か……」
 孝高と触れ合っているお腹が、熱い。
 開いた薫の瞳に映ったのは、目を見開いた孝高。
 その瞳に命の色は、既になかった。
 孝高は竹槍で貫かれていた。
「孝高……?」
「いちゃついてるカップルがいたら、やっぱ殺らないとマナー違反だよね」
「そうだねぇ。ミリーの言う通り」
「あ、お気になさらず。死体は後でわたくしが美味しくいただきますから」
「孝高? よしたか、よしたか……」
 既に恋人の息はなかった。
「恋人より、自分の心配をした方がいいんじゃない? おねーさんも、もうじきだよ」
「え……」
 言われて、気づく。
 お腹に感じている熱。
 これは、痛みだ。
 我は今、孝高と共に竹槍で貫かれている……
「えいっ☆」
 フラットが、足で竹槍を蹴った。
「あ、がっ」
 薫の口から大量のチョコレートが拭き出した。

   ※   ※   ※

 森の中で追いかけっこをしているのは、孝高と薫だけではなかった。
「奏さぁ〜ん! か、かかかかかかかか奏さ〜ん!」
「やっ! ちょっと春太さん落ち着いてえええっ!」
 種もみ袋を抱えて愛しの亜城 奏(あしろ・かな)を追いかけるのは周防 春太(すおう・はるた)
「どうして逃げるの!? 一緒に「亜城木 春太」として漫画家を目指した仲じゃないですか! 大丈夫、危ない事なんか何もないよ。僕が守ってあげるから!」
「あなた自身が危ないの!」
 奏の声も耳に入らず、必死で追いかける春太。
 逃げる奏。
 逃げれば逃げるほど追いかける春太。
 いつまでもいつまでも決着はつかない。
(このままじゃ私の貞操がピンチ!)
 捕まったらそのまま「奏さんを喰いたい」展開に突入するのは必至!
 それだけは、それだけは避けないと!
 木の間を走りながら、奏はふと思いつく。
 丁度いい大きさの木を指差すと、春太に向かって叫ぶ。
「春太さん、ほら、大きな尺八だよ!」
 春太さんは尺八フェチ。
 これで誤魔化すことはできないかしら。
「尺八? おぉお、これは何て立派な……いや、今はそれよりも奏さん!」
 駄目だった!
 その間に、近づいた春太の手が奏に伸びる。
「ひっ」
 奏が身を竦ませた瞬間。
 ぐしゃ。
 何かが潰れた音がした。
 奏が見ると、そこにはもう春太はいなかった。
 春太の手が、全身が丸太の下敷きとなって、チョコレート塊になっていた。
 丸太を持っていたのは奏のパートナーのイリザ・シビ(いりざ・しび)
 奏のピンチに駆けつけたらしい。
「あ、ありがと、イリザ……でも」
 ここまですることはなかったんじゃ。
 そう言おうとした瞬間。
「……タイン」
「え?」
「ハッピーバレンターーイン!」
「え、え?」
 突如、イリザは叫びながら走り出した。
 奏への想いのために春太を殺害したイリザ。
 しかし、生真面目な彼はその事実の重さに耐えきれなかったようだ。
「バ、バ、バレンタインバンザー……ぐあっ」
 両手を挙げて走り回るイリザの足が止まった。
 その足を止めたのは、竹槍。
「ほぉら、ミリー、フラットも竹槍投げるからキャッチしてよぉ」
 ぶすり。
「あははははっ。駄目だよフラット。間に人がいちゃ受け取れないじゃん」
「ごめんごめ〜ん」
 2本目の竹槍が、イリザの身体を貫く。
 1本目を投げたのは、ミリー。
 2本目は、フラット。
 フラットの投げた竹槍は、致命傷となった。
「はーい、じゃ次はおねーさんの番ね」
「次はわたくしと遊んでくださいね」
「え……」
 ミリーの声にアシェルタが前に出る。
 その対象が自分であることに、奏が気付いたのは竹槍が刺さった後だった。

   ※   ※   ※

「ね、母上」
「何だ、大助」
「母上は僕に優しい子になって欲しいって思ってくださるんでしょう?」
「あ、ああ。そうだが」
「それじゃあ、あの人たちを助けてあげるっていうのはどうでしょう」
「どういう事だ?」
 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は我が子、真田 大助(さなだ・たいすけ)が指差した先を見る。
 ゆる族と、そのパートナーらしきドレッドヘアーの青年が言い争っているのが見えた。
 その隣には獣人らしき少女と、青年。
「大吾の邪魔をするなら……死んでもらうよ!」
「……ってマジかよおいロビーナ、助けてくれえっ!?」
 無限 大吾(むげん・だいご)の前に立ち、パートナーを守るように身構えているのは西表 アリカ(いりおもて・ありか)
 ロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)の影に隠れようとしているのは湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)
 しかし、忍の前に立っていたロビーナは、突如笑い出した。
「くふふふふふ。お主の利用価値もここまででござる」
「へ、ロビーナ、どうしちゃったんだお前」
「救いようの無い馬鹿も使い方次第でござるな」
 かあぁぺっと、パートナーの前で唾を吐いて見せるロビーナ。
「さあ、愛しいお方! ここはあたいに任せて、先に行くでござる!」
 忍に背を向けると、大吾に向かって叫ぶロビーナ。
 今までずっと自分を庇ってくれていたパートナーの態度の急変に動揺する忍。
「いや、意味が分かんねーんだけど。ロビーナ、今まで俺を庇ってくれてたんじゃなかったの?」
「どこまでも御目出度い男でござるな。あたいがお主を好いているとでも?」
「え、まあ正直気持ち悪かったけどそうかなーと」
「はっ、ウジ虫が喜色悪い! そんな訳なかろうが!」
「うわ気持ち悪い奴に気持ち悪い言われちゃったよ!?」
「お主は所詮あの方が無事に逃げる為の囮! お主の囮としての役目は終わった!」
 ロビーナが鉈を振り上げる。
 が、その前に。
 がしゅ。
 忍の首から、チョコレートが拭き出した。
「あ……え?」
「五月蠅い五月蠅い五月蠅い! 大吾の隣りはボクのものだ! お前ら二人とも、消えちゃえ!」
 アリカがその手で忍の首を引き裂いていた。
「う、あああ……」

「ちょ……おい、助けるってもうあいつ殺されちゃったぜ大助!」
「ええ……あれでいいんですよ、母上」
「は?」

「さあ、次はこいつを……」
「おいアリカ! もういい!」
 ロビーナに向かって牙を剥くアリカ。
 それを止める大吾。
「決して振り向いてはくれぬと知っている……。しかし、そんなことは関係ないでござるのよ……ぎょわ!」
 手を下したのは、アリカではなかった。
 忍のチョコレートで汚れたロビーナの顔に、新たにチョコがかかる。
 ロビーナ本人のものだ。
 鉈を振るったのは、大助。
 状況がまずいと判断した大吾は、渋るアリカを連れてその場から離れる。
 背中に大助の鉈を受けたロビーナは、よろよろとその場に崩れ落ちる。
 その背の羽を、指を、嘴を、解体するように切り落としていく大助。
 ロビーナの身体は切られたそばからチョコレートになっていく。
「あ……ぎゃ……ぎゅ……」
 ロビーナの声が次第に小さくなり、やがてぐぷぐぷという音になり、それも消える。
 大助は切り落としたチョコレートを自分の口に運ぶ。
「さあ母上。僕一人じゃ食べきれませんよぉ。手伝ってもらえませんか?」
「何を……何をやってるんだ大助!」
 ついさっきまで生きて動いていたチョコレートを貪る我が子を前に、氷藍は足の震えが止まらない。
「愛し合う人たちが離れ離れにならないように、お腹に収めてあげるんですよ。ひとつになって、溶け合えば幸せじゃないですか」
「何て……馬鹿な……」
「馬鹿じゃありません。これが僕の……母上の気持ちに応える為のたったひとつのやり方なんです」
「大助……分かった」
 氷藍は膝をつき、暫し目を閉じる。
 開いた時には、そこには決意の色があった。
「俺も、一緒に食おう。お前は歪んでなんか……いない」
「いや、歪んでるでしょ」
「助けるために殺して食べるなんて、信じられませんわぁ☆」
「え?」
 氷藍が見上げると、そこにはボブカットの少女らしき姿、3体。
 そしてそれが氷藍が見た最後の光景だった。
 氷藍の喉に、アシェルタの竹槍が深々と刺さる。
「は……はうえ?」
「大丈夫ですわ。あなたの言う様に、ちゃんと後で一緒のお腹に入れてさしあげますから」
 氷藍が拭き出すチョコレートを全身に受け、立ち尽くす大助。
「母上……えええええええええ!」
「えぇい☆」
 愛する物を殺され慟哭しながら襲い掛かって来た大助は、後方からフラットの竹槍で串刺しにされ、チョコレートになった。

   ※   ※   ※

「ねえ、さっきから私達を狙ってる子がいるみたいだけど」
 森の中を海岸に向かって歩きながら、 はぐれ魔導書『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)は彼女を姉と慕うアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)に声をかける。
「ああきっとお姉様を狙う悪人ね。お姉様は魅力的だからきっと誰もが夢中なんです。でもお姉様は私の物。誰にも渡したりしませんわ」
「そうね。なら当然、私達の邪魔をする子は壊してくれるわよね」
「もちろんです!」
 その瞬間。
 アユナの持つ鉈に竹槍がめり込んだ。
 竹の繊維がぶちぶちと切れる。
 そのまま力任せに鉈を振り切るアユナ。
 竹槍を持ったフラットが軽々と吹っ飛ぶ。
「……なかなか、やるね」
「あら、今、何かあったのかしら」
 現れたミリーに『不滅の雷』が不敵に笑う。
「……おねーさんとはこんな狭い所で遊ぶの、勿体ないね」
「あなたは?」
「ミリー。おねーさんは?」
「はぐれ魔導書『不滅の雷』」
「そう。後でもっと広い所で遊ぼ。港、とかね……」
「何処だって構いません。私とお姉様の邪魔をする人は消えてもらいますから!」
 アユナの振りかざした鉈を避け、ミリーたちは姿を消した。
 ミリーと『不滅の雷』。
 二人の邂逅は、チョコの一滴も零さずに終わった。





 天禰 薫:死亡
 熊楠 孝高:死亡
 周防 春太:死亡
 イリザ・シビ:死亡
 亜白 奏:死亡
 湯浅 忍:死亡
 ロビーナ・ディーレイ:死亡
 柳玄 氷藍:死亡
 真田 大助:死亡