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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 フローラの部屋に到着した死神はコンコンと扉をノックする。
 ノックの終わりと同時に山彦のように返ってきた声は、透き通るような少女の声だった。

「……ん、入っていいわよ」
「お邪魔するよ、フローラ。さっき門に居たお客人だ」

 扉が開かれ、刀真と月夜が通される。
 フローラは二人を見ると少しばかり目を細め、柔らかく微笑んだ。

「いらっしゃい、来訪者さん。こんな辺鄙なところに来るなんて、何のようなのかしら?」

 フローラの問いに刀真は挨拶をしてから答えた。

「初めまして、フローラ。なに、ただお話をしにきただけですよ」
「お話……?」

 フローラは首を傾げ、不思議そうな表情をした。
 刀真は言葉を紡いでいく。それは、自分の過去。少し前のパラミタを揺るがせたとある事件のことだ。

「大切な人を生き返らせる……その望みとそこに込められた想いは何となく分かりますよ。
 俺も大切な人を護れず目の前で死なせ、そして、生き返らせるためにナラカへ向かいました……」
「……ふーん、私達と同じ経験をしたことがあると?」
「ええ、だから君の望みを否定するつもりはないし、止めるつもりもない。
 むしろ応援しますよ、君達が俺の大切な物を傷付けず、本当にその魔剣で君達の大切な人が生き返るなら……ね」

 どこか含みのある言い方をしながら、刀真は礼儀正しい口調で言葉を続けます。

「君達がそこまでして生き返らせようとする人が、どんな人なのか気になりました。そして、その人を想う君達の気持ちを知りたくなったんです。
 そう言う人と話せる機会は滅多にありませんから……うん、ただの好奇心ですね。だから嫌だ、というのなら無理には聞きません、このまま帰ります」
「……別にいいわよ。話をするぐらいなら、ね」

 最後に小さくお辞儀をした刀真を見て、フローラはやけにあっさりと了承をしました。
 そして、死神に視線を移し口を開きました。

「紅茶でも嗜みながらお話しましょうか。
 死神、来客用の椅子を二人分……いえ、三人分お願いできるかしら?」
「うん、了解した」

 死神は扉を開き、フローラの部屋から出て行った。
 フローラはそれを見送ると、柔らかな赤い光が差し込む窓に目をやり、言葉を投げかけた。

「盗み聞きは趣味が悪いわよ。そこに隠れているあなた、出てきなさい」
「……なんだ、ばれてたのか――っと」

 器用に外側から窓を開け、月谷 要(つきたに・かなめ)はフローラの部屋に華麗に着地した。
 要の背中に機巧龍翼の鋼の翼を展開しているところを見ると、空から侵入してきたようだ。
 現れた要を見て、フローラは疲れたようにため息を吐いた。

「……まったく、こうも簡単に侵入を許すなんて他の従士たちは何をやっているのかしら?」
「ああ、それなら途中で追っかけてる奴を見たぜ。ほら」

 要の言葉が終わると同時に、開けられた窓から怒号が聞こえてくる。

「待てっていってんだろうがゴルァァアアッ!」

 フローラに聞き覚えのあるこの荒々しい男の声は刻命城の従士の一人――悪魔によるものだ。

「待てと言われて待つ奴がいるかァッ! 俺は逃げるぞォォーッ!」
「ワタシも逃げるヨォォーッ!」

 続いて響く声はアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)によるものだった。
 どうやら、悪魔と追いかけっこに興じているらしい。フローラは目の縁を片手で押さえ、少し疲れたようなため息を零してから、窓を閉めた。
 
「はぁ、何やってんのよ。
 ……まあ、いいわ。どうせあなたも今は戦う意思を持っていないんでしょ?」
「ご名答。よく分かったね」

 要は可変型流体金属腕という義手を槍に変形させ、白旗代わりに掲げ左右に振った。

「……流石に敵意を持った人を易々侵入させるほど、うちの警備は簡単じゃないわ。
 悪魔に追いかけられている彼らも敵意はないでしょ。なんで追われているかは不明だけど。で、あなたの用件は?」
「いやさ。タシガンが襲われるかもって噂を聞いて来たは良いんだけど、失った誰かを取り戻したいって言う願いにはそこの御二方と一緒で俺も共感できるんだよ」

 要とフローラが話している間に死神が運んできた来客用の椅子の一脚に腰掛け、フローラを見つめて言葉を続ける。

「だからまぁ、お菓子でも一緒に食べつつ見極めさせてくれない?」

 貴方達は本当に倒さなければいけないのか否かを、と要が続けてぽつりと洩らした言葉は静寂な部屋にやけに反響した。
 フローラは要を見つめながらフ、と息を吐いてから口を開いた。

「……いいわよ。お茶菓子はスコーンでいいかしら?」
「ああ。出来ればバターもたっぷりとお願い」

 要の注文にフローラは口元を僅かに緩めながら、紅茶とスコーンの準備をするため部屋のキッチンへと歩いていく。
 人数分のティーカップとスコーン、そしてたっぷりのバターを用意してコンロに火をつけお湯を沸かせる。
 その手際はさすが元メイドと褒めるべきか、テキパキと流れるように作業を済ましていく。
 音を鳴らしお湯が沸き、フローラは小洒落たティーポッドに紅茶の葉とお湯を注ぐ。瞬く間に部屋に芳しい香りが充満し始めたときのこと。

「……今度は、来訪者ではないようね」

 窓を閉めていても聞こえる大型飛空艇のエンジン音を耳にして、フローラは小さく呟いた。

 ――――――――――

 刻命城、門の前で眠たそうに目を擦るグレンはけたたましい音を聞き、ぽつりと洩らした。

「ああ、これは侵入者ですね。乱暴なほうのお客さんだ」
「……黙って準備をしろ、間抜け面」
「うるさいです。そこの悪人面は存在自体が邪魔ですから、黙って自分の拳銃をこめかみに当てて自殺しててください」
「……言いたいことはそれだけか。遺言にしては寂しいかぎりだな」

 いつも通りの悪口を交わしながら、二人は準備を始める。
 グレンは準備体操を行い、レインは二丁の拳銃の最終チェック。

「さてさて、それじゃあ銃器愛好者のネクラ変人と話したせいで溜まったイライラを侵入者相手に発散しましょうか」
「……まったく、隣の騒音発生器が発する音はいちいち癪に触る。耳が汚れるから聞かせるなというのに」

 軽口を叩きつつ、二人は構えを取る。今はまだ、姿を現していない侵入者たちに向けて。

「「さて、それじゃあ……」」

 二人の声が重なる。いちいち反応をするのも億劫なのだろうか、気にせず二人は言葉を紡いでいく。

「「刻命城の門がいかに堅牢か、その身をもって味あわせてやろう」」