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オランピアと愛の迷宮都市

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第一幕 ねえきみ、何てすてきな節回し!




 高峰 雫澄(たかみね・なすみ)が異変に気づいたのは、宿の二階のレストランだった。
 水ノ瀬 ナギ(みずのせ・なぎ)にせがまれて、シェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)と三人でお祭りにやって来たのは良かったが、一日引っぱり回されてもうクタクタだった。
 この上まだ屋台で食べ歩きをしようと言うナギをなんとか説得して、ようやく一息つける場所を確保したのだ。そして握りしめたフォークを鹿肉のカバブに突き刺そうとした瞬間、辺りが暗くなった。
 いきなり目の前が暗くなって、方向を見失ったフォークが皿に当たって乾いた音を立てる。
「……あれっ、停電?」
 思わず周囲を見回す。暗さに目が慣れてくると、さっきまで室内灯が掛かっていた場所に、ほの明るい光が揺らめいているのが見えた。よく見ると、それは火の入ったカンテラのようなものだった。
「……え?」
 不思議なことに、他の客が騒いでいる様子はない。
 混乱する雫澄の横で、シェスティンが静かにナイフとフォークを置いた。
「何か、異変が起こったようだな」
 冷静な声でそう言って立ち上がり、バルコニーに歩み寄って階下を見下ろす。
「外のライトも消えて……いや、違う。妙だな……」
 さっきまで屋台と電飾と人々の賑わいで眩しいほどだった街の広場が、闇の中でほの白い月明かりに照らされている。等間隔に並んだ柱にぼんやりとした灯を点しているのは、かなり旧式の魔術灯のようだ。
 それは、シェスティンにとってどこか懐かしさを覚える光景だった。
 端正な顔の眉根を寄せ、わずかに戸惑いの色を見せる。どうしたの、と声をかけようとした雫澄は、予想外の方向から上がった予想外の声に、思わず言葉を飲み込んだ。
「シェス姉、きれい……」
 ……はい?
 そういえば、灯りの消えたバルコニーで長い銀の髪を月明かりに照らされたシェスティンの端正な横顔は、ちょっとドキッとするくらい綺麗だ。
 が。
「……ナギ?」
 状況にも、ナギのキャラにもそぐわないその発言に「今のは突っ込み待ちですか?」という意思を込めて聞き返す。
 しかし、ナギの返答は想定外の物だった。
「あぁ……なんでボクは今まで、こんな素晴らしい事に気が付いていなかったんだろう……」
 うっとりと夢見るようなつぶやきが、次第に大きくなる。
「小鳥の囀り、小川のせせらぎ、風の声……」
 どこに!
 一応、周囲を見回して確認した。それからナギを見る。
 ナギは蝋燭の灯を映した金の瞳をきらきらときらめかせて、雫澄を見上げた。
「なす兄、この世は、愛で満ちてるよ!!」
「はぁ!?」
 すっ頓狂な声を上げたとき、突然、バルコニーのシェスティンが口を開いた。
「……うろたえるな」
 彼女は肩越しに振り返り、静かに雫澄に言った。
「雫澄。焦っても解決はするまい? この様な時こそ、冷静になろうではないか」
 いつもと変わらない自信に満ちた声だ。が……
「我と我が剣あらば、怖れるものなど何もない」
 そう言って、いきなり剣を抜いた。
 抜き放った光刃宝具『深紅の断罪(ブラッディブラッド)』の光の刃が、深紅に輝いて周囲を照らす。
「この輝きの前に、あらゆる闇は無力となる……なあ、愛しきアンドリューよ!」
 あんどりゅー。
 それが『深紅の断罪』の名だと気づくのに時間はかからなかった。何となれば、シェスティンは光の刃を全開にしたままのその剣に抱きつこうとしたのだ。
「うわわわ、危ない、危ないってシェスティンっ!」
「おお、愛しき我が剣よ!」
 ひらりと身をかわすようにシェスティンは華麗なターンを決め、ふたたびバルコニーから夜空に向けて高らかに言った。
「暗き闇を照らすその輝き、すべての魔を断つ冷酷なるその刃……アンドリュー、貴方こそ我が生命、我が運命、我が宿命」
 その声は次第に歓喜を帯びて夜空に響き渡った。
「……貴方さえいれば、私は他に何もいらない! ああ、私のアンドリュー!」
「うわぁぁ、シェスティン、気を確かにっ」
 また剣にひしと抱きつこうとするシェスティンに飛びついて、ギリギリで阻止する。
「……な、なす兄、カッコいい」
 背後にナギの声を聞いて、雫澄はものすごく嫌な予感が意識をかすめるのを感じた。
 そして、そういう予感は……高確率で当たるのだ。
「シェス姉を身を挺して守った……なす兄の愛、ボクは確かに見たよっ」
 そして、ナギは両手を広げて最高の笑顔を見せた。
「ボクの愛も受け止めてーっ」
「くるなーーーっ」
 必死の抗議も空しく、ホップ・ステップ・ジャンプで飛びついて来たナギの体が、雫澄に貼り付く。
 掴んでいたシェスティンの体が、またくるっと回る。
 それから、目の前の風景もくるっと回った。
「……あーー」
 情けない悲鳴を残し、3人はもんどりうってバルコニーから落っこちた。