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夏初月のダイヤモンド

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夏初月のダイヤモンド

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【第二章】4

 一階。
 キッズスペースの端にあるパンダ型のビニール風船ハウスの中に、輪を囲むように座った雅羅やジゼル一行と、そこへ合流した国頭武尊が話している。
「強盗団が女の下着をチェックしている事からして恐らく賊の狙いはジゼルの着てる宝石だらけのブラジャーだな
 えーっと時価だったから確定はしてないけど、発売当時の価格は上下セットで二億9000万」
「に、におくきゅうせん??」
 全員が思わず大きな声を上げて聞き返してしまう。 
「いち……にい……牛丼何杯食べられるかしら」
「庶民的かつ空しい事言うなよジゼル」
 真剣な顔で指を折りながら数えているジゼルに、武尊はなんだか一般庶民とセレブの格差を感じて悲しい気分になってきた。
「それならあれだけの人数の強盗団だとしても一人分の分け前は十分ですね」
 輪から外れたところで、次百姫星はビニールの子窓から外の様子を見張っていた。
「な。オレもてっきり下着狙いの”同業者”かと思ったぜ」
「それってどういう意味の”同業者”よ」
 反射的に入れられた雅羅の突っ込みを無視して、武尊は続ける。
「とりあえずジゼルはこれに着替えてくれ。皆女の子だし、俺は向こう向いてるから」
 そういうと武尊は恐らく下着売り場から持ち出したらしいロング丈のネグリジェを渡して、皆の反対側を向いた。
 春ものの通気性の良いポリエステルで作られたネグリジェは普通の服というにはやや役不足だったが、ブラジャーとパンツやスリップ姿よりは幾分マシだ。
 輪の中心に放られたそれを見ながら、雅羅は武尊を一瞥した。
「で、着替えたらどうするのよ」
「宝石下着は(パンツのみ)オレが確保する」
「ほ、ほぅ……」
「それから宝石ブラは雅羅が付ければいい。
 賊が雅羅に群がってくると思うが雅羅なら大丈夫だろ?」
「お、おぅ……」
「な、これで一件落着」
「な訳ないでしょーー!!!!」
 武尊は、飛んで行った。
 雅羅に蹴られてビニールハウスの壁を突き破り、インフォメーションの机を突き破り、セルフサービスコーナーのたこ焼き屋の鉄板の上までギャグのように飛んで行った。 
「ふーっふーっふーっ」
 こうして武尊をやっつけた後、肩で息をする雅羅の後ろで、外の様子を伺っていた姫星がピクリと動いた。
「今ので気付いたみたいです。来ますよ!」
 あれだけ派手な行動をしたので、当然ながら強盗団がこちらに気づいたらしい。
「斬り捨てるか」
 シェスティンが剣を手にした時だった。
「待って下さい!」
 火村加夜がシェスティンの手に自分の手を重ね止めたのだ。
「ちょっと考えがあるんです」
 と言ってウィンクをすると、加夜はすぐに集中状態に入った。
「加夜? 何してるの?」
 ジゼルが加夜の元へ行こうとすると、雅羅が人差し指をたてて静かにするように告げる。
 やがて加夜は目を見開くとはっきりとした声で言葉を紡いだ。曰く。

『聞きなさい。ダイヤモンドブラジャーは、本当は女性用ブラジャーではなく実は男性用ブラジャーなのです。
 今それを身に付けた強盗仲間の一人が、あなた達を出しぬいて二億九千万を一人占めしようとしていますよ』

 余りに突飛な発想のそれに全員がズコーっと滑って転んだが、加夜の顔は至ってまじめそのものだった。
 雅羅は頭をかきながら加夜に突っ込む。
「あのね加夜、そんな無茶な作戦……」
「ああ! 強盗団が!!」
 急に叫んだ姫星に、皆がビニールの子窓の所へ集まった。
「姫星、どうしたの?」

「お互いにズボンを脱がし合っています!!」

 姫星の言う通りだった。
 加夜の発した情報錯乱をまともに喰らった強盗達は、互いを疑ってブラジャーとパンツを確認してやろうと仲間を襲っていたのだ。
「お、おおおまさかの展開……」
「なんて事なの……そしてなんて酷い光景」
 雅羅らが顔を冷たい汗をかきながら外を見ている中、加夜は両手を合わせるとニッコリ笑ってこう言った。
「ね、上手くいったでしょ」


【第二章】5

 その頃二階では、アリサ・ダリンと桐生理知、北月智緒は強盗達に追われながら洋服売り場にやってきていた。
「ちょっと借ります、ごめんなさい」
 理知は近くの店のマネキンが着せられていた春もののコート脱がすと、自分とパートナーの智緒、そしてアリサへ配った。
 早速三人で手に入れたコートを下着の上に羽織る。
 本当は上から下まできちんと着たいところだが、お金を払う事も出来ないので、取り敢えずはそれで我慢した。
 店内は大分温かいし、肉体的にはこれで十分だろう。
 取り敢えず戦えるように、そして走りやすいように上のボタンだけ留めると。後ろを振り返る。
「きてるな」
「そうだね、本当参っちゃう」
 三人を追って強盗達がこちらへ走ってきているのが見える。
「すばしっこい女共め、大人しく捕まれっての!!」
 店内で繰り広げられたマラソンに大分疲れているのか、強盗達は息を切らしている。
 それにしてもな理不尽な発言に、アリサは呆れ返って言った。
「そう言われて捕まる奴がいるか……」
 アリサの言葉に、理知と智緒の二人が目を合わせると三人は頷き合う。
 そして理知が叫んだ。
「アリサちゃん、智緒、行っくよー!!」
 叫びと共に理知が放ったサイコキネシスの力は、天井からフロア全体を照らしていた照明にヒビを入れた。
 そして直後、照明が次々に音を立てて割れて行くと、周囲一帯が闇に包まれた。
「な、なんだ!? 停電か!?」
 急に視界を失って慌てている強盗の前には、智緒が現れていた。
 智緒は殺気看破で敵の動きを察知していたから、例え光が無くなろうとは問題無く敵に近づく事が出来たのだ。
「はああ!!」
 敵の隙をついて近づくのに使ったバーストダッシュでそのまま智緒に体当たりされると、強盗達は後ろに尻もちを付いて倒れてしまう。
 その間に理知が光術で周囲を照らしてみると、体当たりから急停止した智緒が理知に向かって叫んだ。
「今だよ!」
 智緒の合図に、理知とアリサは爆炎波を放つ。
 強盗団の服が炎に包まれた。までは良かったが……

 ジリリリリリリ

 けたたましい音と共に天井のスプリンクラーが動き、そこらじゅうを水浸しにしていったのだ。
 お陰で三人は濡れ鼠になってしまった。
 濡れたコートを摘まんで、智緒はジットリとした何か言いたげな視線を理知とアリサへ向ける。
「理知、アリサ。これちゃんと考えてたの?」
「ああ、考えてた考えてた、スプリンクラーで視界が更に悪くなる作戦だ」
「うん、作戦通り。
 ……正直私達まで濡れちゃうってところはあんまり考えて無かったけど……」
「……はぁ」
 智緒は溜息をついて額を抑えると、理知とアリサの炎を喰らって裸にされてしまった強盗達から武器を取り上げ、二度と使えない様に氷術で凍らせてしまう。、
 そうしている間に理知がこちらへやってきていた。
「ちょっと、強盗さん達!?」
 理知は、戦意喪失している強盗達の前に仁王立ちすると、腕を組んでお説教を始めた。
「全く、男子禁制下着売り場なんだから勝手に入っちゃ駄目だよ。
 きちんと了解を得ないと」
「……その前に了解してくれる人はいないでしょ」
 智緒の冷静な突っ込みを聞いて、コートの水を掃っていたアリサは思わず吹き出してしまった。